THE GENTLE DRAGON

 

 

 

SIDE STORY 35  「A RUNAWAY」  

 

 

〜リュウイチが10歳の冬のお話〜

SCENE1
 リュウイチは怒っていた。
『パパなんて、もう知らないんだから!』
愛用の赤いリュックに着替えを詰める。机の上から数冊の本とノートを取ると、これもリュックに押し込んだ。
 そしてキッチンに行くと、冷蔵庫にくっつけてある小さなホワイトボードにこう書いた。
『家出します!』



SCENE2
 「エリザベス先生」
「あら、リュウ!学校の帰り?」
「はい」
リュウイチはエリザベスをERの薬品庫の陰に連れて行った。首を出してきょろきょろとあたりをみまわす。
「どうしたの?」
「パパに会いたくないんです」
「パパならオペ中よ」
「よかった……あのう、僕、先生にお願いがあるんですけれど」
「なあに?」
リュウイチがあまりに真剣な顔をしているので、エリザベスはほほえんだ。
「僕をしばらく先生のおうちにおいてください」
「何ですって!」
思わず大きな声を出してしまい、エリザベスは自分の口を手で押さえ、あわててあたりを見回した。
「いったいどうしたの」
「パパとけんかして、『出て行け!』って怒鳴られたので、家出してきたんです。本当は友達の家に泊めてもらうつもりだったんですが、出かけてて。パティのお母さんが急病で、ラリーが送っていったんですって」
「まあ、ロバートったら、出て行けだなんてひどいわね!いいわ、わかった。泊めてあげる」
「ありがとうございます!」
リュウイチはエリザベスに抱きついた。



SCENE3
 「エリザベス、ごめん!待った?……リュウ!どうしたの?」
ERのラウンジにかけこんできたグリーンは、目を丸くした。
「マーク、紹介するわ。うちのかわいい居候くん」
「よろしくお願いします」
「いったいどういうこと?説明してよ」
「リュウがパパとけんかして、家出してきたの」

 中華レストランで食事をしながら、グリーンがたずねた。
「リュウ、どうしてパパとけんかしたの?」
「僕が食べようと思って楽しみにしてたチョコレートアイスを、パパが食べちゃったんです」
吹き出しそうになったグリーンのむこうずねを、エリザベスがテーブルの下でけとばした。
「それはひどいわね、リュウ」
「ええ、それで僕が怒ったら、パパが『うるさい!』って言って。パパはいつもあやまらないし、すごく自分勝手なんです」
「知ってる」
エリザベスが大きくうなずく。
「普段は僕もそんなに怒らないんですけど、とってもチョコレートアイスを食べたかったので、すごく腹がたって。いっぱい口答えをしたら、出て行けって怒鳴られちゃったんです」
「で、家出してきたってわけだ」
「ええ」
「パパは、リュウが今晩どこへ泊まるか知ってるのかな?」
「はい。ブレンダさんにメモをわたしておきました」

 リュウイチがトイレにたつと、エリザベスがいたずらっぽく笑った。
「ということで、今日はおうちに帰っておりこうにしててね、マーク」
「はいはい……あ!週末の旅行はどうするの?」
「あら、ほんとだ。でも大丈夫。それまでには家に戻るわよ」
「戻らなかったら?」
「旅行はキャンセルする」
「何だって!」
「じゃあ、リュウも一緒に連れて行きましょ」
「エリザベス!」

 やがてリュウイチがトイレから戻ってきた。
「リュウ、ちょっと話がある」
「マーク!」
「こういうことはちゃんと話しておかないと」
「何ですか?」
「えーと、僕とエリザベスは、この週末旅行に出かけるんだ」
「わかりました」
「リュウ、一緒に行ってもいいのよ」
リュウイチはにっこり笑って言った。
「いいえ、遠慮しときます。僕、おじゃま虫にはなりたくありませんから」



SCENE4
 「いけない!寝坊しちゃった!8時からオペなのに!」
エリザベスがぼさぼさの頭でキッチンにやって来た。
「おはようございます」
「おはよう。あら!おいしそう!」
テーブルにはカリカリに焼いたベーコンとオムレツ、トーストとミルクティーが用意されていた。
「早く召し上がってくださいね。あとかたづけや掃除は、僕がやっときますから」
「ほんとにいいの?リュウ」
「ええ、いつも家でやってますから。それに、泊めていただいてるせめてものお礼です」
「助かるわ」
{今日は何時にあがりですか?」
「そうね、8時には帰ってくる」
「じゃあ僕、夕飯作って待ってます」



SCENE5
 木曜日の夜、エリザベスの家で3人は夕食を食べていた。グリーンがリュウイチ特製のミートローフをほおばる。
「おいしい!……ところでリュウ、家へは帰らないの?」
「ええ、どうせパパは『あいつがいなくてせいせいする』って言ってるにきまってるし」
事実ロマノがそう言うのを、グリーンもエリザベスも、今日病院で聞いたところだった。
「明日からどうするの?」
「大丈夫です。ウィーバー先生んちに泊めてもらいますから」
エリザベスとグリーンが、顔を見合わせる。
「ねえ、リュウ。君さえよければ僕たちと旅行に行かないか?」
「ありがとうございます。でも、先生が大歓迎よって」



