THE GENTLE DRAGON

 

 

 

EPISODE3  「FATHERS AND SONS」

 

SCENE1
 リュウイチは
学校の帰りにカウンティ・ジェネラルに寄った。今夜は外で食事をしようとロマノが提案したのである。何でも最近できた中華料理店がおいしいとの評判なので、そこへ連れて行ってくれるらしい。食いしん坊のリュウイチは、
『北京ダックは、はずせないな』
などと考えながら、1階のロビーでロマノを待っていた。
 「ベントン先生は手術が長引いて、まだ1時間くらいあがれないって外科から言ってきたよ」
「えーっ!私は店に出なくちゃいけない時間なのに。もうっ!ピーターったら!」
リースを抱いたカーラが怒っている。
「あのー、ランディさん、ベントン先生の手術って、うちのパパも一緒ですか?」
「ちょっと待って、聞いてあげる……リュウ、やっぱりあんたのパパも一緒に手術してるってさ」
「ありがとうございます。カーラさん、よかったら、僕がリースを預かります。僕、ここの外科医のロマノの息子のリュウイチです。僕もパパと待ち合わせをしているんですけど、パパとベントン先生は一緒に手術をしているらしいので」
「助かるけど、ほんとにいいの?」
「ええ、リースとは何度か遊んだことがあって、僕にけっこうなついてるんですよ」
「じゃあ、お願いしちゃうわね。どうもありがとう。リース、おりこうにしてるのよ」
カーラはリュウイチにリースを渡すと、大急ぎで出て行った。
「外科に連絡して、リュウがリースを預かってるって、ベントン先生に伝えてもらおうか」
「はい、お願いします」

 「ほーら、リース、うさぎさんだよ」
リースをロビーのいすに座らせると、リュウイチはコートのポケットから毛糸の手袋を引っ張り出して、うさぎの指人形を作った。指にはめて踊らせると、リースは大喜びである。次はハンカチを使った『いないいないばあ遊び』で、これもリースには大受けであった。そうこうしているうちに30分がたち、遊びの種もつきたので、散歩に出かけた。大通りを走る車を眺めたり、電車を眺めたりして20分ほど時間をつぶし、病院へと戻る。再びロビーのいすに座っていると、リースがぐずりだした。
「かわいそうに、眠くなったんだ……」
しばらくあやしていたが機嫌が直らないので、リュウイチはリースを抱き上げ、廊下を歩いた。リースはきょろきょろとあたりを見回している。
「ご機嫌が直った?リース。もうちょっと向こうへ行ってみようか。ストレッチャーにひかれないように気をつけなくっちゃ……」
 縫合室の前を通りかかったとき、いきなりドアが開いて中から男が飛び出してきたので、リュウイチはびっくりして立ち止まり、思わずリースをぎゅっと抱きしめた。黒いロングコートを着たその男の手には、なんとボウガンがにぎられている。
「赤ん坊をこっちにわたせ!俺は黒人を根絶やしにしてやるんだ!」
『……こいつ、狂ってる!……どうしよう、リースが殺されちゃう!』
助けを呼ぼうにも、あいにく近くには誰もいない。それに相手は狂人である。大声を上げても、逃げずにリースを殺すだろう。
「渡さないのなら……」
男はボウガンをかまえた。矢はまっすぐにリースを狙っている。
「心配するな、お前には当たらないから……」
男の指は、何のためらいもなく引き金を引いた。その瞬間、リュウイチはリースを抱いたままくるりと後ろを向く。と同時になぐられたような衝撃が背中の左側を襲い、リュウイチは前に倒れた。
『……いけない……リースが下敷きになる……」
必死に身体をひねった。激痛がリュウイチを襲う……。



SCENE2
 リースとリュウイチを探していたベントンは、ボウガンをかまえている男と、その前で立ちすくんでいるリュウイチを見つけ、愕然とした。その瞬間、矢が発射され、同時にリュウイチがくるりと後ろ向きになり、前のめりに倒れた。ベントンがリュウイチの側に駆け寄ったとき、男は床にひざをついて頭をかきむしり、
「……な、なぜだ!……なぜ、このちびは黒人をかばったんだ!」
と叫んでいた。通りかかった看護士が落ちていたボウガンを遠くへ蹴り飛ばし、男を取り押さえた。
「警備を呼んでくれ!警察に連絡しろ!」
あたりが騒然となる。
 ボウガンの矢はリュウイチの左背部に命中していた。ベントンは大泣きしているリースを自分の傍らに置くと、リュウイチを抱き起こした。
「リュウ!」
「……ベントン先生……リースは無事?」
「……無事だよ……」
「……よかった……」
「……おい、しっかりしろ、リュウ!リュウ!……誰かストレッチャーを持って来い!早く!」


