ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＳＩＤＥ ＳＴＯＲＹ １ 「ＴＨＥ ＭＩＲＡＣＬＥ ＷＯＲＫＥＲＳ」
ＳＣＥＮＥ１
朝６時半に起床し、廊下に出たロマノはいぶかしく思った。いつもなら、リュウイチが作る朝食のにおいに、食欲を刺激されるはずである。
「……リュウのやつ、寝坊か……さては夜更かししたな」
しかし、夕べ１０時過ぎに帰宅した時、リュウイチがすでに自分の部屋で眠っていたことを、ロマノは思い出した。
「おいリュウ、朝だぞ。起きろよ……おい、どうした？」
ベッドに横たわるリュウイチは、顔がまっ赤で呼吸も荒く、苦しそうである。ロマノはリュウイチの額に手を当てた。
「ひどい熱だな。リュウ、苦しいか？」
「……パパ……のどと頭が痛いよ……」
「口をあけてみろ……扁桃腺炎だな。いつからのどが痛かったんだ？」
「昨日の夕方から……」
「頭が痛くなったのは？」
「夜２時ごろ、苦しくて目がさめたら痛くなってた……」
「遠慮しないで、パパを起こせばよかったのに……体温計を持ってくるからな」
「４１度もあるぞ」
「パパ、ごめんね……」
「馬鹿、あやまるやつがあるか」
ＳＣＥＮＥ２
「おはよう、ケリー」
「おはよう、ロバート……どうしたの？」
ロマノに抱かれ、ぐったりと目をつむっているリュウイチを見て、ウィーバーが言った。
「リュウが熱を出して……どうも扁桃腺炎らしいんだが……今日は８時半からオペが入ってるんだ」
「わかった。ＥＲであずかるわ」
「ありがとう」
ＳＣＥＮＥ３
「あら、エリザベス」
「リュウが熱を出したんですって？ケリー」
「ええ、扁桃腺炎よ」
「カルテを見せて……まだ熱が高いわね……」
「……ママ……」
眠っているリュウイチの目から、涙が一筋こぼれ落ちた。
「夢を見てるんだわ……かわいそうに」
エリザベスは、リュウイチの手をそっと握った。
「昨日は緊急のオペが長引いたの。……ロバートが家に帰ったときは、もうリュウは寝てたらしいんだけど、どうも夕方から調子が悪かったみたい。気付いてやれなくて、かわいそうなことをしたってロバートが言ってたわ」
「ロバートが子供を引き取ったって聞いたときは、どうなるのかしらって思ったけど、けっこうちゃんとパパしてるわね」
「ほんと。意外だったけど」
「まあ、リュウがいい子だっていうのも、ふたりがうまくいってる大きな理由でしょうけどね」
「言えてるわ」
ＳＣＥＮＥ４
「リュウ、調子はどうだ？」
「パパ！」
「どれどれ……午後になって熱が下がってきたな……やっぱり扁桃腺炎か……口をあけてみろ……炎症もだいぶおさまったぞ」
「パパ、今日は僕のせいで朝ご飯を食べそこなっちゃったね。ごめんね」
「あとでちゃんと食べたから大丈夫だ。気にするな。アイスクリームを買ってきたぞ。食べるか？」
「うん！」
「返事は『はい』だ」
「はい」
「じゃあ、パパはまだもうひとつオペがあるから、行くぞ」
「いってらっしゃい」
ＳＣＥＮＥ５
「メリークリスマス、ジェリーさん」
「メリークリスマス、リュウ」
「あのう、これ、この間熱を出したときにお世話になったお礼です。みなさんでどうぞ」
リュウイチは、リボンのかかった大きな箱をジェリーにわたした。
「ありがとう。なんだかいいにおいがするね」
「ピロシキを作ったんです。お口にあうといいんですけれど……」
「じゃあ、僕が代表して味見をしてみるよ……こりゃあうまい！」
「よかった」
「念のために、もうひとつ試してみるね」
「ジェリー！」
「メリークリスマス、ウィーバー先生」
「メリークリスマス、リュウ。食べ物を、ジェリーにわたしてはいけません」
「この間お世話になったお礼です。みなさんでどうぞ」
「こんなにたくさん……気を使わなくていいのに……ありがとう。いいにおいね。さっそくひとついただくわ……おいしい！リュウ、自分で作ったの？」
