ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＳＩＤＥ ＳＴＯＲＹ ６０ 「ＲＨＡＰＳＯＤＹ ＩＮ ＢＬＵＥ」
ＳＣＥＮＥ１
「あちこちから音楽が聞こえてくる。楽しいな、音大って」
あと２ヶ月で１５歳になるリュウイチは、うれしそうに部屋をのぞきながら歩いた。昨日は東京でのドリーム・コンサート、今日から３日間オフなのだ。
「ぎゃぼ！」
奇声とともに女子学生が転倒した。
「大丈夫ですか？」
駆け寄って助け起こす。
「むきゃー！プリンス・リュウ！」
しがみつかれて、思わずしりもちをついてしまった。
「前見て歩けっていつも言ってるだろう。幼稚園児かお前は！」
連れの青年が、乱暴にえりをつかんで引っ張り起こす。
「千秋先輩！プリンス・リュウですっ！」
「頭打ったんだな、のだめ。まあそれ以上馬鹿になる心配はないか。プリンス・リュウを見たのは昨日のコンサート。こんなところにいるわけないだろう」
「だって、ほら」
「…………」
さすがのオレ様千秋様も、あっけにとられて口をあけた。リュウイチがにっこりほほえむ。
「こんにちは」
ＳＣＥＮＥ２
「どうして……」
「カイザーがここの学長さんと知り合いだとかで。今日はオフだから会いに来たんです。えっと……たしかミーナって」
「どこまで顔が広いんだ、あの人」
「カイザーに誘われて、おもしろそうだからついてきちゃいました」
「のだめ！千秋様から離れなさいよっ！……プリンス・リュウっ！まあ！なんてかわいいんでしょっ！」
「さわっちゃだめですよ、真澄ちゃん」
「ふん！なによ！」
「どうした、なにやってんだ……わお！プリンス・リュウじゃん！……清良〜っ！」
「なあに、大声出して……きゃ〜！プリンス・リュウ！かわい〜！」
「え、俺よりかわいいのかよ」
「あたりまえでしょ。馬鹿ねえ」
清良は、いきなりリュウイチを抱きしめてキスをした。
「あ！」
「あああ！」
のだめと真澄、そして他の女生徒たちが絶叫する。みんなは顔を見合わせ、一瞬ののち、リュウイチに殺到した。たちまちもみくちゃになる。
ＳＣＥＮＥ３
……５分後……
「どうもありがとうございます」
峰に助け出してもらったリュウイチは、ぜいぜいと息を切らしている。
「大丈夫かよ」
「ええ、慣れてますから」
千秋がボソッとつぶやく。
「かわいくないやつ」
「何か言いました？」
「いいや」
「リュウ！」
振り向いた顔がぱっと輝く。
「レイラ！」
駆け寄るリュウイチを抱きしめ、キスをする。
「ひゃ〜！霧島麗羅だ！」
「もう！どこ行ってたの！ずいぶん探したんだから」
「ごめんなさい。おもしろくって、あちこちのぞいてたの」
「ちょっと！口紅だらけじゃない！顔も服も！……私のリュウになにしたのよ」
レイラはハンカチを取り出して、ごしごしとこすった。峰の目が点になる。
「まさか、つきあってるとか？」
「ますますかわいくねえガキだな」
ぶつぶつつ言いながら、千秋は床を蹴った。
ＳＣＥＮＥ４
「なにか弾いてくだサイ」
「ちょっと、ずうずうしいわよ、あんた」
真澄がのだめの腕を引っ張る。
「だって、聞きたいんです。プリンス・リュウのピアノ」
「いいですよ」
「むきゃあ〜！じゃあ、オケと一緒に千秋先輩の指揮で、ラプソディー・イン・ブルーお願いしマス」
「おい！のだめ！」
「やりたくないんですか？先輩」
「いやそれは……」
「のだめさんのカレシって、指揮者だったんですか」
「カレシじゃないっ！」
わめく千秋をきれいに無視して、リュウイチはレイラに笑いかけた。
「なんだか楽しいことになりそうだね」
「誰かバイオリン貸して。私もやりたい」
ＳＣＥＮＥ５
『なんなんだ、いったい』
プリンス・リュウのピアノに、霧島麗羅のバイオリン。こんなことってありかよ。一生分の幸運を今、この場で使い果たしたっていうんじゃないだろうな。
『まあ、いいか、それでも』
唇の端でふっと笑い、千秋は髪をかきあげた。
『いくぞ』
タクトを振り上げ、そして振り下ろす。
