THE GENTLE DRAGON

 

 

 

SIDE STORY 53  「MY WIFE」  

 このおはなしは、シーズン10の内容を一部含んでいますm(_ _)m

 

SCENE1
 「ヘンリー、こっちへおいで」
リュウイチは、ウィーバーに抱かれているヘンリーを抱き取ろうとした。
「手はきれい?」
「シャワーを浴びて、着替えたところです。これから夜勤なので」
「じゃあ抱っこしてもいいわ」
「ママになってもあいかわらず、こわいでちゅねえ」
「何か言った?」
「いいえ」
「ちょうどよかった。しばらくお守りしてて。帰ろうと思って保育所から連れて来たんだけど、ちょっと急用ができたの」

 リュウイチはヘンリーを抱いて、ERの廊下をぶらぶらと歩いた。
「ほら、ヘンリー。君とよく似た頭をした人が、エレベーターからでてきまちたよ。あ、よく似てても、根本的に違いまちゅね。君の場合はこれからいっぱいはえてきまちゅけど、あの人に未来はありまちぇん」
「何をぶつぶつ言ってるんだ」
「世の中の無常について語り合ってたんです」
「お前の子か?」
「ウィーバー先生んちのヘンリー」
「ケリーのやつ、いつの間に産んだんだ」
「産んだのはパートナーですよ」
「あの消防士か」
「ええ」

 「リュウ!交通事故の重患が5分後に到着!」
「了解!……はい、パパ。お願いします」
リュウイチは、ロマノにヘンリーをわたした。
「おい!俺はもう帰るんだぞ!」
ロマノは怒鳴ったが、リュウイチは駆けて行ってしまった。
「くそっ!覚えてろよ!」

 ロマノはヘンリーを見つめた。ヘンリーもきょとんとした顔でロマノを見つめている。あたりをすばやく見回し、誰もいないことを確かめた。
「ほうら、ヘンリー。たかいたかい。べろべろばあっ」
ヘンリーは足をばたばたさせて、きゃっきゃと笑った。




SCENE2
 「やっとママのおでましだぞ、ヘンリー」
ウィーバーが目をみはる。
「ロバート!どうして?」
「リュウのやつにおしつけられたんだ。おかげで帰るのが30分も遅くなった」
「おしつけたのはあなたの息子で、私じゃありません」
「あいかわらず、口のへらんやつだな」
「いちおうお礼は言っておきます。ありがとう。きたない手でさわってないでしょうね」
「きれいだぞ。なんならなめてみるか?」
ロマノは手のひらを、ウィーバーの顔の前に突き出した。
「いいえ」

 「ママがふたりでどうやって区別するんだ?その1、その2か?」
「関係ないでしょ。横暴な父親なら、いないほうがましだわ」
「それはどういう意味だ」
「別に。さあヘンリー、帰るわよ」
ウィーバーはヘンリーを抱き取ろうとしたが、ロマノが制した。
「ついでに駐車場まで抱いていってやる。杖をつきながらこいつを抱いて転んで、訴えられでもしたら災難だからな」
「そんなことしません」
「いいや、わからんぞ。ヘンリー、お前のママは人を蹴落とすのが得意なんだ。気をつけろよ」
「ロバート!」




SCENE3
 コーヒーを飲もうとラウンジにやって来たコバッチは、リュウイチがドアから中をうかがっているのを見て、眉根をよせた。
「リュウ、どうかした?」
はじかれたようにリュウイチはふりむき、大きく息をはきながら胸に手をあてた。
「……びっくりした……中にガラントとニーラがいるんですよ。今入るとおじゃまむしなので」
「ふたりはつきあってるの?」
「友だち以上、恋人未満ってやつでしょうかね。まじめすぎて、あと一歩が踏み込めないみたいです。ここはガラントが思い切って告白するべきだと思うんですけど」

