ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＳＩＤＥ ＳＴＯＲＹ １６ 「ＭＹ ＳＷＥＥＴ ＨＥＡＲＴ」
ＳＣＥＮＥ１
クリスマスの次の日の夜、スーザンと食事に行ってワインを無茶飲みし、急性アルコール中毒でＥＲに運び込まれたリュウイチは、罰として１０日間の連続夜勤をロマノに言いつけられてしまった（ＳＩＤＥ ＳＴＯＲＹ ２ 「ＡＮ ＥＮＳＥＭＢＬＥ」）。普通ならば、新年をはさんでの連続夜勤というと、とても悲惨なものだが、リュウイチの場合はそうではなかった。初対面から３年間、ずっと思い続けていたスーザンに思い切って告白し、交際ＯＫの返事をもらっていたからだ。
さすがに仕事中はそういうことはないが、ちょっと手が空くと、
『信じられないけど……ＯＫって言ったよね、ルイス先生……むふふ……』
などと、ついつい笑顔になってしまう。ひそかに頬をつねること数十回……幸せなことにこれは夢ではなく、現実なのであった。勤務時間がずれているせいで、あれ以来スーザンとは顔を合わせていないが、
『その方がいいや。だってどういう顔してルイス先生に会ったらいいか、僕わからないもの』
などとリュウイチは思っていた。そのくせ、自分の夜勤が終了する日にスーザンもオフであることは、すでにチェック済みである。デート・コースをあれこれ計画しているうちに、１０日間はあっという間に過ぎてしまったのであった。
ＳＣＥＮＥ２
夜、７時過ぎに帰宅したロマノは、キッチンで忙しく立ち働いているエリザベスに声をかけた。
「リジー、ただいま」
「おかえりなさい、ロバート。悪いんだけど、エラをみててくれる？あと１０分くらいで晩ご飯ができるから」
「パパ、おかえりなさい！」
「ただいま、エラ」
飛びついてきたエラを抱き上げながら、ロマノは不審そうにあたりを見回した。
「……リュウのやつはどうした？今朝夜勤が明けて、まる１日オフのはずだぞ。俺はてっきりあいつが帰ってきて、飯の支度をしてるとばかり思ってたんだが」
「帰ってないわよ」
「いったいどこへ行ったんだ」
「いいじゃないの。どこかで羽を伸ばしてるんでしょ。１０日間の連続夜勤なんてかわいそうに。それも新年をはさんで」
「あいつがまいた種だ。首にならなかっただけましだぞ」
「大げさね。ちょっと急性アルコール中毒になったくらいで」
「あいつはスタッフ・ドクターで、しかも管理職なんだ」
「プライベートとは関係ないでしょう」
「リジー、君はいつもリュウに甘いな」
「あなたが厳しすぎるのよ、ロバート」
さらに反論しようとしたロマノの口を、小さな手がふさいだ。ロマノとエリザベスは、思わず顔を見合わせる。心配そうな顔をしているエラに、ロマノはほほえみ、その手のひらにキスをした。
「……すまん、リジー」
「いいえ、いいのよ、ロバート。私こそごめんなさい」
ＳＣＥＮＥ３
結局その日リュウイチが帰宅したのは、９時過ぎだった。ソファーで新聞を読んでいたロマノが、さっそくチェックを入れる。
「どこへ行ってたんだ」
「友達とふたりでちょっと出かけてたんです」
「友達って誰だ」
「パティとラリー」
「へえ、そうか。お前今さっき『ふたりで』って言ったぞ」
「…………」
初デートが上首尾に終わり、有頂天になってしまっていたリュウイチは、うかつなことに、言い訳をまったく考えていなかったのである。ロマノの鋭い突っ込みを、かわせるはずがなかった。
「えっと、あの、僕何だかくたびれちゃったので、もう寝ます。明日は朝５時から勤務だし……おやすみなさい」
リュウイチは２階へ駆け上がると、自分の部屋に飛び込んだ。ベッドにダイビングする。
「ひゃっほ〜〜！」
