ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＳＩＤＥ ＳＴＯＲＹ ７ 「ＰＬＡＹ ＢＡＬＬ！」
ＳＣＥＮＥ１
リュウイチはレジデントの１年目（インターン）、多忙な日々を送っている。今日はＥＲ勤務。カルテに目を通しながら廊下を歩いていた。
「ええと……カーテン１号の患者は……うわああっ！」
リュウイチは足を払われ、見事に転倒した。しかも、顔からである。
「情けないやつだな。足を出されたらよけろ。それになんだ？顔からまともに転ぶやつがあるか。受身をしろとは言わんが、せめて手ぐらいつけ！」
「パパ！あぶないでしょう。いいかげんにしてください。カルテを持ってたから手をつけなかったんです」
「リュウ、お前のその反射神経の無さは異常だぞ。悪いことは言わん。道場へ行こう。俺が鍛えてやる」
「結構です。何度言ったらわかるんですか？僕は空手はやりません。ピアニストは指が命なんですっ！」
「鼻血が出てるぞ」
「誰のせいですか？」
ＳＣＥＮＥ２
「リュウ、大丈夫？」
「あ、エリザベス先生。大丈夫です」
「今、見てたんだけど、ロバートが足を引っかけたのね」
「ええ。別に悪気は無いんです。何とかして僕に空手をやらせようって思ってるだけで」
「空手？」
「ええ、僕のママはハーフで孤児だったから、子どものころよくいじめられて、それで空手を習い始めたんです。パパに出会ったころは３段の腕前で、身体にいいからって勧められて、パパも始めたんですって。だから僕にも空手をやれってうるさいんですよね。でも僕、子どものころ、パパに泳ぎを教えてもらったのが、あまりいい思い出になってなくて……だからいやなんです。それに、指を痛めるのもこわいし……パパもここ何年か言わなくなってたんですけど……」
ＳＣＥＮＥ３
「野球の試合ですか？」
「リュウもやるだろ？」
「いいえ、マルッチ先生。僕は遠慮しときます」
「参加しろよ」
「えーと、お弁当係ならやってもいいです」
「弁当か……お前って、たしか料理がうまいんだよな……よし、じゃあきまり。リュウは弁当係な」
ＳＣＥＮＥ４
「お弁当の到着です」
「あら、リュウのそういう格好、なんだか初めて見たような気がするわ」
「そうですか？フィンチ先生」
「そうよ。ねえ、ピーター」
「そう言われれば、そうだな」
リュウイチは、赤と紺の縞のラガーシャツにジーンズをはいていた。
「あら、かわいい。そういう服を着てると、やっぱり１９歳ね」
「君はリュウを見ると、すぐかわいいって言うね」
「あなたも言ってほしい？マーク」
「いいや、別に」
リュウイチが、持ってきた食べ物をシートの上に広げると、みんなが歓声を上げた。
「おいしそう！」
「すごい量だな」
「さっき夕飯を食べたけど、またおなかがすいてきたぞ」
「さあ、どうぞ召し上がってください」
「うわあ、すごいなあ……リュウ、これ全部君が作ったの？」
「ええ、カーター先生もどうぞ」
「リュウ、次の打席に入って」
「え？僕がですか？無理ですよ。僕やったことないんです」
「おいリュウ、謙遜するな。悪いくせだぞ」
「ベントン先生、ほんとなんですってば」
「ほら、君の番だよ、リュウ」
ＳＣＥＮＥ５
１球目は振り遅れ、２球目は早すぎ、３球目はボール球に手を出してしまった。その上、力いっぱいフルスイングしたため、ひっくり返るというおまけまでついた。見事な３球３振である。
「謙遜じゃなかったのか……」
「あら？あれ見て！」
少し離れたところで、黒のポロシャツを着て、ジーンズをはき、黒のキャップをかぶって腕組みをして立っていたのは……。
「リュウ！何てざまだ！」
「パパ……」
「ちゃんとボールをよく見て、バットを振れ！」
「すみません」
回が変わって、ＥＲチームの守りになった。
「リュウ、そのままセンターに入って」
「そんな、カーター先生……」
「行け！リュウ！」
「パパ……そんなの無理だよ」
「いいから行け！」
『やだなあ……どうかボールが来ませんように……』
２アウト満塁で迎えた打者を、ピッチャーのマルッチは強気で攻める。２ストライクと追い込んだ３球目を、打者は強振し、ライナー性の当たりが、センター方向に飛んだ。
「よし！リュウ！取れ！」
マルッチが叫ぶ。
『そんなこと言ったって……』
打球はなぜかリュウイチの構えたグローブではなく、額に当たって、グラウンドに転がった……。カバーに入っていたベントンがバックホームしたが、３点が入った。
「おい、大丈夫か？」
