ＴＨＥ　ＧＥＮＴＬＥ　ＤＲＡＧＯＮ

ＳＩＤＥ　ＳＴＯＲＹ　４７　　「ＲＯＣＫＥＴ　ＲＯＭＡＮＯ」　　

ＳＣＥＮＥ１
　ロマノが手術前の手洗いをしていると、マクダーモットが勢いよく入ってきた。
「おい！ロケット！」
「はい！」
「手伝ってくれ、銃創患者だ。７発もくらってる」
「大物ですね」
「私と君とでないと助けられんぞ」
「これから腸閉塞のオペなんですが」
「そんなものは、だれかにやらせればいい……リチャードに、代わりを探せと言ってくれ」
マクダーモットは、看護師に指示を出した。

　ロマノとマクダーモットが手術室へ入っていったあとで、外科医がふたり、手を洗いながら、ひそひそと会話をかわす。
「ずいぶんロマノがお気に入りだな」
「ああ、マサチューセッツ総合病院から引き抜いてきたって話だ」
「ってことはハーバード出身か」
「しかも４年目のレジデントだそうだ」
「ちょっと待て。４年目のレジデントを、スタッフドクターに昇進させたのか？」
「ああ。でも腕から見れば妥当だろう」
「……まあ、ミラクル・マクダーモットのめがねにかなうだけのことは、あるみたいだな」




ＳＣＥＮＥ２
　マクダーモットに誘われ、ロマノがシカゴのローレンス記念病院に移ってきて約ふた月が過ぎた。
　その日は大型バスどうしの衝突事故で、多数のけが人がＥＲに運び込まれ、ロマノも助っ人で治療にあたっていた。

　「血圧８０の６０に低下！心停止！」
「８００cc出血してる。よし、開胸するぞ！スターナルソーをくれ！Ｏマイナスをあと４単位！」
ロマノは一気に患者の胸を開いた。
「サワーブラッシュクリップを。あと、２本のニードルドライバに２−０のシルクをとおしてくれ」
ロマノは上下大動脈の血流をさえぎると、すばやく左心室の穴を縫合した。

　治療を終えて、次の患者の元へ向かおうとしたロマノは、廊下にうずくまっている白衣姿の女性を見かけ、立ち止まった。
「おい！どうした。医学生がこんなところで何してるんだ」
女性は顔をあげた。ブロンドに青い目、顔色が蒼白で、泣いている。
「私……もうだめです。やっぱり医者になるのは無理だったんです……帰ります」
「馬鹿っ！このくそ忙しい時に！帰るんなら、仕事をしてから帰れ！」
ロマノは、女性のえりくびをつかんで立たせた。
「俺と一緒に来い！」
女性の腕をつかんで歩きながら、ロマノはたずねた。
「名前は？」
「ノーラ・ハーマン」




ＳＣＥＮＥ３
　「ノーラ！ぼさっとつったってないで、バッグしろ。気のきかんやつだな」

　「おい！心臓の穴を縫合する間、押さえてろ……馬鹿っ！それじゃ俺が縫合できんだろう。ったく、頭はついてるのか？ちゃんと考えろ！」

　「まさか、点滴ができないっていうんじゃないだろうな」
「できます！」
「ほう、廊下でべそかいてたくせに……じゃあ２本、さっさと立てろ！」

　ノーラはロマノに怒鳴られながら患者の治療にあたり、７時間後、やっと解放された。ロマノは思い切り伸びをし、首をぐるぐると回した。
「さあ、これで終わりだな。やめるんだろう？」
ノーラは顔を紅潮させ、小柄な身体で胸をそらした。
「いいえ、やめません！」
「どうしてだ？ちょっと患者が押しかけたくらいでパニックになるようなやつに、医者はつとまらんぞ。悪いことは言わん、やめろ」
「先生に怒鳴られっぱなしでやめるのは、くやしいんです」
「へえ」
「絶対に、ドクターになってみせます」
ロマノはにやりと笑った。
「そうか。楽しみにしてるぞ、外科実習」




