ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＳＩＤＥ ＳＴＯＲＹ ４６ 「ＲＲＦ」
ＳＣＥＮＥ１
リュウイチは医学部３年生。いよいよ臨床実習が始まった。ローテーションのスタートはＥＲである。
「リュウ、なに見てんだ？」
ラウンジでコーヒーを入れながら、マルッチがたずねた。
「パパが車を買ってくれるって言うんですけど、僕、車のことはよくわからなくて」
リュウイチが、ながめていた自動車雑誌の表紙を見せる。
「へえ！そりゃすごいや！」
「実習が始まったから、車があったほうが便利だって。電車で通ってて不自由はないし、いいって言ったんですけど」
「買ってくれるって言うんだ。買ってもらえよ」
「でも、親に車買ってもらうなんて。学費だって出してもらったのに」
「だってお前、あれだろ？医学部の学費はいらないんだろ。優秀だから授業料免除なんだって、カーターが言ってたぞ」
「ええ……でもそれまではずっと出してもらってたし」
「お前がねだったんじゃないんだ。遠慮するなよ」
「でも……」
「じれったいなあ。かしてみろ」
マルッチは雑誌を取り上げて、ページをめくり始めた。
「全然見当がつかないんです。いちおう走ればいいんですけど」
「おいおい……俺だったらこれとか……これがいいんだけどな」
「そういうスポーツカータイプのはちょっと。あんまり大きくなくて、丸っこくてかわいいのがいいです」
「かわいい車？ま、いっか。お前が乗るんだし。似合ってるかもな。じゃあ……これと……これと……このあたりかな」
「わあ、いいですねえ！この３つを候補にします。予算的にも、パパが言ってた範囲内だし」
「色は？」
「赤がいいです。ちょっと落ち着いた感じの」
「俺はメタリックブルーがいいけど。赤かあ……まあいいんじゃないか」
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
ＳＥＮＥ２
「なんだ、お前か。決まったか？車」
「ええ、いちおう」
「見せてみろ」
ロマノは雑誌をオフィスのデスクにひろげた。
「なんだこれは。こういうのは女が乗るんだぞ。もっと男らしい車に乗れ。これとか……これとか」
「僕はそういう大きいのは好きじゃないんです。あと、スポーツカーみたいなのもあんまり。かわいいのがいいんです」
「馬鹿っ！」
ロマノは雑誌でリュウイチの頭をたたいた。
「なにするんですか！」
「情けないヤツめ！なにがかわいいだ！わかった、もうお前に車は買ってやらん！」
「けっこうです。もともと僕がいらないって言うのにパパが……」
「うるさい！出て行け！」
「言われなくても出て行きます！」
リュウイチは思い切りドアをバタンと閉め、ロマノは壁を蹴りつけた。
ＳＣＥＮＥ３
エリザベスが手術スケジュールの相談に、オフィスにやってきた。
「車の雑誌？そういえば、リュウに車を買ってあげるって言ってなかった？」
エリザベスは、付箋のはりつけてあるページを開いた。
「あら、かわいい。ロバートってセンスいいのね。リュウにぴったりだわ」
「……そうか？」
「ええ」
「リジーならどれにする？」
「これがおしゃれでいいんじゃないかしら。色は……そうね……この赤なんてどう？」
「じゃあ、それにしよう」
「ちょっと待って、ロバート。いいの？私が決めちゃって」
「ああ。リジーの意見なら、あいつも文句を言わんだろう」
ＳＣＥＮＥ４
「なんですか？パパ。こんなところに呼び出したりして。休憩もらえたからよかったですけど……うそっ！どうしたんですか？これ！」
ロマノは車の傍らで、胸をそらした。
「買ったにきまってるだろう。こんなものが種をまいてはえてくるか？」