 「それはそっくり誰かさんにあてはまるんじゃないかな。リュウ、君こそどうしてスーザンに告白しないんだ?」
「いや、それはですねえ……ええと……告白して気まずくなっちゃったらいやだなあと思って。側で見守れるっていうか、そういう今の状況で僕は充分満足なんです」
「気まずくなるって、うまく行く場合もあるんだし」
「でも、僕みたいなガキんちょなんて。それにきっと誰か付き合ってる人がいますよ」
「そうかなあ。僕が見たところ、スーザンはフリーだよ。彼氏はいないと思う」
「ありがとうございます。でも、もうちょっとこのまま。決心がつくまで」
「まあ、君自身の問題だから……そうそう、マルコの新しい写真を見てよ」
コバッチはうれしそうに、写真を胸ポケットから取り出した。

 「あ、お誕生日」
ろうそくを2本立てたケーキを前にして、マルコが笑っている。
「そうなんだ。うちでむかえる初めての誕生日」
次は、マルコを抱くアビーの肩を抱いているコバッチの写真。
「いいなあ、幸せそう」
「とっても幸せだよ」
コバッチがほほえむ。
「なんだか最近ベビーラッシュですよね。コバッチ先生、ウィーバー先生。カーター先生ちももうすぐだし」
アフリカで自分探しをしていたはずのカーターは、なぜかお嫁さんを見つけて帰ってきたのだった。
「……いいなあ、みんな……僕も幸せになりたい」
写真をコバッチに返しながら、リュウイチはため息をついた。

 「そういえば、エラがロマノ先生のことをパパって呼んでるけど、ふたりは付き合ってるの?」
「まさか!エラはまだちっちゃいので、僕がパパって呼ぶのをまねしてるだけなんです。それに、エリザベス先生のことをママって呼べって強要するし、困っちゃうんですよ。恥ずかしい」
「エラはすっかりロマノ先生になついてるね」
「あの人は子ども好きですから」
「知ってる」




SCENE4
 ある日のキッチン・リュウ(リュウイチのオフィス)。夕食メニューはカレーライスだった。
「さあ、どうぞめしあがれ」
エリザベスがにっこり笑う。
「おいしそうね。いただきます」
「いただきまーす」

 「パパ、いただきますって言ってない」
「う?ああ……いただきます」
「さすがはエラだね。僕がそんなこと言ったら、スプーンが飛んできちゃうよ……痛いっ!ちょっと、足をけるのはやめてくださいって、いつも言ってるでしょう!」
「うるさい!」

 リュウイチが作るカレーは日本風だった。シュウもシオンもカレーが大好きで、よく食卓に登場した。それがリュウイチに受け継がれている。もちろん彼も大好物なのだ。
「でかいなべだな。誰がそんなに食べるんだ。馬鹿じゃないのか」
「あしたカレーうどんにして食べるんです。ほっといてください」

 「おいしいか?エラ」
「うん!」
「そうか、たくさん食べ……」
ロマノはふきだした。エラの口のまわりがカレーで盛大によごれ、エプロンも以下同文である。
「まあエラ……すごいわね」
リュウイチがわたしたティッシュでエラの口もとをぬぐいながら、エリザベスがころころと笑う。グリーンが亡くなってもうすぐ2年になる。病院内に保育所ができたこともあり、少し余裕がでてきたようだ。

 デザートにレモンシャーベットのフルーツ添えを出し、リュウイチはオフィスを出た。夜勤のシフトまではまだ間があるのだが、いちおう気をつかったのだ。ロマノはエリザベスと1時間くらいゆっくりコーヒーを飲みながら話をし、駐車場まで送っていくのが恒例となっている。
『エリザベス先生はパパのことをどう思ってるんだろう』
リュウイチはシャワーを浴びながら、心の中でつぶやいた。
 
