ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
この物語は、ドラマ『ＥＲ 緊急救命室』の二次創作です。時系列や登場人物等、つじつまがあわないところがありますが、大目に見てやってくださいませm(_ _)m
ＥＰＩＳＯＤＥ１ 「ＡＳＴＥＲ」
ＳＣＥＮＥ１
「ロマノ先生。マーティン・ニコルズという弁護士さんがおみえになりましたが」
「弁護士だと？また、誰か訴えられたのか。まったくどいつもこいつも……」
「先生！」
「あー、わかったわかった。通してくれ」
オフィスに入ってきたのは、彼と同年輩くらいの、背の高い男だった。
「ドクター・ロマノでいらっしゃいますか？はじめまして。私、マーティン・ニコルズと申します。ボストンで弁護士をやっております」
「ロバート・ロマノです。こちらこそはじめまして。まあ、どうぞ、おかけください」
ロマノはニコルズに、ソファーに座るようすすめた。
「突然おうかがいしまして申し訳ありません。先生もお忙しいでしょうから、さっそく用件にはいらせていただきます。……先生、先生はシオン・ウエハラ（紫苑 上原）という女性を覚えていらっしゃいますか？」
『シオン・ウエハラ』……。やれやれ、いったい誰がまた訴訟騒ぎを起こしたのかと思いを巡らせていたロマノにとって、それは実に思いがけない名前であった。
「……シオン……シオンがどうかしましたか？」
「彼女のことを覚えていらっしゃるのですね？」
「……ええ、もちろん」
シオンは以前、ロマノが付き合っていた女性であった。当時ロマノは２年目のレジデント、シオンは大学院生で、数学を専攻していた。２年ほど付き合って別れたが、けんかをしたわけではない。ロマノが病院を移ったので、物理的に交際が無理になったのである。そのシオンの名を再び聞こうとは……。
「実は、シオンはシュウ・タカミザワ（秋 高見沢）というピアニストと結婚していたのですが……。１週間前に交通事故で二人とも亡くなりまして……」
「……シオンが死んだ？」
ロマノは絶句した。別れた後は連絡を取り合うこともなかったが、彼にとって彼女とのことはよい思い出となっており、それは彼女も同様なのではないかと漠然と思っていた。あいつも元気でやっているかな？と時々ふっと思い出していたシオン。そのシオンが死んだというのだ……。
『……シオンが死んだって？しかも、交通事故で夫といっしょに？……ピアニストと結婚したのか……そういえばあいつ、指のきれいな男の人って好きだわなんて言ってたっけな……あ、なんだって今そんなことを俺は思い出したりしてるんだ……』
「シオンから、先生宛の手紙を預かっています」
「私宛の手紙？」
便箋には、懐かしいシオンその人の文字がつづられていた。
『ロバート、おひさしぶり。元気にしていた？あなたのことだから、すご腕の外科医として活躍しているのでしょうね。
実は別れたあとでわかったのだけれど、私、妊娠していたの。知らせたら、きっとあなたは私のところに戻ってきて、結婚しようって言ったでしょう。でも、私のせいで、あなたに好条件のポストをあきらめさせたくなかった。だから、一人で産んで育てることにしたの。
子供は男の子で、ロバートのＲをもらって名前はリュウイチ。漢字では『龍一』と書いて、『龍』はドラゴンっていう意味よ。強い子になるようにって願いを込めてつけたの。私たちは『リュウ』って呼んでるわ。そう、私、リュウが２歳のときに結婚したの。彼はピアニストで、リュウのこともとてもかわいがってくれていて、リュウも彼のことを本当のパパだと思っているわ。私たち家族はとっても幸せよ。
でも、私とシュウにはひとつ心配なことがあって……。ふたりとも身寄りがないから、もし私たちが死んでしまったら、リュウがひとりぼっちになってしまう……。だからロバート、もし、あの子が成人する前に私たちが死ぬようなことがあったら、あなたに後ろ盾になってもらいたいの。もちろん、引き取ってくれなんて言わないわ。父親だと名乗らなくてもいい。ただ、陰からそっと見守ってくれるだけでいいのよ。
こんなことをあなたにお願いするなんて、本当にごめんなさい……』
ロマノは、手紙をゆっくりと２回読み、深いため息をつくと両手で顔をごしごしとこすった。
『……シオン、君はあのころとちっとも変わっていないな。本当に”おひさしぶり”だ。”元気にしていた？”だって？君は死んでしまっているじゃないか……』
「……息子は……リュウは今、どこに？」
「……車の中で待っていますが、会われますか？」
「引き取ります」
今度はニコルズが絶句する番だった。自分の息子が存在するということを知らされてから５分もたっていないというのに、即断即決とはたいしたやつだ。これがシオンが愛した『ロケット・ロマノ』という男なのか……。
ＳＣＥＮＥ２
ニコルズには中でおとなしく待っているようにと言われていたが、リュウイチは車をおりて外に出、カウンティ・ジェネラルを見上げた。
『ここに僕の本当のパパがいるのか……』
