THE GENTLE DRAGON

 

 

 

EPISODE12  「A MISHAP」

 



SCENE1
 リュウイチの臨床実習も2年目を迎えた。
 
 「リュウはまた、ERローテーションなんですね。ERレジデントになるつもりなのかな?」
「やっぱり外科じゃないの?パパを尊敬してるみたいだから。リュウはどんな感じ?」
「ええ、ずいぶんしっかりしてきて、指導する方も楽で助かってます。手技が一段とうまくなってるのは、外科でパパにしごかれたのかも」
「産科で赤ちゃんを初めてとりあげて、感動のあまり、泣いちゃったっていうのは聞いたよ」
「へえ、ほんとに?それはリュウらしいや」

 そんなある日のこと……。

 「大学生がふたり、手首の骨折と顔面裂傷。救急車で搬送中。アメフトの試合でけがしたんだってさ」
「リュウ、お迎えに行って来て」
「はい」

 救急車から降りた大学生ふたりは、お互いをののしりあいながら病院の廊下を歩いていた。
「俺の黄金の左腕をどうしてくれるんだ!」
「あれくらいで骨折するなんて、ガラスの腕もいいとこだぜ!俺の方こそせっかくの美形が台無しだ」
「ふん!美形が聞いてあきれる。けがしてかえってましになったんじゃないのか?美形ってのは、こいつみたいなのを言うんだ」
とリュウイチを指差す。
「あ……どうも……はい、ふたりともけんかはやめて」
 「リュウ、例の大学生?」
「あ、グリーン先生。そうなんです。ひとりはタックルされて転倒。たぶん左手首の骨折。もうひとりは、手首骨折の彼に殴られて、顔面裂傷です」
「けんかしないように、別々の部屋に入れて」
「はい」

 「なんだと!もう一度言ってみろ!」
「ああ、何度でも言ってやる!足がもつれて自分で転んだんじゃないのかって言ったんだよ!」
「こいつ!」
「やるか!」
とうとうふたりは廊下で取っ組み合いのけんかを始めてしまった。2メートル近い巨漢がユニホーム姿でぶつかり合っているさまは、なかなかの迫力である。
「ちょっと!ふたりとも!やめてください!」
リュウイチが静止しようとしたが、頭に血が上った牡牛と化したふたりが、言うことを聞くはずもない。
 
 顔面裂傷が体制を低くし、突進してきた。手首骨折はぶつかる寸前で、ひらりとこれをかわす。と、その後ろには……リュウイチがいた。
「うわーっ!」
180センチ55キロ、超軽量級のリュウイチが、牡牛の頭突きをまともにくらったのだからひとたまりもない。文字通りふっ飛ばされて、外傷室の大きなガラス窓に頭から突っ込んだ。ガラスの割れる派手な音と、無数の破片を撒き散らしながら外傷室へ飛び込んだリュウイチは、ご丁寧にも診察台の端に頭をぶつけてそのまま落下、昏倒してしまったのだった……。

 「大丈夫か、リュウ!誰かストレッチャーを持ってきて!」



SCENE2
 「派手に突っ込んだ割には、けががあまりひどくなくてよかった……。とっさに腕で頭をかばったんでしょう。切り傷がいくつかあって、大きいのは左右1箇所ずつ、5針縫合しました。それと額を治療台にぶつけたらしくて、3針縫合。脳震とうを起こして気絶してますが、頭部、頸部とも異常ありません。あと、髪の毛の中にガラスの小さな破片がいっぱい入ってて、頭に小さな切り傷が多数ありますが、心配ないと思います」
「世話になった。グリーン、ありがとう。……相手が2メートル近いアメフトの選手じゃ、やせっぽちのリュウがふっ飛ばされたのも無理はないな。それにもしかしたらこいつは、運動神経がないのかもしれん。家にいても、女みたいに、ピアノを弾いてるか、料理やお菓子を作ってるかで、スポーツをやってるのなんか見たことがないんだ。……ところで、頭の傷だが、もっときちんと調べた方がよくないか?」
「?」



SCENE3
 1時間後、ER中に叫び声が響き渡った。
「あ――――――――っ!」
「今のは何?」
「リュウが鏡を見たんじゃない」
「かわいそうに……」

 「……ど、どうして……ひ、ひどい……」
肩の少し下まであったリュウイチの髪は、ばっさり切られ、あろうことか、くりくりの丸坊主になっていたのだ。あまりのショックにリュウイチの目には涙が浮かび、もううるうる状態である。
「髪の毛にいっぱいガラスの破片が入ってじゃりじゃりだったし、頭にたくさん切り傷があって、そのままじゃ治療ができなかったんだ」
「僕が気絶してる間に……」
「パパの許可は取ったよ、リュウ」
「医者としてごく当然の処置だ。男のくせに、髪の毛ぐらいでびーびー泣くな!」

 『これは絶対、パパとグリーン先生の陰謀だ!ふたりとも、僕の髪がねたましかったんだ……』

 治療室を出たロマノとグリーンは爆笑した。肩を抱き合い、握手を交わす。
「でも、ちょっとやりすぎたかもしれませんね」
目じりの涙をぬぐいながら、グリーンが言う。
「かまうもんか。あいつの髪の毛はまた生えてくるんだから」



