ＴＨＥ　ＧＥＮＴＬＥ　ＤＲＡＧＯＮ

ＥＰＩＳＯＤＥ７　　「ＴＨＥ　ＦＩＲＳＴ　ＤＡＹ」

ＳＣＥＮＥ１
　「おはよう、ケリー。探し物？」
「おはよう、マーク。ええ、今日から医学生が一人来る予定になってるのよ。その書類をここに置いたと思ったんだけど……」
「僕は知らないよ」
「おはようございます」
「……リュウじゃないか！久しぶり！」
「……大きくなったわね！リュウ！」
「ご無沙汰してます。グリーン先生、ウィーバー先生」
「いくつになった？」
「もうすぐ１７です」
「ドリームコンサートはどうだったの？」
「ええ、今回も大盛況で、とても楽しかったです。今年は最終日が東京だったので、京都まで足をのばして、少し遊んできたんですよ。あ、これおみやげのお菓子です。みなさんでどうぞ」
「ありがとう…………うん、おいしい」
「……あった！もう！誰かが上に別の書類を置いてたんだわ……リュウイチ・ロマノ？……リュウ！研修に来る医学生ってあなただったのね！」
「はい。どうぞよろしくお願いします」
「最初の研修がＥＲとは、運がいいよ」
「？」
「ここで生き残れたら、どこでもやっていけるってことよ。さあ、この白衣に着替えて、ラウンジに荷物を置いていらっしゃい。マークが案内してくれるわ」



ＳＣＥＮＥ２
　「カルテはここ、ボードには患者の名前と主訴と担当者の名前、処置を書くんだ。わかった？」
「はい」
「じゃあ、ドクター・グリーンのＥＲツアーに出発しよう。と言っても、リュウは小さいころ、ここが遊び場だったから、だいたいわかるよね。診察１号、２号、カーテンの１号、２号……カーター！新しい医学生だ」
「……リュウ！大きくなったなあ……」
「よろしくお願いします」
「……外傷１号、２号……薬品はここ、ラボはあっち、放射線科はむこう……ルカ、新しい医学生のリュウイチ・ロマノ」
「初めまして、リュウイチ・ロマノです。リュウって呼んでください。よろしくお願いします」
「ドクター・コバッチュだ。こちらこそよろしく」

　「研修の前に何かパパに言われた？」
「ええと、『知ったかぶりをするんじゃない。できないことはできないってちゃんと言え。知ったかぶりはお前と患者の”命取り”になるんだぞ』って言われました」
「それはとっても大切なことだよ」
「はい」
「……縫合室にカーテン３号、４号……チェン、医学生のリュウイチ・ロマノだ」
「初めまして。よろしくお願いします。リュウって呼んでください」
「ドクター・チェンです。よろしく……ロマノって、ロマノ先生の？」
「はい、息子です」
『ロマノには全然似てないわ……かわいい子ねえ』
　
　「……はい、終わり」
「ありがとうございました」
「グリーン先生！交通事故の７歳の女の子が運ばれてきます！」
「わかった！リュウ、一緒に来なさい」
「はい！」



ＳＣＥＮＥ３
　「リュウ、バッグを続けて！僕はチェストチューブを入れるから、カーターはセントラルラインを入れて！」
「交通事故ですって？……あら、リュウ！……研修？」
「はい。エリザベス先生、よろしくお願いします」
「よろしく……肺と心臓が大きく傷ついてるわ……腹腔内もかなり出血してる」
「ラピッドインフューザーにつないで、Ｏマイナスをあと４単位」
「血圧、６０の４０に低下」
「心停止！」
「開胸する。開胸セットをちょうだい」
「……肺も心臓も損傷がひどすぎる……だめ、修復できない。残念だけど……かわいそうに……」
「リュウ、バッグをやめて」



ＳＣＥＮＥ４　
　リュウは呆然とたたずんでいた。
「ご両親がみえました」
「リュウ……リュウ！」
グリーンに呼ばれて、リュウははっと我に返った。自分とグリーン以外はもう誰もいない。
「これから僕が御両親に説明するから、君も側にいなさい。いいね」
「……はい」
　少女の両親が入ってきて、遺体と対面した。
「……マーシャ！……」
「……どうしてこんなことに！……」
「……いやーっ！」
泣き崩れる母親を、父親が抱きかかえた。片手でぐいと乱暴に涙をぬぐう……。
 
