ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＳＩＤＥ ＳＴＯＲＹ ４８ 「Ａ ＰＲＯＭＯＴＩＯＮ」
ＳＣＥＮＥ１
アビーがリュウイチを廊下で呼び止めた。
「外科のサインがいるんだけど、コーデイは？」
「僕がしましょうか？」
「そうよ！リュウはスタッフ・ドクターになったんだったわね。はい、これお願い」
エレベーターのボタンを押そうとしたリュウイチは、ウィーバーの杖にはばまれた。
「どこへいくの？」
「外科へ戻るんです。バイク事故の患者なら、オペ室へ送りましたよ」
「用事？」
「ちょっと休憩します。１２時間以上勤務してるので」
「ＥＲのこの混みようが目に入らないの？ちょっと手伝いなさい」
リュウイチが肩をすくめる。
「僕は外科所属です」
「救急医でもある」
「先生のちょっとは、ちょっとだったためしがないので」
すきをみて、エレベーターのボタンを押した。
「リュウ！自動車事故で３人運ばれてくるって！」
「…………」
「ほらごらんなさい」
ＳＣＥＮＥ２
恒例のドリーム・コンサートから戻ったリュウイチは、さっそく勤務に復帰した。
「今日から復帰ですので、おてやわらかに、ウィーバー先生」
おみやげのお菓子を差し出す。
「お帰りなさい。いない間に新顔がふえたから、紹介しておくわ」
「看護師のサムに、２年目のレジデントのモリスとクーパー、医学生のニーラとレスター、それからアビー」
「アビーさん！復学したんですね！」
「ええ、どうぞよろしく」
「こちらこそ……あ、えーと、外傷外科医のドクター・リュウです。なりたてほやほやですけど、いちおうスタッフをやってます。どうぞよろしく」
「リュウは救急医の資格も持ってて、ついこの間までここと外科のかけもちレジデントだったから、なんでも聞きなさい。よく指導してもらうといいわ」
「ち、ちょっと、ウィーバー先生！」
「じゃあ解散。仕事に戻って。リュウ、あなたもよ」
すたすたと歩き出したウィーバーに、リュウイチがまとわりつく。
「先生、僕は外科所属です」
「プラットは３年目だし、ガラントはインターン。リュウはレジデンシーを４年やったでしょ」
「カーター先生は？」
「アフリカに行ってる。『さがしてた自分を見つけた』んですって」
「そんなあ！どうして僕が、カーター先生の自分さがしのとばっちりをうけなきゃなんないんですか？」
ウィーバーは立ち止まり、リュウイチをにらんだ。
「うるさい子ねえ！ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと勤務に戻りなさいっ！」
ＳＣＥＮＥ３
「お先に、リュウ」
「お疲れさまでした、コバッチ先生、アビーさん……あれ？その坊やは？」
ナップサックを背負った少年の頭を、コバッチがいとおしそうになでる。
「サムの息子で、アレックス、１０歳」
「はじめまして、アレックス」
リュウイチがほほえむと、アレックスもほほえんだ。
「はじめまして」
「あ、そうだ」
リュウイチが、白衣のポケットからキャンディー・バーを取り出すのを見て、アビーが眉をちょっとあげた。
「だめよ、リュウ。アレックスは糖尿病なの」
「そうなんですか。ごめんね、アレックス」
「いいよ」
「僕なんか、知らずにチョコレートアイスを食べさせたらケトアシドーシスをおこさせてしまって、サムに大目玉をくらったよ」
「今日はママが夜勤だから、うちで預かるの」
「ルカとゲームするんだ」
アレックスとコバッチは顔を見合わせ、にっこり笑った。
「よかったね、アレックス」
ＳＣＥＮＥ４
「ウィーバー先生、ちょっとお話が」
ラウンジでコーヒーをいれているウィーバーに、リュウイチは声をかけた。
「モリスのことなんですけど……」
「彼がどうかした？」
リュウイチは言いにくそうにしばらくもじもじしていたが、口を開いた。
「医者にはむいてないと思います。手技も下手だし、勉強不足だし、なによりいけないのは、ドクターとしての自覚と責任感が欠如してることです」
「リュウにしては、手厳しいわね」
「すみません。でも、その方が彼のためになると思うので……モリスはそのうち、取り返しのつかないことをしそうです」
「わかったわ……他のみんなはどう？」
