ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＳＩＤＥ ＳＴＯＲＹ ４ 「ＨＡＰＰＹ ＢＩＲＴＨＤＡＹ」
ＳＣＥＮＥ１
「大きなケーキ！すごいわねえ。ランディ、誰のお誕生日？」
「リュウの誕生日だよ、ルイス先生。あの子たくさん食べるから、喜ぶと思って」
「絶対喜ぶわ」
「……それに、今年はもうちょっとで死んじゃうところだったし……」
「……無事に誕生日が迎えられて本当によかった……彼、いくつになるの？」
「ええっと……２１だと思う」
「２１？若い！医学生より４つも年下なんだもの」
「あたしはリュウが小さいときから知ってるから、大きくなったなって思うよ。あの子今もかわいいけど、昔からよく女の子と間違えられてて、みんなが、絶対ロマノ先生がどっかからさらってきたんじゃないかって疑ってた。あたしとウィーバー先生なんか、もうちょっとで警察と児童局に電話するところだったんだ」
「まあ」
ＳＣＥＮＥ２
リュウイチはトイレで手を洗っていた。遊園地の事故の救助の際に負った足のけがは、まだ完治していなかったが、それでも車椅子から松葉杖になり、勤務にも完全復帰している。ついでに顔も洗って、鏡をふと見ると、頭の横に何かがうつっているのが見えた。
『……何だこれは？……拳銃！』
「静かにしろ！両手を上げて、ゆっくりこっちをむけ」
リュウイチが振り返ると、男が銃口をリュウイチに向けており、腕には、眠っている２歳くらいの女の子をかかえていた。そして、その肩にすがって、もうひとり男が立っていた。太ももから、血が流れ出ている。
「お前は医者か」
「ええ、外科医です」
「そりゃあ好都合だ。兄貴のけがの治療をしろ。断ればこの子を殺す」
「わかりました」
ＳＣＥＮＥ３
「さっさと歩け。いいか、変なことをしやがったら、子どもの頭に穴があくことになるぞ」
「あのー、治療に必要なものを持ってきてくれるように頼まなきゃならないので、向こうから来る看護師と話をしますけど、撃たないでくださいね」
「ああ」
「アビーさん、今どこの部屋が空いてますか？」
「外傷１号が空いてるわよ」
「じゃあ、Ｏマイナスを４単位と、ドクターズ・バッグを、外傷１号のドアの前まで届けてください」
「ドアの前？なんで？」
「理由は言えません。できるだけ早くお願いします」
それだけ言って歩き出したリュウイチを、怪訝な面持ちで見送ったアビーは、彼の後ろを歩く男が、腕に抱いた子どもに拳銃を突きつけているのを見て、すべてを理解した。
『大変！』
リュウイチは、部屋の入り口に松葉杖を立てかけ、いすに座ると、診察を始めた。
「右大腿部銃創……出血がひどいな……撃たれてから、時間はどのくらいたってますか？」
「３０分くらいだ」
「弾は抜けてませんね……摘出しないと……血圧は１０２の６５、脈拍８０……モルヒネを１０ミリ……弾を抜くので、足に麻酔をうちますよ」
子どもが目を覚まして、ぐずりはじめた。
「くそっ！静かにしろ！」
「その子、どこから連れてきたんですか？」
「むこうのいすで寝てたんだ……おい、泣くな！」
「僕の白衣の左のポケットに、棒つきのキャンディーが入ってますから、あげてください」
キャンディーをもらうと、子どもは泣き止んだ。
「輸血用の血液がドアの前に届いたみたいなので、取ってきてもいいですか？」
「待て、俺も一緒に行く」
リュウイチは、輸血をし、弾を摘出して、血管と傷口を縫合した。最後に包帯を巻く。
「さあ、終わりました」
「よし、じゃあ、行こう」
「ちょっと待ってください。もしかしたら、あなたたちは、銀行強盗なんじゃありませんか？奪ったお金は、そのリュックに入ってるんでしょう？」
「……それがどうした」
「その子を人質にして、今から車でどこかへ逃げるつもりなんですね」
「ああ」
「その子の代わりに、僕を人質にしたらどうですか？」
「何だって？」
「子どもはやっかいですよ。さっきみたいにすぐ泣くし……僕は松葉杖がないと歩けないから、人質にはちょうどいい……治療するドクターに僕を選んだのも、松葉杖をついてたからでしょう？……それにけが人は、出血がひどかったから、まだ輸血をしなきゃなりませんよ」
「輸血しないとどうなるんだ」
「たぶん死にます」
ＳＣＥＮＥ４
リュウイチは、男に銃口を突きつけられながら、外にいる警官に子どもをわたした。
「人質は僕に交代です。それから、車を１台用意してください」
ドクターズ・バッグをさげたリュウイチの後ろから、男が、けがをした男に、肩を貸しながら歩いていく。待機している警官たちも、男がリュウイチに拳銃を向けているので、誰も手出しができなかった。ＥＲのスタッフたちも、みんな心配そうに見守っている。
