ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＥＰＩＳＯＤＥ５ 「ＴＨＥ ＧＩＦＴ」
ＳＣＥＮＥ１
リュウイチがロマノに引き取られてから１年が過ぎたある日のこと……。
「アビー、相談にのってくれる？」
「なあに、カーター」
「おばあちゃんの誕生日のプレゼント、何がいいかなって思って」
「なんで私に相談するわけ？」
「……なんとなく……」
「……まあ、いいけど。そうねえ……あなたの家はお金持で何でも買えるから、形のないものの方がいいんじゃない？」
「形のないものって？」
「ほら、子供のころ、絵を書いたり、歌を歌ったりしなかった？」
「でも、僕、大人だよ」
「ちょっと、なにもあなたに歌を歌えなんて言ってないわよ。誰か子供に頼むの。その子に歌ってもらうとか……あー、たとえばハッピーバースデーとか、ミッキーマウスマーチとか……何か楽器が弾ければもっと都合がいいわ」
「それいいね。目先が変わってて、きっとおばあちゃんも喜ぶよ。さて、誰に頼もうか……」
「彼なんかいいんじゃない？」
「あ、ほんとだ。あの子ならかわいいし、ちょうどいいよ。おーい、リュウ！」
一階のロビーで、いすに座って本を読んでいたリュウイチは、にこにこしながらふたりのほうにやってきた。
「こんばんは。カーター先生、アビーさん」
「こんばんは。パパと待ち合わせ？」
「はい、そうなんです」
「こんばんは、リュウ。君、何か楽器弾ける？」
「ええ、ピアノなら」
「そりゃあ好都合だ。実は今度の木曜日に僕のおばあちゃんの誕生日パーティがあって、君にピアノを弾いてもらいたいんだけど」
「はい、わかりました。僕のピアノでよかったら喜んで。パーティでは何の曲を弾けばいいですか？」
「えーと、ハッピーバースデーとミッキーマウス・マーチと……あともうひとつはリュウの好きなのを弾いて」
「……ミッキーマウス・マーチ……おばあさまミッキーマウスがお好きなんですか？」
「……え？うん、昔からね……じゃあ、木曜日の６時にここで待ち合わせ。よろしく」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
「ちょっと、カーター！」
「なに？」
「ハッピーバースデーとミッキーマウス・マーチはたとえばの話だったのに……いいの？ミッキーマウス・マーチで」
「え、そうだったの？……大丈夫だよ、たぶん……リュウはかわいいから、それでごまかせるよ」
「私しーらない」
「知らないじゃあすまないよ」
「どういうこと？」
「君もパーティに来て」
「どうして私が？」
「だめ？」
「……いいわ、行ってあげる」
「どうもありがとう」
「どういたしまして」
ＳＣＥＮＥ２
木曜日の夕方、リュウイチはタキシード姿で、ロマノのオフィスに顔を出した。
「パパ！」
「リュウ。どれ、見せてみろ。蝶ネクタイが曲がってるぞ……これでよし。なかなか似合うじゃないか……。パーティでは、失礼のないようにしろよ。じゃあ、８時に迎えに行くからな」
「はい」
「おばあちゃん、こちらは友人のアビー・ロックハート」
「アビーです。お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう。よく来てくださったわね」
「こちらはリュウイチ・ロマノ。彼にはあとでピアノを弾いてもらうことになってるんだ。それが今年の僕のプレゼント」
「リュウイチです。リュウって呼んでください。お誕生日おめでとうございます」
リュウイチは、ミリセント・カーターに小さなブーケを渡した。
「まあ、きれいなお花ね。どうもありがとう。ピアノ楽しみにしてるわ。何てかわいい子なんでしょう。リュウ、エスコートしてくださる？」
「はい、ミセス・カーター」
「おばあちゃんでいいわよ」
「じゃあ、おばあさまってお呼びします」
「おばあちゃま、すっかりリュウのこと気に入ったみたいね」
「そうだね。これでミッキーマウス・マーチでもきっと大丈夫だよ」
「だといいけど……」
リュウイチは一礼するとピアノに向かった。ハッピーバースデーのメロディが流れ出す。
「うまい」
「上手ねえ」
カーターとアビーはささやきあった。それはパーティーに出席した他の人々もそう思ったらしく、どよめきがさざ波のように広がっていく。
「さあ、次が問題だ……」
次は、とても意外な曲目に一瞬笑い声がもれたが、すぐに静かになった。
「なんだかゴージャスなミッキーマウス・マーチねえ」
「ほんとだ。すごいアレンジ」
