ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＥＰＩＳＯＤＥ１５ 「Ａ ＲＥＳＣＵＥ」
ＳＣＥＮＥ１
「電車が脱線して、沿線のショッピング・センターに突っ込んだそうよ。ショッピング・センターは定休日だったので被害はなかったんだけど、電車は大破して多数のけが人が出ているらしいわ。うちからもドクターを派遣するように要請があったので、ピーターとカーター、行ってちょうだい。それから、リュウ！」
「はい」
「あなたも２年目のレジデントだから、もう救助に参加してもいい時期よ。がんばっていらっしゃい。ただし、無茶はいけません」
「はい！」
リュウイチは黒いジャンバーを着て、ドクターズバッグと血液のパックが入った箱を持ち、屋上のヘリポートへ向かった。
「ケリー、大きな事故があったんですって？」
「そうなのよ、エリザベス。すぐにたくさん患者が運ばれてくると思うから、よろしく」
「了解。……エレベーターのところですれ違ったけれど、リュウも現場へ行くのね。緊張してたわ。確か初めてよね」
「ええ。リュウの『スピード』は、きっと役に立つわ」
「そうね」
ＳＣＥＮＥ２
ヘリコプターから降り立ったリュウイチは、現場の惨状に思わず足がすくんだ。列車の先頭車両が、３階建てのショッピング・センターの１階に突っ込み、２両目が大破、４両目までが脱線している。
「こりゃあひどいな……おい、リュウ、ぼーっとするな。まあ、初めてだから無理もないか……よし、じゃあ始めよう」
「がんばれ、リュウ！」
ベントンとカーターに肩をぽんとたたかれて、我に返ったリュウは、深呼吸をひとつすると、救助を始めた。
「呼吸音良好……血圧１００の７５、脈拍８５……右足の裂傷。モルヒネを１０ミリ……出血がひどいな、圧迫帯を巻こう……生食１リットルを急速投与……救急車に乗せてください」
「意識喪失……光に反応しない……挿管してと……バッグしてしてください……エピを１アンプル……たぶん脳挫傷です。一刻も早く病院へ搬送してください」
「右側呼吸音無し……チェスト・チューブを入れよう……胸部は大したことないけど、これは腹部でだいぶ出血してるな……生食１リットルを全開で……腹腔内大量出血の疑い。至急搬送してください」
大事故だったため死亡者も多く、また、手の尽くしようがないほどの重傷で、現場で亡くなる人も多かった。リュウイチは現場のあちらこちらを飛び回り、懸命に救助にあたった……。
ＳＣＥＮＥ３
「子供がショッピング・センターの地下に転落してるぞ！」
リュウイチは１０メートルほど走って現場に駆けつけた。消防士が５人、瓦礫のすき間をのぞきこんでいる。
「カウンティ・ジェネラルのドクター・リュウです。患者はどこですか？」
「このすき間の下だ。子供が倒れてる。列車から投げ出されたんだろう」
すき間からのぞくと、７メートルくらい下の瓦礫の中に、６，７歳の子供が倒れていた。
「おい、坊や！聞こえるか！あ、目を開けた！生きてるぞ！」
「僕が降ります」
「先生……」
「リュウって呼んでください。すき間は狭いから、みなさんじゃ無理です。僕なら入れますから」
リュウイチは身体にロープを巻きつけ、バッグを持ってすき間からぶら下がった。
「じゃあ、おろして下さい。もし、瓦礫が崩れて危険な時は、みなさん、僕にかまわず逃げてくださいね」
ＳＣＥＮＥ４
リュウイチは無事に地下の瓦礫に降り立った。
「僕は、ドクター・リュウだ。君の名前は？」
「ティム・ホワイト」
「ティム、どこが痛い？」
「左の足……」
「頭や首は？」
「痛くない」
ティムの近くには列車の座席が転がっていた。座席ごと放り出されたらしい。座席がクッションとなって、奇跡的に助かったものと思われた。
「呼吸、血圧、脈拍とも正常……痛み止めをうってあげようね……左足の骨折だけですんで、ほんとに奇跡だな……足に触るから、痛いけど我慢してね……副木を当てて、テーピングと……」
「痛い！」
「ごめんごめん……さあ、もう終わったよ。脈は……ＯＫ、ちゃんと触れてる。これで動かしても大丈夫」
リュウイチは、ティムの身体をしっかりとロープでしばり、上に合図をした。
「左足が折れてるので、痛くないようにお願いします！」
ティムは無事に上で消防士に抱き取られた。ロープが再び下ろされる。
ＳＣＥＮＥ５
「リュウ！早くしろ！一階の床が崩れるかもしれんぞ！」