「頼む！そいつの代わりに、俺を人質にしてくれ！」
「パパ！あぶないからさがって！……えーと、犯人さんたち、だめですよ。その人は空手の達人だから、人質には不向きです」
ＳＣＥＮＥ５
「大丈夫ですか？横になれるとよかったんだけど……」
リュウイチは車を運転しながら、後部座席の男に聞いた。
「……お前がクッションをおいてくれたおかげで、けっこう快適だ」
リュウイチは、傷に負担がかからないようにようにするために、警官にクッションをいくつか持ってこさせたのだった。
「おまわりのやつ、お前がクッションを持って来いって言ったら、すげえ驚いてたよな。普通人質は、そんなことしねえもんな」
「そうですか？僕人質になるの、初めてなもんで……あ、それから僕リュウっていいます」
「俺はビル、そっちは弟のジムだ」
ジムがカーラジオのスイッチを入れた。
「……銀行に押し入ったふたり組の男が、いあわせた女性客を人質に取り、１０万ドルを強奪。車で逃走する際に犯人のひとりが撃たれて負傷。人質の女性は、解放されたときに転倒して軽傷を負いました。他に負傷者はいない模様です……。
「１０万ドルか！やったな！兄貴！」
「おう！やったな！」
「……今入った情報です。逃走中の犯人たちは、カウンティ・ジェネラルで子どもを盾にけがの治療を強要し、今度は治療をした医師を人質にして、現在も車で逃走中です……」
「すみません、お願いがあるんです」
「なんだ、トイレか」
「いいえ。僕おなかがすいて死にそうなんで、ハンバーガーか何か食べたいんですけれど」
「……おい、お前は人質なんだぞ。わかってんのか。あきれたやつだ。よくこんなときに、腹が減ったりするな」
「人質でも、おなかはすきます」
「俺がこうやってお前に突きつけてる、これは何だ？お前、頭悪いんじゃねえのか？」
「……拳銃です……僕はあなたたちに殺されるんでしょう？おなかがすいたまま死ぬのはいやです。天国にたどり着く前に、行き倒れになっちゃう」
「馬鹿！店に入ったりしたら、俺たちは警官に撃たれるかもしれねえんだぞ。そんなあぶないまねができるか」
「ドライブスルーなら大丈夫ですよ。お願いします！このまま死んだら、化けて出ますからね」
「だめだ！」
「おい、ジム……」
ビルが後部座席から声をかけた。
「食べさせてやれ」
「でも兄貴……」
「まあ、最後の晩餐ってやつだ」
「やった！」
「馬鹿！喜ぶんじゃねえ！」
ＳＣＥＮＥ６
「ええと、チーズバーガーを１２個に、フライドポテトとアップルパイを３つずつ、コーヒーふたつに、紅茶とオレンジジュースとコーラとチョコレートシェイクをひとつずつ、以上お願いします」
「おい、俺たちは、コーヒーと、ハンバーガーひとつしか食わねえんだぞ。さてはこいつ、たくさん注文して、時間稼ぎするつもりだな！」
「違います。僕、普段からたくさん食べるんです。今日は時間がかかると悪いと思って、減らして注文したのに……あ、そうだ。車を止めてる間に……モルヒネをあと１０ミリ入れておきますね。輸血のパックも換えておこう……ちょっと血圧を測りますよ……ビルさん、食事の時は少し食べてみて、気分が悪くならなければ、食べても大丈夫ですから……」
「いただきまーす！」
リュウイチは、幸せそうにハンバーガーをほおばった。
「ちゃんと運転しろよ」
「はい」
大量の食べ物は、ひとかけらも余すところなく、リュウイチの胃袋におさまった。
「全部食っちまいやがった……なんてやつだ」
「ビルさん、気分はどうですか？痛かったり、苦しかったりしたら、すぐ言ってくださいね」
「ああ……リュウ、お前その足、どうしたんだ。交通事故か？」
「遊園地の事故で、負傷者を救助してるときに、建物が崩れて下敷きになってしまって……そのときのけがです」
「あ、その事故、俺知ってるぞ。確か女の子は医者のおかげで助かったけど、医者は死にかけてるって言ってたな」
「その死にかけた医者がお前か」
「ええ、そうです」
ＳＣＥＮＥ７
ＥＲでは、みんながテレビのニュースにくぎづけになっていた。
「……なお、犯人は道路沿いのハンバーガーショップのドライブスルーに立ち寄り、大量の食料を買い込んだ模様です。警察では、犯人のこの行動を重く見ており……」
「警察に言ってやったほうがいいよ。リュウがたくさん食べるんだって」
「あの、馬鹿！」
ＳＣＥＮＥ８
「あ！交通事故だ！」
「おい！なんで車を止めるんだ！」
「だって、事故なんです。ほら」
「『ほら』じゃねえだろう！」
「けが人を助けなきゃ」
「馬鹿！動くな！撃つぞ！」
「撃つのはあとにしてください」
リュウイチはドクターズバッグをかかえて、車を降りた。