「クーパーはなかなかしっかりしてると思います。レスターはのんびりしてるけどやることはちゃんとやるし、ニーラはちょっと頭でっかちかな。アビーさんは安心してみてられます。……みんなよくやってると思いますよ」
ラウンジのドアのところで、リュウイチはくるりとふりかえった。
「先生、僕の所属は外科ですから」
「知ってる」
ＳＣＥＮＥ５
ある日、アレックスは学校の帰りにＥＲに寄った。サムと待ち合わせをしていたのだ。彼は病院が大好きだった。コレクションに加えたいアイテムであふれていたからだ。
外傷１号に忍び込み、器具をながめる。不思議な形をしているものがいっぱいあった。Satinsky鉗子をつかんで、すばやくズボンにつっこんだ瞬間、
「おい！」
アレックスが飛び上がる。
「服の下に隠したものを出せ」
ロマノは手を差し出した。アレックスが入るのを偶然見かけたのだ。
「Satinskyを何に使う気だ？」
アレックスはしぶしぶ、鉗子をロマノにわたした。
「さっさと行け！このクソガキ！二度とするんじゃないぞ！」
アレックスは出ていきざま、
「地獄に落ちろ！ハゲオヤジ！」
と叫んだ。
廊下に飛び出したが、アレックスは、はるか向こうを懸命に駆けていく。
「くそっ！」
ロマノは鉗子を床に投げつけた。
ＳＣＥＮＥ６
「困った」
サムは顔をしかめながら、受話器を置いた。
「どうしたの？」
アレックスが心配そうに顔をのぞきこむ。
「ジャックのママから。おばあちゃんが倒れて今から病院に行くから、預かれないって。誰かさがさなきゃ」
「いいよ、僕ひとりでもだいじょうぶだよ」
「だめ」
サムは手帳をめくり、電話をかけようとした。
「僕が預かりましょうか？」
リュウイチはアレックスの頭をなでた。
「アレックス、うちで泊まる？」
「うん！」
「じゃあきまり」
「でも、いいの？助かるけど」
「ええ、今日はもうオフだし。明日はどうすればいいですか？」
「夜勤があがるのが７時半だから、８時にここにつれてきて」
「了解」
ＳＣＥＮＥ７
「ただいま〜」
ソファーで新聞を広げていたロマノは、ふりむきざま言った。
「遅いぞ。どこをほっつき歩いてたんだ。さっさとめしのしたくをし……どうしてクソガキがそこにいるんだ？」
アレックスが棒立ちになる。
「あ、ハゲオヤジ」
「なんだ、ふたりとも知り合いなんですね。よかった。紹介する手間がはぶけて」
リュウイチはにっこり笑った。
ＳＣＥＮＥ８
「アレックス、血糖値の測定とインシュリンの注射をしなきゃ」
ミートローフの皿をテーブルに運びながら、リュウイチが言った。
「わかってる」
「ＩＤＤＭか？」
「うん」
「いいか、飾り棚の中のものに、いっさい手を触れるんじゃないぞ」
「こわしたら、庭の木につるされて火あぶりにされちゃうよ」
「え〜、まじ？」
「ああ、まじだ」
ミートローフをほおばりながら、アレックスが目を丸くする。
「リュウってすごくいっぱい食べるんだね」
「馬鹿みたいだろ」
「うん」
ロマノはうれしそうに言った。
「リュウ、馬鹿に見えるらしいぞ」
「ほっといてください」
ＳＣＥＮＥ９
「銃創患者が８人も運ばれてきたんですって？」
深夜２時、リュウイチが外傷１号に駆け込んできた。スーザンがチェストチューブを入れながら答える。
「ええ、ギャングどうし撃ちあったみたい」
「リュウ！アレックスは？」
「あ、サムさん、大丈夫です。パパがいますから。朝も連れてきてくれるように頼んどきました」
「悪いわね、リュウのパパにまで迷惑かけて」
「いいんです。気にしないでください」
ＳＣＥＮＥ１０
「あれ？リュウは？」
アレックスが目をこすりながらたずねた。髪の毛がはねている。ロマノはいためていたベーコンを、ふたつの皿に分けた。
「呼び出しをくらって病院に行ってる……卵はスクランブルとオムレツどっちだ？」
「えーと、オムレツ」
「トーストは自分で焼けよ」
「きのうシリアルを、リュウが買ってくれたんだけど」
「それじゃあ、そこの棚に入ってるはずだ。食器はそこらへんのを適当に使え」
ＳＣＥＮＥ１１
「ドクター・ロマノ！」
サムはぽかんと口を開けた。
「確かに引き渡したからな」
「はいはい、どうもお世話になりました」
リュウイチが頭をさげる。
「……ありがとうございましたっ！」
我に返ったサムが、あわててロマノの背中に声をかけた。
「驚いた……リュウのパパが、あのロマノ先生だったなんて……養子？」