「だってこの間……」
「絶対車は必要になる。自分で買ったらお前のことだ。俺の息子としての立場をわきまえもせず、中古の安物を買うにきまってるからな」
「でも、どうして僕の希望どおりの車を買ってくれたの？」
「……ごちゃごちゃ言うな。文句があるなら返すぞ」
「いいえ！ごめんなさい！ありがとうございます！」
「うわあ！おしゃれでかわいい！」
リュウイチはうれしそうに車のまわりをぐるっと回り、ボディをなでた。
「おい！乗れ！」
「あ、はい」
「馬鹿！そっちじゃない！」
「え？だって」
「俺が運転する」
「えー」
「金を払ったのは誰だ？」
ＳＣＥＮＥ５
「マルッチ先生、ランチを食べに行きませんか？」
「いいけど」
「じゃあ、表で待っててくださいね」
「わっ！すげえ！」
マルッチは、リュウイチの車を見て歓声を上げた。
「買ってもらったのか！いいよなあ」
「今日納車だったんです。選んでいただいてありがとうございました。お礼にランチごちそうさせてくださいね」
「俺が最初に助手席に乗るなんて、ガールフレンドに悪いな」
「あ、先生は２番目です。僕が助手席第１号で、運転席第２号です。それにガールフレンドはいませんから」
「……うそだろっ！」
「ほんとですよ。そんなことうそついてもしょうがないし」
「……よし！俺にまかせろ！」
マルッチはリュウイチの肩をぽんとたたいて、ウインクをした。
ＳＣＥＮＥ６
リュウイチとマルッチは救急隊員から、交通事故の患者を受け取った。
「左呼吸音減弱。チェストチューブを入れなきゃな。その前に挿管して、セントラルラインを入れるぞ」
「誰か呼んできます」
「何言ってんだ。俺がいるのに」
「でも」
「心配性だな、お前。そんなことより輪状軟骨押さえろ。早く挿管しないと死んじまう」
「よしっ！入った！バッグしろ。どうだ、うまいもんだろう」
「先生、やっぱり僕、誰かスタッフドクターを呼んできます」
「俺の腕を信用しないのか？」
「そういうわけじゃないですけど」
「俺はレジデントだぞ。医学生じゃない。ドクターなんだ」
「……先生！除脈になりましたっ！……頸静脈が怒張してますっ！」
「くそっ！心タンポナーデだ！リュウ！モニターもってこい！」
そのとき、
「何してるのっ！」
ウィーバーがかけこんできた。
「隊長！……心タンポナーデをおこしちまったんだ」
「どうして早く呼ばないのっ！」
ウィーバーがシリンジをゆっくりひくと、大量の血液が流れ込んできた。リュウイチはバッグしながら、安堵のため息をつく。
「リディア、外科に連絡して。……マルッチ、それからリュウ。自分たちがしたこと、わかってるでしょうね。もうちょっとで患者は死ぬところだった。今日は一切治療をしてはいけません。ラウンジで謹慎しなさい！」
「待ってくれ、隊長。リュウは悪くない。誰か呼んでくるって言ったのを、俺が止めたんだ」
「いいえ。止められても行こうと思えば行けたんです。だから僕も同罪です」
「聞こえなかったの？ラウンジへ行きなさい！」
ＳＣＥＮＥ７
「ごめんな、リュウ」
「いいえ、僕の方こそごめんなさい」
リュウイチは手で口を押さえた。ふるえが止まらず、歯がかちかち鳴ってしまうのだ。
「おい、大丈夫か？」
廊下を歩きながらマルッチは、リュウイチの顔をのぞきこんだ。
「気分悪いのか」
リュウイチはかぶりをふった。肩を抱いたマルッチは、リュウイチがふるえているのに気がついた。
「落ち着け。患者は助かったんだ」
「でも、僕はもうちょっとで殺すところだった」
「お前じゃない。殺しかけたのは俺だ。でも、死ななかっただろ。結果よければすべてよしってやつだ」
ラウンジでマルッチは、リュウイチにミルクティーを入れてやった。
「ほら、飲めよ」
