ＴＨＥ　ＧＥＮＴＬＥ　ＤＲＡＧＯＮ

ＳＩＤＥ　ＳＴＯＲＹ　３６　　「Ａ　ＷＥＤＤＩＮＧ　ＲＩＮＧ」　　

ＳＣＥＮＥ１
　「カルテにサインをお願い」
「はいはい、エラ、ちょっとおんりしてね」
アビーに言われて、エリザベスは抱いていたエラをおろすと、検査結果に目を通し、サインをした。
「患者は上へ運んで。ロバートもリュウもいるはずだから、どっちかに頼んでちょうだい」
「了解」
「クリスマスはどうするの？」
「家でマルコとルカと３人でゆっくり過ごすわ。ルカが天井まで届く大きなツリーを買ってきて、飾り付けをしたの。子どもみたいにはしゃいじゃって、もう大変」
アビーが笑いながら肩をすくめる。
「そう、私もエラと家でのんびり過ごすつもり」
「イギリスへは帰らないの？」
「ええ、２月にむこうが来るって言うから」
「そうなの、じゃあ、メリークリスマス」
「メリークリスマス」
「お待ちどうさま、エラ。おうちへ帰りましょ……エラ？どこへ行ったの？」
エリザベスはあわててあたりを見回した。
「エラ！……エラ！」
アビーは通りかかったマリクをつかまえた。
「エラを見なかった？」
「いいや」



ＳＣＥＮＥ２
　ロマノはオフィスで書類を書いていた。
「ロバート！」
「リジー、ノックぐらいしろ。もうとっくに帰ったんじゃなかったのか？クリスマスイブなのに。リュウにまかせて早く帰れ」
「エラがいなくなったの！」
「なんだって！」
思わずロマノは立ち上がった。エリザベスがぺたんと床に座り、手で顔をおおう。
「ＥＲでちょっと目を離したすきに」
「馬鹿！どのくらい前だ」
「１５分くらい前」
「どうしてもっと早く知らせないんだ！」
ロマノは受話器を取り上げた。
「もしもし、子どもがいなくなった。病院中の出入り口を閉鎖しろ。ありったけの人数をかき集めて捜せ。病院のまわりもよく捜すんだぞ。子どもの名前はエラ・グリーン、３歳。リジー、服装は？」
「白のジャンパーに赤のパンツ。白いニットの帽子をかぶってる」
「白いジャンパーと帽子、赤いパンツだ」
次にロマノは各階の責任者に電話をかけ、捜索の指示を出した。そして警察にも連絡を取った。

　「周辺の聞き込み、パトロール、駅も電車も、車の検問も、みんな警察がやってくれる。もちろん病院の中もだ。だからきっと見つかる。リジー、大丈夫だ」
ロマノは、床に座り込んだままのエリザベスの前にしゃがみ込んだ。
「エラにもしものことがあったら」
「あるわけないだろう」
「でも、一瞬の間にいなくなったのよ。きっと誰かが連れて行ったんだわ」
「泣くんじゃない、リジー。誰かに連れ去られたとしても、そいつをつかまえればすむことだ。それよりエラの写真はないのか？」
「今は持ってないわ。家に帰って取ってくる」
「待て。リュウに聞いてみる」



ＳＣＥＮＥ３
　リュウイチがオペ中なので、ロマノとエリザベスが彼のオフィスにやってきた。デスクの引き出しの中には、写真が数枚しまわれていて、エラの写真も見つかった。ピーターパンの衣装を着たリュウイチが、ティンカーベルのエラを抱いている。今年のハロウィンの写真であった。ふたりは無言でそれを見つめた。
「エラ……」
エリザベスが顔をおおって嗚咽し始める。ロマノは何度も手を出したりひっこめたりしていたが、意を決してエリザベスをそっと抱きしめた。
「ロバート」
エリザベスはロマノにすがりついて号泣した。
「リジー、大丈夫だ。エラは必ず戻ってくる。俺が保証する」
ロマノが耳元でささやきながら、静かに背中をさすった。



