ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＥＰＩＳＯＤＥ１７ 「ＢＲＥＡＫ ＤＯＷＮ」
ＳＣＥＮＥ１
「私がＥＲで治療をする時、なぜいつもお前とコンビなんだ、リュウ」
「さあ、僕はウィーバー先生に、外傷１号へ行けって言われただけです。まあ、怒鳴りちらされても、息子ならば黙ってがまんするだろうっていうことなんじゃないでしょうか」
「それにしても、いつものことながら、次から次へと重傷患者ばっかり……どうせまた、ケリーの陰謀なんだろう」
「例の『重傷患者は外傷１号へ』ってやつでしょ。最近はウィーバー先生が言わなくても、みんながそうするから、『ＥＲの陰謀』になってます」
「くそっ！人使いの荒いやつらめ！」
「人のことは言えないと思うな」
「何か言ったか？リュウ」
「いいえ」
ＳＣＥＮＥ２
「遊園地で大事故よ。高さ３０メートルの鉄塔が倒れて、たくさんの建物が被害を受けたらしいわ」
「何で鉄塔が倒れたんだろう」
「わからないけれど、事故じゃない……かもしれないわね。ピーターにルカ、現場に行ってちょうだい。それからもうひとり……」
「隊長、俺に行かせて」
「マルッチ、あなたはだめです。リュウに行ってもらうわ」
「最近ずっとリュウばっかり……。どうして俺じゃだめなんだよ、隊長」
ＳＣＥＮＥ３
ウィークデーの遊園地は、近隣の学校の子供たちが遠足で訪れていたため、被害者の大部分は子供だった。現場ではあちらこちらから子供たちの泣き声やうめき声が聞こえ、まるで地獄絵さながらだった。消防士や救命士、医師たちは、誰もがやり場のない怒りを心の中に封じ込め、くちびるをかみしめながら、治療と救出にあたった。
リュウイチもまた、悲惨な光景に心を暗くしながらも、子供たちを励まし、また、自らをも奮い立たせながら、治療に飛び回っていた。
倒壊しかけた建物の前で、６、７人の人々が、救出と治療にあたっていた。
「カウンティ・ジェネラルのドクター・リュウです。手伝うことはありませんか？」
「この建物の中はあとひとり。瓦礫の奥に女の子が倒れてる」
「僕が行きます」
「じゃあ、気をつけて。このヘルメットをかぶっていくといい」
「ありがとうございます」
リュウイチはヘルメットをかぶり、瓦礫の奥へと進んでいく。床に１０歳くらいの女の子が倒れていた。意識はない。頭頸部と腹部、四肢に異常はなさそうだったが、左胸部が大きく陥没している。心臓へのダメージが懸念され、早急な処置が必要と思われた。
外では、大型のクレーン車が、中にいる被害者を救出するために、隣の建物の屋根をつり上げていた。クレーンが向きを変えようとしたその時、バランスが崩れ、つられていた屋根がゆれて、リュウイチがいる建物に激突した。
「大変だ！崩れたぞ！」
「中にまだ、ふたりいるんだ！」
「ドクター・リュウ！聞こえるか！聞こえたら返事してくれ！」
ＳＣＥＮＥ４
「……しまった！気を失ってたみたいだ。どのくらい時間がたったんだろう……」
リュウイチはヘルメットのライトをつけた。瓦礫が崩れる瞬間、女の子の上におおいかぶさったのだが、リュウイチが押し流されたのか、女の子が押し流されたのか、女の子はリュウイチから約１メートル離れた、２メートル四方くらいの空間に横たわっていた。ドクターズバッグと血液のパックが入った箱も見つかった。リュウイチは自分の身体を点検する。
「……痛いと思った……」
長さ６０センチ、幅１５センチくらいの金属片が右大腿部に、もう少し小ぶりの金属片が左下腹部に、それぞれ突き刺さっていた。足の方は、かなりの出血が見られる。
「……たぶん右の肋骨が折れて、肺がつぶれてる……息が苦しい……」
リュウイチは女の子のところまで移動しようとして、激痛にうめいた。よく見ると、大腿部の金属片が、瓦礫につっかえている。
「くそっ！抜かなきゃ動けないぞ！」
リュウイチはネクタイをはずすと、太ももの上部をしばりあげ、深呼吸をひとつして、破片を一気に引き抜いた。あまりの激痛に、一瞬気が遠くなる……。
「まずい！ここで、気絶するわけにはいかないんだ！」
