ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＳＩＤＥ ＳＴＯＲＹ ４０ 「ＵＮＥＸＰＥＣＴＥＤ ＨＯＬＩＤＡＹＳ」
ＳＣＥＮＥ１
サル痘騒ぎで、カウンティ・ジェネラルは２週間閉鎖になってしまった。
思いがけない休暇の１日目の朝、ロマノ家ではロマノとリュウイチが死んだように眠っていた。昼過ぎに起き出したロマノは車で出かけ、７時に戻ってきたが、家は真っ暗である。ガレージにはリュウイチの車が止まったままだ。舌打ちをしながら家に入ったロマノは、リュウイチの寝室に直行した。乱暴にドアを開け、ゆさぶり起こす。
「おい、起きろ！」
「……何時ですか？」
「７時」
「休みの日ぐらいゆっくり寝かせてくださいよ」
「馬鹿っ！夜の７時だ！さっさと起きてめしでも作れ！」
「僕の慢性寝不足には、あと１２時間の安静が必要です」
ロマノがキッチンでステーキを焼いていると、リュウイチがやってきた。
「安静にしてなくていいのか」
「おなかがすいて眠れないんです。いいにおいですね。僕の分もお願いします」
「自分で焼け」
「ちぇっ」
冷蔵庫のドアに手をかけたリュウイチに、事も無げにロマノは言った。
「肉はこれで終わりだ」
「えーっ！……じゃあ半分こしてください」
「考えが甘いな」
「そんな！親子じゃないですか」
「実は俺とお前は、血がつながっていないんだ」（つながってます(^_^;……作者注）
「においだけさせて、ひどいよ！」
「うるさいやつだな。食い物のことで、男ががたがた言うんじゃない！」
リュウイチは猛然とパエリアを作り始めた。キッチンにいいにおいが立ちこめる。
「さあできた……いただきま〜す」
向かいから伸びてきたロマノの手を、リュウイチはぴしゃりとたたいた。
「親に何てことするんだ」
「血がつながってないんでしょ」
シオン直伝のパエリアは、ロマノの大好物なのである。
「おい！鍋いっぱいのパエリアを、ひとりで食うのか」
「ええ」
「馬鹿になるぞ」
「いいんです。もう馬鹿ですから」
リュウイチはせっせとパエリアを口に運んだ。
「それは、昔シオンがよく作ってくれた思い出の料理なんだ」
「知ってます」
「シオンはきっと、俺に食べさせたいと思ってるぞ」
「いいえ、ママは、ステーキをひとりじめした当然の報いよねって言うと思いますけど」
「リュウ！」
「みっともないですよ、男が食べ物のことでがたがた言うのは」
ＳＣＥＮＥ２
２日目……。
「痛い！」
いきなり耳をひっぱられて、リュウイチは飛び上がった。
「いったい何時間ピアノを弾いたら気がすむんだ！いいかげんにしろ！」
「休みの日ぐらいいいじゃないですか」
「うるさくてたまらん」
「お金をはらって聴きに来てくれる人もいるっていうのに」
「うるさいものはうるさいんだ」
「道場へ行けば？」
「昨日も行ったし、今日も行った。今日はジムへも寄ってきた。俺を邪魔にするのか？ここは俺の家だぞ。居候のくせに大きな顔をするな」
「居候って言ったって、僕は普段はほとんどカウンティで暮らしてるんですよ」
「病院に残ればよかったんだ」
「そんなに言わなくても、あさってには出かけますから」
「どこへ行くんだ？」
「ボストンでお墓参りをして、それからロンドンへ」
「リジーに会いに行くのか」
「ええ」
ＳＣＥＮＥ３
次の日、朝からロマノは、白のＴシャツに黒の短パンとキャップといういでたちで、一生懸命庭の芝刈りと、植木の手入れをしていた。
「パパ、お昼にしませんか？」
リュウイチが、庭のテーブルにサンドイッチと飲み物を並べた。
「もうそんな時間か」
ロマノがタオルで顔をふきながらいすに座る。リュウイチはまゆをひそめた。
「ちょっと短く刈りすぎじゃないですか？芝生も植木も、なんだかパパみたい」
ロマノは無言で思い切りリュウイチのいすをけった。いすごとあおむけにひっくりかえる。
「もう！乱暴なんだから！」
リュウイチは起き上がり、いすを元に戻した。赤い短パンに紺と白のボーダー柄のＴシャツを着ている。
「文句があるなら自分でやれ」
「遠慮します。虫がいっぱいいるんだもの」
「何してたんだ」
「家中の掃除と洗濯。ちゃんとやってくださいっていつも言ってるのに」
「俺は忙しいんだ」
ロマノはサンドイッチをほおばった。
「レジデンシーが終わったら、再来年からどうするつもりだ？」