ＳＣＥＮＥ４
　ホームレスのリチャード・ウォーカーは、ねぐら――公園のすみにはった小さなテント――の中で、ごきげんだった。レストランのゴミ箱で、６割ほど残っているウォッカのびんを拾ったのだ。そして、カウンティのＥＲでもらった薬と注射のおかげで、持病の腰痛がどうにかこうにかおさまっている。そして、天使に出会った。白い帽子と上着を着た天使は、慈善団体が配っていたパンとスープを食べて眠ってしまった。ウォーカーはほほえむと、天使を一枚しかない毛布でくるみなおしてやり、またウォッカをあおった。夜が明けようとしていた。
「メリークリスマス、ウォーカー」
テントの入り口から声がして、ウォーカーはぎょっとしてふりむいた。
「メリークリスマス。どろぼうならお断りだ。ここには何もないぞ」
「天使をいただく」
「この子は俺のもんだ」
「僕の娘だ。返してもらおう」
声の主が中に入ってきた。黒のコートにサングラス、毛糸の帽子を目深にかぶった背の高い男だった。男は眠っている子どもを抱き上げた。
「ちょっと待て！」
ウォーカーは男のひじに手を伸ばしたが、目に見えない何かにはじきとばされ、しりもちをついた。

　出口で男は振り返って言った。
「酒をやめて、肝臓を診てもらったほうがいいよ。来年のクリスマスも生きていたいならね」



ＳＣＥＮＥ５
　男はエラを抱いてゆっくり歩いた。ほおにそっとキスをする。エラが目を覚ました。
「ごめん、起こしちゃったね。さあ、ママのところへ帰ろう」
「パパ？」
「よくわかったね。エラはおりこうさんだ」
男はほほえんだ。エラもにっこり笑って男のほおにキスをする。
「パパ、おうた歌って」
「いいよ」
男が『Ｏｖｅｒ　Ｔｈｅ　Ｒａｉｎｂｏｗ』を歌いだした。エラは首にかけていたポシェットを開けて何かをさがしていたが、やがて、にぎりこぶしをさしだした。
「これあげる」
「何をくれるの？……エリザベスの結婚指輪だ……そうだね、これはパパがもらっておこう。もうその方がいいと思うんだ」



ＳＣＥＮＥ６
　夜勤が明けたリュウイチは、エラを捜して早朝の町を歩いていた。雪が降っていて身を切るような寒さだったが、かまわなかった。行方がわからないエラのことを思うと、いてもたってもいられない。何かをしていないと、気が狂いそうだったのである。前方に黒い人影があらわれた。こちらに近づいてくると、その背の高い男が子どもを抱いているのがわかった。白いジャンパーに帽子、赤いパンツ。リュウイチが駆け寄る。
「エラ！」
エラがうれしそうに笑った。
「リューリュー」
男はリュウイチにエラをわたすと、ほほえんだ……ように見えた。サングラスをかけていたのでよくわからなかったが。そして、リュウイチの頭を軽くぽんぽんとたたいた。
「あのー、あなたは」
次の瞬間、男は消えていた。
「そ、そんな馬鹿な」
リュウイチはあわててあたりを見まわした。
「パパ、行っちゃった」
エラがつぶやく。
「エラ、何て言ったの？今のは誰？」
「パパ」
「ええっ！まさか！」
リュウイチはしばらくぼう然と立ちつくしていたが、はっと我に返ると、携帯を取り出した。



ＳＣＥＮＥ７
　リュウイチが病院に戻ると、救急搬入口で、ロマノとエリザベスが待っていた。
「エラ！」
ものすごい勢いで走ってきたエリザベスは、氷に足をすべらせた。
「あぶない！」
リュウイチが受け止めたがささえきれず、そのままあおむけにひっくりかえる。
「エラ！」
エリザベスはエラを抱きしめ、ほおずりをした。
「ママ！」
「無事でよかった。ごめんなさいね、エラ」

