ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＥＰＩＳＯＤＥ２０ 「Ａ ＧＲＡＶＥＳＴＯＮＥ」
ここからは第８シーズン終了以降のお話になりますm(_ _)m
ＳＣＥＮＥ１
外科学会の会場で、ドナルド・アンスポーは声をかけられた。
「やあ、ドナルド」
「やあ、リチャード」
「あれは君のところのドクター・ロマノだろう？」
「……息子のリュウの方だ」
「そう、ドラゴンの方」
「……一緒にいるのは、アランじゃないか。アランがリュウに何の用があるんだ？」
「やっぱり何も知らないんだな」
「？」
「最近、他の病院のドクターが、君のところでオペをするっていうのが続いただろう」
「……そう言われれば、そうだな。いつもより多かった……」
「みんな、ドクター・リュウをアシストにつけたがらなかったか？」
「そうだったかもしれん」
「そしてさりげなく、ＥＲでリュウの仕事振りを見て帰ったはずだ」
「…………」
「みんながドラゴンを欲しいんだ。自分の病院へ引き抜こうと思ってる」
「まさか……確かに彼は腕がいいが……」
「君も知ってるだろうが、内部の評価よりも、外部での評価の方が、公正で確かなもんだ。それに彼は外科医としてだけでなく、救命医としての腕も持っている。これは君たちが彼に両方のレジデンシーを掛け持ちさせたからだがな……。救助現場でのリュウの評価が高いことにも、カウンティのＥＲの救命率のアップに彼が貢献していることにも、その様子ではどうやら気付いていないんだろう。違うか？ドナルド」
「……ううむ……」
「せっかく育てたドラゴンに逃げられるぞ。ドラゴンは空を飛べるんだ」
「……リチャード、確か君もこの間オペに来て、リュウにアシストさせて、ＥＲを見学して帰ったな」
「そのとおりだ」
「ひょっとして、君もなのか？」
「友達にアン・フェアなことはしたくなかったんだ。ちゃんと教えてやったからな、ドナルド。さあ、これでドラゴンと堂々と交渉できるぞ。じゃあ……」
「ちょっと待ってくれ！君のところの条件は何だ？」
「それは企業秘密だ。教えられない……まあ、まずスタッフへの昇進だな。これは最低条件だろう。あとは病院によって違うだろうが……」
「スタッフ？リュウはまだ４年目のレジデントだぞ」
「君がそう思うなら、それでいいじゃないか。かえってこっちには好都合だ」
ＳＣＥＮＥ２
「今日は君が執刀しろ、リュウ」
「……アンスポー先生……」
「どうした、できないのか？」
「いいえ、やらせていただきます」
「よくやった、リュウ」
「ありがとうございます！」
「君を外科のスタッフ・ドクターに推薦しようと思うんだが、スタッフになる気はあるか？」
「……あります！」
「そうか、わかった」
最近、引き抜きの話がちょくちょく舞い込んでくるようになって、リュウイチは、自分の実力を目の前に突きつけられることとなった。どの病院も条件として出してくるのが、『スタッフ・ドクターへの昇進』である。どうやら自分はスタッフとしてやっていけるらしいということがわかったのだが、他の病院へ移る気はなかった。スタッフになれるのなら、カウンティでなければ意味がない。カウンティでスタッフになりたい理由が、リュウイチにはあったのだ。そこへ、思いがけないアンスポーからの打診があったので、いつもに似合わず即答したのである。
ＳＣＥＮＥ３
「ロバート、ちょっといいか」
「なんでしょう、ドクター・アンスポー」
「実はリュウを、外科のスタッフ・ドクターに推薦することにした」
「……あいつをスタッフに？そんな馬鹿な！早すぎる」
「あちらこちらの病院から、リュウに引き抜きの話が来ていることは知っているんだろう？」
「……ええ……」
「ドラゴンに逃げられないうちに、手を打たんとな」
「……」
「論文や、学生・レジデントの指導の面でも評価は高いし、ＥＲではケリーが太鼓判を押した。エリザベスをはじめ、他のスタッフも賛成してくれている。君が反対しても、スタッフへの昇進は決まることになるな」
「……」
「それに早すぎるとは言わせんぞ。確か、君も同じくらいでスタッフになったはずだぞ、ロバート」
ＳＣＥＮＥ４
「スタッフ・ミーティングでたった今決まった。来月からお前はスタッフ・ドクターだ。だがいいか、お前は一番下っ端だ。いい気になるんじゃないぞ」
「はい！」
「……リュウ……おめでとう……」
「……ありがとう、パパ……」
ＳＣＥＮＥ５
グリーンが亡くなってちょうど１年目のその日、リュウイチはグリーンの墓にやってきていた。花を置き、ひざまずく……。
『グリーン先生、僕、来月からスタッフ・ドクターになります……』