『やっぱりすごい』
リハーサルなしのぶっつけ本番なのに、いきなりパワー全開だ。神々しいまでに澄んだ音が、一気に天井までかけあがる。シンフォニック・ジャズという新しい分野を開拓した、ガーシュウィンの有名な作品だが、ピアニスト選びは少々難しい。クラシックのピアニストはあまり弾きたがらないし、ジャズ・ピアニストにも敬遠されがちだ。
高度な技術が必要とされるこの曲を、リュウイチはやすやすと、そして楽しそうに弾きこなしていた。
ＳＣＥＮＥ６
「ブラボー！」
指揮を終えた千秋は振り向き、そして棒立ちになった。シュトレーゼマンの隣に学長の桃平美奈子、そしてその横に立って拍手をしているのは。
「……カイザー」
『カイザー』ことヨハン・クローゼがほほえむ。
「なかなかいい指揮をする。将来楽しみだな」
シュトレーゼマンは、ふふんと鼻で笑った。
「チアキは私の弟子だからね」
「師匠を見習うなよ」
「なんだって」
「リュウ、レイラ、そろそろ帰ろう。ふたりともいいできだったぞ。さすがだな。来年入れるか、プログラムに」
シュトレーゼマンが、リュウイチの頭をなでてキスをした。
「ピアノはとってもスバラシかった。でもひとつだけホントに惜しい。リュウ、女の子だったらよかったのにネー。そしたら楽しいこといっぱい、いっぱい教えてアゲルのに。レイラ、一緒に食事でもどうデスカ。楽しいことしまショウ」
「フランツ、君はそうやってイクコのこともナンパしようとしたのか」
「なんの話だ」
「とぼけるな。本人に聞いて知ってるんだぞ。しつこく言い寄ったって」
「確か昔、イクコにふられたんだろう？ヨハン。どうこう言われる筋合いはないね」
「ミーナにふられた男に、言われたくはないな」
『また、女かよ。このエロジジイ』
心の中で毒づきながらも、つかみかかろうとするシュトレーゼマンを、千秋は必死で止めた。クローゼには、リュウイチとレイラが以下同文である。間に、美奈子が割って入る。
「ヨハンもフランツも、私の顔を立てて、仲良くしてちょうだい」
クローゼとシュトレーゼマンは顔を見合わせたが、次の瞬間、ぷいとそっぽを向いた。
ＳＣＥＮＥ７
「先輩、今日の晩ご飯は何ですか？」
「正しいカレーだ」
「ふわあお！」
「お前の食中毒カレーとは違うぞ」
「あれはのだめのせいじゃありません。のだめは食べたけど平気だったですよ」
「お前は特別だ」
「いきなり愛の告白なんて、照れちゃいマス」
「食わないなら帰れ」
「食べます、食べます」
ここはパリ、千秋の部屋である。
「そうそう、ＤＶＤ買ってきたんです。見ながら食べましょう」
「なんのＤＶＤだ……プリンス・リュウ？」
「初回特典で、こんなおっきなポスターが」
のだめはうれしそうに広げて見せたが、千秋はふんと鼻を鳴らした。
「先輩、リュウのこと嫌いなんですか？」
「嫌いじゃないけど」
「やきもちですね。心配しないでくだサイ。浮気したりしませんから」
「なぐられたいか？」
ＳＣＥＮＥ８
「やっぱり、リュウはうまいですね〜」
のだめは深いため息をついた。ワインを飲みながら千秋もうなずく。
「ここ、リュウの家なんですよ。おっきいですよね。先輩ん家もおっきいけど」
「へえ……あ、ピアノが２台ある」
「スタインウェイとベヒシュタイン」
「くわしいな」
「なんでも聞いてください。スタインウェイはシュウ・タカミザワの形見で、ベヒシュタインはコンラート・ドレヴェスの形見なんです」
「シュウ・タカミザワは確か、義理の父親だろう？」
「そうです。リュウにピアノを教えた人」
「ドレヴェスはなんで？」
「リュウはドレヴェスの最後の弟子なんです」
「なんでそんなこと知ってるんだ」
「ファンのたしなみデスよ」
ＳＣＥＮＥ９
画面に、カウンティのＥＲが映し出された。
「リュウの職場ですね〜。あへ〜、手術着姿、かっこいい〜！」
「なんで医者になんかなるんだ。あれだけピアノが弾けるのに」
「自分の手で人の命を救いたいから」
「また、ファンのたしなみってやつか」