ＳＣＥＮＥ４
　半年後……。
「今日から外科実習でお世話になります。ノーラ・ハーマンです」
「まだやめてなかったのか。帰るなら今のうちだぞ」
「帰りません！」

　手術予定の患者のカルテは、検査データがきちんと書き込まれるなどすべて完璧だった。ちらっとノーラを見ると、にやにやと笑っている。ロマノはもちろん無視したのだが。

　医学生を３人引き連れて回診しながら、ロマノはたずねた。
「内頚動脈の最初のふたつの枝は？」
ふたりが沈黙しているので、ノーラが答えた。
「眼動脈と後交通動脈です」
「よろしい……こっちのふたりは頭の代わりに、どうやらキャベツがのってるようだな」

　実習の期間中、ノーラはロマノをつかまえては質問ぜめにしたが、ロマノはいやな顔ひとつせずていねいに答えた。できるだけ手術室に入れて見学させたし、簡単な手技を手伝わせることもあった。ロマノはガッツのある人間が好きなのである。そのあたりを理解しているのは、マクダーモットをはじめとする数人だけであったが。

　成績を受け取ったノーラは驚いた。
「ロマノ先生、いい点をつけていただいてありがとうございました」
「えこひいきをしたわけじゃないから、礼なんか言わんでもいい……先はまだ長い。調子にのるなよ」
「はい」




ＳＣＥＮＥ５
　ロマノは外科の廊下で呼び止められた。
「やあ、ノーラ。ひさしぶりだな。元気でやってるか」
「はい。おかげさまで、無事卒業できました」
「そうか、おめでとう」
「先生、私がドクターになれたのは、先生のおかげです」
「私は何もしてないぞ」
「いいえ、あのとき、先生が怒鳴ってくださらなかったら、私は今ごろ……これ、受け取ってください。ささやかな感謝の気持です」
ノーラはリボンのかかった包みを差し出した。

　「じゃあ遠慮なく。ありがとう。ところで、レジデンシーはどうするんだ？」
「ここの外科に決まりました。また、よろしくお願いします」
「……これをもらったからといって、手加減はせんぞ」
「望むところです……あのー、先生は、付き合ってる人はいらっしゃるんですか？」
「なんだいきなり……そんなものはいない」
「立候補してもいいですか？」
「……勝手にしろ。そんな暇があればの話だがな」
「それじゃあインターンを終えたら、正式に立候補します」
ノーラはにっこり笑った。

　ノーラが立ち去ったあと、ロマノはベンチに腰をおろし、ため息をつくと顔をつるりとなでた。そして、少なからず狼狽してしまった己の心に対する照れ隠しのように、わざとびりびりと包みを開けた。中から出てきたのは、サターンＶロケットの模型だった。

　「そのロケット、もらったのか？」
通りかかったマクダーモットが、隣に座った。
「ええ……先生、前からうかがいたいと思っていたんですが、私にロケットというあだ名をつけた理由はなんですか？」
「理由？理由なんてないさ。君を見ていてぱっとひらめいたんだ。私は初対面の人間にあだ名をつけるのが趣味でね。ただし、これと見込んだやつにしかつけないんだが。ロバート・ロケット・ロマノ……Ｒが３つならんでる。我ながら傑作だ」
「はあ、ありがとうございます」
モーガン・ミラクル・マクダーモット（Ｍが３つならぶ）は、ロマノの背中をどんとたたくと、笑いながら行ってしまった。




ＳＣＥＮＥ６
　インターンとして外科で働き始めてから約５ヶ月後のある日、シフトが始まって２時間しても、ノーラは出勤してこなかった。自宅アパートに電話をしても誰も出ない。昨夜は８時にオフになり、ＥＲレジデント、ジュード・コレットと食事に行くと言っていたらしい。そのジュードも無断欠勤しており、自宅も留守だった。

