ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＥＰＩＳＯＤＥ２２ 「Ａ ＭＡＪＯＲＩＴＹ ＤＥＣＩＳＩＯＮ」
ＳＣＥＮＥ１
「すみません、今しか食事をする時間がないので、失礼します」
リュウイチは、部長会議の席上で、弁当を食べ始めた。
「リュウ、その白いものは何？」
「ウィーバー先生、これはおにぎりといってライスを握ったもので、日本のお弁当の定番なんです。中にいろいろ具を入れて、バリエーションをつけます」
「……ということで、何か質問は？ドクター・リュウ」
「いえ、別にありません。ドクター・ロマノ」
「しゃべってないで、さっさと食べろ！」
「はい、すみません」
リュウイチは特大おにぎりを３個と、大量のおかずをたいらげると、紙袋を取り出した。幸せそうな顔でドーナツをほおばる。３つ目を取り出したとき、声がとんだ。
「あきれたやつだな、まだ食うのか」
「すみません、でも、まだあと２つ残ってるので……」
「勝手にしろ！」
ドーナツを食べ終わったリュウイチは、いそいそとオレンジを食べ始めた。
「痛っ！」
何かがリュウイチの頭に当たって落ちた。それは、ロマノが投げたボールペンだった……。
ＳＣＥＮＥ２
「いいかい、エラ、よく聞いて。この人は、僕のパパだ。エラのパパじゃない。だからパパって呼んじゃいけないんだよ」
「だって、パパだもん」
「えーと、だから、パパじゃなくて、ロマノとか、ロバートとか、おじちゃんとか……」
「お兄ちゃんだろう」
「……ともかく、パパはだめ。誤解されると、君のママに迷惑がかかるんだよ」
「どういう意味だ」
「パパって呼んでいいのっ！」
「よくない」
「いいのっ！」
エラは地団太をふんで怒り出した。
「わあ、パパ、どうしよう。エラがキレちゃったよ」
「知らんぞ……しかし、この怒り方、誰かにそっくりだな……」
「わかった、わかったよ、エラ。わかったからもう怒らないで……」
ＳＣＥＮＥ３
「えーっ！どうして僕が、エリザベス先生をママって呼ばなきゃいけないの」
「だめっ！リューリュー、ママって呼びなさい」
「だから、それは変だよ。エリザベス先生はエラのママで、僕のママじゃないんだから」
「だめっ！呼びなさい！」
「エラ、リュウを困らせちゃだめでしょう」
「いやっ！だめなのっ！」
「エラ、ママ怒るわよ」
「ママ怒っちゃだめっ！」
「じゃあ、リュウを困らせちゃいけません。わかったわね」
「だめっ！ママって呼ばないとだめっ！」
「エラ！いいかげんにしなさいっ！」
「だって、だめなんだもんっ！」
「エラ！」
「いやだあっ！」
とうとうエラは泣き出してしまった。
「エラ！泣いてもママは許さないわよ！」
「……えーとですね、あのう……エリザベス先生……」
「何？」
「あわわ、あの、まだエラはちっちゃいし……先生さえよければ、しばらくママって呼ばせていただいて……そのうちにエラも忘れるでしょうし」
「そうね……この子、言い出したら聞かないところがあるから……まったく、誰に似たのかしら……」
「エラ、もう泣かないで。ママって呼ぶから」
「ほんと？」
「うん、ほんとだよ」
「じゃあ、呼んでみて」
「えっ？今ここで？」
「うん」
「今って言われてもなあ」
「リューリューのうそつきっ！」
「あーもう、わかった、わかったよ、エラ……えー、あの、その……ママ……」
「なあに、リュウ」
「あ、ＥＲから呼び出しだ。じゃあ、失礼します」
「ママ、どうしてリューリュー行っちゃったの？」
「はずかしいんでしょ」
ＳＣＥＮＥ４
「リュウ、朝っぱらから何の騒ぎだ」
「何言ってるんですか。今日は、エリザベス先生とエラと一緒に、ピクニックに行く約束でしょう」
「そうだったか？」
「僕はお弁当作りで忙しいので、適当にそのへんのものを食べて、朝ごはんをすませちゃってくださいね」
「俺はあとで食べるからいい。せっかくの休みだ。もう一眠りしてくる」
「ちょっと、パパ！パパも行かなきゃだめですよ！」
「お前だけ行け」
「そういうわけにはいきません。エラにパパも一緒にって言われてるんです。また、エラが怒ると困るので、お願いだから行ってください」
「……すごい量のお弁当！」
「おい、リュウ。こんなにたくさんいったい誰が食べるんだ」
「もちろん、僕です」
「リューリュー、肩車」
「はいはい……あ、エラ、目をふさがないでよ……」
