ＴＨＥ　ＧＥＮＴＬＥ　ＤＲＡＧＯＮ

ＳＩＤＥ　ＳＴＯＲＹ　３２　　「ＡＮＯＴＨＥＲ　”ＦＯＲＥＩＧＮ　ＡＦＦＡＩＲＳ”」　　

　今回のお話は、第９シーズン第２０話『無理難題　ＦＯＲＥＩＧＮ　ＡＦＦＡＩＲＳ』のサイドストーリーです。原作の雰囲気や余韻その他もろもろ、すっかりぶち壊し間違いなしのお話なので、お読みになると、ご気分を害される方も多いのではと思います。「そんなのいつもじゃん。何今頃言ってんだ。この馬鹿（冷笑）」と思われる方だけ、どうぞお読みくださいませm(_ _)m

ＳＣＥＮＥ１
　カルテを見ながら廊下を歩いているリュウイチに、コバッチが声をかけた。
「リュウ、今晩ひま？」
「コバッチ先生、僕はこの病院で一番『ひま』って言葉に縁が薄い人だっていう自信があるんです。誰かさんと誰かさんのおかげで……。誰かさんの片っぽは、あそこにいますけどね……」
リュウイチは肩をすくめ、受付で電話をしているウィーバーに向かって、あごをしゃくってみせた。

　「アンテの容体が悪くなって、母親が飛行機に乗せてしまったんだ」
「……アンテって……あのクロアチアのファロー四徴症の男の子……確か、マーシーでオペを受けるんでしたよね」
「オペは２週間後の予定だったから、マーシーはまだ準備ができてないんだ。だからここへ来る。今晩８時に」
「ええっ！」
「リュウ、君にオペのサポートを頼めないかな」
「でも僕、専門外ですよ」
「それはかまわない。オペ室にいてくれるだけでいいんだ」
「わかりました。僕でよろしければ喜んで」
「ありがとう」
「いいえ、どういたしまして。……ところで、使用許可とかはもらえてるんですか？」
「それがまだなんだ。……がんばってみるけど、もらえるかどうか……」
「もしもらえなかったら……」
「オペが受けられなければ、アンテは死ぬ」

　「やっちゃいましょう」
「え？」
「許可がおりなくても決行しちゃいましょう。いざとなったら責任を取ってドクターがふたり辞めれば、なんとかなるんじゃないかな」
「ふたりって？」
「先生と僕」
「……リュウ……」
「クビになったら、日本で医者をやります。僕、京都に住みたいんですよ」
リュウイチはにっこり笑った。



ＳＣＥＮＥ２
　「コバッチ先生、どうでした？許可はもらえそうですか？」
コバッチはくやしそうに言った。
「今理事会が開かれてて……いろいろ言ってはきたんだけど、むずかしいみたいだ」
「パパは理事会で、先生の味方をしなかったんですね」
「うん」
「すみません。事情はちゃんと話したんですけど……」
うつむくリュウイチの肩を、コバッチが軽くたたく。
「いいんだ。ロマノ先生がもし賛成してくれたとしても、あとのみんなが反対だから……結局はカネなんだ」

　「マスコミに取り上げられたらどうでしょうね」
「それは前にケリーに言ったら、シャント修復が必要なクロアチアの少年じゃ話題性に欠けるって」
「ひどいなあ……でも、だめもとでマスコミに言ってみるのはどうでしょうね。何もしないよりましかも。先生はマスコミに知り合いっています？」
「いいや、君は？」
「いることはいるんですが、音楽関係者ばっかりなんです」
「でも、頼んでみてよ」
「じゃあ相談してみます。何かいい知恵を貸してもらえるかもしれないですものね」



ＳＣＥＮＥ３
　「もしもし、Ｍｕｓｉｃ　Ｂｏｘ　編集部ですか？リュウイチ・ロマノと申しますが、ベンジャミン・ルーディさんはいらっしゃいますでしょうか。……ええ、そうです。プリンス・リュウです」
「やあ、リュウ！お久しぶり」
「こんにちは、ルーディさん。ご無沙汰してます。ちょっとご相談したいことがあるんです」