「ありがとうございます」
リュウイチはマグカップを両手で包み込んだ。
「……助かって本当によかった……」
「ああ……隊長のおかげだ」
リュウイチは治療記録をノートに書いていた。マルッチは座ったまま居眠りをしている。ドアが乱暴に開いた。
「パパ……」
ロマノは物も言わずにいきなりリュウイチのほおをなぐった。いすごとリュウイチが引っくり返る。
「すみません」
「俺にあやまってどうする。あやまるようなことをするくらいなら、医者になるのなんかやめろ！」
「ロマノ先生、悪いのは俺なんだ」
ロマノはマルッチをにらみつけた。
「忠告しておいてやる。その思い上がりが、いつかお前の命取りになるぞ」
ＳＣＥＮＥ８
「何の用だ？ケリー」
ロマノは書類に目をやったままたずねた。
「ロバート、リュウをなぐったわよね」
「ああ。あんなことをしたんだ。当然だろう」
「リュウは未成年です」
「だからどうしたって言うんだ」
「虐待で訴えることもできる」
「誰が訴えるんだ」
「私」
ロマノはウィーバーの顔を見つめた。
「いいかげんにしろ。私は忙しい。冗談に付き合ってる暇はないんだ」
「なぐるなんて野蛮だわ」
「ラウンジで謹慎なんて甘っちょろいことを言ってるから、マルトッチのようなのがのさばるんだぞ。ふたりを並べて、その杖で叩きのめしてやればよかったんだ」
「マルッチです」
「親が子どもにするしつけに関して、他人にとやかく言われる筋合いはない」
「あれがしつけですって？ただの暴力でしょう」
「暴力じゃない。愛のムチだ。それがロマノ家の家風なんだ。私もそうやって育った」
「しつけの効果はなかったみたいね」
「何だって」
「とにかく、病院ではリュウをなぐらないで。いい？警察を呼ぶわよ」
「あー、わかったわかった。うるさいなあ。とっとと帰れ」
ＳＣＥＮＥ９
「リュウ、今夜あいてるか？」
搬入口で救急車を待ちながら、マルッチが言った。
「ええ、７時であがりです」
「じゃあ、いっしょにめしでも食おう。マグーの店に７時過ぎな」
「はい」
「おーい！こっち、こっち」
リュウイチが店に入ると、マルッチが手をふった。若いきれいな女性がふたり同席している。
「俺のガールフレンドのデビー、その友だちのバーバラ」
「はじめまして、リュウイチです。リュウって呼んでください」
「なんてかわいいの！」
「ほんと！女の子みたい！」
デビーとバーバラはうれしそうにリュウイチの両脇に座った。マルッチが咳払いをする。
「えー、何を注文する？」
「俺はデビーを送ってくから、リュウはバーバラを送ってやれよ」
「あ、はい」
「もう、バーバラったら。見て、あんなにはしゃいじゃって」
デビーが顔をしかめた。
「いいじゃないか。俺たちも楽しもう」
「……」
「どうした？」
「今日はひとりで帰る」
「なんだよ、それ」
「そういう気分じゃないの。デイブ、ごめんね」
「ちょっと待てよ。いったいどうしたって言うんだ」
「別に」
「あ、リュウのせいか？お前、あいつのことばっかり見てただろ」
「そんなことしてないわよ」
「いいや、してた」
「何それ。やきもち？みっともないわね」
「やきもちだって？うぬぼれるなよ」
デビーはバッグでマルッチの横っ面をたたいた。
「痛えな！なにすんだ！」
「最低っ！もうあんたとはさよならよっ！」
デビーはすたすたと歩き出した。
「待ってくれ！俺が悪かった！」
ＳＣＥＮＥ１０
「おはよう、リュウ」
「おはようございます、マルッチ先生。昨日は食事に誘ってくださってありがとうございました。とっても楽しかったです」
「そうか、そりゃあよかった。で、どうだった？」
「何がですか？」
「とぼけるなよ。バーバラを送っていったんだろ？」
「ええ」
「で？」