「この野郎！」
「撃つな！ジム！」
「兄貴……」
ジムはリュウイチのあとを追い、拳銃を突きつけた。
「いったいどういうつもりだ」
「どこが痛みますか？」
「胸と、右足……胸が苦しい……」
「呼吸が楽になるように、胸にチューブを入れますよ……入った……呼吸音良好……血圧も、脈拍もＯＫ……モルヒネを１０ミリ……開放骨折、これは痛いな……脈がないぞ……痛いけどちょっとがまんしてください……」
「うわあっ！」
「ごめんなさい。でも、もう大丈夫。足の脈も戻ったし、あとは副木を当てて、テーピングをすれば応急処置は終わりです」
救急車が到着した。リュウイチは救急隊員に容体を説明する。けが人が救急車に運び込まれ、リュウイチが立ち去ろうとした瞬間、救急隊員がリュウイチを救急車の中へ突き飛ばし、自分も飛び込みながら、ドアを閉める。と、同時に覆面パトカーの警官の銃が、ジムの左胸を撃ち抜いた。ビルも、別の警官たちに確保されてしまった。
銃声を聞いたリュウイチは、救急隊員の制止を振り切り、救急車から転がり出て、ジムのもとにかけよった。
「ジムさん！しっかりしてください！」
警官が言った。
「ドクター・リュウ、けがはありませんか？……ドクター、犯人を助ける必要なんかないでしょう」
「犯人だろうが何だろうが、そんなことは関係ない！……ジムさん、しっかりしてください。僕が助けますからね」
「……リュウ……ありがとう……」
「……ジムさん！くそっ！呼吸が止まった……挿管するぞ……バッグして！……ちょっと！その人を手荒に扱わないで！その人も僕の患者なんだ！」
リュウイチは、ビルを連れて行こうとする警官たちに叫んだ。
リュウイチは開胸して、応急処置をほどこし、ジムに付き添って救急車でカウンティに到着した。
「リュウ！」
「パパ！この人のオペをお願い！僕もアシストします」
ＳＣＥＮＥ９
ジムは命をとりとめた……。
リュウイチがオペ室から出ると、エリザベスが腕組みをして立っていた。
「エリザベス先生、いったいどうしたんですか？」
「いいから、ちょっといらっしゃい！」
「ケリー、リュウを連れてきたわよ」
「ありがとう、エリザベス。リュウ、どうしてあなたがここに呼ばれたのか、わかってるでしょうね」
「いえ、ぜんぜん。僕、別に悪いことは……あ、もちろん今日のことでは、みなさんにご心配とご迷惑をおかけしてしまって、すみませんでした」
「リュウ、自分の胸に手を当てて、よーく考えてごらん」
「グリーン先生、でも僕、心当たりが……」
「Ｈａｐｐｙ Ｂｉｒｔｈｄａｙ！リュウ！」
「お誕生日おめでとう！」
「おめでとう、リュウ！」
リュウイチはＥＲのみんなにとりかこまれた。
「あ、そうだった。すっかり忘れてました」
「うわあ、大きいケーキ！ありがとうございます！」
「じゃあ、恒例の、女性陣からのキスのプレゼント！」
「なあ、カーター、いつも思うんだけど、どうしてリュウの誕生日のときだけ、キスのプレゼントがあるんだ？それも全員だぜ」
「マルッチもそう思うだろう？不公平だよね」
「見ろよ。みんながリュウを、抱きしめてキスしてる。リュウがうれしがってるのはわかるけど、どうして、するほうもあんなにうれしそうなんだ？くそっ！」
「男のやきもちは、みっともないよ。……あ、エリザベス……どうしてあんなにうれしそうに、リュウにキスするんだ？それによく考えたら、彼女は外科じゃないか。やめろ、いつまでも抱きしめてるんじゃない！」
「みっともないぜ、グリーン先生」
「残りのケーキ、みんな食べてもいいわよ、リュウ」
「ほんとですか！うれしいなあ」
ＳＣＥＮＥ１０
「リュウ、誕生日おめでとう……大きなケーキだな」
「あ、パパも一切れ食べてもいいですよ」
「一切れしかくれないのか」
「ええ、残りは僕が食べるんです。僕、おなかがすいて目が回りそうなんですよ」
「あんなにハンバーガーを食ったのに？」
「……何で知ってるんですか？」
「テレビでも放送されたし、新聞にも載るだろう。まったく、お前はロマノ家の恥さらしだ」
「たかが、ハンバーガーを１０個食べたくらいで、そんなおおげさな」
「１０個も食ったのか！」
「だって今、知ってるって言ったじゃないですか」
「数までは知らん。１０個で終わりか」
「えーと。アップルパイとかポテトとかシェイクとか……」
「この、馬鹿！」
ＴＨＥ ＥＮＤ
お読みいただき、ありがとうございましたm(_ _)m今後の予定は、リュウイチと医学生のエピソード、シュウとシオンのエピソードなどを考え中です。また、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m