THE GENTLE DRAGON

 

 

 

EPISODE19  「TIES」

 



SCENE1
 「ヨウゾウ・サクライ75歳。車から降りたところを撃たれました。胸部と腹部に銃創。血圧110の65、脈拍90。エピを1アンプル、モルヒネを10ミリ、生食1リットル投与」
「僕の合図で移してください。1、2、3!」
「サクライさん。ドクター・リュウです。どうぞよろしく」
「血圧106の65、脈拍91。酸素飽和度95パーセント」

 患者は胸部に1発、腹部に2発の銃弾を受けていたが、意識ははっきりしていた。
「呼吸が楽になるように、胸にチューブを入れますよ。……外科とドクター・ロマノに連絡お願いします」

 「セントラルラインを入れます……」
いきなりドアが開いて、拳銃を持った男が飛び込んできた。みんなが一斉に床に伏せる。男はサクライを撃とうとしたが、リュウイチが両手を広げて立ちはだかったので、一瞬躊躇した。その時、サクライに付き添ってきた男の拳銃が火をふき、撃たれながらも男は引き金を引いたが、弾はそれて、壁にめりこんだ。

 「Oマイナスを4単位。それからその人を外傷2号へ……警備にも知らせてください」
「……リュウ!血が!」
リュウイチのほおから血が一筋流れている。
「弾がかすっただけです。どうってことありませんよ」
「先生、ありがとう……」
「どういたしまして。さあサクライさん、手術室に行きましょう」



SCENE2
 サクライは重傷だったが、ロマノとリュウイチが執刀した手術が成功し、命をとりとめた。
「リュウ、サクライは、なんでも日本の桜井組というやくざの会長らしいぞ」
「へえ……。会長ということは、組長を引退して息子にゆずったってことですね」
「だろうな。桜井組というのは、日本でも5本の指に入る大きな組織らしい」
「撃たれたのも、そっち系のトラブルなんでしょうか?」
「今、警察が調べてる最中だ。それよりお前、サクライをかばったんだって?」
「ええ」
「気持ちはわかるが、あまり無茶はするな」
「はい」



SCENE3
 ICUを出たサクライは、病室に移った。カウンティで一番豪華な特別室である。ドアの前にはサクライの部下が数人、見張りをしていた。
「サクライさん。順調ですよ。このぶんだと、2週間で退院できますね」
「ドクター・リュウ、わしの素性をあんたは知っておるのか?」
「ええ。でもあなたが僕の患者だってこととは関係がないです」
「……わしを狙って、病院で昨日のような騒ぎが起こることは、もう二度とない。安心してくれ」
「それはよかった。管理にそう伝えておきます」
「よろしく」

 リュウイチが病室を出て行ったあとで、サクライに付き添っているダイスケ・カワイ(大輔 河相)が言った。
「昨日といい、今日といい、外見からは想像もできない度胸のよさですね。さすがは会長の孫だけのことはある」
「あれの父親もなかなかの男だ。リュウの肝がすわっているは、そちらの血かもしれんぞ」

 ヨウゾウ・サクライ(鷹蔵 桜井)は、実はシオンの父親だったのである。ヨウゾウを愛してはいるが、生まれてくる子供をやくざの世界に染めたくないというシオンの母親の望みを聞き入れて、ヨウゾウは彼女のもとから去った。シオンを産んだ後、母親が病気で亡くなった時には、よっぽどシオンを引き取ろうかと思ったのだが、故人の意思を尊重して、古い知り合いが経営する養護施設で、育ててもらうことにしたのである。シオンには父親と名乗らず、ヨウゾウは影からそっとシオンを見守り続けた。シオンがアメリカに渡ってからも、父と娘をつなぐ糸は、ずっと細くなりながらも、切れることはなかった。シオンの死によって断たれた糸は、今度はリュウイチに結び付けられたのである。もちろんヨウゾウと、シオン、リュウイチとの関係は極秘にされていた。知っているのは、ごくわずかな側近のみである。

 所要でアメリカにやってきたヨウゾウは、ついでにリュウイチの顔を見ようとシカゴまで足をのばした。狙撃されたのは、まったくの偶然である。

 「そうすると、なにか?わしが狙撃されたこととは、いっさいかかわりがないと言うのだな。だが、アメリカ滞在中のわしの身の安全は、自分の名誉にかけて保障すると」
「ええ」
「……ヘンリーめ、真実はどうだかわかったもんじゃないが……まあ、むこうの顔を立てて、今回はそういうことにしておいてやるか……」



SCENE4
 「おじいちゃん、具合はどうですか?」
「シュン!来てくれたのか。ありがとう」
「2週間で退院ですってね。3発くらって死にかけたところを、叔父上と従弟どのに助けられたとか……あ、そうそう、4発目は従弟どののおかげで、くらわずにすんだそうですね」
「会ってきたのか?」
「叔父上の方にね。なかなかの人物だなあ。さすがは桜井鷹蔵の娘婿」
「おい、気付かれるようなことを言ってないだろうな」
「まさか、僕がそんなへまをするはずがないでしょう」
「まあ、それはそうだ」

