ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＳＩＤＥ ＳＴＯＲＹ ３７ 「ＣＥＬＥＢＲＡＴＯＲＳ」
ＳＣＥＮＥ１
結婚式を３ヵ月後にひかえたリュウイチとスーザンは、『キッチン・リュウ』で夕食をとっていた。
「あまり食べてないね、スーザン。ビーフシチューなのに。どこか具合でも悪い？」
「いいえ、そうじゃないの。とってもおいしいんだけど……」
「どうかした？」
「ダイエットしようと思って」
「そんなことしなくても、今のままで充分きれいだよ」
「ありがとう。でもねえ……写真に残るから。子どもに見せるときに、ママってスリムできれいだねって言われたいのよ」
「へえ、そういうものなの……わかった、じゃあ僕がおいしいダイエットメニューを作ってあげるよ」
ＳＣＥＮＥ２
「おい、リュウ。ルイスは最近少しやせたんじゃないのか」
手術前の手洗いをしながら、ロマノが言った。
「そうですか？」
「俺の目に狂いはない。絶対やせたぞ」
「パパには関係ないでしょう。どこを見て仕事してるんです」
「もっとやせさせろ。ウエディングドレスを着たら、まるで雪だるまだ」
「……決闘しますか？」
ＳＣＥＮＥ３
「とってもきれいよ、スーザン」
「ありがとう、エリザベス」
リュウイチの『愛のダイエット料理』のおかげで、スーザンは見事ダイエットに成功し、レジデントの頃の体形に戻っていた。
「あら？リュウは？」
「まだなのよ。今朝は夜勤が９時に明けるって言ってたから」
「ロバート！どうして結婚式なのに夜勤なの！」
詰め寄るエリザベスに、ロマノは平然と答えた。
「結婚式っていったって、男は何の支度もいらないからな。新婚旅行で一週間も休むんだぞ。ぎりぎりまで働いて当然だろう」
ＳＣＥＮＥ４
「おめでとう！」
みんなの祝福の拍手に手をふって答えながら、リュウイチは病院をあとにした。
『式が始まるまでにあと４０分あるから、急いで着替えれば間に合うな。よかった』
運転しながら安堵のため息をつく。
教会まであと５分ほどのところまで来た時、急に道路が渋滞し始めた。
「何があったんですか？」
窓から首を出してたずねると、前方を見に行っていた隣の車のドライバーが答えた。
「交通事故だ。けが人が何人かいるらしい。……おい、ちょっと！あんた！」
リュウイチは現場に駆けつけた。
「けが人は？」
「ドクター・リュウ！今日、確か結婚式じゃあ……」
顔見知りの救急隊員が、驚いて言った。
「そうなんだけど、けが人が先。グローブと挿管セットをください！」
ＳＣＥＮＥ５
「何だその格好は！」
ロマノが怒鳴った。リュウイチは手術着にスニーカーといういでたちで、ぜいぜいと息をきらしている。
「来る途中で交通事故に出くわして、応急処置をしてたら、車を盗まれちゃったんだ。タキシードも財布も携帯も、みんな車の中だったから」
「馬鹿っ！」
「あのう、予定を３０分も過ぎているんですが……」
教会の係員がドアから顔をのぞかせた。
「すみません、すぐに行きます」
「すぐって言ったって、ロバート、この格好じゃ式を挙げられないわ。あなたのタキシードじゃサイズが合わないし……他の人のもだめそうね。リュウは細いから」
「私のスーツなら合うかもしれないわ」
スーザンが言った。
「普通の黒いパンツスーツだけど」
「スーザンのスーツを着るくらいだったら、ロバートのタキシードを着れば？」
「俺はどうなるんだ」
「この部屋にいればいいじゃない。花婿の父なんて、何の用事もないんだから」
「何だって！」
「だいたいあなたが、リュウに夜勤をさせるからいけないんでしょ！」
あわててリュウイチはふたりの間に割って入った。
「お願いだから、パパもママもけんかはやめて。スーザンのスーツを借りるよ」
「わあ、手と足がつんつるてんだ」
「しかたないわよ。この際ぜいたくは言えないわ。手術着よりはましだと思う」
「そうだね……あ、靴はどうしよう」
「私のハイヒールをはくわけにはいかないわよね」