SCENE3
 「リジー、今日これからリュウと中華料理を食べに行くんだが、君も一緒にどうだ?」
「そうね……ご一緒します」
「そうか!リュウのやつ喜ぶぞ。あいつ、リジーのことを、美人でやさしくてかっこいいから大好きだなんて家でよく言ってるんだ」
「まあ……」
一番喜んでいるのはロマノ自身なのではないかと思いながらも、リュウイチが自分のことを好いているということを知って、悪い気はしないエリザベスであった。
「あ、そういえば、リュウは君をおこらせるようなことを言ったりしたりしたのか?」
「いいえ、いつもとってもいい子よ」
『私をおこらせるようなことをいつも言ったりしたりするのは、あなたよ、ロバート』
「そうか……」
「どうかしたの?」
「いや、リュウが『エリザベス先生っておこるとこわいんだね』って言うから……。もちろん私は何も言っとらんぞ」
『きっとマークが言ったんだわ……マーク!おぼえてらっしゃい!』
 そのときロマノのポケベルが鳴った。
「……なんだ、ERから呼び出しか?おいおい、かんべんしてくれ。私はもうオフなんだ」
看護婦が駆け込んでくる。
「ロマノ先生!お子さんがボウガンで背中を撃たれて、ERに運び込まれたそうです!」
「何だって!」


SCENE4
 外傷室に飛び込んだロマノは、うつぶせに寝かされたリュウイチの左背部に、ボウガンの矢が深々と突き刺さっているのを見て絶句した。
「ロマノ先生、すみません!坊やはうちのリースをかばって撃たれたんです」
「お前の息子は無事だったのか?」
「はい……」
「よかったな。行って息子の面倒をみてやれ」
「いえ、先生……」
「レントゲン写真は?」
「今届きました」
チュニーが写真を手渡す。
「……ちくしょう!矢が心臓に刺さってる……。出血はどのくらいだ?」
「1リットルです。血圧は80の60、酸素飽和度は95パーセント」
「輸血は?」
「Oマイナスを2単位、ラピッドインフューザーで」
「よし!このままオペ室に連れて行く」
「私も行きます!」
「ピーター、お前はいい」
「手術を手伝わせてください」
「いいか、ピーター。お前の息子をかばってリュウが撃たれたことに、責任を感じる必要はない。リュウも喜ばん。こいつはそういうやつだ。……リュウは死なない。俺がこの手で必ず助ける。だから、お前も自分の息子の側にいてやれ。どこもけがしてないかよくみてやれよ」
「……先生……」
 「ロバート……」
「リジー……」
「手伝うわ」
「ありがとう、よろしく頼む」
 「坊やの意識が戻りました!」
「リュウ、大丈夫だ。心配するな。パパが治してやる」
「……パパ……愛してるよ」
「……パパもだ……」



SCENE5
 「北京ダックを食べそこなったな」
「経過は順調なのね……」
「ああ、さっき抜管した。もうそろそろ麻酔からさめるだろう……。リジー、ありがとう」
「どういたしまして」 
「もう帰ってくれていいぞ」
「ええ……」
 ロマノはそっとリュウイチのほおをなでた。リュウイチがうっすらと目を開ける。
「リュウ……」
「……パパ……リースは無事?」
「ああ、大丈夫だ。ピーターと一緒に家に帰った」
「……よかった……パパ、僕、北京ダックを食べそこなっちゃった……」
「……食いしん坊め!……苦しくないか?」
「……うん……パパ、助けてくれてありがとう……」
「リジーにもお礼を言いなさい」
「……エリザベス先生、ありがとう……」
「どういたしまして。早く元気になってね」
「さあ、もう子供は寝る時間だ」
「……うん……」
「返事は『はい』だ」
「……はい……」
 また眠りに落ちたリュウイチをながめながら、ロマノは言った。
「リジー、俺は今までこわいものなしでやってきだが、弱みができた。……こいつだ……」