３曲目は、ショパンの『華麗なる大円舞曲』だった。
「うわ、すごすぎる」
「なんでこんなにうまいの？」
「知らない」
戻ってきたリュウに、ミリセントがキスをする。
「とっても上手だったわ」
「ありがとうございます」
拍手はいつまでも鳴り止まなかった。
「アンコールよ。リュウ、あなたショパンの『革命』は弾ける？」
「はい」
「じゃあ、弾いてちょうだい。私あの曲、大好きなの」
人々はうっとりとした表情でリュウのピアノを聞いた。終わるとまた、拍手の嵐だった。
「リュウ、またアンコールよ。さあ、行ってらっしゃい」
リュウはピアノを弾きながら歌いだした。
「あ、『野ばら』だ。ちゃんとドイツ語で歌ってる」
「ウィーン少年合唱団みたい」
「ジョン、すばらしい贈り物をありがとう」
「どういたしまして。おばあちゃんに喜んでもらえてよかった」
「ひとつ聞いていい？」
「なあに、おばあちゃん」
「どうしてミッキーマウス・マーチだったのかしら」
「……え？……リュウが好きなんじゃないかな、ミッキーマウス……」
ＳＣＥＮＥ３
「……ふう……」
リュウイチはオレンジジュースを一気飲みし、ため息をついた。
「チョコレートケーキはいかが、ピアニストさん」
見知らぬ女性が、ケーキがのった皿をリュウイチに差し出す。
「ありがとうございます」
甘い物好きのリュウイチが、大喜びでケーキを受け取ろうとしたそのとき、男がリュウイチをいきなり抱えあげた。
「きゃあ！」
女性がびっくりして悲鳴を上げる。
リュウイチは逃れようと必死になって暴れるのだが、男はがっちりとリュウイチを横抱きにしていて、びくともしなかった。男はそのままずんずん歩き出す。そのひげ面の巨漢にはまったく見覚えがなく、リュウイチの恐怖はつのった。
「離して！カーター先生、助けて！」
「ちょっと、何をするんです。その子を離して！」
とんできたカーターが、男にくってかかる。そこへミリセントがやってきた。
「まあ、ニック、いったいどうしたというの？」
「おばあちゃん、この男と知り合いなの？」
「ええ……」
男が口を開いた。
「この子は何者なんですか？ミセス・カーター」
「何者って、ジョンの知り合いよ」
「僕の勤めているカウンティ・ジェネラルの診療部長の息子さんです」
「医者の息子？そんな馬鹿な……。音楽の世界は広いようで狭い。こういう子の存在は、噂にならないはずがないんです」
「それは、リュウのピアノがとても上手だっていうことなの？ニック」
「ええ……坊や、誰にピアノを習った？」
「……亡くなった義理のパパです」
「義理のパパの名前は？」
「シュウ・タカミザワ」
「……シュウ・タカミザワだって？それで納得がいったぞ！君はシュウ・タカミザワ秘蔵の宝物ってわけだ！」
「……あのう、おろしてもらえますか？」
「……ああ、ごめん、ごめん。頭に血が上ってしまって……」
床に下りたリュウイチは深いため息をついた。
「坊や、明日僕の仕事場に来て。みんなに紹介するから」
「……」
「ニックは、シカゴ交響楽団のフルート奏者なのよ」
「フ、フルート？」
「ぴったりだろう？フルートは僕に。ニック・ウィーズナーだ。よろしく」
「こちらこそよろしくお願いします。リュウイチ・ロマノです。リュウって呼んでください」
ＳＣＥＮＥ４
１ヵ月後、リュウイチはシカゴ交響楽団と競演をはたし、シュウ・タカミザワの秘蔵っ子、弱冠１１歳のピアニストの話題は、全米中を駆け巡った。それからというもの、あちらこちらのオーケストラから競演のオファーがきたり、ＣＤや写真集の話が舞い込んだりするようになった……。
「来週はどこへ行くんだ？リュウ」
「えーと、ニューヨーク。３週間したら帰ってくるからね」
「一人で大丈夫か？」
「はい」
「なんだかあわただしいな……」
「でも、忙しいのはしばらくの間だけだよ。みんな絶賛してるけど、僕は自分のピアノがそこまでうまいとは思わないんだ。僕が１１歳だってことと、シュウ・パパが若くして非業の死を遂げたってことで、好意的にみてくれてるんだよ。それに顔がかわいいから、商品価値があるんだと思う。だから、そのうち飽きられちゃうと思うな……」
「パパ、いつものようにおかずを作り置きして冷凍庫に入れておくから、僕がいない間、面倒くさいからって、外食ばっかりはだめだよ」
「わかった」
「掃除もきちんとしてね。この前帰ってきたとき、階段の隅にほこりがたまってた」
「ほこりがたまったって、死にはしない」
「パパ！」
「わかったわかった。うるさいなあ。だんだんママに似てきたぞ、お前」
「パパ、それって娘に言うせりふだよ……」