アウトドアが苦手で寒がりのリュウイチが考えたデート・コースは、食べ歩きとショッピングだった。幸いスーザンにも好評で、とても楽しいひとときを過ごしたのである。あれこれ言いながらふたりで選んで、リュウイチがプレゼントしたピアスは、スーザンにとてもよく似合っていた。
「腕も組んじゃったし、手もつないじゃったし……」
実はスーザンを自宅まで送って行き、別れ際に車の中でキスもしちゃったリュウイチなのである。
「……ルイス先生素敵だったなあ……あ、いけない」
スーザンに、
「リュウ、ふたりきりのときに、『ルイス先生』はやめてよ。スーザンでいいわ」
と言われたのである。しかし、とうとう今日は『スーザン』とは呼べず、『えーと』と『あのー』ですませてしまった。
「今ちょっと練習しとこうかな……ス……スーザン……きゃあ、言っちゃったよ！スーザンって！」
リュウイチは、ベッドに寝転がったまま、手足をじたばたさせた。
ＳＣＥＮＥ４
リュウイチが初デートの余韻にひたっていたころ、階下のソファーでは、ロマノがぶつぶつ言っていた。
「リュウのやつあやしいぞ。いったい誰と出かけてたんだ」
エリザベスが眉をひそめる。
「まだ言ってるの？いいじゃない。子どもじゃないんだから」
「妙にあいつ、浮かれてなかったか？」
「そう言われれば、なんだかとってもうれしそうだったわね」
「ということは、女か……誰だ？」
「誰でもいいでしょ。デートだったら、よけいにそっとしておいてあげなくちゃだめよ」
「……おい、リジー。今日はＥＲカバーだったんだろう？」
「ええ」
「スタッフは誰がいた？」
「……ケリーとルカよ」
「わかったぞ！デートの相手はルイスだ！」
ロマノの言葉に、エリザベスは驚いた。
「ほんと？」
「俺の勘は当たるんだ。間違いない。……待てよ。そういえば、急性アルコール中毒になったリュウを、ＥＲにかつぎこんだのもルイスだったぞ……あいつら、付き合ってるのか？」
「そうかもしれないけど……ねえロバート、もういいじゃないの」
ロマノはあごをなでながら、にやりと笑った。
「……あいつもなかなかすみにおけんな……そういえばルイスって結構いい身体し……」
みなまで言わずにロマノは絶句した。エリザベスがロマノの顔面をいきなり殴ったからだ。それも平手ではなく、げんこつで……。
「何するんだ！馬鹿っ！もう少しで目に当たるところだったぞ。外科医が失明したら商売あがったりだ。気をつけろ！」
左目の下を押さえながらわめくロマノを、エリザベスが怒鳴りつけた。
「外科医じゃないわ！セクハラ親父を殴ったのよ！」
「何だ？嫉妬してるのか？」
反射的に出たへらず口は、左の頬にパンチをもう一発という成果をもたらした。
「あなたって人は最低ねっ！いい？リュウやスーザンに下品なことを言ったりしたら、私はエラを連れて出て行きますからねっ！」
ＳＣＥＮＥ５
次の日、手術のための手洗いをしていたリュウイチは、入ってきたロマノを見て驚いた。
「パパ！その顔、どうしたんですか？」
「転んだんだ」
「ママのげんこつの上に？」
ＳＣＥＮＥ６
初デートから半月程が過ぎたある日のこと、リュウイチは自宅の前に止めた車の中で、ため息をついていた。今日は４時でオフになる予定のところに、緊急の手術が入って、結局勤務が終わったのが６時過ぎになってしまったのだ。今日はスーザンの家で一緒に食事をとる予定になっている。その前にいったん自宅に帰る用事があるのだが、すでにロマノもエリザベスも帰宅しているため、ふたりに何と言い訳をして出かけるか、それを思案しているのであった。
『くそっ！どうして家族全員が、おんなじ職場なんだ。おまけにシフトはパパが全部把握してるし……』
「ただいま」
「おかえりなさい」