「はい」
「上手ねえ。ほんとにおいしいわ。あとでレシピを教えてちょうだい」
「はい」
「リュウ。ちょうどよかった。飾り付けを手伝ってくれないかな」
「はい！」
ＳＣＥＮＥ６
「リュウ、今度はモールを貼りつけて」
ジェリーは、リュウイチを肩車した。
「ちょっと届かないなあ……よし、じゃあ、僕の肩の上に立って」
「うわあ、高い」
「ちょっと、ジェリー！あぶないよ。落ちたらどうするの」
「大丈夫、大丈夫、ヘレエ。しっかり支えてるから、心配ないって」
「うっ、やばい。くしゃみが出そうだ…………へっくしょん！」
「わっ！」
リュウイチは大きくバランスをくずし、ジェリーはそれを支えきれなかった。そのままリュウイチはまっさかさまに落下する……。
「……パパ……ナイスキャッチ……」
「おいおい、ジェリー、気をつけてくれ。うちのリュウは君と違っておりこうなんだから、頭を打ったら困るんだ。リュウ、お前も私の息子なら、空中で一回転して着地をきめるくらいのことはしろ」
ＳＣＥＮＥ７
「リュウ、どうしてお前がここにいるんだ」
「熱を出したときにお世話になったお礼に、ピロシキを作って持ってきたの」
「朝早くから一生懸命作ってたのは、これだったのか。どれ……へえ、なかなかうまいな」
「メリークリスマス、リュウ」
「メリークリスマス！エリザベス先生」
「リジーもどうだ？リュウが作ったんだが、けっこういけるぞ」
「いただきます……おいしい！……あら、セーターがおそろい」
リュウイチもロマノも、うすいグレーで胸にＲの文字、左腕に２本のラインが入った、くすんだ赤色のＵ首セーターを着ていたのである。
「リュウからのクリスマスプレゼントだ」
「ひょっとして、手編み？」
「はい、両方とも僕が編んだんです」
「すごいわね、リュウ！素敵なプレゼントだわ。リュウはパパから何をもらったの？」
ロマノとリュウイチが同時に言った。
「言うんじゃない、リュウ」
「ミシンです」
「恥ずかしくないのか。男のくせにミシンだなんて」
「だって欲しかったんだもん」
「いいわよねえ、リュウはかわいいから、ミシンでも」
「そういう問題じゃないだろう、リジー」
ＳＣＥＮＥ８
飾り付けも終わり、リュウイチはＥＲをぶらぶらと歩いていた。
「メリークリスマス、リュウ」
「メリークリスマス……サンタさん」
リュウイチは、サンタクロースの扮装をした、背が高くかっぷくの良い年配の男性に声をかけられ、驚いた。
「君は、ロケットの息子だろう？」
「はい」
『なんだ、サンタさんはパパの知り合いかあ……だから僕の名前を知ってるんだ』
「リュウ、君はパパが仕事をしているところを、見たことがあるか？」
「いいえ」
「じゃあ、こっちにおいで」
サンタクロースは、リュウイチを抱き上げた。
「ほら、パパが見えるだろう」
「はい」
「患者は胸を刺されて、傷が心臓に届いてる。かなりの重傷で、助かる確率は１０％ってところだな……まず、呼吸を助けるために、胸にチューブを入れるよ……でも、酸素飽和度は上がらない……今度はのどにチューブを入れて、空気を送り込む……出血多量で血圧が上がらないから、輸血をするためにセントラルラインを入れた……さあ、今度は胸を切り開いて心臓の傷を縫合するぞ……サワーブラッシュグリップ……さすがはロケット、あっという間だな……さあ、これで患者は助かった」
「……すごい……」
「すごいだろう、リュウ。君は今、奇跡を目撃したんだ……この部屋だけじゃない。病院のあちこちで、奇跡は起こってる。しかも毎日だ。リュウ、考えてごらん。世界中の病院で、毎日たくさんの奇跡が起こっているんだよ……」
「リュウ、大きくなったらドクターになれ。いいか、パパと同じ、すご腕の外科医になるんだぞ」
「え？僕が外科医に？」
「そうだ。君のこの手で、奇跡を起こせ」
「……はい……」
「ようし、いい子だ。約束だぞ」
サンタクロースはリュウイチの頭をなで、キスをした。