SCENE4
 『事件』のうわさは、あっという間に病院中をかけめぐった。
「ちょっと!リュウが丸坊主にされちゃったんだって!」
「えっ!誰なの?そんなことしたのは!」
「ロマノ先生と、グリーン先生」
「ハゲの恨み?」
「しーっ!声が大きいわ。でも、絶対そうよね」
「かわいそうに……」
「ほんとにかわいそう……。泣きながら家に帰ったって」
「そりゃあ、泣くわよ」
「……そうそう、リュウの頭って、ロマノ先生とおんなじ形してるらしいわよ」
「へーえ、やっぱり親子だったんだ……」



SCENE5
 次の日の朝……。
「おはようございます、ウィーバー先生」
「おはよう、リュウ。昨日は災難だったわね……」
と言いながら書類から目を上げたウィーバーは驚いた。リュウイチは濃紺の作務衣に身を包み、紺地に白の細かいトンボ柄の日本手ぬぐいを頭にしっかりと巻き、素足にサンダルをはいている。
「……これしか似合う服がなかったんです……。診療の時は手術着に着替えますから……」
「あ、そう。……ならいいわ」
とぼとぼとラウンジの方へ歩いていくリュウイチの姿に、ウィーバーは思わずふきだし、あわてて手で口を押さえた。丸坊主になったリュウイチは、かなり幼く見えた。あれではスーツは似合わないだろう……。



SCENE6
 「おい、グリーン。我々は、病院中の女を敵に回してしまったような気がするが、私の思い過ごしか?」
「思い過ごしじゃありません。だからやめようと言ったのに」
「うそつけ、すぐに賛成したくせに」
「エリザベスなんか口もきいてくれないんです」
「私にもだ」



SCENE7
 「なあ、カーター。リュウの髪、だいぶ伸びただろ。でも……」
「どうしたの?マルッチ」
「……やっぱりやめとく」
「なに?ちゃんと言ってよ。気になるじゃないか」
「……あのくらいの長さだと、ベリーショートの女の子みたいで、俺、時々……リュウを抱きしめたくなっちまうんだ……」
「…………」
「あ、お前俺のこと変態だと思ってるだろ。だから言うのやだったんだ」
「いや、違う。実は僕もそうなんだ。女の子と錯覚しちゃうことがあって……あ、男の子だったんだって思うんだけど、それでも抱きしめたいって思ってる自分に気付いて、愕然としたことがある……」
「お前もか……なんか調子狂っちゃうよな、リュウのやつのおかげで……」
「そうだね……」


 
SCENE8
 「ケリー、いったい何の緊急ミーティングだ。オペが入ってたのに」
「リュウのレジデンシーについてよ」
「なんであいつのレジデンシーのことで、わざわざミーティングを開かなきゃならんのだ。……ひょっとして、かわいい顔をしてるからか?」
「……」
「じゃあ、私の息子だからか?」
「ロバート、いい加減にしてちょうだい!私は忙しいの。優秀だからに決まってるでしょう」
「優秀?あいつが?」
「とっても優秀よ。みんながリュウを欲しいんですって」
「それは困る。リュウは外科のレジデントになるんだからな」

 「本人が外科に希望を出している以上、外科で決まりだろう」
「それはわかっている。だが、特例として、もうひとつ掛け持ちということではどうだろう」
「そんな馬鹿な。どっちも中途半端になってしまうぞ」
「私も、ふたつ掛け持ちという案に賛成だ。リュウなら、立派に両方こなすだろう」
「では、ふたつ掛け持ちという案に賛成という方は挙手してください……はい、ではふたつ掛け持ちということで……」
「おいおい、いったいこのミーティングは何なんだ!」
「では、次はどの科と掛け持ちかということですが……」
 各科が順番にリュウが欲しい理由を述べた。最後はウィーバーである。
「各科の意見を聞いて、私は、リュウはERにこそふさわしいという思いを強くしました。ERにはいろんな患者がやってくるので、ドクターは外科、内科、小児科、産科……オ−ルマイティであることを要求されます……」
「……やれやれ、ケリーの勝ちだな……」

 「リュウ。今日はお前のレジデンシーについて、ミーティングが開かれた」
「え?どうして僕のレジデンシーのためにミーティングが開かれたんですか?……ひょっとして、かわいい顔をしてるから?」
「……」
「じゃあ、パパの息子だから?」
「優秀だからみんながお前を欲しいらしい」
「優秀?僕が?でも、僕は外科が第1志望なのに……」
「だからもうひとつ掛け持ちだ」
「掛け持ち?無理だよそんな……。ひとつでも大変なのに」
「つべこべ言うな。もう決まったことだ。お前のレジデンシーは外科とERの両方だ。わかったな」
「はい。……ERか……第2志望だからまあ、いいか……でも、やっていけるかなあ、両方……」
 



EPISODE13 「A BERRY」 へ続く

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