「いいえ、実子です。僕はママ似なんですよ。アレックスと同じ歳のときにママと義理のパパが亡くなって、パパが引きとってくれたんです。それまでパパは僕の存在を知らなかったのに、即断即決で」
「へえ……人は見かけによらないのね……あ、ごめん」
「いいえ、普段の言動が言動だから、無理もないです」
リュウイチはくすりと笑った。
ＳＣＥＮＥ１２
ロマノはＥＲの廊下で、アレックスをつれたサムを見ていぶかしく思った。度胸がよく、あまり動じないサムが血相を変えているのだ。思わず呼び止める。
「おい、どうかしたのか」
「いえ、あの……アレックスがわざと自分で足を切って、縫合しようとしたんです」
「……馬鹿っ！」
ロマノはアレックスを横抱きにして、縫合室に飛び込んだ。
「おいおい、何てことをするんだ。痛かっただろう」
局部麻酔をうちながら、ロマノが顔をしかめる。
「氷で感覚を麻痺させたんだ」
「度胸がいいのはママゆずりなんだろうが、いいか、出血が止まらなくなることもあるし、ばい菌がはいっておおごとになることもある。大事な神経や腱を傷つけてしまったら、足が動かなくなる。もうこんなことは、二度とするんじゃないぞ」
「うん」
「すげー！」
アレックスは、ロマノが傷を縫合するのを見て、感嘆の声をあげた。
「私を誰だと思ってるんだ？ロケット・ロマノだぞ」
「うわあ、あっという間に終わっちゃった」
「１週間したら、ママに抜糸してもらえ」
サムがアレックスの肩をつかんでゆさぶる。
「どうしていつもこうなの？アレックス」
アレックスは顔をくもらせ、うつむいた。
「問題ばかりおこして、ママを困らせて……将来どんな子になるのか、末恐ろしいわ」
ロマノは、滅菌グローブをディスポーザーに放り込んだ。
「そんなに叱るな。男の子なんだ、これくらいのことはするだろう。氷で痛覚を麻痺させるなんて、なかなかおりこうじゃないか」
「茶化さないでください」
「うちのリュウはこういうことはしなかったが、あいつは弱虫だからな。私は男ばかりの３人兄弟だが、しょっちゅう誰かが何かやってた。おかげで、クローゼットはいつも満員御礼だったぞ」
「でも……」
「アレックスはいい子だ。また、泊まりに来いよ」
「うん」
ＳＣＥＮＥ１３
「お待たせ、ニーラ」
「あらあら、リュウとデート？」
「ちがいますよ、アビーさん。食事するんです。一緒にどうですか？」
「今日は予定があるの」
「コバッチ先生と水入らずってやつですね」
「違うわ。私とルカとアレックスとロマノ先生で、バッティングセンターに行くのよ」
リュウイチが顔をしかめる。
「……すごく変な取り合わせですね」
アビーがふき出した。
「自分のパパでしょう」
「だって……」
「知らないの？最近、ルカとロマノ先生で、アレックスの取り合いっこをしてるんだから」
「えー！ほんとですか？僕も行ってみよう。ごめんニーラ、ちょっとつきあって」
「はい」
「リュウ、ちょっと！」
ウィーバーが受付で手まねきしている。
「なんですか？僕はこれから５時間３８分オフです」
「ニーラがどうかしたの？」
「あ、いえ、別に。いわゆる『私はこれでいいのか病』なんです。まあ、それだけ余裕があるってことですよね。僕なんか、２年目のレジデントのときにかかりましたから」
「あ、そう。それならいいわ」
「先生、僕は……」
「わかってる。外科所属でしょ」
ＳＣＥＮＥ１４
「いいかアレックス、よく見てろよ」
ロマノは飛んできた球を、軽々と打ち返した。アレックスが拍手をする。
「すごいや！ロバート！」
「……ち、ちょっと、今、ロバートって言いませんでしたか？」
ベンチに座っていたリュウイチは、思わず立ち上がった。
「ロバートじゃなかったっけ？あなたのパパ。意外と平凡な名前よね」
アビーがジュースを飲みながら、そらとぼける。リュウイチはすとんと腰をおろした。
「ひゃ〜、驚いた。パパをファーストネームで呼ぶなんて」
「アレックス、もう少し足を開け。ひじはこのくらい。脇をしめて。これでよし。……球をよく見ろ…………打て！……うまいじゃないか」
コバッチが、リュウイチたちのところへやってきた。
「ロマノ先生はずるいよ。僕が野球が苦手なのを知ってて、バッティングセンターに来るだなんて。これは陰謀だ」
「ルカ、ひがまないの。いいじゃない。野球は楽しいわ。見てたらやりたくなっちゃった。ニーラ、やらない？」
「いいわね」