消防士が怒鳴る。リュウイチは急いでロープを身体に巻きつけた。４人の消防士が全速力でロープを引く。最後は、瓦礫のすき間から出たリュウイチの身体を消防士の手ががっしりとつかみ、引っ張り上げた。
「さあ、みんな！ここから出るぞ！」
リュウイチたちが建物から走り出て３分ほどたったころ、建物の内部のあちらこちらで瓦礫が崩れ始め、やがて、すさまじい音を立てて、１階の床が落下してしまった。
「ひゅう！あぶないところだった……」
「助けていただいて、ありがとうございました」
「礼を言うのはこっちの方だ。リュウ、君のおかげで、子供を助けることができた。ありがとう」
リュウイチは、消防士たちと堅い握手を交わした。
「さあ、ティム。病院に行こうか」
リュウイチは消防士からティムを抱き取った。自分が着ていたジャンバーで、くるんでやる。
「この坊やは今、建物が崩れる直前に救助されましたね」
新聞記者だという、カメラを持った男が、声をかけてきた。
「地下の瓦礫の中に転落してたんだ。怪我は左足の骨折だけ。奇跡だな」
「そりゃすごい！ちょっと写真を撮らせてください。みなさん、並んで」
ティムを抱いたリュウイチを真ん中にして、笑顔で写真におさまる。悲惨な事故の中での奇跡は、みんなの心の中に小さなあかりをともしていた……。
ＳＣＥＮＥ６
「ドクター・リュウ」
「リュウでいいよ。なあに、ティム」
「僕のママはどこ？」
「ママと一緒に電車に乗ってたんだね。ママの名前は？」
「ジェーン」
「よし、わかった。病院に着いたら探してもらおうね。ティム、パパの連絡先わかる？」
「僕、パパはいないんだ」
「そうなの……」
救助が終わり、カウンティに戻る救急車の中で、リュウイチはティムを抱いて座っていた。ほっとしたのと、痛み止めのせいで、うつらうつらし始めたティムの背中を、リュウイチは静かになでてやる。瓦礫のすき間から下をのぞいたとき、ティムの他に人はいなかった。おそらくティムは、先頭車両か２両目の前方に乗っていたものと思われるが、そのあたりの乗客は、絶望視されていた。たぶん……リュウイチはくちびるをかんだ。ティムのママは亡くなっているだろう……。リュウイチの胸に、ふっと１０年前の交通事故の記憶がよみがえった。ママとシュウ・パパを、リュウイチから奪ったあの事故……。
ＳＣＥＮＥ７
「やあ、ピーター。うちのどら息子は一緒じゃないのか？」
「リュウは別の救急車に乗ったので……。もうすぐ戻ってくるでしょう」
「あいつ、少しは役に立ったか？」
「少しどころか、リュウは手技が速いので、大助かりでしたよ」
「そうか」
「おい、リュウ！なんて格好だ！」
リュウイチの髪と顔には、地下の瓦礫から出た砂ぼこりがいっぱいついていたのだ。
「ほんとに働いたのか？泥遊びをしてただけなんじゃないだろうな」
「え？そんなに汚れてる？」
「リュウ、お疲れ様……すごいわねえ……シャワーを浴びてらっしゃい」
「はい。ウィーバー先生、じゃあ、ティムを小児ＥＲに預けて、シャワーを浴びてきます」
「ジェリーさん、ティム・ホワイトという７歳の子供が小児ＥＲで治療を受けてるんですが……。怪我は左足骨折で命に別状はないんです。ただ、ママが事故で亡くなったかもしれないんです……パパはいないって言うし……これがママの名前と家の住所と電話番号なんですが、ママの安否の確認と、誰か身内を探していただきたいんですけれど……」
「わかった。やってみるよ」
「すみません。お願いします」
ＳＣＥＮＥ８
負傷者でごった返しているＥＲで治療にあたり、引き続いて外科で手術をしていたリュウイチの勤務が終わったのは、明け方近くになってからだった。ティムのことが気になって、ＥＲにもどって聞いてみると、母親のジェーンはやはり亡くなっていて、ティムが１歳の時に離婚した、父親のスティ−ブ・フロックが引き取りに今日やってくるという。スティーブは再婚しているが、子供はいないらしい。
リュウイチは小児ＥＲのティムのベッドの側に座った。カルテに目を通したが、左足の単純骨折のほかはどこも異常はない。痛み止めが効いて、ティムはよく眠っていた……。
ＳＣＥＮＥ９
「リュウ！」
リュウイチは飛び起きた。一瞬自分がどこにいるのかわからなくて、きょろきょろあたりを見回すリュウイチに、ヘレエがふきだす。
「ここは小児ＥＲ、ティムのベッドの横。わかった？リュウ」
