THE GENTLE DRAGON

 

 

 

SIDE STORY 2  「AN ENSEMBLE」

 

 ロマノとエリザベスが結婚して、しばらくたったころのお話です……。

SCENE1
 
朝、夜勤明けのリュウイチを、ロマノがオフィスにたずねてきた。
「おはよう、リュウ」
「おはよう……パパ!どうしたの?」
ロマノのほおには、湿布薬がはられている。
「今朝、リジーになぐられたんだ……」
「ママに何を言ったの?パパ」
「ちょっとしたジョークだったんだが、虫の居所が悪かったらしい」
「パパのジョークは、ジョークに聞こえないことが多いから……」
「リュウ、許せ」
「?」
いきなりロマノは、思いきりリュウイチのほおをなぐった。無防備だったリュウイチは、よろけて床にしりもちをつく。
「……パパ!ひどいよ!いったい僕が何をしたっていうの?」

 「いいか、お前と俺はなぐり合いのけんかをした。誰かに聞かれたらそう言え」
「……ちょっと待ってよパパ。もしかしたら、ママになぐられたことがみんなにばれないように、僕をなぐったの?」
「そういうことだ。やっぱりお前はおりこうだ。女になぐられただなんて恥だからな」
「僕ならいいわけ?」
「お前は一応男だからな。父親になぐりかかった身の程知らずな息子を、鉄拳制裁したと、こういうわけだ」
「都合のいい筋書きだなあ。僕をなぐらなくても、どこかにぶつけたとか言えばいいじゃないですか」
「なぐられた傷と、ぶつけた傷は違う。お前医者だろう」
「それはそうですけど……どうして僕はいつもこういう目にあうんだ……で、ママとは仲直りしたんですか?」
「ああ、薬をはってもらった」




SCENE2
 「おはよう、リュウ……あら、そのほっぺたどうしたの?」
「おはようございます、ルイス先生。……今朝パパと、なぐりあいのけんかをしちゃったんです」
「かわいそうに……ちょっといらっしゃい、診てあげるから」
『やった!ラッキー!』



SCENE3
 「もしもし、リュウ」
「あ、パパ」
「……リジーが家に入れてくれないんだ」
「……だってパパ、今朝のけんかは仲直りしたって言ってたじゃない」
「リジーは、お前がかわいそうだって怒ってる。俺はそんなにひどいことをしたのか?」
「そんなこと僕に聞かないでください。ママにちゃんとあやまったんですか?」
「ああ、20回も『ごめんなさい』を言ったぞ。『もうしません』も同じだけ言わされた。なのに許してくれないんだ」
「なぜでしょう」
「心がこもっていないとおっしゃるんだが、いったいどんなふうに言えば、心がこもるんだ?」
「どんなふうにって言われても……」
「もう30分もポーチに立たされてる。寒くてたまらん。お前のせいなんだから、なんとかしろ」
「僕のせいって、もしもし、もしもし、パパ?……もう、勝手なんだから……」

 「もしもし、ママ」
「あら、リュウ。オフィスから?」
「ええ……あのう、パパのことなんですけれど、家に入れてあげてもらえませんか」
「まあ、ロバートったら、リュウに助けを求めたのね。なんて人なの!かわいそうなリュウ」
「実は、パパになぐられたおかげで、とってもいいことがあったので、僕、ぜんぜんかわいそうじゃないんですよ。それにパパが、僕をなぐってまで、ママになぐられたことを隠そうとしたのは、すぐキレるだとかヒステリーだとか、そういう悪い評判がたったら、ママがかわいそうだっていう思いからだし……だから許してあげてください」
「……なぜ、ロバートはちゃんと本当のことを言わないのかしら」
「言わないんじゃなくて、言えないんです。パパって人は」
「そうだったわね……ロバートのそういうところが好きで結婚したのに、私ったら……」
「もしもし、もしもし、ママ?……はいはい、ごちそうさまです……」



SCENE4
 「ただいま」
「パパ!おかえりなさい!」
飛びつくエラをロマノは抱き上げ、キスをする。
「ただいま、エラ。いい子にしてたか?」
「うん」
「お返事は『はい』でしょ、エラ」
「はい」
「リジー、エラはまだ小さいんだから、いいじゃないか」
「だめよ。ロバートったら、ほんとにいつもエラに甘いんだから……」

 「おい、リュウ、どうしてお前が家にいるんだ」
「今日のシフトは、夜10時からなんです」
「ロバート、リュウのシフト、もう少し考えてあげてもいいんじゃない?夜勤が多くてかわいそうだわ。休みも少ないし」
「こいつは名ばかりのスタッフなんだから、忙しくて当然だ。君こそリュウに甘いな、リジー。男は甘やかしたら、ろくなものにならんぞ」
「私はリュウを甘やかしてなんかいないわ。あなたが厳しすぎるのよ、ロバート。それに女の子だって甘やかしたら、ろくなものにならないわよ」
「女はいいんだ」
「よくないわ」
「はいはい、ふたりともそれくらいにして。エラが見てますよ。はいどうぞ、パパ、今日はパエリアです。僕たちは先にすませましたからね」
「うまそうだな」
「とってもおいしかったわよ」