 去年のクリスマス、エラが浮浪者に連れ去られた事件から、エリザベスの態度が微妙に変化したように感じられる。もちろんそれは愛情ではないだろうが、友情より少しランクは上で、ときどき愛情の手前まで、針が振れることがある。ロマノの方はうれしく思いながらも、決して自分の気持を表に出そうとはしなかった。今の関係がこわれてしまうのをおそれてのことだろうというのは、容易に想像がついた。結局は似たもの親子なんだなと苦笑する。ロマノは、一生自分の気持を告白することはないだろうから、あとはエリザベス次第であるが、はたしてその可能性はどうなのだろう。僕とパパに幸せはめぐってくるんだろうか?リュウイチは深いため息をついた。




SCENE5
 古い倉庫が火災で崩落、まきこまれた消防士が3名運び込まれてきた。うちふたりが重傷である。
「……ロペスさん!」
リュウイチが絶句する。重傷者の片方が、ウィーバーのパートナー、サンディ・ロペスだったのだ。
「リュウ……やっぱりあんた……男にしとくのは惜しいねえ」
ロペスは苦しそうな息づかいでそう言うと、にやっと笑った。
「ケリーに知らせて!」
スーザンが挿管の準備をしながら叫ぶ。

 リュウイチとエリザベスが手を洗っていると、ロマノがかけこんできた。
「事故の重患か」
「ええ、古い倉庫の屋根が崩落して。肋骨、骨盤、右上腕骨、肝臓がつぶれてます」
「ケリーのパートナーなの」
「なんだと」
ロマノが一瞬絶句する。
「ケリーもオペ室へ入るって」

 「血の海だな。吸引しろ。静脈がやられてる」
「ボビーとピックアップをちょうだい」
「肝臓にグレード4の裂傷。ラップパッドをくれ。リジー、セグメンタル静脈を分離しろ」
「今やってる」
「血圧78に低下」
「肝後方の下大動脈を損傷してる。クランプするぞ。Large Angle Satinsky」
「除脈です!」
「リュウ!遊んでないで、心停止する前になんとかしろ!今クランプをはずすわけにはいかん。大出血する」
「最高血圧60!心拍58に低下!」
「アトロピンを1ミリ!開胸して、大静脈シャントを入れます。スターナルソーをください!」

 「心臓から出血してる。2−0をお願いします」

 「心室細動!」
「さっさと縫合しろ!」
「損傷が大きいんです。ちょっと待って……よしっ!30にチャージ!……さがって!」
「同調律!」
「やった!心臓に血がたまりだしたぞ!血小板と新鮮凍結血しょうをあと2単位」

 ロマノ、エリザベス、リュウイチの3人が組んでおこなう手術を見るのは初めてだ。息がぴったり合っている。それぞれが自分の持つ能力のすべてを使って、全力でロペスを救おうとしていた。カウンティ最強のオペ・チームがおこす奇跡を信じて、ウィーバーは祈り続けた。




SCENE6
 手術は結局10時間かかった。ロペスの容体はまだ予断を許さないが、当面の危機は脱したのである。

 ロマノがICUに入ってきた。カルテをチェックする。

 「順調だな」
「ありがとう、ロバート」
「まだ礼を言うのははやいぞ、ケリー。それに回復しても、もう消防士としては働けんだろう。歩けるようになるかどうか」
「わかってる。でもいいの。生きていてさえくれれば」
「ヘンリーは?」
「ロペスのママが預かってくれてる」
「そうか」

 立ち去りかけたロマノが、思いなおしたようにこちらをむいた。
「あー、ケリー」
「なあに」
「レズビアンを否定してるわけじゃない。頭では理解してる。ただ感情的に……」
言葉をきったロマノは、くちびるをかんでしばらく足元を見つめていたが、口を開いた。
「リュウが子どものころ、ERで誘拐されたことがあっただろう?」
「ええ」
「ちょっとした偶然がかさなって助かったんだが、そうじゃなければまちがいなく殺されてた……その犯人がレズビアンだったんだ……わかるだろう?君にもヘンリーがいるから」
「……わかるわ」
「だから……別に君たちに偏見を持ってはいない……お大事に」




