ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＳＩＤＥ ＳＴＯＲＹ ４９ 「ＦＯＵＲ ＳＥＡＳＯＮＳ ”ＳＰＲＩＮＧ”」
ＳＣＥＮＥ１
「うちのヨシオは石をぶつけられて、おでこをふた針縫ったんですよ！どうしてくれるんですか？」
「申し訳ございません。今、本人が来ますので」
『ふたば園』の園長有田圭一は、深々と頭をさげた。
「ごめんなさい……」
ヨシオの母親はあらわれたシオンを見て、あんぐりと口を開けた。ウエーブのかかった長い黒髪、大きな目。抜けるように白い肌。
『あらまあこの子、ガイジンだよ。なんてかわいいんだろう』
シオンは泣きじゃくりながらあやまった。
「……ごめんなさい……ヨシオ君が……私のこと『ガイジン』とか『親なしっ子』って言うから……ついかっとなって……石を投げちゃったんです」
「……ヨシオっ！」
母親はヨシオの頭をげんこつでたたいた。
「痛え！母ちゃん、なにすんだよっ！」
「こんなかわいい女の子いじめてっ！母ちゃんは恥ずかしいよ！」
「だって……」
ヨシオは口をとがらせた。母ちゃんはシオンの暴れようを知らないから、そんなことが言えるんだ。くそっ！シオンのやつ、ネコかぶってやがる。
「だってもくそもあるかいっ！ごめんね、シオンちゃん……お前もあやまるんだよっ！」
「俺はけがさせられたんだぜ」
「そんなの自業自得だろっ。あやまんないのかい？」
母親はこぶしをふりあげた。
「わあっ！ごめんよ、シオン」
ヨシオは一目散に逃げ出した。
「待ちなっ！ヨシオっ！」
母親はぺこんと頭をさげると、ヨシオを追いかけ、出て行った。
ＳＣＥＮＥ２
「もういいぞ、シオン。泣きまねをしなくても」
ぺろりと舌を出すシオンに、有田がため息をつく。
「どうして石なんか投げたんだ」
「だって、空手はケンカにつかっちゃいけないって、早川先生が」
「……そういう問題じゃないだろう」
「ヨシオのやつ自分が頭悪いから、あたしが１００点とったのをねたんで……男のくせにっ！」
シオンは地団太を踏んだ。くやしさがよみがえってきたらしい。
「ひきょうよっ！ガイジンだとか、親がいないとか、あたしが自分じゃどうしようもないことでいじめて！みんないつもそうなんだから！あいつらみんなひきょうだわっ！」
頬を紅潮させ、目をきらきらさせているシオンを見ながら、有田はまたため息をついた。
『……ヨウゾウ……君の娘は君の気性をしっかり受けついでる。おかげでこっちは苦労が絶えないよ』
シオン（紫苑）という名を付けたのはヨウゾウだった。赤ん坊は口をきかないし、暴れたりもしない。かわいいし、可憐に見えたのだった。それは今も変わらない。口をつぐんで静かにしていれば、シオンはとってもかわいらしく、思わず抱きしめたくなるくらい可憐だった。
ＳＣＥＮＥ３
日曜日、シオンは空手着を肩にかついで歩いていた。道場からの帰り道だった。今年の冬から始めたのだが、週に２回の稽古日が待ち遠しくてたまらない。指導している早川源吉も、すじがいいといつもほめてくれていた。
有田に空手をやってみないかと言われて承知したのは、強くなりたかったからだ。売られたけんかはいつもきっちりと買っていたが、力ではやがて男子にかなわなくなるのは目に見えていた。なので、ふりかかった火の粉を自分で払うことのできる、圧倒的な技がほしかったのだ。
空手の技をケンカに使うことがご法度だというのは、大きくあてがはずれたが、自分を鍛えることは気に入っていた。世の中で頼れるものは己ひとりだけだと、ほんの子どものころからずっとシオンは思ってきた。日ごとに自分が強くなっていくことは、そんな彼女に心の安らぎをもたらしてくれていた。情緒教育のためにと習わされたピアノと違って、空手は長続きしそうだった。
ＳＣＥＮＥ４
道路わきの小さな林の中から、少年がぞろぞろと出てきた。高校生が４人、中学生がひとり。みなさんそれなりに不良の方々とお見受けするかっこうをしている。中学生には見覚えがあった。確か先週からかわれて腹が立ったので、股間を蹴り上げてやったのだった。仕返しに高校生を連れてくるなんて、つくづく根性のくさった野郎だ。
上等じゃないのとシオンは思った。相手は、高校生を見ただけでシオンが泣いてあやまるだろうと高をくくっているのだろうが、そうはいかない。どうせなら、思い切り暴れてやる。空手の技だって、緊急事態だ。使っても許されるだろう。
木の棒があればいいのに……あと、石も５個はほしい。
棒は水のかれた溝にころがっていた。少し短いが、ぜいたくは言えない。石は４つ見つかった。
ゆっくりと呼吸を整えながら、心の中で数を数える。１０、９、…………３、２、１！戦闘開始！
右端の少年に石を投げつけたが、軽くかわされた。さすがにケンカ慣れしている。こちらの手の内などとっくにお見通しなのだろう。こうなったらやぶれかぶれだ。シオンは棒を振り上げ、少年たちに向かって突進した。
棒をつかまれあっさりと取り上げられ、首根っこをつかまえられて、振り回された後、ぽいっと放り出された。道路にしりもちをつく。すかさずはね起き、手近にいたひとりのむこうずねを、思い切り蹴った。足を押さえて相手がうずくまる。