幸いなことに女の子は、新たなけがは負っていなかった。しかし、容体はさっきより悪化している。リュウイチは、すばやくチェスト・チューブを入れた。
「やっぱり、胸腔内にかなり出血している……エピを１アンプルに、Ｏマイナスを輸血……ちくしょう！片肺じゃだめだ。酸素不足で目が回る。まずエピを１アンプル……自分にチェスト・チューブを入れるなんて、初めてだな……」
続いてリュウイチは女の子を開胸した。
「……思ったとおり、心臓の損傷がひどい……ここでオペするしかないな……よし、やるぞ！」
ＳＣＥＮＥ５
「……終わった……しめた！心臓に血がたまりだしたぞ！やった！成功だ！」
「呼吸音良好、血圧１１０の７３、脈拍８０。よし、安定してきた」
リュウイチはほっと一息ついた。
しばりあげているにもかかわらず、リュウイチの太ももからの出血は続いていた。腹腔内にもかなり出血しているだろう。このままでは、出血のため意識を喪失するのは間違いない。そうすれば、せっかく助けた女の子の命を、また危険にさらすことになる。救助が来るまで、生きて意識を保っている必要があった。腹部の破片を今抜けば、さらに大量出血を引き起こすであろうから、やはり、足の出血を止めるしか選択の余地はなかった。
「リドカイン……この量では……まあ、ないよりましか……エピをもう１アンプル……ふうん……破片は骨で止まったんだな……」
足の応急処置を終えて包帯を巻く。
「足の脈は戻ったから、足は失わずにすみそうだ……でも、死んだら関係ないか……」
女の子の容体が安定していることを確認し、さらにもう１パック輸血をした。今まで女の子にした処置をメモに書いて、胸をおおう布にクリップで止める。
「これでよし。あとは救助を待つだけだな……」
リュウイチは女の子の側に横たわった。
ＳＣＥＮＥ６
「何ですって！そんな！……はい……はい……わかりました……よろしくお願いします……。リュウが建物の下敷きになったわ……今、現場から連絡が……」
その場にいた全員がこおりついた。
「ケリー、リュウは無事なの？」
「エリザベス、安否はまだわからない。今、必死で瓦礫を取り除いてるところらしいんだけれど……ただ、何度呼びかけても、返答はないそうよ……」
「……ロバートに知らせるわ。上でオペ中のはずよ……」
ＳＣＥＮＥ７
建物が崩れてから約２時間が経過した。女の子の容体は安定しているが、リュウイチ自身の容体は、かなり厳しくなっていた。
「このままだと……救助が来るまでもたないかもしれないな……あ、意識が戻ったみたいだ……」
「僕はドクター・リュウ。君は事故でけがをしたんだよ。胸は痛い？」
「少し」
「モルヒネをあと１０ミリ入れてあげるね。他に痛いところや苦しいところはない？」
「大丈夫」
「名前と歳を教えて」
「ジャネット・マッコイ。１０歳よ」
「ジャネット、いいかいよく聞いて。外では僕たちを助けようと、みんなががんばってるからね。必ず助け出してくれるよ。君はけがをしたけど、僕が治したからもう大丈夫。心配しなくていいからね。ただ……僕はちょっと……ずっとは起きていられないかもしれなくて……僕が眠ってしまっても、ジャネットはひとりで助けを待っていられるかな」
「うん」
「それを聞いて安心したよ。さあジャネット、君はもう少し眠った方がいい」
ＳＣＥＮＥ８
「……おーい、リュウ……」
「……誰か……呼んでるのかな？……それとも……幻聴？」
「……おーい、リュウ……」
「空耳じゃない！助けに来てくれたんだ！……おーい！……くそっ！声が出ない……何か、音のするものがないかな……」
「先生」
「リュウでいいよ……ごめん……ジャネット……起こしちゃったね……助けが来るよ……声が聞こえたんだ……返事しなきゃいけないのに……声が出なくて……何か……音の出るものが……あればいいんだけど……」
「私のリュックにラジオがあるわ」
「ほんと？…………あった！……ありがとう……ジャネット……」
リュウイチはラジオのボリュームを最大にした。ピアノのメロディが流れ出す。
「……シュウ・パパ……シュウ・パパの……ピアノだ……最後の……ＣＤの……」