「違いますよ〜。リュウから直接聞いたんです。ほら、ずっと前、リュウがガッコに遊びに来て、裏軒で食事したでしょう」
「ああ、あいつがあんまり食うもんだから、峰の親父が青くなってたっけ」
「あのときに言ってましたよ。コンサート・ツアーが終わったら、医学部に入学するって。パパみたいな外科医になるんだって」
「パパ？」
「リュウを引き取ってくれた実のパパ……ほら、この人」
のだめが画面を指差す。
「親父か……」
うちの親父はロクなもんじゃねえけどと思いながら、千秋はごろりと横になった。近くにあったＤＶＤのパッケージを、拾い上げてながめる。
「へえ、このＤＶＤ、売り上げの一部が患者の治療費に充てられるのか」
「そうみたいですね。今、リュウが言ってます。この男の子のために、寄付もお願いしますって」
「ふーん……」
千秋はぽいとパッケージを投げた。頭に命中し、のだめが口をとがらせる。
「なにするんですかー」
素直に賞賛できないのは、『やきもち』なのかもしれない。ドリーム・コンサートに１０年連続で参加し、いつも『カイザー』に惜しみない愛情を注がれているリュウイチ。リュウイチがピアニストにならず、医者になったのも、気に食わなかった。そんなにあっさりと音楽を捨てられてたまるかと。
でも、あいつの胸の中は、いつも音楽でいっぱいなのかもしれない。横目でちらちらと画面を見ながら、ふと思った。そうだ、きっとそうに違いない。俺がそうであるように。
「こういう生き方もありなのかもな」
「なにか言いました？」
「いいや」
ＳＣＥＮＥ１０
「……むきゃあ〜！お料理してる〜！リュウもお料理上手なんですよ。先輩みたいに。かっこいい〜！おいしそう〜！……お散歩？チョコレート・パフェ食べるんですか？かわい〜！……なんかすごいデスよ。プライベート映像満載で……歌もうまいです」
「いちいちうるさいぞ」
「だって〜……入浴シーンとかないんですかね」
「馬鹿」
「ふぉ〜！ね、寝顔！……先輩！寝顔ですよ〜！」
クッションを抱きしめ、大騒ぎである。
「自分の部屋で見ろ！」
「夫としては腹が立ちますか？妻が他の男に……痛いっ！蹴らないでくだサイ！」
「特典映像？……ぎゃぼ〜！コスプレー！……ドラキュラ、王子様、海賊、カウボーイ、マトリックス、スター・ウォーズ……なに着ても似合いますね〜……コレナンデスカ？」
「……柳生十兵衛？」
ＳＣＥＮＥ１１
ところ変わってシカゴはカウンティ・ジェネラル。ＥＲの受付でカルテを記入し終えたロマノは、勢いよく首を回した。
「さあ、これであがりだ……ほう」
エレベーターから降りてきた女性に、目が釘付けになる。歳は２５くらいだろうか？ブロンドに青い目。完璧なプロポーションを、黒いぴったりしたドレスに包んでいる。声をかけずにやりすごすなんて、犯罪行為だ。
「えー、どこかでお会いしましたか？もしよければこれから食事でも」
女性はにっこりほほえんだ。
「ハロウィンおめでとう！パパ！」
「……リュウ！」
「撮れた？」
「ばっちり！」
チュニーがビデオカメラをかかげて見せる。
「なんなんだ、いったい」
「カーター先生とね、１０人にナンパされたら、ディナーをおごってくれるって約束したんだ。パパはハゲある……じゃなかった栄えある１０人目ってわけ。やったあ！おいしいディナー！」
「当分、ディナーはおあずけだな」
「どうして？」
「お前今夜から１週間、夜勤だぞ」
「えー、ひどいよ」
ＴＨＥ ＥＮＤ
お読みいただきありがとうございましたm(_
_)m
今回はハロウィン・エピ＆『のだめカンタービレ』ドラマ化記念クロス・オーバーエピです(^^)ご存知ない方には？なお話だったと思います。ごめんなさいm(_
_)m
時系列がぐちゃぐちゃで、リュウイチだけ大きくなってます(^_^;)
登場するリュウイチのＤＶＤは、ＳＩＤＥ ＳＴＯＲＹ ３２ 「ＡＮＯＴＨＥＲ ”ＦＯＲＥＩＧＮ ＡＦＦＡＩＲＳ”」で作ることになってたＤＶＤです(^^)
次回はまた書けたらＵＰいたしますので、どうぞよろしくお願いいたしますm(_
_)m