シオンはリュウイチにも手紙を残していて、それには、ロバート・ロマノという外科医が本当の父親であること。でも、ロマノはそれを知らないこと。シオンが彼にリュウイチの後ろ盾になってくれるように手紙で頼むということなどが記されていた。そして、ロマノに会うことができなくても、決してうらみに思ってはいけないとも書かれていた。『ロバートにはロバートの生活があるのだから……』と。
シュウが自分の実の父親ではないということを、リュウイチはとっくに知っていた。生まれてから２年間、リュウイチのアルバムにはシュウが登場していない。
「パパったら、あなたが生まれたことも知らないで、ずっとほっつき歩いてたのよ」
とシオンは言ったが、そんな馬鹿なことがあるわけがない。
『ママって数学者のくせに、つじつまが合わないことを平気で言うんだよな』
もっともシュウに言わせれば、
「女ってものはみんなそうだ。しかもそこを指摘すると、手がつけられないくらい怒るからな。リュウ、気をつけろよ」
ということになるらしかった。もちろんリュウイチは、シオンの説明に納得したふりをした。そうすることで家族が幸せに暮らせるならばそれでよかった。それにシュウは本当にリュウイチをかわいがってくれていたので、血がつながっていようがいまいが、そんなことはどうでもよかったのである。
そう、僕たちは幸せだった。一週間前のあの日、パパとママが突然死んでしまうまでは……。
『いけない。また涙が……』
リュウイチは涙がこぼれないように、急いで空を見上げた。これで大丈夫……。しかし、今度はリュウイチの目の前を、親子連れが楽しそうに笑いながら通り過ぎていった。……もう、上を向いたくらいでは間に合わなかった。
「リュウ……」
呼ばれて振り向いたリュウイチを見て、ロマノが息をのんだ。
「……似ているでしょう……シオンに」
ニコルズがささやく。ウェーブがかかった黒くて長い髪も、黒い瞳の大きな目も、色の白いところも、何から何までシオンとそっくりだった。
その場にしゃがんでロマノは言った。
「リュウ、パパだ」
そしてリュウイチを引き寄せ、もうすぐ１０歳になるにしては小柄なその身体を、ぎゅうっと抱きしめた。
「……パパ……」
リュウイチはすすり泣き始め、そしてそれはやがて嗚咽へと変わっていった。
ニコルズはリュウイチに荷物をわたして去っていった。
「さあ、荷物を車に置いてこようか」
「……パパ……」
「何だ？」
「ぼくを引き取ってくれてありがとう」
「……お前は私の息子なんだから、そんなのは当たり前だ」
「ニコルズさんが、『パパは即座に君を引き取るって言ってくれた。誰もができることじゃない。パパに感謝しなくちゃいけないよ』ってさっき言ってた」
「……ふうん、そうか……」
「あのね、もし、パパに会えなかったら、ニコルズさんが僕を引き取ることになってたんだよ。なんだか、ママのこと好きだったみたい、ニコルズさん……」
ロマノは何も言わずにリュウイチの頭をなで、荷物を持って歩き出した。
ＳＣＥＮＥ３
エリザベス・コーデイは、ロマノのオフィスで信じられない光景をまのあたりにして立ちすくんでいた。ロマノの上着にくるまって、ソファーで女の子が眠っているのだ。
『……患者ではなさそうだし、入院患者の子供？それとも迷子？……ひょっとしてさらってきたとか？まさかね……』
「私がさらってきたと思ってるんだろう」
いきなり背後から声をかけられて、エリザベスは飛び上がった。
「い、いえ、そんな。えーと、あのー、ブレンダに中に入って待っているようにと言われたので。でも、驚きました。この子はいったい……」
「私の息子だ」
「息子？男の子なんですか？てっきり女の子だとばかり……。それに先生、先生にお子さんがいらっしゃるだなんて、知りませんでしたわ」
「そらそうだろう。私も３時間前に知ったばかりなんだから。どうした？リジー、口があけっぱなしだぞ」
ロマノはリュウイチをゆり起こした。
「おい、リュウ、起きろ。アイスクリームを買ってきてやったぞ」
リュウイチは目をこすりながら起き上がり、のびをした。目が合ったエリザベスに、にっこりとほほえみかける。
『……かわいい！ロバートにはちっとも似てないわ。本当に女の子みたい。なんてかわいいんでしょう』
「こちらはドクター・エリザベス・コーデイ」
「はじめまして、リュウイチです。リュウって呼んでください」
「こちらこそはじめまして」
エリザベスは思わずリュウイチを抱きしめてキスをした。
ＳＣＥＮＥ４
夜、寝る前にロマノがリュウイチの部屋をのぞくと、リュウイチはベッドの上に座ってすすり泣いていた。
「どうした、リュウ、眠れないのか？」
ロマノはリュウイチを抱き上げると、自分の寝室に連れて行った。
「さあ、今日はパパと一緒に寝よう」
「……パパ、ごめんね。僕、泣き虫で……」
「気にするな、泣きたいときは泣けばいい」
安心したのか、リュウイチはすぐに眠ってしまった。寝返りをうとうとしたロマノは、リュウイチがしっかりとロマノのパジャマの上着の端を握り締めていることに気づいてほほえんだ。キスをして、毛布でくるんでやる。
「……シオン……リュウを産んでくれてありがとう……」
そうつぶやくと、ロマノは目を閉じた。