「ニーラって、なにかスポーツやってた？」
「サッカーをちょっと」
「へえ、意外ねえ。見るのも好き？」
「ええ、わりと見るほうかも」
「誰のファン？」
「ベッカム」
「すみません、コバッチ先生。パパがアレックスをひとりじめしちゃって」
リュウイチは飲み物を渡した。
「いや、いいんだ。明日は、新しく買ったゲームをアレックスとやるから」
そう言いながらも、コバッチはまだ少しくやしそうだった。
「息子とスポーツをやるのが、パパの夢だったんです。だけど僕が運動オンチだからそれが果たせなくて。アレックスでその夢をかなえてるんだと思います」
「アビーさんがうまいのは知ってましたけど、ニーラもけっこううまいですね」
「僕たちより、ずっと上手だ」
「なんか、打ち方もまじめだなあ」
「ニーラはどうかしたの？」
「ドクターにむいてるかどうか、悩んでるみたいです。心配しなくても、医者の資質はちゃんとあるのに。彼女の欠点はガラントと一緒で、まじめ過ぎるところ。それが足を引っ張ることにならなきゃいいんですけど」
「いいドクターになれるよ。責任感も強いし。ただ、気になるといえば、知識に比べて実践がちょっと弱いかな……リュウも大変だね。新人がいっぱいで……あ、でも君はもう外科所属だろう？」
「そうなんですよ。全部ウィーバー先生が悪いんです」
３０分後、ニーラが汗をふきながら戻ってきた。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます」
ニーラはスポーツ飲料を飲み干すと、ふーっと息を吐いた。
「リュウ先生、私、やっぱりがんばることにしました。身体を動かしたら、なんだかくよくよ考えてるのが馬鹿らしくなってしまって」
「そう、それはよかった。じゃあ、晩ご飯を食べに行こう」
「はい」
ＳＣＥＮＥ１５
「やあ、アレックス。ちょうどよかった。今から食事に行くんだけど、一緒に行かない？」
リュウイチは、ＥＲにやってきたアレックスを呼び止めた。
「だめ。僕忙しいんだ。今日はルカと映画に行って、明日はロバートと道場に行かないと」
「道場って空手の？」
「うん」
「サムさん、すみません。パパがアレックスを空手に誘ったりして」
「いいのよ。あの子も楽しみにしてるし、ストレス解消になるのか、最近落ち着いてきたみたいだし。感謝してるわ」
「ならいいんですけど。あの人は強引だから」
「リュウはやらなかったんでしょ、空手」
「ええ、僕はスポーツはからきしなんです」
「やればよかったのに。私も習おうかな」
サムは空手の突きのまねをした。思わずリュウイチがあとずさる。
「いや、習わなくても、充分強いし。それ以上強くなっても、ねえ」
「何か言った？」
「いいえ」
ＳＣＥＮＥ１６
「えっ！お宅にうかがう？アレックスと一緒に、私とルカもですか？」
アビーは思わず素っ頓狂な声をあげてしまい、あわてて口に手をやった。
「心配するな。普通の家だぞ。地下牢も拷問部屋もない。食事をして、そのあとゲームをやろう」
「はあ」
「いいか、あさっての６時だぞ」
「ちょっと、リュウ！」
「何ですか？」
「ロマノ先生って、ゲームなんかするの？」
「ゲーム？」
「しーっ！声が大きい」
「ごめんなさい。ゲームって、テレビゲームですか？」
「ええ」
「しないと思いますよ。そもそもうちにゲーム機はないし」
「そうなの？」
「僕、ゲームはやらないので。好きじゃないんです」
「お家にご招待されちゃった。食事した後、ゲームしようって」
「えーっ！」
思わずリュウイチは叫んだ。
「ほらまた！」
「すみません」
ＳＣＥＮＥ１７
庭でバーベキューをしたあと、ゲームタイムとなった。
「ロバートって、ゲームもうまいんだね」
「まあな」
この日のために、一生懸命練習した成果なのだった。ロマノが操作しているコントローラーは、３台目である。『くそっ！』という言葉とともに壁に投げつけられて、使い物にならなくなった前の２台は、ゴミ箱の中だ。
「でも、僕の方が腕は上だな」
コバッチは余裕の笑顔を見せた。
「なんだって。勝負してみるか？」
「いいですよ。受けてたちましょう」
「僕もやる！」
アレックスはふたりの間に座って、うれしそうにコントローラーをにぎりしめた。
ＳＣＥＮＥ１８
キッチンであとかたづけをすませたアビーは、リビングのソファーに座っていた。もとよりゲームに興味はない。
