ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＥＰＩＳＯＤＥ９ 「Ａ ＶＡＭＰＩＲＥ」
ＳＣＥＮＥ１
「もしもし……はい、そうです。……ドクター・ロマノでしたら、こちらではなくオフィスの方に……ドクター・ロマノは診療部長ですが……リュウイチ？わかりました。リュウイチ・ロマノですね。はい、お待ちください」
「リュウ、あなたに電話よ。シカゴ大学のモーリス教授から」
ウィーバーは、リュウイチに受話器を渡しながら言った。
「それと、教授はドクター・ロマノっておっしゃってたけど、あなたは医学生で、ドクターじゃありません」
「すみません、ウィーバー先生。……もしもし、お待たせしました。リュウです。ご無沙汰してます。お元気ですか？はい……ええ、９月から病院で研修が始まったので、とても忙しいです。……学会？はい、忘れてません。できるだけ出席しようと思ってます。ただ、研修の日程が……はい、わかりました。論文の方は、少しずつ書いてはいるんですが、今はなかなか余裕がなくって……はい、すみません。あ、それから先生、病院では『ドクター・ロマノ』って言うと父と紛らわしいので、すみません、お願いします。 ……え！そうなんですか。それは大変ですね……え？ち、ちょっと待ってください！それは困ります！研修の真っ最中に、そんなこと絶対に無理です！『了承は取ってある』って、僕の了承を先に取ってください！絶対に絶対に絶対にだめです！できません！……もしもし、もしもし、モーリス先生！…………くそっ！」
リュウイチは受話器を電話にたたきつけ、受付のカウンターをこぶしで殴ると、髪の毛をかきむしった。
「リュウ、いったいどうしたの？」
「ウィーバー先生……２ヶ月くらい、毎週水曜日の午前中、研修を抜けるわけにはいかないでしょうか。数学の講義があるんです」
「そうねえ……いいわ、許可します。そのかわり、水曜日はその分延長になるわよ」
「ありがとうございます！助かります！」
「まあ、恩師の講義だったら、出席しないわけにはいかないでしょうし、特別措置です」
「あ……先生、講義を聞くんじゃなくて、僕が講義をするんです。数学科の先生の一人が急病で入院したらしくって、そのピンチヒッターが僕にまわってきたんです」
「あなたが講義を？」
「ええ、一応数学のドクターを持ってるので……。モーリス先生はとってもいい先生なんですけれど、思い込みが激しいところと、強引なところがあって……時々困ることがあるんです。ああ、でもよかった！ありがとうございます！」
ＳＣＥＮＥ２
「カーター、リュウを見かけなかった？」
「いいえ。大学に行ってるんじゃないですか？」
「それは昨日。今日は木曜日だよ。腰椎穿刺をやるから見学させようと思ったのに、どこへ行ったんだろう」
「そういえば、僕の知り合いが言ってたんだけど、リュウが担当してる講義、女の子でいっぱいらしいですよ」
「あの子はもてるよ。かわいいもの。……あ、君、女子大生とつきあってるな」
「いいえ」
「じゃあ、なぜリュウの講義の様子がわかるんだ？」
「親戚の子が通ってるんです」
「隠さなくてもいいよ。今夜はハロウィンデートなんだろ？」
「マーク」
「あ、エリザベス」
と、そのとき、
「ハロウィンおめでとう、エリザベス先生」
それはドラキュラに扮したリュウイチだった。黒のマントでエリザベスを包み、首筋にキスをする。エリザベスは、リュウイチの黒い瞳に吸い込まれてしまいそうな気がした。
『今日のリュウは、かわいいっていうより、セクシーでとってもきれい……いやだ、私ったらドキドキしてる……』
「リュウ、どこにいたんだ。さっきから探してたんだよ」