「スニーカーでがまんするよ」
「女同士で結婚するみたいだな」
ロマノがつぶやいた。
ＳＣＥＮＥ６
「ドクター・リュウ！ちょっと待って！」
礼拝堂に入ろうとしていたリュウイチは、驚いて振り向いた。
「……エド！」
「覚えててくれたんだ」
「その後、身体の具合はどう？」
「ばっちりさ。先生のおかげだ。腹に３発もくらったら、普通ならあの世行きだもんな」
エドモンド・クラウスはいったん言葉をきると、白い歯を見せて笑った。
「これ、先生のタキシードと靴とバッグ。それから車のキー。車は教会の裏に止めといた」
リュウイチは目を丸くした。
「どうしてこれを？」
エドモンドが、ぽりぽりとあごをかく。
「あのさあ……財布の中のカードに名前が書いてあって……先生の車だって知ってたら、俺かっぱらったりしなかった。ごめんな」
「いいんだ、返してくれれば。ありがとう、助かったよ」
リュウイチはにっこり笑った。エドモンドはちょっと照れながら、リボンのかかったシャンパンのびんを差し出した。
「これ、俺の気持。結婚おめでとう、ドクター・リュウ」
「ありがとう！」
ＳＣＥＮＥ７
「スーザン、ずるいわよ」
披露宴の立食パーティーで、キャロルが口をとがらせた。
「どうして？」
「こんなに若くてかわいい子と結婚しただなんて」
エリザベスも言った。
「そうよ。あなたと私たちはあんまり歳が違わないのに。これって犯罪だわ」
スーザンは腰に手をあて、仁王立ちになって言った。
「ちょっとふたりとも、いい加減にしなさいよ。リュウ、何か言ってやって」
「えーと、ずっと思い続けてた人と結婚できて、とても幸せです」
「何よそれ！」
「許せない！」
キャロルとエリザベスはリュウイチに抱きつくと、キスの雨を降らせた。
「キャロル！エリザベス！」
「ふーんだ、取ってやる！」
「リュウは子どものころ、私のことを美人でやさしくてかっこいいから大好きって言ってたんだから！」
「私のよ！返して！もう、リュウ！そんなにうれしそうに、にこにこしないのっ！」
ＳＣＥＮＥ８
「今日はおめでとうございます、ドクター・ロマノ」
「ありがとう、ドクター・ロス。だが、君におめでとうを言われる筋合いはない」
「別に心はこもっていませんので、どうぞご心配なく」
「ふたりともそれくらいでやめておかないと、おうちに帰ってから、お仕置きされても僕は知りませんよ」
「リュウ、結婚というものは最初が肝心だ。俺みたいに、まずがつんといけよ」
ロスがリュウイチの肩をたたく。
「ふん、がつんとなぐられたくちだろう」
「何だって！」
「パパだって、よく『がつん』をくらってるでしょう、ママに」
「でたらめを言うな！」
「あ、そうだ。ロス先生に話しちゃおうかな。ベネチアングラスのゴブレットのこと」
「なんだなんだ？聞かせろよ、リュウ」
「実はですね……」
「いらんことをしゃべったら、休暇は取り消しだぞ」
ＳＣＥＮＥ９
「お前がスーザンと結婚するとはな」
「驚かせてすみません」
「いや、いいんだ。エリザベスとお前のパパが結婚したときほどじゃない」
「ロマノ先生とエリザベスが結婚したって聞いて、ピーターは３分くらい口がきけなかったのよ」
「そりゃちょっと大げさだぞ、クレオ」
「でも、年上が好きなら、どうしてそう言ってくれなかったの。立候補したのに。残念なことしちゃった」
「おいおい、どういう意味だ」
ＳＣＥＮＥ１０
「おめでとう、リュウ」
「ありがとうございます、マルッチ先生」
「年増と結婚しちまうだなんて、やっぱりお前はマザコンなんだな。俺は絶対若い女だ」
「スーザンは年増じゃありません」
「いくつ上だっけ」
「……１４」
「うそだろ！悪いこと言わないから、考え直せ」
「いいんです！６年間も思い続けてたんですから」
「６年！へぇ〜！信じられない話だな……じゃああれか？幸せか？」
「ええ、とっても」
「ならいいや……ところでお前、電気鍋持ってないよな」
ＳＣＥＮＥ１１
「どうしておこってるの？」