SCENE6
 次の日の午後、リュウイチはICUを出て病室に移った。
「ベントン先生」
「リュウ、具合はどうだ?」
ベントンはリュウイチのカルテをチェックしている。
「……順調だな。よかった……」
「先生、リースは元気にしていますか?」
「ああ、どこもけがしてないし、こわい目にあったことも覚えてないみたいだ。夕べもぐっすり眠って、朝からおおはしゃぎだ」
「よかった……」
 ベントンはベッドの脇のいすに腰をかけて言った。
「リュウ、リースを守ってくれて、どうもありがとう。リースのせいで君が大けがを負ってしまって、本当にすまないと思ってる」
「先生、気にしないでください。僕があんなところを通らなければよかったんです。僕の方こそ、リースを危ない目にあわせてしまってごめんなさい。リースが無事で本当によかった。それに、大けがといっても、パパが治してくれて、3週間ぐらいで退院できるし……」
 「……リュウ、君はパパのことが好きか?」
「はい、大好きです」
「……そうか……リースも俺のこと好きなのかなあ……」
「もちろんそうに決まってますよ。先生は、リースのこと大好きでしょう?」
「ああ、大好きだよ」
「父と息子って、そういうものでしょう?うまく言えなかったり、態度で示せなかったりするけど、相手のことをとっても愛している……」
ベントンは何も言わずに、その大きな手でリュウイチの頭をなでた。



SCENE7
 「リュウ、調子はどうだ?」
「パパ!」
「いやあ、北京ダックはうまかったぞ」
「えーっ!」
「夕べ食べそこなったから、さっきリジーと一緒に行ってきたんだ」
「ひどいよー。僕だって食べたかったのにー」
「お前は本当にあきれた食いしん坊だな。うそだ、食べてない」
「……そういうこと言うから、僕はよけいにくいしん坊になるんだよ……」
 
 そのとき、ドアがノックされた。
「どうぞ」
入ってきたのは、警官だった。
「シカゴ警察のアーノルド・カーティスです。ドクター・ロマノとリュウイチくんですね。昨日の事件の事情聴取をしたいのですが、リュウイチくんの容体はどうでしょう?」
「容体は安定してますが……さっきICUから移ったばかりだし……」
「……パパ、僕大丈夫だと思う。パパもいてくれるんでしょう?」
「もちろんだ」
「じゃあ、リュウイチくん、覚えていることをできるだけ詳しく聞かせてくれるかな」
「はい、ええと、ERの縫合室の前に来たら、男が急に飛び出してきて……」
「この男だね」
カーティスは写真を見せた。
「はい。僕はびっくりして立ち止まってしまって……。黒いコートを着て、ボウガンを持ってました。そしたら男が『赤ん坊をこっちにわたせ!俺は黒人を根絶やしにしてやるんだ!』って言って……」
リュウイチは言葉をきった。息が荒くなっている。
 「リュウ!大丈夫か?ちょっと待ってくれ」
ロマノはリュウイチの脈を計った。
「リュウ、今日はやめたほうがいい。また今度にしてもらえ」
「……パパ……大丈夫……ちょっと苦しくなっただけ……パパ……僕の手を握っていてくれる?」
「ああ、いいとも」
「全部話してしまって……すっきりしたほうが僕……いいんだ……」
「……リュウ……」
「僕、この男は狂ってる、リースが殺されちゃう、どうしようって思って……。あたりには誰もいなかったし、大声をあげても、相手は狂ってるから、逃げないでリースを殺すと思ったんです。僕がリースを抱いたままだったので、男は『渡さないのなら……』って言って、それから『心配するな、お前には当たらないから……』って言って……」
ロマノは握っている手に力を込めた。
「……ボウガンの引き金を引きました。僕は、リースに当たらないように後ろを向いたら、背中を誰かに思いきり殴られたみたいになって、前に倒れちゃったんです」
「君はどうやってリースを抱いていたの?」
「右手でこういうふうに抱いて、左手をそえていました」
「どうもありがとう。君はとても勇敢な子だ」
 