 シュンことシュンタロウ・サクライ(隼太郎 桜井)は、ヨウゾウの息子のシュウヘイ(鷲平)の息子なので、ヨウゾウには孫にあたる。東大の法学部3年の時に司法試験に合格、弁護士となり、現在はハーバード大学に留学中の27歳。将来『家業』を継いで、桜井組3代目組長となる予定の男である。ヨウゾウも長身でがっちりした体つきだが、シュンタロウは190センチで鋼のような筋肉の持ち主。色も浅黒く、精悍な顔つきであった。

 「で、ダイスケ、どうなんだ?ヘンリーの方は」
「若、いろいろとあやしいところもあるんですが、あちらの顔を立てて、今回の狙撃事件のことは不問にしようと会長が……」
「それでいいんですか?おじいちゃん」
「ああ。事を荒立てて、万一リュウの身に、危害が及ぶようなことになってはいかんからな」
「わかりました」
「ヘンリーのやつ、しゃあしゃあと、アメリカ滞在中の安全は保障すると言ったらしい」
「まあ、ありがたいことですよ。感謝しましょう」



SCENE5
 様子を見にやってきたリュウイチに、ヨウゾウはシュンタロウを紹介した。
「わしの孫のシュンタロウだ」
「日本からいらしたんですか?」
「いいや、こいつはハーバードに留学してるんだ」
「なるほど、優秀なんですね」
「君ほどじゃないけどね。シュンタロウだ。シュンって呼んでくれ、ドクター・リュウ。どうぞよろしく」
「こちらこそよろしく。僕もリュウでいいです」
「祖父の命を助けてくれて、どうもありがとう」
「いいえどういたしまして」

 「ひとつ聞いていいですか?」
「ああ」
「サクライさんは、英語が堪能ですが、こちらに住んでいらしたのですか?」
「いいや……昔、アメリカ人の女と付き合っていたことがあってな……それでしゃべれるようになったんだ」
「そうですか……。僕は日本語がしゃべれるんですよ。母と義理の父が日本人だったので」



SCENE6
 シュンタロウは、リュウイチを夕食に誘った。

 「リュウの将来の夢って何?」
「父のような『すご腕の外科医』になることです」
「なれそう?」
「うーん、どうでしょう。あと2年ちょっとで、5年間のレジデンシーが終わるんですけど、まず5年目でチーフ・レジデントになれるようにがんばらないと……。シュンさんの夢は何ですか?」
「俺の夢は、ビジネスを成功させることだな。じいさんや親父の代から続くしがらみや義理とは離れた、新しいビジネスを展開させたいんだ。そして将来的には、そっちをメインにしたいんだよね。いわゆる『やくざ稼業』からは足を洗うつもりなんだ」
「へえ、なんだかすごいですね」
「今は、その新しいビジネスを、模索中ってわけ」

 「なあリュウ、お前、俺の弟分にならない?」
「いいですよ」
「じゃあ、きまりだ」
「よろしくお願いします」
「時々またこうやって会おうな」
「はい」



SCENE7
 「リュウと食事してきたんだろう?」
「ええ、楽しかったですよ。あいつにはやっぱり血のつながりを感じますね……。これからも時々会う約束をしました」
「……」
「子供みたいにふくれないでください。退院したら食事に誘えるんだし、それにリュウは日本びいきみたいだから、遊びに来るように言ってみたらどうですか?」
「日本びいき?」
「ええ、和食も好きだし、『サムライ』に興味があるみたいです」
「ほお……わしの刀をリュウにやろうか……」
「そんな無茶な。叔父さんが目をむきますよ」
「そうかな」
「そうです!……あ、そうそう、叔父さんといえば、例の寄付の件、了承してもらいました。迷惑料ということで」
「そうか……孫と娘婿が世話になっている病院だからな……ここは公立病院だから気をつけろよ」
「ぬかりはありません。クリーンな金で、うちとはわからないように手配します」
「それでいい」

 「でも、リュウはやっぱりかわいい顔をしてますね……写真で見るより一段ときれいだ」
「おい、シュン!」
「大丈夫ですよ。僕は親戚には手を出さない主義です」
「個人の趣味をとやかく言う気はないが……」
「わかってます。跡継ぎの件は心配しないでください。……でも、リュウのやつ心配だなあ。狼に襲われないか……」
「お前が一番、狼だろうが」
「主義を変える値打ちが、あいつにはあるな……」
「何か言ったか?シュン」
「いいえ」

 



EPISODE20 「A GRAVESTONE」 へ続く

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