　ノーラの普段のまじめな勤務態度から、事件に巻き込まれたのではと危惧され、病院は警察に届け出た。

　２日後の朝、ジュードがダウンタウンの道路わきで、射殺体となって発見された。遺体は拳銃をかたく握りしめていて、蜂の巣状態だった。一方ノーラも朝５時過ぎ、病院の入り口に放置されていた。こちらは息があったが意識不明だった。ＥＲに運び込まれて治療を受けたが、短期間に多量の麻薬を投与されたため、きわめて重篤な状態だった。

　警察の調べで、ジュードが病院のクスリを横流ししていたことが判明した。本人はほんの小遣い稼ぎのつもりだったのだが、ずぶずぶと深みにはまり、抜けられなくなっていたらしい。今回のことは、ジュードと仲間たちのもめごとに、ノーラが巻き込まれたものと思われた。

　ノーラを見舞ってＩＣＵから出てきたロマノに、ノーラの同僚の女性インターンが声をかけた。
「先生、ノーラの具合はどうですか？」
「よくないな……運良く助かっても、あれでは一生廃人だろう」
「……ノーラはジュードとつきあってたわけじゃなくて、友だちのひとりでした。ジュードの方は、気があったみたいでしたけど……ノーラには別に好きな人がいたんです。インターンを終えたら、付き合ってもらえるのって、いつもうれしそうに言ってました……どうして、こんなことに……」
女性は顔をおおって泣き出した。ロマノはくちびるをかみしめ、自分の足元を見つめた。




ＳＣＥＮＥ７
　「やあ、ノーラ。気分はどうだ？」
ロマノの問いかけに、むろんノーラは反応しない。おだやかなほほえみを浮かべたまま、ベッドで眠っている。
「今日はバラの花を持って来たんだ。赤いバラ。いいかおりだろう？ナースに言って、あとで飾ってもらおう」
ベッドの側のいすに腰をおろす。
「外は寒いぞ。雪がふってる。来る途中、車が埋まるかと思った。俺も病院もあいかわらずだ」

　ノーラは命は助かったものの、症状の改善はこれ以上望めないということで、この施設に引き取られた。自発呼吸はできるが、食事は流動食を鼻から通したチューブでとり、四肢も麻痺している。しゃべることもできないし、目も耳も機能しているかどうかわからなかった。
　
　ロマノは、忙しい勤務の間をぬって、１０日に１度はノーラの元を訪れていた。２時間ほど側にいて、帰っていく。ノーラの家族は母親ひとりで、それほど裕福ではなかったため、黙って施設の費用の一部も負担していたのである。




ＳＣＥＮＥ８
　２年後、ノーラは施設で息を引き取った。

　ノーラが亡くなってはじめて、１０日に１度ノーラに会う、それがどんなに自分の支えになっていたかということに、ロマノは気がついた。喪失感で、心にはぽっかりと大きな穴があいていた。

　「ロケット、まあ、かけてくれ」
マクダーモットのオフィスに呼ばれたロマノは、ソファーに座った。
「ノーラが亡くなってから、元気がないな」
「え？」
「しらばっくれるなよ。君がずっとノーラを見舞ってたことは知ってる。それと費用を負担してたこともな」
「…………」
「ドクター・ロマノという人物について、施設から私に問い合わせてきたんだ。隠さなくてもいい。君はノーラを失って気落ちしてる」
「そのとおりです。私はノーラを……２度失ったんです」

　「ロケットをくれたのは、ノーラだろう？」
｛ええ」
「ノーラがオペのアシストをしながら、君は恩人だって言ってたぞ。尊敬してるって。みんなはいろいろ言ってるけど、本当はいい人なんですって。ノーラがインターンを終えたら付き合う予定の男は、君だったんじゃないのか？」
ロマノは黙ってうなずいた。マクダーモットはため息をつきながら、コーヒーをひとくち飲んだ。