 「……勇敢なんかじゃないよ。僕、弱虫なんだ……」
リュウイチは急に泣き出した。
「おい、リュウ、どうしたんだ」
「……僕、こわかった。すごくこわかったんだ。男がボウガンをかまえたとき……今でもこわくてたまらない……僕、勇敢なんかじゃない……弱虫なんだ……」
「リュウ、お前は弱虫なんかじゃない。お前はこわいのをがまんして、がんばってリースを守ったじゃないか。名前のとおり、お前は『ドラゴン』だ。パパはお前を誇りに思うぞ」
「坊や、おじさんだってこわいよ。犯人を追っかけたり、つかまえたりするときはいつも……」
「パパだってそうだ。手術のときはこわくてたまらない。でも、がまんしてがんばってる。みんなそうだ。そして、リュウ……こわくなくなったら、人間はおしまいだ」
「うん……」
「返事は『はい』だ。もう泣くな、傷にさわるぞ」
「はい」
 
 カーティスが帰った後、リュウがぽつんと言った。
「僕、死んだらパパにもう会えなくなっちゃうと思って、あのとき、それが一番こわかったんだ……」
「……パパもだ、リュウ……」
ロマノはリュウをそっと抱きしめてキスをした。



SCENE8
 次の日、ロマノと精神科部長のカール・デラードが、言い争いをしながらリュウイチの病室に入ってきた。
「ちょっと待て、カール。そんな無茶なこと、絶対に許さんぞ」
「いつも無茶を押し通しているのはどこの誰だ、ロバート。話をさせてもらうだけなんだからいいだろう」
「断る。リュウは私に似てやさしい子だ。話を聞いたらOKするにきまっている。そんなひどいことを、親として、子供にさせるわけにはいかん。だいたい、今回のことは精神科の落ち度じゃないか!うちのリュウは死にかけたんだぞ!」
「だから、それも謝りたいと思って」
「ふん、何があやまりたいだ。それは口実だろう」
 「……パパ、けんかはよくないよ」
「リュウ、お前には関係ない」
「事件の犯人が、精神科の患者だったんでしょう?」
「誰かに聞いたのか?」
「ううん、何となくそうじゃないかと思って……」
「君を撃った男は、ラッセル・ハンドフォードといって、うちの患者だ」
「おい、カール!」
「パパ、いいんだ。僕、話を聞くよ」
「ありがとう。実はラッセルが君に会いたいと言うんだ」
「…………」
「ほうらみろ。リュウ、もういい。この話は忘れろ。誰が自分を殺そうとしたやつに会いたいもんか」
「……僕が会えば、その人の病気が治るんですか?」
「きっかけになるかもしれない。ラッセルは君がリースをかばったことに、とてもショックを受けているんだ」
「……会います」
「おい、リュウ!あんなやつのことなんてほうっておけばいいんだ」
「そうはいかないよ。僕……医者の息子だもの」
「……リュウ……」

 その日の午後、ラッセルがやってきた。ロマノとデラードが同席し、病室の外には警官がふたり待機していた。
「坊や、大けがをさせてしまってすまなかった……」
「それはもういいです。おじさんの病気がさせたことだから」
「……坊や……」
「ひとつ聞いてもいいですか?」
「ああ、いいよ」
「おじさんは黒人が嫌いなんですか?」
「そうだ。あいつらは一人残らず抹殺しなければならない。それが私の使命だ。黒人の血を一滴残らずこの世から排除する」
「黒人の血を一滴残らず排除したら、人間がいなくなっちゃう。だって、人間の祖先はみんな同じでしょう?おじさんだって僕だって黒人だって、遠い遠い祖先までさかのぼれば、結局みんな血がつながっているって、僕、本で読んだもの」
「血がつながっている?この私が?黒人と?」
「おじさんだけじゃなくて、みんなつながってるんです」
「…………」
「おじさん、黒人を抹殺するのはやめて、もっと他の事をするっていうのはどうでしょう」
「他の事って?」
「楽器を習うのはどうですか?ピアノとかギターとかトランペットとか。とっても楽しいと思うんだけどなあ」
「楽器かあ……」

 「リュウ!アイスクリームを買ってきたぞ」
「チョコレート?」
「ああ、もちろん」
「ありがとう!」
「そういえば、あのラッセル、ギターを習い始めたら調子がいいらしい」
「よかったね」
「デラードが、リュウを精神科のドクターにスカウトしたいって言ってたぞ」
リュウイチはスプーンをなめながら言った。
「僕はドクターになるのなら、パパみたいな外科医がいいなあ。かっこいいもん」







EPISODE4 「A STORM」へ続く

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