ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＥＰＩＳＯＤＥ１３ 「Ａ ＢＥＲＲＹ」
ＳＣＥＮＥ１
リュウイチは、晴れてドクターとなった。といっても、１年目のレジデントは新米の駆け出し。雑用係とほぼ同義である。ただでさえ、そういう境遇であるのに、リュウイチの場合、特例でＥＲと外科の掛け持ちのため、かなりのハードスケジュールをこなさなければならなかった。
「リュウ、なんだかすごくうれしそうね」
「エリザベス先生、僕、今日１週間ぶりに家に帰れるんです」
「おい、リュウ。お前今夜は外科で夜勤だぞ。いいな」
「ち、ちょっと待ってください。僕は、もう１週間も家に帰っていないんです」
「そうだったか？お前が帰らなくても、私はまったく不自由していない。それに毎日こうやって顔をあわせてるんだ。帰る必要はないだろう」
「……でも……」
「ピアノを弾くというのは理由にならんぞ。お前が、イベントの時にただで演奏するという約束で、医学部のホールのピアノを自由に使っていることは、私の耳に入ってる」
「…………」
「しっかり働け」
「……ママ、僕、おうちに帰りたいよ……」
「はいはい、坊や、いい子ね……」
ある日のこと……。
「リュウ、もうあがりか？」
「はい」
「じゃあ、天ぷらでも食べに行くか」
「はいっ！」
「天ぷらを食べた後は、外科で１２時から夜勤だ」
「……僕は昨日ＥＲで夜勤だったんです」
「だから、天ぷらをおごってやると言ってるんだ」
「……くそっ！ぐれてやる！」
「勝手にしろ。ぐれたら勘当するだけのことだ」
「…………」
「食うのか、食わんのか、どっちだ」
「食います！」
またまたある日のこと……。
「おい、リュウ！」
「今日は夜勤はできません！僕、明日ドイツへ発つんです」
「カイザーの、７０歳バースデー記念特別ドリーム・コンサートとかいうやつだろう？」
「そうです」
「明日の朝は何時の飛行機だ？」
「１０時です。あ、でも、準備があるので、今日はどうしても家に帰らないといけないんです」
「そう言うだろうと思って、家から持ってきてやったぞ。荷物とタキシード。１週間も休みを取るんだから、ぎりぎりまで働け。このまま明日の朝８時まで夜勤だ」
「……もういや、こんな生活……」
「何か言ったか？」
「いいえ」
ＳＣＥＮＥ２
「５歳の男の子、名前はデニス・アトリー。上腹部痛と過呼吸。血圧１５２の９５、脈拍１０１」
「ドクター・フィンチです。こちらはドクター・リュウ。アトリーさん、どうされました？」
「元気だったのに、急におなかが痛いって言い出して……。呼吸も速いし、なんだかいつもと様子が違うみたいなので、心配になって救急車を呼んだんです」
「デニス、おなかをちょっとさわるわね。痛かったら言ってちょうだい」
「血圧７８の４１に低下！脈拍６０！」
デニスは痙攣し始めた。
「デニス！しっかりして！」
母親が叫ぶ。
リュウイチはデニスの右手の爪が赤く染まっているのに気づき、においをかいだ。
「アトリーさん、お宅には温室がありますか？」
「いいえ、でもお隣には立派な温室があるわ」
「お隣の電話番号を教えてください！……フィンチ先生！たぶんシアン中毒です！チュニーさん、この番号に電話して、温室にアフリカン・ベリーがあるか、実がまだ熟してないかどうか聞いてください！」
「アビー、シアン中毒キットを持ってきて！早く！」
「アフリカン・ベリーが確かにあるって！実は赤くて、まだ熟していないそうよ！」
リュウイチは、亜硝酸アミルのアンプルをガーゼに包んですばやく折ると、液の染みたガーゼをデニスの鼻と口に当てた。
「アトリーさん、デニスの体重を教えて」
クレオが亜硝酸ナトリウム液を５分以上かけて、ゆっくりと静注する。
「次はチオ硫酸ナトリウム液ね……」
呼吸が安定したので、急いで胃洗浄をしたところ、赤い実がたくさん出てきた。
母親が手続きに出て行ったあとで、クレオが言った。
「リュウ、アフリカン・ベリーって聞いたことないけど、どんなものなの？」
「アフリカ原産の植物で、実がベリーに似てるので、アフリカン・ベリーって呼ばれてるんです。実は熟すと紫色になるんですが、若い実は赤くて……。未成熟の実には青酸性配糖体が多く含まれていて、それが加水分解されると、シアン化水素が発生します。亜熱帯性の植物なので、自生はしないんですが、まさか温室で育てている人がいるとは……。きっとデニスは、温室に忍び込んで探検でもしたんでしょう」
「よく知ってるわね。助かったわ、ありがとう」
「いいえどういたしまして。僕、たまたま本で読んだことがあっただけなんです……」
ＳＣＥＮＥ３
「よお、リュウ。クレオに聞いたぞ。今日はお手柄だったんだって？」
「ベントン先生……お手柄だなんて、そんな……たまたま本で読んだことがあっただけなんです……」
「ほらほら、そこだ……」
「？」
「そうやって、謙遜してしまうところ、それがお前の悪いくせだ。『たまたま』じゃなくて、お前のことだ。きちんと勉強してたんだろう。違うか？ちゃんと言ってみろ」
「……実は……将来役に立つかなと思って、医学部に入った時から、毒物中毒の症例を集めてたんです」
リュウイチは、モバイルを立ち上げてベントンに見せた。
「どれどれ……ほお……こりゃすごい……なるほど、これがアフリカン・ベリーか……」
「リュウ、いいか、お前は謙虚過ぎる。医学生のうちはそれでもよかったかもしれんが、これからはだめだ。それではやっていけんぞ。人より１歩でも前に出ることを考えろ。マルッチを見ろ……まあ、あいつはちょっとやりすぎだが……ともかく、そのままじゃ損をする。外科医としてやっていくのなら、もっと積極的になれ」
「はい……」
「もっと自分に自信を持つんだ。お前は自分が思っているより、ずっと腕はいいんだぞ」
「でも……」
「『パパはほめてくれたことがない』って言うんだろう？」
「ええ……しかられることはたくさんありますけど……」
「父親ってのはそういうものだ。特に息子に対しては……。それに、息子が自分と同じ道をたどろうとしている場合は、なおさらだろうな……。まあ、そのうち認めてもらえるさ」
「……はい……」