みんなは、テーブルについて食事中だった。
「えっと、僕、今日は友達とこれから食事するので……」
ロマノは何も言わなかった。テーブルの下で、エリザベスにむこうずねをけとばされたのである。
「楽しんでいらっしゃいね」
「はい。……あ、帰りは遅くなると思うので、今夜はオフィスに泊まります……」
「わかったわ」
キッチンでごそごそと何かをしたあと、リュウイチは２階に上がり、ほどなくおりてきた。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
リュウイチは紙袋を提げており、なぜか１０センチほど電気コードが垂れ下がっていた。それを見つけたロマノは指摘しようとしたが、エリザベスの眉がものすごい勢いでつり上がったので、断念せざるを得なかった。
『リュウのやつ、”お泊りデート”か……でも、なんで電気コードなんだ？』
ＳＣＥＮＥ７
「……いいにおい……」
薄目を開けたスーザンの顔を、リュウイチがのぞき込みながら、にこにこしている。
「遅刻しちゃうよ……スーザン」
さすがにもう『ルイス先生』とは言わないが、『スーザン』とはまだ呼びにくいようで、いつもちょっと口ごもってしまう。それがまたリュウイチらしくて、スーザンは『かわいい』と思っていた。
リュウイチがトレイを差し出す。
「はい、朝ごはんです」
「……まあ！おいしそう！……ワッフル……これどうやって作ったの？うちにワッフルメーカーはないのに」
「昨日うちに寄って持ってきたんだ。……スーザンに食べさせようと思って」
「いただきます……おいしい！」
「よかった……僕、こうやって好きな人のために朝ごはんを作って、ベッドまで持っていってあげるのが夢だったの……」
「……リュウ……」
スーザンは急にリュウイチがとてもいとおしくなり、思わず抱きしめた。目の奥がつんとして、なぜか涙がにじんでくる。
「リュウも一緒に食べましょ」
「うん、じゃあ僕の分も持ってくるね」
リュウイチが部屋を出て行ったあと、スーザンはそっと涙をぬぐった。
「リュウ、そのエプロンすごくかわいいわね。とってもよく似合ってる」
「ありがとう」
白地に７色の音符が一面にあしらわれたその新しいエプロンは、実は『この日のため』のエプロンで、ワッフルメーカーとともに、昨日家から持ってきたものなのであった。
「ごちそうさま。とってもおいしかったわ」
リュウイチが、これ以上はないというくらいの、とびきりの笑顔をみせている。スーザンは一緒ににこにこしながら、しかし、心の中で、そっとそっとため息をついた。
『また、太っちゃう……』
ＳＣＥＮＥ８
その日、リュウイチとスーザンが一緒に出勤したことで、ふたりが付き合っていることは、ＥＲのみんなの知るところとなった。しかし、リュウイチは、
「リュウ、スーザンと付き合ってるんだって？」
と聞かれると、
「ええ、そうなんです」
と非常にうれしそうな顔をしながら答え、そのあまりにも幸せそうな様子に、相手は馬鹿馬鹿しくなって、それ以上のことを尋ねる気力を失ってしまうのだった。
スーザンとのことをもう隠す必要のなくなったリュウイチは、ＥＲで忙しく働きながら、手がすくと、例の『むふふ』状態に陥ってひとりにやにやしたり、いきなりガッツポーズをしたり、踊ったり、そっとスーザンの様子を見に行ったりなどしていた。そんなリュウイチの様子がウィーバーの目に入らないわけがなく、とうとうウィーバーがリュウイチを呼び止めた。
「リュウ、あなたスーザンと付き合ってるんですって？」
「はい」
またリュウイチは、ひどくうれしそうな顔をした。あまりにその様子がかわいかったので、思わずウィーバーは、用意していたお小言を飲み込んでしまった。
「……そう……仲良くね……」