SCENE6
 金曜日の午後、ウィーバーは鼻歌を歌いながら、受付でカルテ整理をしていた。
「いやにご機嫌だな、ケリー。またどこかの誰かをうまく蹴落としたのか?それはそうと、うちのくそガキが、今晩から君のところで世話になるらしいな」
ロマノはメモ用紙をひらひらとふって見せた。
「ええ。わからず屋のパパとは一緒に暮らしたくないって」
「何ならそのままくれてやってもいいぞ」
「あら、そう。あんなに優秀で、あなたにぜんぜん似てないかわいい子、喜んでいただくわ」



SCENE7
 ウィーバーが車を運転しながら言った。
「なかなかおいしいイタリアンだったわね」
「ええ、とってもおいしかったです。ごちそうさまでした」
「どういたしまして。さあ、ちょっとショッピングに行きましょう。着替えを買わなきゃ」
リュウイチはあわてて言った。
「着替えなら、僕、持って来てます」
「子供は遠慮しないものよ」
 ウィーバーはリュウイチに、ワイン色のセーターを買った。
「はい、プレゼント」
「ありがとうございます」



SCENE8
 「おはようございます」
「おはよう」
「セーターありがとうございました」
「あら、よく似合うわね。さあ、召し上がれ」
テーブルの上には、スクランブルエッグ、ハッシュドポテト、ミネストローネ、クロワッサン、ミルクという朝食が並んでいた。
「うわあ、おいしそう!すみません、作っていただいて。でも、僕、家事は何でもできるので、おいていただくせめてものお礼に、どんどん言いつけてください」
「いいから食べなさい」
ウィーバーは、コップに入った緑色の液体を飲み干した。
「先生、それ何ですか?」
「スタミナジュースよ。リュウも飲む?」
リュウイチは反射的にかぶりをふった。

 「せっかくのオフに、おじゃましてしまってごめんなさい」
「気にしなくていいわ。今日はたまたま予定がなかったから。映画でも見に行く?」
その時、電話が鳴った。
「はい、もしもし……えっ!何ですって!容体は?……そう、すぐに行くわ」
「リュウ、ロバートが、出勤途中で交通事故にあったんですって」
「…………」
「車に乗ってて、飲酒運転の車にぶつけられたらしいわ。お腹の中で出血してるみたいだから、オペ室へ運ばれたって」



SCENE10
 「ベントン先生!パパは?」
「リュウ、大丈夫だ。無事にオペは成功したぞ」
ベントンは、走り寄ってきたリュウイチの頭をなでた。
「本当ですか?死んじゃったりしません?」
「心配するな。肝臓がちょっと裂けただけだ。1週間で退院だな」
「よかった」
リュウイチはその場にしゃがみこむと、泣きじゃくり始めた。
「どうした?」
「よかった……パパが死ななくて……」
ベントンが、側にいたウィーバーと顔を見合わせた。ふたりとも、リュウイチが4ヶ月前に両親を交通事故で亡くしたばかりであったことを、思い出したのである。ため息をひとつつくと、ベントンはしゃがんでリュウイチを抱きしめた。
「リュウ、お前のパパはERで、『オペはピーターじゃだめだ。アンスポーを呼べ』って、怒鳴ってたんだぞ。そんなに簡単に死んだりするもんか」



SCENE11
 リュウイチはベッドの脇のいすに腰をかけ、ロマノの寝顔をじっと見つめていた。やがてロマノがうっすらと目を開ける。
「パパ!」
「……リュウか……」
「パパ、ごめんね」
「……馬鹿……」
ロマノはほほえむと、また眠りに落ちた。
 「リュウ」
ウィーバーが、リュウイチの肩にそっと手を置いた。
「ロバートはもう心配ないわ。今日はもう帰りましょう」
リュウイチがかぶりをふる。
「僕、ずっとここにいます」



SCENE12
 早朝、ロマノが目を覚ました。リュウイチはロマノの手を握ったまま、眠ってしまっている。誰かが毛布をかけてくれていた。
『小さい手だな……俺がくたばりぞこなって、みんながっかりしてるんだろうが……あいにくまだくたばるわけにはいかんのだ。こいつが一人前になるまでは……』
 リュウイチも目を開けた。
「パパ、ごめんね。家出なんかしたりして」
リュウイチの目から涙があふれ出る。
「男のくせに、びーびー泣くな……パパも悪かった。すまん」
 「パパ、僕をおいて死んだりしないで」
「ああ」
「絶対だよ」
「わかってる」
「約束して」
「約束する」
ベッドに突っ伏して号泣し始めたリュウイチの頭に、ロマノはそっと手を置いた。



SCENE13
 数日後、リュウイチは病室のソファーでチョコレートアイスを食べていた。ロマノが側にやってきて、腰をおろす。
「自分だけ食ってるのか」
「だって買いに行く前に聞いたら、いらないって言ったじゃない」
「気が変わったんだ。よこせ」
「いやだよ。これは僕のチョコレートアイスだもん。食べたいんだったら、買いに行けば?」
「ひどいやつだな。パパは病人なんだぞ」
「病院中歩き回って、あちこちでいやみ言ってるくせに」
突然ロマノが胸を押さえて、うめき声をあげた。
「パパ!どうしたの?大丈夫?」
リュウイチはおろおろと、ロマノの背中をさする。と、ロマノの手がさっとのびて、テーブルの上のチョコレートアイスをつかんだ。
「あっ!」
「馬鹿」
「ひどいよ!」
くやしがるリュウイチに、ロマノはにやりと笑った。

 

THE END

 

 今回は、久しぶりのちびリュウです(^^)やっぱりちびリュウはかわいい(笑)書きながらなごんでしまいます。

 次回は、また書けたらUPいたしますので、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m

 

 

トップページへ