「何しやがる！」
たちまち少年たちの悪意がふくれあがり、シオンは思わずたじろいだ。
『どうしよう……』
たぶん生まれて初めての窮地だった。わきの下を冷たい汗がつうっと流れ落ちる。奥歯をかみしめ、こぶしをにぎりしめた。
ＳＣＥＮＥ５
「このやろう！」
ものすごい勢いでこぶしがせまってくる。でも目を開けていよう。とシオンは思った。
突然シオンの前に黒い影が立ち、こぶしを手のひらで受け止めた。次の瞬間相手の腹に突きを入れる。高校生くらいの少年だった。
身体を開いて左側にいた少年を誘い、飛び込んで来たところを、顔面をなぐった。
中学生はとっくに逃げ出していた。逃げようとしていた残りのひとりの背中に、蹴りを入れる。
シオンに足を蹴られてうずくまっていた少年は、近づいてきた少年を見て、地面に座ったまま後ずさりをした。
「この子を二度といじめるんじゃないぞ。俺ならいつでも相手になってやる。俺は……」
耳元でささやかれ、少年の顔色が青ざめた。足を引きずりながら、よろよろと林の中に転がり込む。
ＳＣＥＮＥ６
「けがはないか？」
「うん。ありがとう……さっき道場にいた人でしょ？」
少年は背が高く、がっちりした体格だった。切れ長のやさしそうな目をしている。
「ああ、俺も早川先生の弟子なんだ」
「言いつけてやろうっと、ケンカに空手を使いましたって」
「……おいおい……」
少年は苦笑しながら、シオンの頭に手をおいた。シオンは一瞬、振りはらおうかと思ったが、なぜか手のぬくもりが意外に心地よかったので、そのままにしておくことにした。
「お前さあ、助けてやったのに、それはないんじゃないか？」
「あんたに、お前って呼ばれるすじあいはないわ」
「頼もしいな……でも、腕っぷしで世の中を渡っていくには限界がある。これからは他のところを使えよ」
「……顔？」
少年はふき出した。笑うと幼さが、ちらっと顔をのぞかせた。
「シオンほどの美人ならそれもできるだろうけど、年を取ったら美貌は衰える。ここを使うんだ」
少年はシオンの頭をぽんぽんとたたいた。
「学校の勉強で何が一番好き？」
「ええとね、算数。園の高校生に教えてもらって、中学３年生の問題も解けるよ」
「じゃあ、数学を一生懸命勉強しろ。頭を鍛えるんだ」
シオンはうなずいた。
「それと……日本人だとか外人だとか、境界線を引いてごちゃごちゃ言ってるつまんないやつらなんかほっとけ。せせこましい日本で暮らすのがいやだったら、外国へ行けばいい」
「外国？」
「うん。俺も外国へ行くんだ。おとなになったら」
「どこの国へ行くの？」
「アメリカ」
「これ、やるよ。強くなれるお守り」
少年はペンダントをさし出した。桜の花をかたどった、銀のペンダント。シオンはにっこり笑った。
「きれい……ありがとう」
うしろに回って首につけてやる。
「よく似合うよ……じゃあな。元気でいろよ、シオン」
「うん……お兄ちゃんもね」
そういえば名前を聞いていなかった。と思いながら、シオンは少年に手をふった。
ＳＣＥＮＥ７
少年の横に、黒塗りの自動車がすっと止まった。
「若、用事はすみましたか？」
河相壮輔は運転しながら、ミラー越しに少年――桜井鷲平（シュウヘイ）を見た。
「ああ、ペンダントはわたせた」
春休み、シュウヘイはひそかに皿洗いのバイトをして金をため、ペンダントを買ったのだった。
「でも、けっきょく名乗れなかった。兄貴だって……」
５歳年下の腹違いの妹シオンのことを、ずっとシュウヘイは気にしていた。実の兄だと名乗って、できれば一緒に暮らしたい。そう思ってシオンに会いに来たのだ。だが、思いとどまった。幼い妹は、自分の力で必死に戦っていた。戦うことで毎日を生きているのだ。戦うことがシオンの支えなのだった。これからも彼女は戦い続けるだろう。己の宿命と。
「守ってやろうだなんて、思い上がりだった……あいつは俺なんかよりずっと強い……」
それに、ヤクザの家の子だということを知ることが、幸せだとはとても思えない。それは自分が一番身にしみているはずなのに……。ヨウゾウの選択はやはり、正しかったのだ。偶然シオンが『お兄ちゃん』と呼んでくれた。それでもう充分じゃないか。シュウヘイは、自分に言い聞かせた。
手のひらをじっと見つめた。シオンのぬくもりがまだ残っているような気がする。頭をなでるのがせいいっぱいだった。本当はぎゅうっと抱きしめてやりたかったのだが。
『そんなことしたら、この変態！って蹴とばされただろうな……あーあ、あれじゃあ将来、嫁の貰い手がないぞ』
シュウヘイはほほえみ、手のひらをそっとほほにあてた。
ＴＨＥ ＥＮＤ
お読みいただきありがとうございましたm(_
_)m
『ＳＩＤＥ ＳＴＯＲＹ』５０話記念特別企画第１弾、シオン１１歳の春の日の物語です(^^)おにーちゃんのシュウヘイと河相大輔（ヨウゾウのお付き）のパパ壮輔は、特別ゲストということで。
次回はまた書けたらＵＰいたしますので、どうぞよろしくお願いいたしますm(_
_)m