「ほーら、たかい、たかーい」
「いつもリュウにはよくしてもらって……」
「ああ、あいつなら、どんどんこき使ってかまわんぞ……俺にも何か手伝えることがあったら、遠慮なく言ってくれ……とにかく、無理はするな、リジー……」
「ありがとう、ロバート」
「……あんなかわいい子を残して……グリーンもさぞかし無念だっただろうな……」
「…………」
エリザベスはほおの涙をぬぐった……。
「パパ、ママに何を言ったんですか？」
「パパ、いじめた？」
「人聞きの悪いことを言うな」
「ママ、泣いてるもん」
「そうだそうだ」
「いじめてないっ！」
ＳＣＥＮＥ５
ある日の夜、『キッチン・リュウ』での食後のひととき……。
「エラがかわいいと思う人！」
「何だ？いきなり」
「保育所ではやってるんですよ、多数決遊び。ほら、パパも早く手をあげないと」
「パパ？」
「あ、エラはとってもかわいい。パパも、もちろん手をあげるぞ」
「エラが人参を食べなきゃいけないと思う人」
「ママ、エラは人参嫌い」
「エラ、３対１よ。食べなさい」
「えー」
「僕の休みがもっと増えるといいと思う人！ほら、エラもおててをあげて……やった！３対１」
「今のは不成立だ。お前はエラに手をあげることを強要した。これは多数決の原理に反するな」
「ちぇっ！」
エラが勢いよく手をあげながら言った。
「エラとママとリューリューとパパと、ずっと一緒がいいと思う人っ！」
思いがけないエラの言葉に、おとなたちは固まってしまった……。
しばらくして、リュウイチがにっこり笑うと、手をあげた。ロマノは額に手をやって考え込んでいたが、もう片方の手をそっとあげた。そして……エリザベスはほほえみながら、きっぱりと手をあげたのだった。
「……リジー……いいのか？」
「……ええ、ロバート……全員一致で決定ね」
ＳＣＥＮＥ６
ロマノとエリザベスが結婚する。この驚愕のニュースは、マッハ１の速さで病院中をかけめぐった。
「ロマノ先生と、コーデイ先生が結婚するんだって！」
「えーっ！そんな、まさか！どうして？」
「多数決で決まったって、コーデイ先生が言ってたらしいわよ」
「何よそれ」
「ロマノ先生とコーデイ先生、リュウとエラの４人で多数決をしたんだって」
「きっと、３対１で押し切られたんだわ」
「絶対そうに決まってるわよ。かわいそうなコーデイ先生」
ＳＣＥＮＥ７
「エラは、リューリューのお嫁さんになるんだもん！」
「だからエラ、ママがパパのお嫁さんになって、僕とエラはきょうだいになるんだよ」
「お嫁さんがいい」
「お嫁さんは離婚すればお嫁さんじゃなくなるけど、きょうだいは、ずっときょうだいだから、そのほうがいいよ」
「リュウ、お前は何て縁起の悪い事を言うんだ。それに、お前とエラは、俺とリジーが別れたら、きょうだいではなくなるんだぞ」
「あっ、そうだ……」
「大丈夫よ、リュウ。離婚してもあなたは私が引き取るから、リュウとエラはずっときょうだいよ」
「……リジー……」
「パパ、ママに嫌われないように気をつけないと、ひとりぼっちになっちゃうよ」
ＳＣＥＮＥ８
結婚式当日、エリザベスの控え室に、リュウイチがやってきた。
「……とってもきれいだ……」
「リューリュー、エラは？」
「エラもとってもきれいだよ。ママに負けないくらい」
リュウイチはエラを抱き上げ、キスをした。
「リュウ、エリザベスをよろしく頼む」
エリザベスの父のチャールズが、リュウイチに握手を求めた。
「……はい……」
「君は若いがしっかりしている。優秀な君のことだから、チーフ・レジデントになったんだろう？」
「パパ、リュウは去年、外科のスタッフ・ドクターになったのよ」
「そりゃあすごい！私は、君を息子として誇りに思うぞ」
「……パパ……パパは大きな勘違いをしてると思うわ。私が結婚する相手は、リュウじゃなくて、ロバートの方よ」
「ロバート？……ロケットの方か！……エリザベス！いったい何があったんだ！あの男のことをあんなに嫌ってたのに！」
「パパ、落ち着いて」
「何か弱みをにぎられたな！そうなんだろう？エリザベス。かわいそうに……よし！パパにまかせろ。何も心配するな。今からでも遅くない。結婚式はとりやめだ！」
「ちょっと待って、パパ。私は、ロバートを心から愛しているから結婚するの。それだけは間違いないわ」
「……エリザベス……」