『座り心地がいいわね。こだわりのソファーなのかしら』
立ち上がって、家具をながめる。
『ロマノって、けっこう趣味いいんだ。それにしてもみんな高そうな家具』
サイドボードの上には、たくさんの写真が飾られていた。
「あら、かわいい！」
シオンに抱かれたリュウイチの写真を見て、アビーはほほえんだ。
再び付き合い始めてすぐにルカは言った。
「医学部に戻ったほうがいい」
言われて気がついた。自分はドクターになりたかったのだと。
「復学の手続きをしようとして、君に怒られたことがあっただろう？あれからずっと思ってたんだ。ドクターになるべきだって」
「ルカ……」
「学費は心配いらないよ。僕が払うから」
「君にはエリックが一番だってことはよくわかってる。それでもかまわない。エリックの次に僕を好きでいてくれたら、それでもう充分だ」
「どうしてエリックが一番だと思うの？」
「僕も、亡くした家族のことが忘れられないから」
「忘れなくてもいいわ」
「前の家族と君はどっちも一番だ。一番がふたつでも、許してくれるかな、アビー」
「ええ、もちろん。光栄だわ、一番にしてもらって。私も一番がふたつよ、ルカ」
ルカの心の中には家族を亡くした深いトラウマがあって、どんなに幸せになっても、そこにはもう一生花は咲かないのだということを、アビーは知っていた。いくら自分が一生懸命種をまいて水をやっても、絶対に。それでもかまわなかった。咲かない場所があっても、他で花がいっぱい咲いていたら。
リュウイチを抱くシオンの顔には、母としての喜びがあふれていた。しかし自分は子どもを産むことはない。母の病気が遺伝するのがこわかった。それだけは絶対に避けなければならない。ルカはそれも了承してくれていた。卒業したら結婚して、そのうち養子をもらおう。それが彼の計画だった。血がつながっていなくても、一緒に暮らせばそれは家族なのだと。
アレックスをかわいがるルカを見るたびに、血をわけた子どもを持たせてあげられなくてごめんなさいと、心の中でいつもあやまる。でも、子どものことはルカに甘えてしまおう。甘えるのは嫌いで、今まで誰にも甘えてこなかったけれど、ルカになら……。
「……ねえ、アビーったら！」
「え？」
「さっきから呼んでるのに、ぼーっとしちゃってさ」
「ごめんね、アレックス。ちょっと考えごとしてたの」
「ルカのこと？」
「まあね……ゲームしてたんじゃなかった？」
「だって、ふたりともむきになっちゃって、僕のことなんかほったらかしなんだ。ったく、おとなげないんだから」
「ほんと、困った人たちね」
「いっぱい写真があるね。ロバートとリュウ。これはリュウとリュウのママ？」
「そうよ、こっちは義理のパパ」
「ふうん……あ、はげてないロバートと、リュウの写真だ」
「どこ？」
「これ」
「……これは、リュウじゃないわ。リュウのママよ。ロマノ先生と、リュウのママ」
「へえ……うれしそうだね」
「幸せそう」
ＳＣＥＮＥ１９
朝５時過ぎに帰宅したリュウイチを、ロマノが待ち構えていた。
「どうしたんですか？こんなに朝早く」
「弁当を作れ」
「は？」
「俺とアレックスとコバッチの分だ。今日はサイクリングに行く。出発は７時」
「はいはい、わかりましたよ。サンドイッチでいいですか？」
「ああ」
「はい、サンドイッチとフルーツ。いいですか、パパ。ツール・ド・フランスじゃないんですからね。コバッチ先生と競争なんかしないでくださいよ。アレックスのペースにあわせてゆっくり」
「うるさいな。誰が競争なんてするか」
「それがどうだか。絶対アレックスを迷子にしないでください。じゃあ僕は寝ますからね。ったく、今日１日オフだからいいようなものの、夜勤明けに、なんでお弁当を作らなけりゃならないんですか……あれ？パパって今日オフでしたっけ？」
「勤務変更したんだ」
「……まさか」
「ああ、言い忘れてたが、お前８時から勤務だぞ」
「ち、ちょっと！なんですか！それ！」
「お前がスタッフ・ドクターになると、便利なこともあるな。いいか、遅れるなよ」
ＴＨＥ ＥＮＤ
お読みいただきありがとうございましたm(_
_)m
今回は、第１０シーズンのメンバーを登場させてみました。ロマノとルカとアレックスという、奇妙な(笑)取り合わせをお楽しみいただけましたら幸いです。
次回はまた書けたらＵＰいたしますので、どうぞよろしくお願いいたしますm(_
_)m