　「ありがとう！リュウ！」
エリザベスはリュウイチを抱きしめ、キスをした。
「あ、いえ、僕は何も」
エリザベスは起き上がり、ロマノにも抱きついてキスをした。
「ありがとう！ロバート！さあエラ、中に入りましょ。風邪をひくといけないわ」

　リュウイチは、しりもちをついたまま笑った。
「パパ、鼻血が出てますよ。いくらエリザベス先生だからって、キスされたぐらいで。かっこ悪いなあ」
ロマノは鼻に手をやり、顔をしかめた。
「リジーのひじ鉄をくらったんだ」
「また何かしたんですか？」
「馬鹿っ！さっきエラを見て、興奮して手をふってただろう。あのときあたったんだ」
「災難でしたね……うわあっ！」
起き上がろうとしたリュウイチは、悲鳴を上げた。
「どうかしたのか」
「左の足首をねんざしたみたいです」
「災難だな」



ＳＣＥＮＥ８
　エラの連れ去り事件は、犯人不明のまま解決ということになった。エラの話では、『くさいおじちゃん』と一緒だったらしいのだが、リュウイチにエラをわたした人物は、ホームレスではない。その男に何も聞かなかったリュウイチは、警官にちくちくと嫌味を言われたが、
「エラが無事でもううれしくて、はっと気がついたら、いなくなってたんです」
ということで納得してもらったのである。

　エリザベスはロマノとリュウイチを、クリスマスのディナーに招待した。
「あらロバート、どうしたの？」
ロマノは鼻に湿布薬をはっていた。
「デスクの角にぶつけたんだ」
「まあリュウ、その足は？」
リュウイチは松葉杖をついていた。
「あ、ちょっと階段をふみはずしちゃったんです」
「あらあら、ふたりともそそっかしいのね。お大事に」
エリザベスがくすくす笑う。

　ロマノからエラへのクリスマスプレゼントは、エラと同じくらいの大きさのピカチュウのぬいぐるみ。リュウイチからはピカチュウの着ぐるみパジャマだった。エラは大喜びで、服の上からパジャマを着、ぬいぐるみと遊び始めた。エリザベスからは、ロマノには淡いピンク色、リュウイチにはくすんだ赤のおそろいのセーター。リュウイチはエリザベスにイヤリングをプレゼントし、ロマノはブレスレットだった。
「まあ、すてき」
エリザベスはさっそくイヤリングをつけ、ブレスレットをはめようとした。
「結婚指輪がないわ！」
あわててポケットをさがす。バッグを取りに行こうとして、エリザベスは思い出した。夕べせがまれてエラのポシェットに入れ、そのままになっていたのだ。
「エラ、ママの指輪を返してちょうだい」
「パパにあげたの」
「エラ！うそついちゃだめでしょう」
「だってあげたんだもん！」
「エラ！ママ怒るわよ！」
「あのー、実は僕にエラをわたした男の人、サングラスかけて帽子かぶってたんですけど、グリーン先生に似てたんです。いなくなったあとで、エラに今の人は誰って聞いたら、『パパ』って」
「まさかそんな」
「その人別れぎわにほほえんで、僕の頭をぽんぽんって……グリーン先生と最後にお会いしたときと同じように……それに……いなくなったんじゃなくて、消えちゃったんです。目の前で一瞬のうちに」
「なぜ黙ってた」
「頭がおかしいってパパに言われるのがいやだから」
「お前頭おかしいぞ」
「きっとマークがエラを助けてくれたのよ。クリスマスだもの」
「リジー……」
「エリザベス先生……」
「じゃあ私の結婚指輪は、マークが持って行っちゃったのね……」
エリザベスは指を見ながらつぶやいた。

　次のクリスマス、エリザベスの指に新しい結婚指輪がはまっていようとは、このときはまだ誰も、思いもよらなかった。

ＴＨＥ　ＥＮＤ

　お読みいただきありがとうございましたm(_ _)m

　今回はクリスマスエピということで(^^)

　これが今年の最終エピになります。どうもありがとうございましたm(_ _)m次回は（書けたら(^_^;）新年エピになる予定です。来年もどうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m
　

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