「別に……バーバラにお茶でも飲んでいってって言われたんですけど、朝早いからって断って帰りました」
「……」
「僕、何か悪いことしました？」
マルッチはリュウイチの肩を抱いて、薬品庫の陰へ連れて行った。
「あのな、何のために俺がバーバラを紹介してやったんだ」
『そのせいでデビーと別れちまったんだぞ』
「紹介？何の？」
「馬鹿！ガールフレンドがいないって言ってたから、紹介してやったんだろ」
「そうだったんですか！……なら、ちゃんと言ってくださいよー」
「言わなくてもわかるだろう、普通……あ、それともあれか。ボーイフレンドの方がよかったのか？」
リュウイチは一瞬絶句し、真っ赤になって叫んだ。
「……違いますっ！」
「まったくもう、世話の焼けるやつだな。また今度俺がガールフレンドを見つけてきてやるから、その時はちゃんとしろよ」
「はい」
ＳＣＥＮＥ１１
マルッチはトイレで顔を洗っていた。
「さんざん働いたのに、その上夜勤なんて、隊長ったらほんと人使い荒いぜ……うっ」
「動かないで。これが何かわかるわね」
細くて硬い筒状のものが、背中に当たっていた。水道からは水がジャージャーと流れ、排水溝に流れていく。
「私たちはカウンティの裏組織ＲＲＦのメンバーなの」
「リュウにガールフレンドを紹介したりしないでちょうだい。彼はみんなのものよ」
ふたりとも女性だが、聞き覚えのない声である。
「ＲＲＦのメンバーはとても数が多いし、男性もいる。だから、必ず誰かがどこかで見てることになるわね」
「今言ったことを守ってもらうわ、ドクター・マルッチ。もちろん他言無用よ」
マルッチは目隠しをされた。
「この場でゆっくり１００数えてから目隠しを取ること。そうしないと、撃つわよ」
目隠しを取ったマルッチは廊下に飛び出したが、誰もいなかった。そのころ外科のナースがふたり、階段を駆け上がっていた。ひとりが握りしめていたマーカーを、ポケットにしまった。
『拳銃としても使えるだなんて、なんて便利なマーカーなんでしょう』
ＳＣＥＮＥ１２
「どうかした？マルッチ。なんか変だよ、さっきから」
「あのな、カーター……やっぱりやめとく」
「何だよ。気になるじゃないか」
マルッチはカーターを縫合室へひっぱりこんだ。
「何なのいったい」
「……ＲＲＦって聞いたことあるか？」
「なに？」
「しいっ！声が大きい！ほんとは話しちゃいけないんだ」
ふたりはひそひそ声で会話を交わした。
「実はさっきトイレで、ＲＲＦのメンバーだっていうふたりの女に脅迫されたんだ。背中に拳銃突きつけられて」
「ええっ！」
「リュウにガールフレンドを紹介するなって」
「実は僕も脅されたんだ。駐車場で、１週間前に。同じこと言われた。リュウはみんなのアイドルなんだって」
「あちこちにメンバーがいるって言ってたぞ」
「そうらしい。意外な人物がボスかもしれないね」
「隊長とか」
「その可能性もある。あと、ドクター・コーデイとか」
「それ、あるかもな。でもＲＲＦって何の略だ？」
「さあ、知らない」
カーターは肩をすくめた。
ＴＨＥ ＥＮＤ
お読みいただきありがとうございましたm(_
_)m
マルッチも好きなキャラのひとりなので、今回はたくさん登場してもらいました。リュウイチにとっては兄貴ってところでしょうか。
私は運転免許も持ってなくて、全然車のことはわかりません(^_^;リュウイチが買ってもらった車のイメージはこんなカンジです。色はルージュ
ルシフェール。ちなみにロマノはジャガーにのってるらしいです。８−１９で言ってました。
ＲＲＦはリュウイチ・ロマノファンクラブの略称です。抜け駆けご法度という鉄の掟が(笑)
次回はまた書けたらＵＰいたしますので、どうぞよろしくお願いいたしますm(_
_)m