 「エラはパパのお嫁さんになる!」
「それはうれしいな」
「リューリューのお嫁さんにもなる!」
「おいおい、どっちのお嫁さんになるんだ」
「どっちも!だってママはマーク・パパとパパと、両方のお嫁さんだもん」

 エラの実の父親がグリーンであることは、オープンにされていた。
「いつかは本当のことを話さなきゃならないんだから、最初から隠さない方がよくないか?それに、実の父親のことを全然知らずにエラが育つというのでは、あまりにもグリーンが気の毒だろう」
「僕もそう思います。僕自身、シュウ・パパが義理のパパだっていうことは、隠されてても、知ってましたもの。でも、シュウ・パパは僕のことをとっても愛してくれてましたから、血がつながっていないってことは、全然気にならなかったです」
というふたりの意見に、エリザベスも同意したのである。

 「パパもマーク・パパも、ふたりともハゲてるの。ママはハゲが好きなの?」
ロマノは食べ物にむせて、げほげほとせきをした。
「すごいなあ!病院中の人が聞きたくても聞けないのに、エラは聞いちゃうんだから」
リュウイチがソファーの上で笑い転げる。
「笑うな!リュウ!」
ロマノは、リュウイチに本を投げつけた。
「痛いよ!パパ!僕に八つ当たりしないでよ!」
「エラ、ママはね、好きになった人がたまたまハゲてただけで、ハゲが好きってわけじゃないのよ」
「エラはいったいどこで、そのいまわしい『ハゲ』という言葉を覚えてきたんだ?それから、リジー、君も真面目に答えなくてもいいだろう」



SCENE5
 「さあ、エラはもう寝る時間よ。明日も保育所に行くんでしょ?」
「そう!チャーリーと遊ぶの」
「チャーリーって誰だ?」
「エラのボーイフレンドよ」
「何だって!よし、パパが明日どんなやつか見てやる」
「ロバート、見るのはいいけど、チャーリーを泣かしたりしないでね。ほんとにもう、エラが大きくなって結婚するって言い出したら、きっと大騒ぎになるわ」
「エラは嫁にはやらない」
「ロバート」
「こんなにかわいいエラを、どうしてよその男にくれてやらなけりゃいけないんだ。俺は嫌だからな。……さあエラ、パパとねんねに行こう」

 「先が思いやられるわ……」
「大丈夫です。エラが結婚するって言ったら、絶対パパは許しますよ」
「え?どうして?」
「反対したら、エラに嫌われるでしょ。嫌われたくないから、パパはにこにこしながら『おめでとう』って言うにきまってますよ。……でもそうなったら、僕はきっとパパに八つ当たりされるだろうな……」



SCENE6
 「それはそうと、リュウ、付き合ってる人とかはいないの?」
「いきなりそんなこと聞かないでくださいよ。……忙しくて、女の人と知り合う暇なんかありません」
「俺とリジーは、まあいうなれば職場結婚だが、誰かいないのか、病院の中に」
「いえ、別に」
「付き合ってなくても、好きな人はいるんでしょ?」
「……ええ、まあ……」
「外科か?」
「いいえ」
「じゃあ、ERね」
「ちょっと待ってください!そうやって言っていったら、誰かわかっちゃうじゃないですか」
「わかったわ。もう聞かない」
「ふう、汗かいちゃった……」

 「ERといえば、ルイスは仕事ができるな」
「そうね、とっても腕のいいドクターだわ」
「腕がいいだけじゃなくて、やさしくてきれいだし、ともかく最高だよね」
「おいリュウ、遅れるなよ」
「あ、いけない。もうこんな時間だ。じゃあ、いってきます。えーとまたそのうち帰ってきます。ふたりとも、けんかしないでくださいね」

 「やっぱりルイスのことが好きなのか。わかりやすいやつだな」
「ふふ、かわいいわね。『キッチン・リュウ』でときどき一緒に食事してるみたいよ」
「ルイスにしたら、リュウは恋愛の対象にはならないんじゃないのか?だいぶ歳が離れてるだろう?」
「歳は関係ないと思うわ。でも、今のところはリュウの片思いね」
「ともかく、相手がケリーじゃなくて助かったな」



SCENE7
 「メリークリスマス、リュウ」
「メリークリスマス、ルイス先生」
「クリスマスなのに仕事なの?」
「ええ、パパとママは、結婚して初めてのクリスマスですからね。それにエラがかわいそうだし」
「3人も休むわけにはいかないものね」

