THE GENTLE DRAGON

 

 

 

SIDE STORY 58  「IF」  

 

 

SCENE1
 「Satinskyをよこせ!ぐずぐずするなっ!」
外傷1号に、ロマノの怒鳴り声が響きわたる。一緒に治療にあたっていたグリーンとベントンは、思わず首をすくめた。
「しっかり押さえてろ!ピーター!」
「ほーら、とばっちりをくった」
グリーンのささやきに、ベントンはにやりと笑い返す。
「何か言ったか?」
「いいえ!」
ふたりは同時に返事をした。




SCENE2
 「ロマノが怒鳴り散らしてたな。ふたりとも、お疲れ」
受付でロスが、コーヒーの紙コップを掲げてみせる。
「でも、おかげで患者は助かったよ」
「あれで腕が悪けりゃ、いいとこ無しだ」

 「ロマノ先生って、家族はいるのかな」
「カーター、いるわけないだろう、あんなやつ」
「なかなか手厳しいね、ピーター」
「俺が一番、ロマノと顔を合わせる機会が多いんだからな」
「だからって、僕に八つ当たりしないでくださいよ。はい、どうぞ」
カーターが紙コップを差し出した。

 コーヒーを飲んでいたロスの目が、くぎづけになった。
「すごい美人だ」
残りの3人も思わずため息をつく。黒に近いグレーのパンツスーツに白のブラウスという地味なかっこうだが、そのシンプルさがよりいっそう美しさを引き立てていた。

 「誰かを待ってるみたい」
「お前じゃないことは確かだな」




SCENE3
 「ロバート!」
女性は、エレベーターからおりてきたロマノに走り寄った。
「待たせてすまん、シオン」
ロマノはシオンを抱き寄せ、キスをする。

 「オフィスで待ってりゃいいのに」
「そうしようと思ったんだけど、リュウがERを見たいって言うから。今、自販機でチョコレート・アイスを買ってるわ」
「またか」
ロマノは大げさに顔をしかめた。

 「パパ!」
リュウイチが飛びつく。ロマノはうれしそうに抱き上げ、キスをした。
「この食いしん坊め。気をつけろよ。パパのスーツをアイスで汚したら、庭の木につるすからな」




SCENE4
 「どうした、顎関節がいかれたのか?全員口が開けっぱなしだぞ」
ロマノは、受付で棒立ちになっている4人の男たちに声をかけた。

 「まだ紹介してなかったな。妻のシオンと息子のリュウだ。ピーターにグリーンにロスにカーター」
シオンとリュウイチはにこやかに、男たちはぎこちなくあいさつをかわした。4人ともまだ信じられなかったのだ。

 「あら!シオン!」
「エリザベス!お久しぶり!どう?こっちには慣れた?」
「ええ。なかなかおもしろいわ」
「よかった。あ、そうだ!また家に遊びに来て」
「ありがとう」




SCENE5
 これから食事に出かけると言って、ロマノ一家は帰っていった。

 「家族なんかいないって言ったのは、誰だっけ」
グリーンが軽くベントンをにらむ。
「ベントン先生のうそつき」
「よせよ。一番ショックなのは、俺なんだから」
ベントンはため息をついて、あごをなでた。

 ロマノはカウンティに籍だけ置いて、ヨーロッパに2年ほど行っていた。戻ってきたのはひと月前。すご腕だが、その口の悪さと性格の悪さにみんなが辟易していたのだ。

 「なにぶつぶつ言ってるの?」
「そうだ!エリザベス、君はロマノと知り合いなんだろう?」
「ええ、向こうにいたときにね。それがどうかしたの?ダグ」
「彼のワイフの」
「シオンでしょ」
「その、シオンだけど。結婚したのには何かわけがあるんじゃないのか?親の借金の片にしかたなくとか、なにか弱みを握られてるとか、実は男だとか」
「なにそれ」
「なあ、そうだろう?そうにきまってる。そうだと言ってくれ」

 「馬鹿なこと言わないで。ふたりが出合ったのは、え〜と確か、シオンがハーバードの大学院生で、ロバートが外科のレジデントのときって言ってたわ。すぐ一緒に暮らし始めて、ロバートがシカゴの病院に就職するのを機会に結婚したんですって。シオンはシカゴ大で数学を教えてたんだけど、ヨーロッパで彼が仕事をしてるときは、一緒について来てた。今度シカゴに戻ったから、彼女も復職したのね。リュウはまだ6歳だけど、同じ大学に通ってるって。ママが数学の英才教育をしたらしいの」

 「くやしいけど、借金の片じゃなさそうだね」
「どうしてあんなやつに、とびきり美人のかみさんと、かわいくて優秀な息子がいるんだ」
ロスは天を仰いだ。
「あら、ロバートはいい人よ」
「世の中不公平だ」
そうつぶやくと、ベントンは床を見つめた。

 「ねえねえ!ロマノ先生の奥さんと坊やを見た?……どうしたの?みんな」
キャロルが首をかしげる。




SCENE6
 「よし!リュウ!投げてみろ!」
自宅の庭。ロマノはしゃがんでグローブを構えた。リュウイチは大きく振りかぶって投げたが、球は大きく右にそれ、しかも、ずいぶん手前に落ちて転がった。
「何度言ったらわかるんだ。手と足がばらばらじゃないか」
「ごめんなさい、パパ」

 「もうそのくらいにして、ランチにしましょう」
テーブルにシオンがサンドイッチと飲み物を並べた。リュウイチが歓声を上げて走り寄る。

 「どうしてリュウは野球が下手なんだろうな」
「まだ6つだもの」
シオンは、サンドイッチをほおばっている息子の頭をなでた。
「俺はこのくらいのとき、もう一人前にゲームに参加してたぞ。君は?」
「野球はやらなかったけど、ケンカは負けたことがなかったわ」
「……」

