ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＥＰＩＳＯＤＥ１６ 「Ａ ＹＯＵＮＧＥＲ ＢＲＯＴＨＥＲ」
ＳＣＥＮＥ１
今日はエリザベスとグリーンの結婚式。外はどしゃぶりの雨と風で、グリーンの到着が遅れている。エリザベスは両親と、控え室でグリーンを待っていた。
「エリザベス先生！今日はおめでとうございます！」
「リュウ！ありがとう！」
「……きれいだ……エリザベス先生、とっても素敵です……」
「ありがとう……あ、パパ、ママ紹介するわね。こちらはドクター・リュウイチ・ロマノ。リュウ、私のパパとママよ」
「はじめまして、どうぞよろしくお願いします。今日はおめでとうございます」
「こちらこそよろしく」
「はじめまして。かわいい子ね」
「ロマノって今言わなかったか？ひょっとして、ロケット・ロマノの……」
「息子です」
「パパには全然似てないわね」
「よくそう言われます。僕はママ似なんです」
「パパに似なくてよかったな」
「それもよく言われます」
「ロマノが結婚していたとは知らなかったな」
「ええと……１０年前に僕のママと義理のパパが交通事故で突然亡くなって、父はそれまで自分に息子がいることを知らなかったんです。でも、父は息子がいることを知らされたその場ですぐに、僕を引き取るって言ってくれたんですよ」
「へえ、あのロマノが……」
「意外といい人なのね」
「ありがとうございます。僕、『ロケット・ロマノの好感度をアップしよう会』の会員なもので……。あ、会員は僕ひとりしかいないんです。一生懸命勧誘しているんですが、誰も入ってくれないんですよね」
みんなが笑い、その場は和やかな雰囲気につつまれた。
「エリザベス、ご機嫌が直ったじゃないか。さっきまで、マークが結婚がいやになって来ないんじゃないかって心配してたのに」
「パパ、そんなことリュウの前で言わないで」
「グリーン先生が、結婚がいやになるはずがないじゃないですか。エリザベス先生にぞっこんなのに……。今日はすごい雨と風で、電車も止まっちゃってるし、道路も渋滞しているから、きっとそのせいですよ。もし、万一、いやで逃げたのだったら、僕がグリーン先生に決闘を申し込みます」
「まあ、頼もしい弟だわ……あら、ごめんさい。私いつもリュウのことを、自分の弟みたいに思ってるものだから……」
「ありがとうございます！エリザベス先生に弟と思っていただけるなんて、光栄です！こんなに美しくてやさしくてかっこいいお姉さまなんて、僕は幸せです……あ、でも、弟としては、お姉さまが結婚するのはいやな気が……。やっぱりグリーン先生が来ない方が、僕はうれしいかもしれません」
「もう、リュウったら！」
「あ、すみません。長居をしてしまって……せっかくのご家族のひとときを、邪魔してしまいました。それじゃ失礼します」
ＳＣＥＮＥ２
「リュウってとってもいい子ね」
「そうなのよ、ママ」
「なかなかいい青年だな。彼は医学生か？にしては若いなあ」
「パパ、最初に言ったでしょう。ドクターって。リュウは２年目のレジデントなのよ。歳は若いわ。２０歳よ」
「２０歳で２年目のレジデント？計算があわないぞ」
「飛び級よ。ママが数学者で、英才教育をしたみたい。本人は『動物に芸を教えるのと一緒だ』って言ってたけど……。確か１４歳くらいで数学のドクターを取ったって聞いてるわ」
「……それはすごいわ」
「あと、パーティーで聞かせてくれることになってるんだけど、ピアノもすごく上手なの。義理のパパがピアニストだったんですって。カイザー・クローゼのドリーム・コンサートにもう８年も参加してるわ。プリンス・リュウにピアノを弾いてもらえるなんて、とってもすごいことなのよ」
「それなのに、医者になったのか」
「パパみたいなすご腕の外科医になりたいんですって。数学やピアノでは、人の命は救えないからって言ってたわ」
ＳＣＥＮＥ３
リュウイチのレジデンシーも３年目になった……。
「困ったなあ、エリザベスはまだオペが終わらないの？リュウ」
「ええ、あと１時間くらいかかるみたいです」
「僕は、もう３０分も遅刻だよ」
「じゃあ、僕が預かりましょう。僕はあと１時間オフなんです」
「そうしてくれる？助かるよ」
「エラ、ママが来るまで僕と待ってまちょうねえ。はい、パパいってらっちゃーいって」
リュウイチはエラを抱っこバンドで抱き、外科の廊下をぶらぶらと歩きながら、エリザベスを待っていた。
「リュウ、いいところにいた。オペに入れ」
「僕はまだ１時間オフなんです」
「いいから入れ」
「じゃあ、この子を預かってくださいね」
リュウはロマノの方へ向き直った。
「その赤ん坊は何だ？」
「僕の子供です。言ってませんでしたっけ？」
「聞いてないぞ」
「うそですよ。エリザベス先生んちのエラです。先生のオペが長引いてるので、グリーン先生から預かったんです。じゃあ、僕はオペに入りますから、エラをお願いしますね」