「すみません、グリーン先生。頼まれて、小児科のハロウィンパーティでピアノを弾いてたんです。ウィーバー先生には許可をもらったんですが……」
「それでドラキュラかあ。リュウは髪も目も黒いから、よく似合ってるよ。じゃあ、カーテン２号の患者に腰椎穿刺をするから、見学しなさい。先に行ってて」
「はい」
「エリザベス……エリザベス！」
「え？」
「どうしたの？ぼんやりして」
「別に。ぼんやりしてなんかないわよ」
「今夜は時間通りに終われそう？」
「ええ、たぶん大丈夫よ」
「あれ、バラの花だ」
「あら、ほんと。リュウのしわざね……」
エリザベスの白衣の胸ポケットには、赤いバラがさされていた。
「かっこいいなあ。今夜リュウにドラキュラの衣装借りちゃおうかな」
「女子大生に見せるの？カーター」
「あら、クレオ、その赤いバラ、もしかしてリュウ？」
「そうなの。あら、あなたもなのね、チェン」
「ええ。でも、今日のリュウって、なんだかセクシーでどきどきしちゃった」
「私も……どうしてかしら。いつもはかわいいって感じなのに」
「ドラキュラの衣装のせいかもね……あ、見て見て！リュウがケリーにキスするわよ」
「ケリーだけ、とばすわけにはいかないものね」
「大変よ、そんなことしたら」
「パパ、ハロウィンおめでとう」
「ハロウィンおめでとう、リュウ。今年はドラキュラか」
「小児科のハロウィンパーティにこの格好で行ったら、子供たちに大受けだったんだよ」
「子供だけじゃないだろう」
「？」
「さっきＥＲに行ったら、この赤いバラを胸にさした女どもが、ぼーっとしとったぞ」
ＳＣＥＮＥ３
その日の夜……。
「カーター、時間が気になるんだろう」
「グリーン先生、からかわないでくださいよ」
「おっ、カーター！デートか」
「そうなんだ、ピーター。カーターは女子大生と付き合ってるんだ」
「へえ」
「違います」
「みんな楽しそうだね」
「ルカ、今日は夜勤？」
「そう。みなさんと違って、デートの相手もいないからね」
「またまた、もてるくせに」
「あ、あの子かわいい」
「どの子だ？」
「こっちに歩いてくる、ブロンドで青い目の赤いドレスの女の子」
「ほんとだ、かわいいな。カーターの彼女か？こっち見て笑ったぞ」
「知らない子です。でも、かわいい……」
「じゃあ、ルカの知り合い？」
「いいや。でも知り合いになりたいね」
「同感」
赤いドレスの女性は、いきなり
「ハロウィンおめでとう！」
と抱きつきながら、４人のほおに次々とキスをした。４人は突然のことに驚いて、固まってしまった。女性はくすくすと笑いながら、小走りにかけていく……。
「びっくりした……」
「僕もだ……」
「ふう……なんだあれは」
「アメリカの風習？」
「びっくりしたけど……幸せ」
カーターの言葉に、ほおに手をあてながら、全員がうなずいた。
「あ、あの子、ロマノ先生と話してる」
女性は何かロマノと話をしていたが、４人の方を見てにっこり笑い、投げキスをして向こうへ行ってしまった。
「うちの息子にキスされたのがそんなにうれしいか？」
ロマノの言葉にみんながあ然となった。
「ま、まさか！」
「リュウ？だって目が青かったし……」
「カラーコンタクトを入れてるって言ってたぞ。そこまでするうちの息子も息子だが、ひっかかるのも情けないな」
ＳＣＥＮＥ４
「お待たせ、ロバート」
振り返ったロマノは絶句した。
「……シオン……」
「どう？ママにそっくりでしょう。ごめんね、お化粧し直して着替えてたら、遅くなっちゃった。今日３回目の仮装はママってことで……」
「リュウ、まさかお前、女装が趣味なんじゃないだろうな」
「違うよ、パパ」
「くせになるなよ」
「心配しないで」