 「野球だけじゃない。どうもリュウはどのスポーツも苦手みたいだ」
「いいじゃないの。選手になるわけじゃないんだから」
「俺は息子と一緒に、スポーツで汗をながしたいんだ」
「でも、できないものはしょうがないでしょ」
「いや、俺が鍛えて、できるようにしてみせる」

 「無理じいはやめて、ロバート」
「数学は違うのか?」
「それ、どういうこと?」
「自分が数学者だからって、こんな小さいうちから微分だの積分だの」
「はは〜ん」
シオンはにやりと笑った。
「なんだ、その笑い方は」
「わかった。リュウの宿題が、そのうちわからなくなるのがいやなんでしょ」
「馬鹿なことを言うな」
「絶対そうよ。そうにきまってる」
「俺は数学みたいなくだらんこと、気にしちゃいない」

 「ロバート」
しまったと思ったが、もう遅かった。

 「数学がくだらないですって?」
「あ、いや、そういう意味で言ったんじゃないんだ」
ロマノは素早くリュウイチをひざにのせた。
「リュウを盾にするの?それってひきょうだわ」

 あっという間にリュウイチを奪われ、何回か突きと蹴りをくらい、気がつくと芝生にうつぶせに倒れていた。背中をシオンに踏みつけられながら、あとで芝を刈ろう。だいぶ伸びてる。とロマノは思った。

 ロマノ自身も空手の有段者だが、シオンの方が10年キャリアが長い分、当然段位も上である。かなうわけがなかった。確か、空手をケンカの道具に使ってはいけないというきまりがあるはずだが、一度そう主張して、
「言いつける気なの?ロバート」
と言われ、とてもこわい思いをしたので、それっきり二度と口にはしていない。




SCENE7
 「ケンカしないで。ママ、パパを許してあげて」
「リュウ、これはケンカじゃないのよ。空手のお稽古」
シオンはリュウイチを抱き上げ、優しい声で言った。足はあいかわらずロマノを踏みつけたままだ。

 「でもねえ、パパがごめんなさいって言ったら許してあげてもいいわ」
リュウイチはシオンの腕からすべりおりて、ロマノの耳元でささやいた。
「パパ、ごめんなさいしたほうがいいよ。背中にママの足跡がついてるもん」

 「……ごめんなさい」
「ほんとに悪いと思ってる?」
「思ってる」
「ほんとに?」
「ほんとだ」
「はい。じゃあ、この紙に50回『ごめんなさい』って書いて……リュウ、手伝うのはなしよ」




SCENE8
 今日はロマノ家主催のホーム・パーティー。招待されたのは、グリーン、ベントン、ロス、カーター、エリザベス、キャロルという面々。

 まず豪邸に驚く(カーター以外)。
「いったいロマノは、いくら給料をもらってるんだ」
「俺たちより多いのは確かだな」
「親の遺産かも」

 立食形式のパーティーで、料理は種類も量も豊富。どれもとびきりおいしかった。しかも、すべてシオンの手作りだという。男どもはおもしろくなかった。こんなうまいものをロマノは毎日食ってやがるのか。なので、全員がもりもりとやけ食いをした。
「前世で、よっぽどいいことをしたんだろ」
「でも来世は地獄行き決定だな」

 食後のひととき、リュウイチがピアノを披露することになった。
「やっぱり」
「何かあると思ったんだ」
「お坊ちゃまのへたくそなピアノを、ご拝聴しなきゃならないってわけさ」

 ところが……。

 「どうしてこんなにうまいんだ」
「6歳なんてうそだろ」
「これ、なんの曲?」

 グラスを持ってきょろきょろしているロスの脇腹を、キャロルがつついた。
「何してるの?」
「絶対、拷問部屋か地下牢があるはずだ」
「馬鹿ね。でも、いいな、シオン。うらやましい」
ロスは思わずキャロルの顔を見つめた。ロマノの妻をうらやましいだと?

 あせったロスは手招きをし、駆け寄るリュウイチを抱き上げた。
「リュウ、パパとママは仲良し?」
「うん、とっても」
「でも、ケンカすることもあるだろ」
「うーん、ときどき、かな」
ロスは勢い込んで言った。
「そーか、そーか。じゃあママはかわいそうに、パパになぐられたりするんじゃないのか?」
「かわいそうじゃないよ。ママ強いもん」
「え?今なんて?」
「ずるいわよ、ダグ。リュウを独り占めして」
エリザベスがリュウイチを抱き取った。
「さ、あっちで遊びましょ」

 ダグはしばらく考えていたが、ゆっくりとかぶりをふった。『シオン』と『強い』はどうしても結びつかなかったのだ。聞き違いだろう。




SCENE9
 ロマノ家を辞したカーターは、うらやましそうに言った。
「シオンは半分日本人なんですって。いいなあ、ヤマトナデシコ」
「なんだそれ」
「ヤマトナデシコっていうのは、清楚でおしとやかで美しい、日本女性を表現する言葉なんです」
「清楚でおしとやかで美しい……シオンそのものだよね」
男たちはいっせいに、深いため息をついた。
 


THE END

 

 

 お読みいただきありがとうございましたm(_ _)m

 今回はもしロマノがシオンと結婚していたらという設定で、お話を書いてみました。ちょっと番外編というところでしょうか(^^)

 次回はまた書けたらUPいたしますので、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m

 

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