 「先生こそ、クリスマスにお仕事なんですね」
「せっかくのクリスマスだっていうのに、暇なのよ」
「えっ!そうなんですか?」
「そんなにびっくりしないで。傷ついちゃう」
「すみません。てっきりどなたかと、そのう、クリスマスを過ごされるのだとばっかり……」
「いないの!リュウこそどうなのよ」
「僕もいません」
「へえ、そうなの?意外だわ。ガールフレンドが山ほどいるのかと思った」
「いえいえ、そんな、めっそうもない」
「じゃあ、寂しいどうし、食事でもしない?えーと、明日の夜はどう?」
「ご一緒します!僕、ちょっとおしゃれな和食のお店を知ってるんですけれど、いかかですか?」
「それいいわね。楽しみだわ」



SCENE8
 「じゃあ、1日遅れのメリークリスマス」
「メリークリスマス」

 「おいしい!和食がこんなにおいしいものだなんて、知らなかったわ」
「気に入っていただけてよかった。ここのはうまくアレンジしてあるから、家でまねして作っても、好評なんですよ」

 リュウイチは緊張していた。今日は自分の気持ちを告白しようと決心をして、スーザンとの会食にのぞんだのだが、なかなか言い出せない。酒の力を借りようと、ワインを飲む。リュウイチはあまり酒が飲めず、グラスに1杯がせいぜいなのだが、今日はどうしたことか、2杯、3杯と重ねても、一向に酔わなかった。そうこうするうちに、何も言えないまま、ついにデザートも終わってしまった。

 「ああ、おいしかった。あら、私がごちそうするわよ」
「いいえ、今日は僕にごちそうさせてください」
リュウイチは、食事代を払いながら、くちびるをかみしめた。
『とうとう言えなかった……僕ってどうしてこうなんだろう……』

 「ごちそうさま」
「いいえ、どういたしまして」
店を出たとたん、リュウイチの意識がとんだ。その場にくたくたとくずおれる。
「ちょっと、リュウ!どうしたの?……あら、大変!」



SCENE9
 「ルカ!手伝って」
「スーザン!帰ったんじゃなかったの?」
「説明はあと。早く!」

 「……リュウ!」
「たぶん急性アルコール中毒よ。救急車を呼ぶより、タクシーの方が早かったから……」
ふたりはリュウイチをストレッチャーに乗せ、ERに運び込んだ。



SCENE10
 「軽くすんでよかったわ」
「処置が早かったからね」
「ルカ、ありがとう」
「どういたしまして」

 スーザンは、リュウイチの寝顔を見つめた。
『かわいい顔して眠ってるわね……』



SCENE11
 『あれ?ここはどこ?……うわあ!』
リュウイチは跳ね起きた。
「リュウ、目が覚めた?」
「ルイス先生!僕、いったいどうしちゃったんですか?」
「急性アルコール中毒よ。お店を出たとたんに倒れちゃったの」
「……ごめんなさい!ご迷惑をおかけしてしまって……」
「いいのよ、気にしないで。軽症でよかったわ。疲れてて、体調が悪かったんじゃないの?」
「いいえ。……僕、あんまりお酒飲めないんです。ワインだったらグラスに一杯くらい」
「だって今日は5杯くらい飲んでたわよ。それじゃあ中毒になるのも無理はないわ」
「すみません」
「どうしてそんなに飲んじゃったの?」
「……実は……僕、先生に言いたいことがあったんです……でもなかなか言えなくて……お酒を飲んだら言えるかなと思って飲んだんですけれど、ぜんぜん酔えなくて……」
「言いたいことってなあに?」

 「…………初めてお会いしたときから、ずっと先生のことが好きでした。よかったらお付き合いしてください!」
リュウイチは一気にそれだけ言うと、毛布を頭からひっかぶった。
「……リュウ……」
『とうとう言っちゃった……でもこれって世界で一番かっこ悪い告白の仕方だよね……』

 スーザンは、毛布ごとリュウイチを抱きしめた。
「OKよ、リュウ」
リュウイチは、急いで毛布から顔を出した。
「ほんとですか?ルイス先生!ほんとにOK?」
「ええ、OKよ」
ふたりはじっと見つめあっていたが、やがてキスを交わした……。



SCENE12
 「クリスマスイブとクリスマスに、急性アルコール中毒でERに運ばれてきた馬鹿が15人。そしてクリスマスの次の日の夜に、急性アルコール中毒でERに担ぎ込まれた大馬鹿がひとり。何か言うことはあるか?ドクター・リュウ」
「いいえ、何も言えません。ドクター・ロマノ」
「今日から10日間連続で夜勤だ。わかったな」
「はい」



THE END

 

 お読みいただき、どうもありがとうございましたm(_ _)m
 クリスマス・エピ第2弾です(^^)
 次回は何を書くかまだ決めていませんが、書きあがりましたらまたUPしますので、読んでやってくださいませm(_ _)m

 

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