「はいっ！ありがとうございますっ！」
自分はなんて馬鹿なことを言ってしまったんだろうと、内心舌打ちをしながら、ウィーバーは言った。
「いいえ、どういたしまして」
ＳＣＥＮＥ９
ある日曜日、リュウイチとスーザンは、スーザンの家でテレビを見ていた。スーザンは昼の１２時でオフになり、リュウイチは午後３時からの勤務ということで、昼食の後、ソファーに座ってデザートを食べながら、古い映画を楽しんでいたのである。
画面の中ではドアがバーンと開き、主人公が恋人を、いわゆるお姫様抱っこでかかえて登場した。
「わあ、かっこいいなあ！僕もやってみよう」
リュウイチが立ち上がり、スーザンを抱き上げようとする。
「ちょっと、やめなさい、リュウ。腰を痛めるわよ」
「大丈夫。こう見えても、ピアニストは腕の力が強いんだよ」
スーザンを抱き上げた瞬間、リュウイチはうめき、スーザンはソファーの上に落下した。
「リュウ！大丈夫？」
「……大丈夫……じゃない……みたい……」
ＳＣＥＮＥ１０
「もしもし……あら、リュウ……え？まあ！大変！大丈夫なの？……うーん、大丈夫だと思うわ。もしだめって言ったら、私が代わってあげる
……いいのよ……じゃあ、お大事にね」
電話を切ったあと、エリザベスは吹き出した。
「リュウのやつ何だって？」
「３時からのシフトを、パパに代わって欲しいって」
「……いったいどうしたんだ？」
「腰が痛くて動けないらしいわ。ただ今ＥＲで治療中。スーザンを抱き上げようとしたみたいよ」
「情けないやつだなあ。女のひとりやふたり、抱き上げられないでどうする。その点俺はあいつと違って、日ごろから鍛えてるからな」
「ちょっと、ロバート、やめたほうがいいと思うわ」
「大丈夫だ。いいかエラ、見てろよ」
ＳＣＥＮＥ１１
リュウイチは、カーテン３号で寝かされていた。海老のように身体を曲げているのは、そうしていると、少し痛みが軽くなるような気がするからであった。スーザンは、ベッドの側のいすに座っている。先ほどレントゲンを撮り、結果を待っているのだ。
「ごめんね……スーザン。迷惑かけちゃって」
「いいのよ、気にしなくて」
スーザンは、リュウイチにキスをした。
「はい、おふたりさん、お邪魔しますよ」
マリクがストレッチャーで、患者を運んできた。
「パパ！」
「ロマノ先生！」
「うるさい！何も言うな！」
エラを抱いたエリザベスが、付き添っている。
「パパはね、ママを抱っこして、痛い痛いになったの」
エラの言葉に、ロマノ以外の全員が爆笑した。
ＳＣＥＮＥ１２
「リュウ、お前はどうして、『スーザン』って言う前に、いちいち口ごもるんだ。馬鹿じゃないのか」
「大きなお世話です！ほっといてください！それよりパパ、自分の歳を考えて行動しなきゃだめですよ」
「うるさい！黙れ！」
「はい、親子喧嘩はそのくらいにして。恥の上塗りよ」
と言いながらウィーバーが入ってきて、ふたりを診察し始めた。
「わああ！先生！もっと優しくしてください！」
「うわっ！ケリー！乱暴はやめろ！」
「大げさに言・わ・な・い！……ふたりとも骨や神経に異常はないわ。単なるぎっくり腰です。家に帰っていいわよ」
「……ちょっと待て。家って……こんなに痛いのにか？」
「動けないのに？」
「患者が大勢待ってるの。ぎっくり腰くらいで、ベッドをふさがないでちょうだい。エリザベス、スーザン、さっさと連れて帰って」
ＴＨＥ ＥＮＤ
お読みいただきありがとうございましたm(_ _)m
普通の男の子とはどこかちょっと違うリュウイチが恋をすると、こんな感じです(^_^;っていうお話でした(^^)
次はまだ決めていませんが、書けましたらＵＰしますので、またどうぞよろしくお願いいたしますm(_
_)m