「何か聞こえるぞ！静かにしろ！」
「……ピアノの音だ！こっちの方向だ！生きてるぞ！急げ！」
ＳＣＥＮＥ９
「リュウ！大丈夫か！」
運び出されたリュウイチにベントンが駆け寄る。
「……ベントン先生……ジャネットは？」
「無事だ。ルカが診てる」
「……ジャネットの……胸の……ところ……の……メモ……」
「読んだよ。ジャネットは大丈夫だ。よくやった、リュウ」
「……コバッチュ……先生……」
「おい！リュウ！しっかりしろ！……くそっ！心停止だ！」
ＳＣＥＮＥ１０
「……あ……パパ……」
「目が覚めたか、リュウ」
「……パパ、ジャネットは？」
「順調だ。１０日で退院だな」
「……よかった……僕のカルテを見せて」
「……ふうん……足はついてる……腎臓もセーフ……やっぱり……腹膜炎を起こして……数値があんまりよくないな……敗血症で死ぬかもしれないね……ごめんね、パパ。心配かけて……」
「ジャネットのパパとママがお前に会いたいと言ってるんだが、どうする？」
「会うよ。……マッコイさんに僕の容体を話した？」
「ああ」
「パパ、サイドテーブルのモバイルを取ってくれる？」
「……この薬を使ってもらいたいんだけど……」
「……この抗生物質は、まだうちでは使ったことがないな」
「新しいからね……ちょっと注目してたんだ。効くかもしれない。僕に試してみて、効果があったらうちでも使おうよ」
「わかった。すぐに手配する」
「ありがとう」
リュウイチは、部屋を出て行くロマノの背中に向かって言った。
「パパ……瓦礫の中じゃなくて、ベッドの上で死ねるから、僕は幸せだよ」
「お前をここまで大きくするのに、いったいどれだけの元手がかかったと思ってるんだ。それを取り返すまでは、絶対に死なさんぞ」
ＳＣＥＮＥ１１
「ジャネットを助けていただいて、本当にありがとうございます。何とお礼を言っていいかわかりません。先生のおかげであの子は経過も順調で、１０日で退院できるって言っていただきました。……でも……」
「僕のことは気にしないでください、マッコイさん」
「先生……」
「僕は医者として当然のことをしただけです。それに、救助活動に参加する以上、今回のようなことは充分覚悟してますので……。だから、……簡単にくたばるつもりはありませんが……もし、僕がこのまま死ぬようなことがあっても、僕は全然後悔しません。僕の家族……父もまったく同じ気持ちのはずです。……あなた方もジャネットも、僕の死に責任を感じる必要はありません。あなた方ご家族が、幸せに暮らしていってくだされば、それで僕は満足なんです」
ＳＣＥＮＥ１２
「エリザベス、リュウは順調なんですって？よかったわね」
「そうなのよ、スーザン。新しい抗生物質が効いたみたいで」
「どれくらいで退院できるの？」
「２週間くらいかしら。足の方は、元に戻るまでもっとかかるでしょうけどね。本人は、すごく喜んでるわよ。２週間も休めるって」
「まあ！でも、ＥＲはリュウがいないと忙しくって大変」
「外科もよ。早く治ってもらわないと」
「でも、リュウってすごいわね。瓦礫の中で心臓のオペを成功させたんだもの。それも重傷を負いながら」
「ええ、あの状況で、あれだけのことができるなんて、ほんとにすごいと思うわ」
「その上、自分の傷の手当てまでしちゃうなんてね」
「そうなの。すごい子だわ。でも、本人にその自覚はあんまりないみたいね」
「どうして彼は、あんなに謙虚なの？」
「さあ……小さい時からよ」
「少しパパに似ればいいのに……」
ＳＣＥＮＥ１３
「ご迷惑とご心配をおかけして、すみませんでした！」
「リュウ！今日から復帰？」
「はい、しばらくは病室から……。まだ車椅子が手放せないんですけれど……」
リュウイチは、治療室の中ではキャスター付きのいすに座って、治療を行っていた。車椅子より小回りがきいて、便利なのである。
「リュウ、それ、便利そうだね」
「ええ、オペ室にもいすを置いてくれるみたいです。休んだ分、しっかり働けって……」
ＳＣＥＮＥ１４
「グリーン先生、今日から僕リハビリなので、１時間ほど抜けさせてもらいます」