SCENE7
 ウィーバーは、昏々と眠るロペスの顔を見つめていた。いつも冷静沈着な自分が、ロペスの大けがを目の前にしてとりみだしてしまった。挿管チューブがなかなか入れられなくて、スーザンに何度も『私たちにまかせて』と言われたのだ。そういえばグリーンとエリザベスも、ドラッグを誤飲したエラの治療はできなかった。やはり身内の治療は難しいのだと、ウィーバーはあらためて思った。

 だが、彼は違う。そう……ロマノは何度も己の手でリュウイチの命を救っている。

 「順調なんですって?」
リュウイチがやってきて、カルテをながめた。
「リュウ、ありがとう」
「いいえ、僕はなにも。でもよかった。命をとりとめて」

 「ねえ、リュウ。もしもロバートが大けがをしたら、あなたは自分でオペをする?」
即座に答えが返ってきた。
「ええ、もちろん。自分の大切な人は、自分の手で助けたいですから……僕もそうしてもらったし……パパは特にね、そのために外科医になったってところもあると思うので」
「そうなの」
「いけない。今のはナイショにしておいてください……じゃあ、お大事に」
リュウイチはにっこり笑って出て行った。




SCENE8
 リュウイチはオフィスに戻った。夜中の12時をまわっている。くたくたに疲れてはいたが、ロペスの経過が順調なので、心ははずんでいた。かぎを開けようとすると、内側からドアが開いた。
「ルイス先生!」
「サンディのことが気になって……オペは成功したんですって?」
「ええ、経過も順調なんです。このままいってくれるといいんですけど」
「きっと大丈夫よ。お疲れ様」

 「……わあ!すごい!」
テーブルの上には、サンドイッチとミネストローネがおかれていた。
「すごくないわよ。待ってる間することがないから、適当に作ったの。よかったら食べて」
「うれしいなあ!おなかがぺこぺこで、死にそうだったんですよ」

 「いただきまーす!」
「たくさん作ったから、いっぱい食べてね」
リュウイチはサンドイッチをほおばった。
「おいしい!」
「そう?よかった」
スーザンがほほえむ。
「ミネストローネもすごくおいしいです……何て幸せなんだろう」
「大げさね、サンドイッチとミネストローネくらいで」

 「そんなに喜んでもらえるんだったら、ときどき作ってあげる」
「ほんとですか?」
「ええ、だって家に帰ってもどうせひとりだし」
『ひとりってことはひとりってことは、もしかしてルイス先生って現在フリー?』
リュウイチはテーブルの下でガッツポーズをした。
「ありがとうございますっ!」
スーザンもたまにキッチン・リュウで食事をすることがあるのだが、これからはその機会がふえるということだ。リュウイチは踊りだしたい気分だった。それに今日の思いがけないこのデート!何を話そうか……。

 「あら?」
あとかたづけを終えたスーザンがふりかえると、リュウイチはテーブルにつっぷして眠ってしまっていた。
「くたびれちゃったわよね。大変なオペだったんだもの……ふふ、寝顔もかわいい」
毛布をかけてやったが、ぴくりとも動かない。ほおにそっとキスをして、スーザンはつぶやいた。
「おやすみ、リュウ」



THE END

 

 

 お読みいただきありがとうございましたm(_ _)m

 以下シーズン10のネタバレです。



 シーズン10はキャラが亡くなるのが多いシーズンで、ロマノ、チェンのお母さん、ロペス、そしてカーターの赤ちゃん。ガラントもイラクに行って降板しちゃうし(^_^;でもこのFicでは誰も死なないし、いなくならないことにしました(笑)

 

 このおはなし(季節は春)の前の年のハロウィンの日に、ルカとアビーは結婚し、マルコを引き取ったことになってます。このおはなしの年の秋にロマノとエリザベスは結婚し、クリスマスの次の日に、リュウイチはスーザンに告白します。……って、もーなんでも書き放題ですね(^_^;
 
 次回はまた書けたらUPいたしますので、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m

 

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