　「病院をかわってもいいぞ、ロケット」
ロマノは驚いて顔をあげた。
「無理するな。ノーラを思い出してつらいんだろう？」
「いいえ」
本当は図星だった。ノーラが亡くなってから、思い出がいっぱいつまっている職場で働くことは、非常に苦痛だったのだ。

　「私は、そんな心の弱い男ではありません」
「ロケット……それは弱さとは言わない。やさしさだ。君は心のやさしい男なんだ。だが、それを弱さと勘違いしている君は、いつも隠してしまっている。それがまわりの誤解をうむ……まあ、そんなことはどうでもいいんだが……実は知り合いの議員に頼まれてるんだ。すご腕の外科医をひとり、カウンティ・ジェネラルにまわしてくれって」
「…………」
「１年間カウンティで働いたら、ヨーロッパに行ってくればいい」
「あの話は、去年お断りしたはずでは」
「代わりに行ったやつが、来年帰ってくる。で、君が行くというわけだ。期間は２年。ノーラが亡くなった今、君を引き止めるものはなにもないだろう？」
「カウンティはそれでいいと？」
「ああ、承知させた。それと、給料もふっかけておいてやったぞ。カウンティへ行け、ロケット」
「……はい、そうさせていただきます。ありがとうございます」
「しっかりあばれてこい」
ふたりは握手をかわした。




ＳＣＥＮＥ９
　医学生のルーシー・ナイトが治療の甲斐もなく亡くなったあと、ロマノはオフィスでコーヒーを飲んでいた。夜が明け始めている。

　ロマノは、飾ってあるロケットの模型を見つめた。
『ノーラ、ルーシーはもうそっちへ行ったか？よく面倒をみてやってくれ』

　ルーシーに初めて会ったとき、どことなくノーラに似ている気がした。負けず嫌いでガッツがあって。もちろん恋愛感情はなかったが、鍛えがいのある学生だと、楽しみだったのだ。その彼女を失うことになるとは……。

　ロマノは窓辺に立って、空を見上げた。




ＳＣＥＮＥ１０
　「パパ！」
「オフィスに入るときは、ノックくらいしろ！」
「返してくださいよ、僕のＡＩＢＯ！黙って持っていくなんて、ひどいよ！せっかくカイザーがプレゼントしてくれたのに！」
「医学生には、他にすることが山ほどあるだろう。こんなもので遊ぶ暇はないはずだ」
「せっかくいい子に育ってるのに、パパに似て、いじわるになったらどうするんです！」
「何を馬鹿なことを言ってるんだ。俺が育てたら、とってもいい子になるぞ……そうだ、お前にいつか誕生日プレゼントにもらったこのスペースシャトルの模型、これを返してやる」
「いりません、そんなの。ＡＩＢＯを返して」
「いいか、よく聞け。俺はお前の親で、お前は未成年だ。お前のものは当然俺のものだ」
「そんな横暴な理屈、通りません。ＡＩＢＯは連れて帰りますからねっ！」
「それじゃあ、実習はもうできんな。医学部も退学だ」
「なぜですか？」
「俺が警察に電話するからだ。医学生が診療部長のオフィスの備品を盗んだって」
「…………」
「さっさとＥＲにもどれ」
　

ＴＨＥ　ＥＮＤ

　お読みいただきありがとうございましたm(_ _)m

　８−１『四人の物語』でうつるロマノのオフィスには、ＡＩＢＯと、サターンＶロケットの模型、スペースシャトルの模型が飾ってあります。ロケットについては９−１８『異常事態』で、「患者にもらったの？」とケリーに聞かれて、「ガールフレンドにもらったんだ」と答えるシーンがあります。

　今回は、ロマノはロケットを誰にもらったかというお話です。

　モーガン・ミラクル・マクダーモットはここと、ここと、このあたりに登場します。
　
　次回はまた書けたらＵＰいたしますので、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m

　

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