「外傷フェローになろうと思ってます」
「馬鹿！心臓胸部外科に行け！」
「いやです」
「ろくでなしどもの治療をさせるために、俺は高い学費を払ったんじゃない」
「僕はオールマイティな外科医になりたいんです。そのためには、外傷フェローになるのがカウンティでは一番いい。そうでしょう？」
「何でも屋にはなるな。悪いことは言わん。心臓胸部外科にしろ」
「僕の決心は変わりません」
「理由は何だ」
「おじいちゃんが心臓外科医だったのに、パパはそっちへ進まなかった。子どものころ、ジュリアンおじさんを助けてあげられなくてくやしかったから」
「…………」
「理由はパパと同じです」
ＳＣＥＮＥ４
４日目……。
「パパ！そのかっこうどうしたんですか？」
ロマノは旅行の用意をしていた。
「俺も行く」
「どこへ？」
「墓参りとロンドン」
「僕と一緒に？」
「ああ。悪いか？」
「……いいえ」
ボストン郊外の墓地。シオンとシュウの墓に、リュウイチは花を供えた。
『パパ、ママ、グリーン先生と仲良くしてあげてね。それからパパを心から愛してくれる女性が現れますように……ええっと、ついでに僕にも』
「お前と一緒に墓参りをするのは、久しぶりだな」
「ええ、僕は毎年ドリームコンサートの帰りにお参りしてますけど」
「俺も出張のついでに寄ることがある。最近は……去年の秋だ……」
リュウイチは、ロマノがひとりで墓参りをしているとは思わなかったので、少し驚いた。
「……１１年になるのか……」
「パパに引き取ってもらってからの方が、長くなっちゃったね」
どちらからともなく、ふたりは空を見上げた。
ＳＣＥＮＥ５
「すみません、ドクター・コーデイにお会いしたいんですが」
リュウイチは外科の受付の女性に頼んだ。
「今オペ中だから、３０分ほど待ってくださいって。僕はのどがかわいたから、ちょっと飲み物を買いに行って来ます」
エレベーターに乗りながら、リュウイチはつぶやいた。
「パパ、がんばってね」
病院のあちらこちらを見学した後で、リュウイチは１階のロビーにやって来た。自販機でジュースを買う。
「リュウ！」
ふりむいたリュウイチは、目を見張った。
「エリザベス先生！」
エリザベスはリュウイチを抱きしめてキスをした。
「どうしてここにいるの？」
「先生に会いに来たんです。サル痘騒ぎでカウンティが閉鎖されちゃって、思いがけなく２週間休みになったので」
「ええっ！」
「思ったよりお元気そうでよかった。どうですか？こっちは」
「……上司がとってもいやなやつなの」
「パパみたいに？」
エリザベスはふきだした。
「もっとすごいのよ」
「それは大変ですね」
「ロバートは元気？」
「実はパパも一緒に来てるんです。先生がオペ中だから待ってくださいって言われて、上にいます」
「オペ？」
「ええ、受付で聞いたらそう言われましたけど」
エリザベスは首をかしげた。
「今日は私、外来担当なのに……あっ！」
「どうかしましたか？」
「ここにはもうひとりいるのよ。ドクター・コーデイが」
「……大変だ！僕、パパに殺されちゃう」
「ドクター・ロマノ、私に何の用だ？」
「……ドクター・コーデイ……お久しぶりです」
ＳＣＥＮＥ６
エリザベスはロマノを病院の屋上に誘った。
「よくここに来るの」
「病院では、ここが一番空に近いからな」
エリザベスは言い当てられて、びっくりした。
「どうしてそう思ったの？」
子どものころ兄を亡くしていたロマノは、自分の経験からそう言ったのだが、それを話すつもりはなかった。
「別に理由はない……どうだこっちは」
「まあまあってところかしら」
「アメリカかぶれって、いじめられてるんじゃないのか」
「……大丈夫」
「シカゴへ帰ってこい。リジーとピーターが抜けたら、あとはカスばっかりだ」
「リュウがいるでしょ」
ロマノは顔をしかめた。
「あいつが一番カスなんだぞ」
「ロバート」
エリザベスがくすくす笑う。病院で笑うのは久しぶりだった。
「エラは元気か？」
「ええ、とっても」
「ひとりで育てるのは大変だろうな」
「あの子が支えなの」
「そうか」
ふたりはしばらく無言でコーヒーを飲んだ。
「それじゃあリジー、元気で。無理するなよ」
「会いに来てくれてありがとう」
「いつでも戻れるように、ポストはあけておく」
「……ロバート」