「クリスマスプレゼントをあげよう……」
サンタクロースは、リュウイチにリボンのかかった箱をわたした。
「ありがとうございます」
「じゃあ、さようなら、ドラゴン。君に会えてよかったよ」
「さようなら」
ＳＣＥＮＥ９
「おい、リュウ！起きろ！帰るぞ」
「……パパ……あれ？僕、ロビーのいすで寝ちゃってたの？」
「寝ぼけるな」
「さっきまでサンタさんと一緒だったのに……」
「おいおい、何をわけのわからないことを言ってるんだ。大丈夫か？落っこちたとき、頭は打たなかっただろう？」
「……夢だったのかなあ……」
「これは何だ？」
「あ！サンタさんにもらったプレゼントだ！何をくれたんだろう……わあ！聴診器だ！」
「どれどれ……本物だな……新品じゃない。誰かが使ってたやつだな」
「ロバート！あなたに電話よ」
「もしもし……ギル！久しぶりだな……なんだって！…………そうか……知らせてくれてありがとう」
「……ドクター・マクダーモットが亡くなった……」
「ドクター・マクダーモットって、”ミラクル”マクダーモット？」
「そうだ」
「いつ亡くなったの？」
「今日の昼過ぎ、オペが終わった直後に倒れてそのまま……心筋梗塞らしい」
ＳＣＥＮＥ１０
夕食の後、リュウイチのピアノを聞きながら、ロマノは静かにブランデーを飲んでいた。
「パパ、今日誰か亡くなったの？」
「ああ……ドクター・マクダーモット……パパの恩師だ。『ミラクル』っていうあだ名のとおり、すご腕の外科医だった……」
次の日リュウイチは、マクダーモットの死亡記事の写真を見て驚いた。
『……サンタさん！……でも、まさか……』
「パパ、僕にマクダーモット先生の写真を見せてもらえる？」
「なぜだ」
「パパの先生ってどんな人かなと思って……あ、でもパパが嫌だったらいいんだ」
「いや、いいぞ。ちょっと待ってろ」
「マクダーモット先生って、大きい人なんだね」
「６、７年前の写真だからな。今はもっと恰幅がよくなってる」
『やっぱりサンタさんに似てる……』
リュウイチは自分の部屋に戻って、サンタからもらった聴診器をながめた。
『……こんなところに小さい字で何か書いてある……Ｍ．Ｍ．Ｍって……モーガン・ミラクル・マクダーモット！』
リュウイチはベッドに引っくり返った。
『だって、僕がサンタさんに会った時刻には、もう先生は亡くなってたのに……うーん……昨日はクリスマスだったから、奇跡が起きたのかも……でも、先生はなんのために病院に来たんだろう……まさか僕に会うためじゃないだろうし……きっとパパの顔を見に来たんだ……でも、パパには話せないなあ……話したらきっと、僕の頭が変になったって、心配するもの……』
リュウイチは、聴診器を机の引き出しにしまった。
『ドクターになったときに、使わせていただきますね、マクダーモット先生……』
ＳＣＥＮＥ１１
「ロバート、最近バンダナが新柄なのね」
「クリスマスに買ってやったミシンで、リュウが作ったんだ。どうだリジー、好きなのがあったらやるぞ。２０枚もあるんだ。ほら」
「すごいわね……チューリップと、それからこのピンクの花柄、もらってもいいかしら」
「どうぞどうぞ」
「ありがとう」
「どういたしまして。まったくリュウのやつときたら、バンダナの次は、なべつかみにランチョンマット、枕カバーとベッドカバー、その次はパジャマ……手術着を作ってくれるって言うのを断ったら、今度はシャツを作るとかはりきってるんだ。いったい何を考えてるんだか……」
ＴＨＥ ＥＮＤ
お読みいただき、ありがとうございましたm(_
_)m
季節柄、『クリスマス・エピソード』を書いてみました(^^)ＥＰＩＳＯＤＥ２と３の間のお話ということになります。
次回は、もうひとつクリスマス・エピを書きたいと思っています。ＥＰＩＳＯＤＥ２２のあとのお話になる予定です。クリスマスまでにＵＰしたいと思いますので、また読んでやってくださいませm(_
_)m