「チャールズ、そういうことよ。あきらめなさい。いいじゃないの、かわいくて優秀なリュウが、私たちの孫になるんですもの」
ＳＣＥＮＥ９
ロマノとエリザベスが結婚してから２年の月日が流れ、ふたりの間には男の子が誕生し、ジェフリーと名付けられた。
ある朝……。
「パパ！新聞を読むひまがあったら、ジェフにご飯を食べさせてよ！僕は、エラを着替えさせなきゃいけないんだから」
「お前の弟だろう。俺はもう出かけるぞ。今日は８時半から、総胆管空腸吻合術があるんだ」
「僕もそのオペに参加するんです！」
「ロバート、お待たせ」
「じゃあ行こうか、リジー」
「ママ！ジェフかエラの面倒をみてよ！」
「ごめんなさい、リュウ。今日は総胆管空腸吻合術があるから、もう出かけないと」
「だから僕も参加するんですってば！……あーもう、ふたりともっ！」
「くそっ！どうしていつも僕ばっかり、こういう目にあうんだ……まあ、いいか、エラもジェフもかわいいし……あああっ！エラ！ミルクがこぼれ……ちゃったな……わあああっ！ジェフ！ジャムに手を突っ込むんじゃないっ！」
ＳＣＥＮＥ１０
時刻は８時１０分過ぎ。リュウイチは保育所にエラとジェフを預け、ほっと一息ついた。
「リュウ、おはよう」
「あ、スーザン！おはよう」
「あなたがエラとジェフを両脇に抱えて、ものすごい勢いでＥＲを突っ切っていくのが見えたから……」
「８時半から、総胆管空腸吻合術があるんだ」
「がんばって」
「ありがとう」
ふたりはキスをかわした……。
ＳＣＥＮＥ１１
リュウイチは、急いで手を洗い始めた。
「遅いぞ、リュウ」
「すみません、エラとジェフを預けて、すぐ走ってきたんですけど……」
「あら、スーザンとキスしてたでしょ」
「……すみません……」
「俺の言ったとおりだっただろう、リジー」
「ええ、ロバート……ふふふ、ひっかかって白状しちゃったわね、リュウ」
「…………」
ＴＨＥ ＥＮＤ
ふみさとよりひとこと
「ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ」をお読みいただき、どうもありがとうございましたm(_
_)m
ロマノのファンフィクションを書こうと思った時、まず最初に思ったのは、ロマノに家族を作ろうということでした。ロマノが愛しているのはエリザベスということで、妻は却下。では娘か息子か？娘にメロメロ、または手を焼くロマノというのも、なかなか捨て難かったのですが、外科医の息子と『父子鷹』をやってもらいましょうということに決定。でも、男ふたりではあまりにも殺風景なので、彩りとして(笑)女の子みたいな外見と、家事万能という娘的要素を付け加えてみました(^_^;
『父子鷹』をやってもらうには、息子が若い方がいいということで（実際には、医学部の３年生は２５歳くらいなので）、飛び級→そのための数学ということになりました。ピアノの方は、ピアニストとしても、外科医としてもすご腕というのは、かっこいいなあという理由からなのですが、楽器をピアノにしたのは、子供のころやらされていて（親は本気だったらしく、けっこう本格的にやらされたのですが、本人にはまったく自覚はありませんでした。自覚があれば、たぶんそっちに進んでいたでしょう(^_^;）、他の楽器よりは、ある程度想像がついたからです。
書き始める前に、いくつかのシーンと大まかなストーリーは考えていたのですが、それを時系列に沿って並べてみると、見事にスカスカ。そのため、間を埋めてつなげていくのは、書きながらということになりました。自分でも、こんなに早く完結させることができるとは思ってもみなかったのですが、ドラマのファンフィクションということで、せりふを中心としたシーンを積み重ねるという形式で書いていったため、どんどん書けたのだと思います。あと、書いていてすごく楽しかったので、はかどったということもあります。いつも書くのは楽しいのですが、今回は特別楽しかったのです(^^)
さて、お話は一応完結したのですが、まだ書きたいことがある（リュウイチの結婚とかいろいろ）ので、そちらの方はサイド・ストーリーとして、書けたらＵＰしていこうと思っています。（ただ今ＵＰしているサイド・ストーリーの一覧表はこちらです）
２２話お付き合いいただきまして、本当にありがとうございましたm(_
_)mお読みになられたご感想など、いただけましたら幸いに存じますm(_
_)m