「ちょっと待て！」
「動かないでください。エラが落っこちちゃいます。だって、僕もエリザベス先生もオペなんだから、預かるのはパパしかいないでしょう。はい、これを肩に通して……まったく、ねえ、エラ、僕には子供を作るどころか、彼女を作る暇さえありまちぇんよって、やでちゅねえ人使いの荒い人は……はいこれでＯＫ。よく似合ってますよ」
「リュウ！いいかげんにしろっ！」
「じゃあお願いしますね」
「リュウ！馬鹿野郎！戻って来い！」
ロマノの怒鳴り声に驚いて、エラが泣き出してしまった。
「おい、泣くな！……くそっ！……お願いだ、泣かないでくれ……頼む」
ロマノは途方にくれた。途方にくれるという言葉は、ロマノの辞書にはない……はずであった。
『これがよくないのかもしれんな……』
ロマノは抱っこバンドを慎重にはずして、エラを胸に抱いた。
「エラ、泣いてはいけまちぇんよ。ほら、たかいたかーい。べろべろばあっ」
『しめた！機嫌が直ってきたぞ！』
「エラはいい子でちゅねえ。将来ママみたいな美人になりまちゅよ。だけど、すぐにキレるところは似てはいけまちぇん。わかりまちたか？そうでちゅか、エラはおりこうさんでちゅねえ……」
あやしながら、しばらく廊下を行ったり来たりしていると、やっとのことでエラは機嫌を直して泣きやんだ。ロマノはほっと一息つき、いすに座った。すると、またエラがぐずりはじめた。あわててロマノは立ち上がり、あやしながら歩き回る。
『歩いてないと泣くのか。やっかいなやつだ……ちくしょう！リュウのやつ！覚えてろよ！』
ＳＣＥＮＥ４
「マーク、ごめんなさい！オペが長引いてしまっ……ロバート！」
「ほうら、エラ、ママでちゅよ。ママがやっと来まちた。よかったでちゅねえ」
「迷惑をかけてしまってごめんなさい、ロバート」
「ほんとに子供ぐらい自分たちで面倒を見なちゃい！人に迷惑をかけてはいけまちぇん！……いや、いいかげんにちろっ！……う……ほら！」
ロマノは、ぐいとエラを差し出した。エリザベスに山ほど文句を言いたかったのだが、慣れない赤ちゃん言葉で必死になってしゃべっていたため、急にはもとに戻らなくなってしまったのだ。無言のままエリザベスをにらみつけると、ロマノは去っていった。
ＳＣＥＮＥ５
「リュウ、昨日エラを、ロバートに預けたでしょう」
「ええ」
「どうして？彼、とっても怒ってた。会うのがこわいわ」
「大丈夫。パパの怒りは、そんなに持続しないんです。それよりも、子育ての大変さを実感したから、これからは、いろいろ大目に見てくれると思いますよ」
「そんな、まさか」
「うそだと思ったら、ためしに、今日は早く帰らせてくれって言ってみてください。ＯＫが出るはずです」
ＳＣＥＮＥ６
「ロバート、昨日はごめんなさい」
「いや、いい。あれはリュウがやったことだ」
「……それから、今日はマークが夕方からのシフトなので、エラの面倒をみる人がいないの。だから早めにあがりたいんだけれど……」
「……ああ、いいぞ。帰ってやれ」
「ありがとう」
オフィスの前の廊下で、エリザベスはリュウイチとすれ違った。エリザベスが小さくガッツポーズをし、リュウイチがウインクを返す。
「失礼します」
「リュウ、昨日はどうもありがとう。たっぷり礼をさせてもらうからな」
ＳＣＥＮＥ７
その人は、ある日突然現れた……。
「スーザン、レジデントのリュウ・ロマノだ。リュウ、こちらはスタッフ・ドクターのスーザン・ルイス」
「よろしくリュウ、まあ、あなたかわいいわねえ！」
「こちらこそよろしくお願いします」
リュウイチは、その場に立ち尽くした。スーザンと握手を交わした右手をじっと見つめる。右手から電流が心臓に流れたような気がしたのだ。
『……なんて素敵な人なんだろう……』
リュウイチは、スーザンにひとめぼれしてしまったのだった。
ＳＣＥＮＥ８
リュウイチは、ＥＲの受付でドーナツを食べていた。
「リュウ、おいしそうだね。ひとつもらってもいいかな？」
「だめです、ジェリーさん。これはやっとありついた、僕のお昼ご飯なんですから」
「けち。そんなことじゃ出世しないよ」
ジェリーはあきらめて、向こうへ行ってしまった。
「あら、おいしそうね、リュウ」
「ルイス先生！よかったら、どうぞ召し上がってください」
「いいの？」
「ええ、いくつでもお好きなだけどうぞ。あ、ジュースもありますよ」
「ああ、おいしかった。ごちそうさま」
「いいえ、どういたしまして」
スーザンが去ったあと、リュウイチは、ジュースのペットボトルをじっと見つめた。これを飲めば……そう！ルイス先生と間接キッスだ！リュウイチの胸は高鳴った。ペットボトルに手を伸ばそうとした瞬間、
「…………今日は暑くて、のどが渇くな。何だリュウ、その目は。私が何をしたというんだ。ちょっとジュースをもらっただけじゃないか」