「了解！がんばってね」
「はい、ありがとうございます」
「ドクター・リュウ、あなたのリハビリを担当するメアリー・ハースです。どうぞよろしく」
「こちらこそよろしくお願いします。あ、すみません。今、上に行こうと思ってたところなんです」
メアリー・ハースは身長１８０センチ、体重推定１００キロの、小山のような女性だった。早くもグリーンは、笑いをこらえるのに必死である。
「先生もお忙しいでしょうから、どこか空いている部屋ですませてしまいましょう」
「え？ああ……そこの縫合室が空いてますけど……」
「じゃあ……」
ハースはリュウイチを車椅子から軽々と抱き上げると、そのままいわゆる『お姫様抱っこ』で縫合室に入っていった。
ＳＣＥＮＥ１５
「うわ――――――――っ！」
「おい、あれは何だ？うちの馬鹿息子の声のようだが」
「リュウが縫合室で、リハビリを受けてるんですよ」
「まったく、大げさなやつだな」
「ち、ちょっと待ってください。僕、初めてなんです。もっとやさしくしてっ！わあ――――――――――っ！」
「おいおい、本当にリハビリなんだろうな」
あまりのリュウイチの悲鳴に、縫合室の前には人だかりができてしまった。やがて、縫合室のドアが勢いよく開き、リュウイチが『お姫様抱っこ』をされて出てきた。ハースはリュウイチを車椅子に座らせ、
「はい、今日は初日なので、これくらいで。また明日」
と言うと、リュウイチのほおにキスをして去って行った。
リュウイチはぐったりと、いすの背にもたれている。
「……リハビリってあんなに痛いものなの？死にそうだった……」
「事故のとき、モルヒネをうたないでがんばった人が、よく言うよ」
「……事故の時より痛かった気が……」
「男のくせに、だらしのないやつだ。しかし、見事な女ゴリラだな……。それに、あのキスは何なんだ？」
「知らない……」
ＳＣＥＮＥ１６
「リュウ、今日はリハビリ大変だったんだって？」
「そうなんですよ、アビーさん。まだ足がずきずきしてます」
リュウイチとアビーは、容体を安定させた交通事故の患者を、オペ室へ送る準備をしていた。
「あら、こんなところに点々になって血が落ちてる。……ずっと続いてるわ……何で？……リュウ！ズボンのすそから血がたれてるわよ！」
「え？あ、ほんとだ。なぜ？……あ！足の傷が開いてる！……もう、かんべんしてよ……」
ＳＣＥＮＥ１７
「もしもし、パパ？リュウです。お願いがあるんだ。……どうもあの女ゴリラに、また大腿直筋をぶっちぎられちゃったみたいなんだよね。ちょっと診てもらえる？」
「それくらい自分でやれ。この前は自分で縫合しただろう」
「そんなこと言わないで、お願い」
「わかった。すぐ行く」
「ありがとう」
ＳＣＥＮＥ１８
「リュウはまた入院なの？」
「女ゴリラに大腿直筋をぶっちぎられたんですって」
「なんでも、リュウのリハビリ担当はくじ引きで決めたらしいんだけど、くじにはずれたハースはあきらめきれなかったみたい」
「だから縫合室でリハビリだったんだ。リュウが上に上がる前に」
「それで、はりきって『つい』力がはいっちゃったってわけね」
「リュウはきゃしゃだから、ハースに力まかせにやられたら、ひとたまりもないわよね」
「リュウは『リハビリは男の人にお願いします』って言ってるらしいわ」
「当然よね。かわいそうに」
「でも、男だからといって安心はできないわよ」
「言えてる。かわいいってことにも、苦労はあるものなのね」
ＳＣＥＮＥ１９
「リュウのやつ、元気になってよかったな」
「ほんとね。一時はどうなることかと思ったけど……」
「ああ……。何だかあいつ、変わったと思わないか？」
「ピーターもそう思う？一歩引かなくなったというか……いいことだわ」
「ありゃあ、事故のときの体験が、自信になったんだろうな。なにしろ最悪の条件で、見事にオペを成功させたんだから」
「きっとそうね。外科医としては、事故がプラスになったのね」
「これでまた、一段と伸びるだろうな」
「私たちも、うかうかしていられないかもしれないわね」
「強力ライバル出現ってやつか？」