ロマノは右手を差し出した。ふたりは握手をかわしたが、ロマノの手は暖かかった。
ＳＣＥＮＥ７
グリーンが亡くなって５ヶ月が過ぎた。ＥＲにとってグリーンを失ったことはあまりにも大きな痛手で、それは修復不可能なことのように思えた。リュウイチは外科とＥＲのかけもちレジデントなので、ＥＲを外から客観的に見ることができるのかもしれない。最近のＥＲはおかしいと感じていた。
ウィーバーは管理者としても、ドクターとしても優秀だが、グリーンのように包み込むやさしさは持ち合わせていなかった。やさしさを見せるのには、忙しすぎるということもあるのかもしれなかった。最近あまり体調がよくないのではないかという気もする。グリーンに後を託されたであろうカーターは、彼なりに一生懸命やってはいたが、グリーンの代わりをつとめるにはまだいたっていない。グリーンの代わりなど誰にもつとまるはずがなく、彼流にやればいいのだろうが、カーターはグリーンであろうとして、あせっているようだった。また、私生活が充実しているので、そちらに少し気をとられているところもなきにしもあらず。だが、幸せなはずのアビーが、さえない顔をしていることが多く、それはリュウイチが不思議に思うことのひとつだった。チェンとプラットはどうやらうまくいっているらしい。プラットはあいかわらずで、リュウイチの手にはおえなかった。ガラントはとてもまじめだが、それが今後彼の足をひっぱることになるかもしれないとリュウイチは思っていた。
私生活がどん底なのは、たぶんコバッチだろう。彼は性格が表と裏ほど変わってしまったかのようで、それがリュウイチは悲しかった。原因はアビーのことなのではと推察されるが、確かめるすべもなく、また、確かめたところで、何の役にも立たなかったのだ。
エリザベスはシカゴに戻ってきたが、最初のうちは少し態度がおかしかった。夫の思い出がいっぱいつまった職場で働くのである。無理もないことではあったが。最近もとのエリザベスにもどったようである。でも、どこか無理が感じられて、リュウイチは心配していた。
グリーン不在のしわよせは、スーザンがかぶるはめになった。物理的、心理的に、みんなが彼女を頼った。持ち前の明るさで乗り切ってはきたが、最近はそれがほころび始めている。とこれもまたリュウイチは心配していた。昨日は外科勤務だったので知らなかったのだが、スーザンは患者を３人殺してしまったと落ち込んでいたらしい。あんなにすてきなルイス先生のことだから、きっとプライベートは充実しているんだろう。恋人になぐさめてもらって、きっと元気で出勤してくるに違いない。よかったと思いながらも、リュウイチは小さなため息をついた。
ＳＣＥＮＥ８
スーザンの厄日は終わってはいなかった。また患者が亡くなったのである。はた目にもわかるほど青ざめ、スーザンは治療室を飛び出した。
「ルイス先生」
屋上の手すりにもたれてぼんやりしていたスーザンがふりむいた。
「はいどうぞ」
リュウイチはコーヒーの入った紙コップをわたした。
「ありがとう」
「私もうだめ」
ぽつんとスーザンがつぶやく。リュウイチは、そっと手をとった。
「先生はこの手で、たくさんの命を救ってこられたんでしょう？患者が亡くなったのは、たまたまそういうめぐりあわせだったんです。この手が先生を裏切るはずがない」
「……リュウ」
リュウイチはほほえんだ。
「戻りましょう。ウィーバー先生がわめいてる気がとってもします」
ＳＣＥＮＥ９
「どこへ行ってたの！」
「ほら当たり」
スーザンはふきだした。
「トイレに行ってました」
「スーザンは？」
「私もトイレ」
「エレベーターに乗って？」
「ええ、外科のトイレの方がきれいなんです……ええと、外科からトイレットペーパーを３個盗んできますから、それで許してください」
「５個なら許してあげてもいいわ……銃創患者があと２分で到着するから行って」
「挿管セットをちょうだい！」
「セントラルライン入りました！３２フレンチとテンブレードををください！」
「ふう……」
スーザンはガウンとグローブを脱いだ。外科に連絡を取りながら、リュウイチがにっこり笑う。
ＳＣＥＮＥ１０
引き続いて交通事故の患者が運び込まれてきた。
「ひどいわね」
「右胸がつぶれてる」
「挿管するわ。ラインを入れてちょうだい」
「はい」
「だめ、入らない」
「僕が輪状軟骨を押さえてますから……大丈夫ですよ。いざとなったら気管切開します」