いろいろな思いが、涙となってあふれでた。……かまうことはない。誰もいないのだから……。
「こんなかわいい子を泣かすとは、マークも隅におけないな」
リュウイチは驚いて立ち上がった。
「もう、ダグったら！……びっくりさせちゃってごめんなさいね……あら！あなた男の子だったのね」
「キャロル、よく見なきゃだめだろう」
「よく言うわね、ダグ。自分だって間違えてたくせに」
「……あのう、もしかして、ロス先生とキャロルさんですか？」
「そうだ。でも、どうして俺たちの名前を知ってるんだ？」
「グリーン先生に聞いたことがあったんです。……あ、すみません。僕、リュウイチ・ロマノといいます。カウンティの外科医です」
「ロマノってロマノ先生の？」
「ええ、息子です」
「ロマノ先生が結婚してたとは、知らなかったわ」
「……ええと……」
リュウイチは事情を説明した。
「……へえ、ロマノってけっこういいやつだったんだ……」
「キャロル！ダグ！」
「……エリザベス！」
「マークの葬儀に出席できなくてすまなかった……」
「いいのよ、気にしないで。大事故で患者がたくさん運ばれてきたんですもの。来れなくてあたりまえだわ」
「せめて１年目の命日には必ずお参りしようって、ダグと言ってたの」
「ありがとう。キャロル、ダグ……。マークもきっと喜んでるわ……」
「喜んでるかどうか……俺はマークに迷惑ばかりかけてたから……」
「……グリーン先生は、『ダグとキャロルは、僕の一番大事な友達なんだ』っておっしゃってました……」
「……マーク……」
ロスは何も言わずにうつむいた。
「リューリュー」
エリザベスに抱かれたエラが、リュウイチに手を伸ばす。リュウイチはエラを抱きとると、その場を離れた。
「リューリュー、おうた」
「いつものお歌ね……はいはい」
リュウイチは『Ｏｖｅｒ Ｔｈｅ Ｒａｉｎｂｏｗ』を歌いだした……。
ＳＣＥＮＥ６
リュウイチとエリザベスは、喫茶店で向かい合って座っていた。エラはエリザベスの横で、気持ちよさそうに眠っている。
「今日はどうもありがとう」
「いいえ……本当はルイス先生も一緒の予定だったんですが、シフトが急に変更になってしまって……あのう、今日は僕、ちょっと生意気なことを言いますけれど……『弟』の意見として聞いてくださいね」
「僕が生まれた時、ママは駆け出しの数学者で……忙しいし、でも、ベビーシッターを雇うお金はないし……だから、差し伸べられた手、全部にすがって……たぶん差し出されない手も無理に引っ張って……僕を育てました。研究室には僕のためのシフト表があって、学生、大学院生はもちろん、上司にあたる先生たちまでが、交代で面倒をみてくれたんです。シュウ・パパと結婚してからも、僕の面倒をみるのはふたりで交代だったので、僕は大学や、コンサートのリハーサルに連れて行かれてました。僕が大泣きしているのに、シュウ・パパがピアノに夢中になって気がつかず、ママが帰ってきて大げんかになったこともあったらしいし、反対にママが数学に没頭していて、やっぱり僕がおんおん泣いているところにパパが帰って来たこともあったらしいです。でも、そのときは、シュウ・パパがママに注意しようと声をかけたら、ママが鬼のような顔をして振り向いたので、何も言えなくて、ご飯を作って僕に食べさせてくれたとか言ってましたけど……。そのうちに僕は家事を仕込まれて、一人で留守番ができるようになったんです。ふたりとも楽をしようと、僕をおだてて家事をさせていたのかもしれません。でも、僕はそんな生活が、ちっともいやじゃありませんでした。それどころか、とても楽しかったんです……。ええと、僕が何を言いたいかというと……。子供はちょっとくらい手を抜いて育てても、大丈夫なんじゃないでしょうかということ。それと、困った時は人の手を借りた方がいいと思いますということです。グリーン先生が亡くなって、ひとりでエラを育てている先生を見ていたら、とても大変そうで……。時には子育てをちょっとさぼって息抜きをしてください。僕がエラを預かります。困った時は僕を頼ってください。来月スタッフになったら、僕もひとりでオペができるようになるので、いつでも先生とシフトを交代できますし、雑用も減って、デスクワークもたくさん手伝えます。弟として、お姉さんにもっと頼って欲しいんです。自分を大切にしてください……エラには先生しかいないんですから……」
「ありがとう、リュウ……」
「ほんとに何でも言ってくださいね。できる限りのことをしますから。あと、エラもだいぶ大きくなったし、パパもエラの面倒をみられると思いますよ。あれであの人は、結構子供好きなんです。それにいくらなんでも、ネコよりは役に立つでしょう……」