ティムもくすくす笑っている。
「おはよう、リュウ」
「おはよう、ティム。足は痛くない？」
「うん」
「体温、血圧、脈拍とも異常なし」
「えええっ！検温の間も知らないで、僕寝てたの？」
「もう、ぐっすり。ねえ、ティム」
「うん」
「……顔を洗ってきます……」
「おはよう、リュウ」
「おはようございます、フィンチ先生」
「よく寝てたわねえ」
「……すみません……」
「いいのよ」
「ティムは、ママが亡くなったことを知ってるんですか？」
「いいえ、まだよ。パパが来る前に言っておかなくちゃね……」
「僕が話してもいいでしょうか」
「ええ、いいわよ」
ＳＣＥＮＥ１０
「ティム、実は、君のママは亡くなったんだ」
「……やっぱり……ママのこと聞いても、誰も教えてくれないから、そうなのかもしれないって思ってたんだ……」
「それで今日、もうすぐパパが君を迎えに来る。これからはパパと、パパの奥さん、つまり新しいママだね……と暮らすことになるんだよ」
「パパ？」
「パパと亡くなったママは、君が１歳の時に離婚したそうだから、君がパパのことを覚えてないのは無理もないけど」
「ママが離婚したってことは知ってる。パパの写真もアルバムにあるよ」
「そうか……。君のパパも新しいママも、君の事を聞いて、すぐに引き取るって決めて飛行機に飛び乗ったんだって。それってすごいことだよ。君もそう思うだろう？ティム」
「……うん……」
「だから、パパと新しいママに会ったら、『僕を引き取ってくれてありがとう』ってちゃんとお礼を言うんだよ。それと、今日から『パパ、ママ』って呼ぶこと。できるかな？ティム」
「……うん……」
「……実は僕も、１０年前、１０歳の時にママと義理のパパが交通事故で死んじゃってね……実のパパに引き取られたんだ……パパは自分に息子がいるってことを初めて知らされたのに、その場ですぐに僕を引き取るって言ってくれたんだよ……」
リュウイチはティムをひざに抱いた。
「……ティム、泣いてもいいぞ。泣きたい時は、思い切り泣いた方がいいんだ……僕もずいぶん泣いたよ、あの時は……」
ティムはすすり泣き始めた……。
ＳＣＥＮＥ１１
「スティーブン・フロックです。息子の命を助けていただいて、本当にどうもありがとうございました」
「ドクター・リュウです。いいえ、どういたしまして。ぼくだけじゃありません。消防士の方たちの協力がなかったらとても……。フロックさん……お願いがあるんです」
「何でしょう？」
「フロックさんも奥さんも、ティムに会ったら、ぎゅうっと抱きしめてあげてほしいんです。それと、ティムが夜、眠れなくて泣いていたら、一緒に寝てあげてください」
「……わかりました……」
「……僕は父にそうしてもらって、とってもうれしかったので……」
「リュウ！ロマノ先生から電話！『早くオペ室へ来い！この、馬鹿！』って怒鳴ってるよ！」
「すぐ行くって言ってください！……それじゃ、フロックさん、失礼します。僕の尊敬する父、すご腕の外科医『ロケット・ロマノ』と、これからオペがありますので」
リュウイチはにっこり笑うと、エレベーターの方へと走っていった……。
ＳＣＥＮＥ１２
「遅くなってすみません！」
リュウイチは駆け込んで、手を洗い始めた。
「何をしてたんだ！オペに遅刻するとは、１００年早いぞ！」
「ごめんなさい。昨日の事故で左足を骨折したティムっていう子の……」
「お前が地下の瓦礫から救助した子供か？」
「ええ、そうです。でも、どうしてそんなこと知ってるんですか？」
「新聞を見とらんのか」
「？」
「子供を抱いたお前と消防士の、写真と記事が、新聞に載ってたぞ」
「……そういえば、写真を撮られたんだった……」
「で、その子がどうかしたのか」
「ママが事故で亡くなったので、ティムが１歳の時に離婚したパパが、新しいママと一緒に彼を引き取りに来たんです。それで、ちょっと話を……」
「何を話したんだ」
「……ええっと……ティムに会ったらぎゅうっと抱きしめてやってくれ、夜、眠れないで泣いていたら、一緒に寝てやってくれって……僕はパパにそうしてもらって、とってもうれしかったからって……」
「そんなことを話したのか。かわいそうに、ティムはお前のような、どうしようもない泣き虫になることが、これで決まったな。ぐずぐずするな、早く来い」
手を洗い終わったロマノは、オペ室へ勢いよく入っていった……。