ベントンは、うずくまるリュウイチに声をかけた。
「すみません……大丈夫です」
次の打者はセカンドフライに倒れ、チェンジになった。
ＳＣＥＮＥ６
「ごめんなさい……」
「大丈夫？リュウ」
「横になったほうがいいわ」
「冷却パックはある？」
「リュウは出るの嫌がってたのに……かわいそう」
「いいよなあ……俺もおでこにボール、ぶつけちまおうかな」
「だめだよ。介抱してもらうには、リュウみたいにかわいくないと」
「リュウ！」
「パパ……」
「ボールが額に当たるまで、じっとしてるやつがあるか！馬鹿っ！」
「ごめんなさい」
ＥＲの攻撃は、３者凡退に終わった。
「おい、カーター！リュウの代わりに私が入るからな」
「え？」
「ピッチャーをやらせろ」
「そんな！」
「部長命令だ」
ＳＣＥＮＥ７
「うそだろ」
「すっげえ」
「知らなかった」
「うまい」
「うわっ、剛速球」
ロマノは緩急自在のピッチングで、３人を３振に討ち取った。
「パパ、すごい……」
ＥＲの攻撃は２アウト１、２塁で、バッターはロマノ。完璧なフォームで振りぬいたバットは、ボールを場外へと運んだ。
「パパってすごいんだね」
「お前のへまで取られた３点は、俺が取り返した。親に尻拭いをさせるなんて、なっとらんな」
「ごめんなさい」
「さあ、帰るぞ」
ＳＣＥＮＥ８
ロマノはリュウイチに、グローブを投げてよこした。
「昨日はお前のせいで、大恥をかいた。まったくお前ときたら、鍛えてやると言うのに、子どものころから何だかんだと、理由をつけてはさぼって……。もう言い訳は許さんぞ。病院の裏に来い。まずはキャッチボールからだ」
ＳＣＥＮＥ９
「えっ！じゃあほんとに、野球やったことがないの？」
「そうなんです、カーター先生。僕、学校は大学しか行ってないので、友達と野球をするってことも無かったし……それに、シュウ・パパはピアニストだから、野球とかバスケとか、指を痛めるかもしれないスポーツはご法度で、家でもやらなかったんです。パパに引き取られてからは、事あるごとに、スポーツをやろうって誘われたんですけど、それまでやったことがなかったから、あんまり気が進まなくて……。適当にごまかしてるうちに、うまい具合に、ピアノや医学部で忙しくなっちゃって……」
「最近、パパとキャッチボールしてるんだって？」
「ええ。どうしても断れなくて……まあ、空手よりはましですから」
ＳＣＥＮＥ１０
エリザベスとグリーンは、勤務後、バッティングセンターへやってきていた。
「エリザベス、今日何かいやなことがあった？」
「いいえ。どうして？」
「すごい勢いで打ってるから」
「あら、そう？打つのがおもしろくなってきたからかしら……」
「それならいいけど……あれ？リュウとロマノだ」
「どこ？」
「ほら、あそこ」
「ほんとだわ……なんだか、リュウはパパに怒鳴りちらされてるみたい」
「そうみたいだね。かわいそうに」
「ちょっと助けに行ってあげましょ」
「リュウ！何度言ったらわかるんだ！ボールをよく見ろっ！……なんだ、そのへっぴり腰は！……いいか、もう一度俺が打つから、よく見ておけ！」
「こんばんは」
「おや、リジーにグリーン。こんなところでデートか？」
「こんばんは。みなさん、のどがかわきませんか？僕ちょっと飲み物を買ってきますね」
「おい！リュウ！逃げるなっ！」
ＳＣＥＮＥ１１
その日リュウイチは外科勤務で、ロマノとエリザベスの手術を見学していた。そこへベントンが入って来る。
「遅れてすみません」
「ピーター、お前の代わりはリジーに頼んだ。遅れてきた罰だ。そこに立ってろ！」
「はい……」
ベントンはリュウイチの隣に立ち、ため息をついた。リュウイチがささやく。
「すみません、今日は朝から機嫌が悪くって」
「お前があやまらなくてもいい。こういうことにはもう慣れっこだ」
「しゃべるな！」
「すみません」
ふたりは同時に言った。
手術が始まって１時間が経過した。リュウイチの目が半眼になる。
「おい！リュウ！寝るな！」
「はい、すみません！」
「ヘッセルバッハ三角を言え！」
「下腹壁動脈、腹直筋外縁、鼠径じんた……」
リュウイチの身体が大きくかしぎ、ベントンに倒れかかってきた。
「リュウ！」
思わず抱きとめ、揺さぶるが返事がない。
「……すごい熱だ……おい、しっかりしろ！」
ベントンはリュウイチを抱き上げると、手術室を出た。看護師が驚いて声をかける。
「どうしたんですか？ストレッチャーを持ってきます」
「大丈夫だ。このまま俺がＥＲに連れて行く」