７歳になったケイトとテスが、エラの顔をのぞきこんだ。
「エラがお嫁さんになるってずっと言ってたのに」
ふたりは顔を見合わせる。
「まあエラの場合は本当に結婚できるから、あきらめがつかないのかも」
「そうね。でもエラ、初恋って実らないものなのよ」
「まだパパがいるじゃないの、エラ。パパと結婚するって言ってなかったっけ？」
「ちょっとケイト、エラももうそんなこと本気で言うほど、子どもじゃないわ」
「それもそうね。でも、パパには時々『大きくなったらパパと結婚する』って言ってあげた方がいいわよ」
「そうそう、うちのパパもだけど、とっても喜ぶから」
ＳＣＥＮＥ１２
「カイザー・クローゼ」
会場の隅でワインを飲んでいたクローゼは、自分と同年輩の老人に声をかけられた。
「初めまして、ヨウゾウ・サクライです」
「イクコの……」
「兄です。先程からどうしようかと迷っていたのですが、今日この機会を逃しては、もうお会いすることもないと思いまして」
ヨウゾウが大ぶりの封筒を、クローゼに差し出す。受け取ったクローゼは、中をのぞいた。
「手紙ですか？」
「ええ、イクコが留学していた時、私に寄越したものです」
「あなた宛の手紙を、なぜ私に？」
「あなたのことばかり書いてあるので、持っていていただく方がいいと思いまして」
「私のことばかり？……そんな、まさか」
クローゼは少し笑いながら言った。
「イクコは口を開けばお兄ちゃん、お兄ちゃんと、あなたのことばかり言っていました。私はいつもくやしかった。自分は三番目だって」
今度はヨウゾウが驚く番だった。
「わしこそいつも寂しかった。子供のころからあんなにかわいがってやったのに、やっぱり恋人にはかなわないんだと」
ふたりは顔を見合わせ、どちらからともなくほほえんだ。
「それにあなたには、一度あやまりたかった。わしがモニカと付き合ったばっかりに、あなたとイクコは結婚できなかった。……申し訳ない」
深々と頭をさげるヨウゾウを、クローゼがあわてて手で制した。
「いやいや、それはあなたのせいではない。私が頼りなかったんだ。イクコを引き止められなかった。力不足です」
「わしは、モニカの夢もつぶしてしまった」
「彼女の夢は、孫のリュウがかなえてくれた」
「カイザー！」
ヨウゾウは眼光鋭くにらみつけたが、クローゼは、静かにかぶりをふった。
「この秘密は、墓まで持っていく」
「いつ、気がついた？」
「３年ほど前だったかな。リュウがピアノを弾けなくなった年の夏だ」
ヨウゾウはしばらく無言だったが、やがてふうっとため息をつき、右手を差し出した。
「今日は会えて、本当によかった」
「私もだ。今度会うのはたぶん……」
ヨウゾウがうなずく。
「その時は、モニカもイクコも一緒だな……そして、シオンも」
ＳＣＥＮＥ１３
「泣くなよ、シオン」
「だって、シュウ。リュウが結婚したのよ」
「おめでとう」
「ありがとう、マーク」
「でもマークは複雑なんじゃないのか？スーザンのこと好きだったんだろ？」
「まあね、でももう昔のことだ……でもスーザンはいいよ。明るくて優しいし……」
「キレたり暴れたりしないからな」
「そうそう……リュウは幸せだよ」
「ちょっとシュウ！マーク！」
「い、いや僕は、エリザベスのことを言ったんだ、シオン。シュウは知らないけど」
「マーク、自分だけ……裏切り者っ！」
「シュウ！あなたって人は！」
「わあああああ！」
ＴＨＥ ＥＮＤ
お読みいただきありがとうございましたm(_
_)m
遅くなりましたが、今年の初エピです。昨年はお読みいただき、どうもありがとうございましたm(_
_)m今年もどうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m
とうとうリュウが結婚しました(^^)ちょっと感無量かもです(笑)お祝いということで、懐かしい人々に登場してもらいました。書いててとっても楽しかったです(^^)
次回はまた書けたらＵＰいたしますので、どうぞよろしくお願いいたしますm(_
_)m