「心停止！」
「スターナルソーをください！」
リュウイチが一気に開胸する。
「入った！バッグして！」
「吸引してください！Ｏ−マイナスをあと４単位！……血の海だな。くそっ！どこから出血してるんだ……絶対助けるぞ……あった！Satinskyお願いします！それから２−０のシルク！」
補助につきながら、スーザンははっとした。リュウイチが患者を死なせまいと一生懸命なのは、スーザンのためでもあったのだ。それに気付いたスーザンの胸に、リュウイチの暖かい気持がしみわたっていった。そしてそれは心の中に巣食っていた、患者を殺してしまうかもしれないという呪縛をも溶かしてしまったのである。すばらしいスピードで縫合しているリュウイチに、一段と頼もしさを感じた。これまでかわいいと思っていたリュウイチが、とても男らしく見えたのである。だめ。自分の気持の中のある感情に、ちょっとスーザンは狼狽した。
『いけないわ、好きになったりしちゃ。リュウは１４も年下なんだもの。下手したら親子よ』
ＳＣＥＮＥ１１
リュウイチはずっとスーザンをサポートし続け、誰ひとり亡くなることなく、一日の勤務が終了した。
「リュウ、ありがとう。もう大丈夫よ」
「いえ、僕はなにも……」
スーザンがリュウイチを抱きしめてキスをした。リュウイチはとてもシアワセだったが、やがて心の中でため息をついた。
『だめだ。僕みたいな１４も年下のガキンチョなんて、絶対相手にされっこない。下手したら親子だもん』
「一緒に食事に行かない？」
「……はいっ！」
リュウイチは、こぶしを突き上げて歓声を上げながら走り回りたい気分だった。
「何が食べたい？」
「そうですね……イタリアンなんかどうでしょう？けっこうおいしいお店を知ってるんです」
「きまりね」
「あら、エリザベスとロマノ先生じゃない？」
病院の駐車場でスーザンが言った。止める間もなくスーザンが叫ぶ。
「エリザベス！」
ふりむいたエリザベスは、うれしそうにこちらにやって来た。
「スーザン、もう今日はあがり？」
「ええ、リュウと食事に行くの」
「そうだ！一緒に行かない？私たちもちょうど食事に行くところだったの」
「それいいわね！そうしましょ」
『うわああ、せっかくのデートがああ』
リュウイチは泣きたくなった。
「おい！なんとかしろ！」
ロマノがささやく。
「僕だってなんとかしたいですけど、あんなに盛り上がってるんじゃあ、どうしようもないですよ」
「馬鹿っ！」
ロマノにむこうずねを蹴られ、リュウイチは思わずしゃがみこんだ。
「じゃあ、さっきロバートが言ってた、フレンチのお店にする？」
「それとも、リュウおすすめのイタリアン？」
ロマノとリュウイチは同時に言った。
「中華にしよう」
「中華料理にしましょう」
とっておきの店に、なにも４人ででかけることはない。
仏頂面のロマノを横目で見ながら、リュウイチはため息をついた。
『これで明日から、３日連続夜勤が決定だな』
ＴＨＥ ＥＮＤ
お読みいただきありがとうございましたm(_ _)m
ロマノの専門はなんだろう？といつも思います。ＥＲで外傷治療もするし、外科で普通に腹部の手術も胸部の手術もしてるし、心臓外科の有名な専門医と一緒に手術してたし、整形外科系の手術もしてるの見たことあるし……。Ｓ５でベントンに心臓胸部外科をすすめてたのに自分はそうじゃない。ロマノほどの腕があったらそっちに進めたと思うんですが、どうしてなんだろうと疑問に思ってました。で、自分なりの答えとして書いたのがこのお話です。大好きな兄ジュリアンが刺されたのに、なにもしてあげられなかった１１歳のロマノは、できるだけたくさんの人の命を救えるように、自分の大切な人がどんなけがや病気をしても助けられるように、『何でも屋』になろうと決心した。ロマノが文句を言いながら、シカゴのダウンタウンの『ろくでなし』の治療にせっせと励んでるのもそれで説明がつくかなと。そしてリュウイチが、また同じ道をたどることになるのでした。
もうひとつ今回書きたかったのは、ロマノとエリザベス、リュウイチとスーザンの結婚への布石となるお話です。ロマノとエリザベスについてはちょこちょこ書いてますが、リュウイチとスーザンはあまり書いてないなってことで(^^)
次回はまた書けたらＵＰいたしますので、どうぞよろしくお願いいたしますm(_
_)m