ＳＣＥＮＥ１２
「リュウ！」
「手術を見学してて急に倒れたんだ。熱が高いみたいだぞ」
「過労かもしれない。この間も、バッティングセンターでパパにしごかれてたんだ」
「キャッチボールもやってるみたいだな」
「リュウはＥＲと外科の掛け持ちでハードスケジュールだから、慣れないことをしたのがこたえたのかもしれないね」
「まあ、鍛えたくなるロマノの気持ちもわからんではないが……この前の野球の試合はひどかったからな」
「僕の見たところでは、リュウは運動神経がいいとは言えないね。だから、いくらロマノが躍起になっても、うまくならないと思うな」
「へえ、こいつにも不得意なものがあるんだな」
「これでスポーツ万能だったら、神様は不公平だよ」
リュウイチは、過労による発熱で、２日間の自宅療養が必要と診断された。
ＳＣＥＮＥ１３
「リュウ、最近パパとキャッチボールやってないんだ」
「マルッチ先生、それが、パパがあきらめてくれて……僕に運動神経がないことが、やっとわかったみたいです」
「へえ」
「もう、スポーツはこりごりです。まあ、あれくらいじゃ、スポーツとは言えないのかもしれませんけど……僕にとっては大変でした。自分でも運動神経がないってことがわからなかったから……わかってたら、パパにはっきり言えたんですけどね……」
「そりゃあ、災難だったな。……そうそう、今日ＥＲのみんなで飲みに行くんだけど、お前も行かないか？」
「僕、お酒飲めないんですけど、楽しそうだから行っちゃいます」
ＳＣＥＮＥ１４
「マルッチ、このメンバーって、なんだかつらいね」
「そうだよな、カーター」
「エリザベス先生とグリーン先生でしょ、フィンチ先生にベントン先生、アビーさんにコバッチュ先生。僕たち３人以外はカップルですものね」
「あーあ、なんかおもしろくねえな。ダーツでもやるか」
「それいいね。リュウもやろう」
「はい」
「あら、リュウたちがダーツやってるわよ、ピーター」
「……リュウのやつ、やけにうまいな」
『３組のカップル』も、ダーツの側にやってきた。
「ねえ、なんだか、リュウってかっこいいわねえ」
「ほんと。投げ方がさまになってるっていうのか……かっこいい！」
「かっこいいし、上手だわ」
「ダーツなら、エリザベスがうまいぞ。リュウと勝負してみたらどうだ？」
エリザベスとリュウイチの勝負は、なかなか決着がつかなかった。
「じゃあ、後ろを向いて、目をつむって投げるわ」
エリザベスは、見事に真ん中に命中させた。ギャラリーから歓声が上がる。
「じゃあ、僕は目をつむって後ろ向きで、両手で一本ずつ同時に投げますね」
リュウイチも見事に２本とも命中させた。
「すごい！ウルトラＣね。リュウの勝ちだわ」
「よし！次はビリヤードやろうぜ！」
ＳＣＥＮＥ１５
男性陣はすっかり盛り上がってしまい、ビリヤードに熱中していた。
「リュウって、ビリヤードもすごくうまいし、かっこいいわね」
「洗練されてて……どう言ったらいいかわからないけど、とにかくかっこいいわ」
「それに何だか、すごくセクシーじゃない？どきどきしちゃう」
台のまわりに女性が何人も集まりだした。リュウイチのプレイの時は、ため息がさざ波のように広がっていく。ギャラリーの露骨な態度にメンバーは、
「ちょっと休憩だ」
「のどが渇いたな」
「集中力が落ちてきた」
などと言いながら、次々とゲームをおりた。ひとりになったので、リュウイチがやめようとすると、一斉にブーイングがおこった。
「やめないで続けて、坊や」
と言われたので、リュウイチはいろいろな技を披露してみせた。技がきまるたびに、拍手と歓声が巻き起こる。
「なんで俺たち、男５人で飲んでるんだ？」
「知りません。リュウが悪いんです」
「つまんねえの。もう帰ろうかな」
「どうしてあんなに、ダーツやビリヤードみたいなものがうまいんだろう」
「野球はできないのに」
「リュウ、とっても素敵だったわ」
「ありがとうございます。実はシュウ・パパに教わったんです。野球の代わりに……。あと、ダンスとかも」
「ダンスって、社交ダンス？」
「ええ。それと、ひとりで踊るダンスの方も……歌って踊れるようになれとか言って、なんだかいろいろやらされました」
「へえ、そうなの」
「将来女の子にもてるようにって、教えてくれたんですけれど、ママは怒ってましたね」
ＴＨＥ ＥＮＤ
お読みいただき、どうもありがとうございましたm(_
_)m次回はクリスマス＆年忘れバージョンです(^^)どうぞよろしくお願いいたしますm(_
_)m