　リュウはふたりからそっと顔をそむけ、床の方に目をやった。と、赤いスニーカーが転がっているのが見えた。リュウイチはスニーカーを手に取った。
『……ちっちゃい靴……もうこの靴もはけないんだ……』
いきなり涙がこみ上げ、あふれだす。
「お嬢さんの治療をした、ドクター・グリーンです」
「ラスマンです……」
「お嬢さんは、重い怪我を負われて……特に肺と心臓の損傷が……」
　グリーンは言葉をきった。リュウが嗚咽しているのだ。
「……ごめんなさい……」
リュウはスニーカーを遺体の傍らに置くと、外傷室を飛び出した。



ＳＣＥＮＥ５
　「リュウ……こっちに来なさい。ラスマンさんご夫妻が、君に会いたいそうだ」
グリーンは縫合室の片隅で泣いているリュウに声をかけた。
「グリーン先生……すみません……」

　ラスマン氏が口を開く。
「君はなぜ泣くんだ。うちの娘のマーシャと君とは、何の関係もないだろう」
「……すみません……僕は医学部の３年生で、今日が研修の初日で、マーシャちゃんは僕の一番最初の患者さんでした……床にマーシャちゃんの靴が落ちていたんです……手に取ったらとてもちっちゃくて……このくつをはいて、歩いたり走ったり、笑ったりおしゃべりしたりしていたんだなって……これからも、いっぱいいろんなことをこの靴と一緒にするはずだったのに……もう何もできなくなってしまったんだなって思ったら、涙が止まらなくなってしまって……。御両親のお気持ちも考えずに、自分の感情を爆発させてしまって本当にごめんなさい……」
 
 「娘の……マーシャのために泣いてくれてありがとう。マーシャのためにも、がんばって立派なドクターになってくれ」
「……ラスマンさん……」
「……これは、あの子がいつも身に着けていたものなんだけれど、もらってやってちょうだい」
ラスマン婦人が差し出したのは、細いチェーンに通された、ベビーリングだった。
「……こんな大切なものを僕がいただくわけには……」
「いいえ、いいのよ。あの子のことをいつまでも覚えていてやって。……そして、いいドクターになってちょうだい。あなたがいつか立派なドクターになってくれたら、それは私たちとマーシャの救いになるわ。……勝手なお願いで、あなたは迷惑かもしれないけれど……」
「いいえ、迷惑だなんて……。僕、マーシャちゃんのこと、そしておふたりの悲しみのこと、一生忘れません。早く一人前のドクターになって、ひとりでも多くの患者さんを救えるようになります」
　
　グリーンとリュウは外傷室を出た。廊下を歩きながらグリーンが言った。
「泣くのは簡単だ。誰にでもできる。でも君には、もっと他にすること、できることがあるはずだよ」
「はい……すみません」
「でも、マーシャのことをかわいそうだと思った気持ち……ずっと忘れないで」
「……はい……」
「じゃあ、しばらく休憩しておいで。屋上にでも行って、風に吹かれるといいよ」
「……はい、ありがとうございます……」



ＳＣＥＮＥ６
　「やあ、グリーン。うちの息子の姿が見えんようだが」
「……えーと、リュウは、さっき交通事故の７歳の女の子が運ばれてきて……」
「血を見てひっくり返ったのか！」
「いいえ、あー、その子が亡くなったのがショックで泣いてしまって……」
「なんだと？」
「ちょっと今、屋上に……」
「あの馬鹿！」
「あっ！ちょっと！ロマノ先生！」
ロマノはエレベータの方へ走って行ってしまった。

　「グリーン先生、まずいよ。リュウ、パパに大目玉をくらっちゃうよ」
「……しまった……言うんじゃなかった……」



ＳＣＥＮＥ７
　リュウは屋上の手すりにもたれて、ぼんやりと景色をながめていた。
「おい！ＥＲの床が涙で水浸しになってたぞ」
「……清掃部に拭いておいてくれるように頼んだんだけど……ごめんね、パパ、不肖の息子で……」
「泣くひまがあったら、さっさと一人前になれ」
「はい」
「お前、首に何をつけてるんだ？」
「亡くなった女の子のベビーリング。女の子のママがくれたんだよ」
「そうか……その子のこと、忘れるな」
「……はい……」




ＥＰＩＳＯＤＥ８　「ＨＩＳ　ＦＩＳＴ」へ続く

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