　リュウイチは、アンテのことをマスコミで取り上げてもらうにはどうしたらいいか、ルーディに相談した。リュウイチと『カイザー』のツーショット写真と、ベルリンフィルとリュウイチの初競演という単独スクープをものにしたルーディは、それが出世の糸口となり、今や業界でも名の知られた存在となっていた。クローゼが彼を気に入っているのも、ルーディの強みである。当然リュウイチとも親しい間柄であった。

　「……要するに、そのアンテって子のことを報道してもらいたいと、そういうことかな？」
「ええ、そうです」
「ひょっとして、マスコミが手術をするって報道すれば、それに押された形で病院のゴーサインがでる。それをねらってるんじゃないのか？」
「いいえ、そういうわけではありません」
真実はそのとおりだったのだが、それを打ち明ければルーディに迷惑がかかるおそれもあるので、リュウイチはきっぱりと否定した。
「僕のことを心配してくれてるのかな。ありがとう。…………そうだな、何とかなるだろう」
「えっ！本当ですか？」
「ああ、それには君の協力が必要だけど」
「僕にできることなら何でもします！」
「その言葉を忘れないでくれよ。じゃあ、ちょっといろいろ動いてみるね。１時間くらいしたら、電話するから」
「はい！よろしくお願いします！」

　リュウイチは外傷１号に飛び込んだ。
「コバッチ先生！何とかなるだろうって！」
「ほんと？」
コバッチの顔がぱっと輝く。
「ええ！１時間後に電話をくれるそうです！」



ＳＣＥＮＥ４
　「もしもし！リュウです！」
「リュウ、こっちの話はうまくついたよ。それと、病院に取材のＯＫももらえた」
「ほんとですか！」
リュウイチは思わずガッツ・ポーズをした。
「うちの社長の知り合いに、そっちの地元の議員さんがいてね、プッシュしてもらったんだ」
「ありがとうございます！」
「どういたしまして。……で、リュウには事後承諾になったけど……」
「お礼に何でもしますよ」
「よかった。実は、今度うちで君のミュージック・クリップＤＶＤを出すことになったんだ」
「は？」
「君の素顔っていうか、プライベートをメインにしようって。だから、職場での君も取材させてもらおうと思ってて、その中でアンテのことを取り上げる。君はアンテのために、寄付を募ればいいよ。ＤＶＤは世界中で発売されるから、効果があると思う。それに売り上げの一部はアンテの治療費にあてることになってるし」
「じゃあ、取材に来るマスコミって……」
「そう、うちの会社。ＤＶＤの製作スタッフが総出で乗り込むってわけ。もちろん僕も行くよ。夕方までにはそっちに着くから」

　「…………」
「どうかした？リュウ、いやだなんて言わないよね」
「ええ……でも、ＤＶＤって、僕、いったい何をすればいいんですか？」
「演奏の方は、君の自宅でと思ってる。あとはキッチンで料理を作ったり、ソファーでくつろいだり、散歩したり……そうだな……どこかでチョコレートパフェでも食べてもらおうか……まあ、細かいことはまたあとで」
「ひょっとして、今、打ち合わせ中ですか？」
「もちろんそうだよ。君に電話をもらって、僕がひらめいたんだから。……これは当たるぞ！」

　「なんだかアイドルみたいですね」
「……何言ってるんだ！君はクラシック界の貴重なアイドルなんだぞ！みんなカイザーに遠慮して、そういう話を持ち込んでないだけだ。自分の人気と実力をもっと自覚しなきゃ。いつだったかカイザーが言ってたぞ。『自分の才能を自覚してないのがリュウの欠点だ』って」
「……わかりました。なんでもします。なんなら、歌って踊りましょうか？」
やけっぱち気味のリュウイチに対して、ルーディはすっかりハイテンションだった。
「いいねー！検討しとくよ。じゃあ、またあとで！」

　

ＳＣＥＮＥ５
　リュウイチは受話器を置くと、受付のいすに腰をおろした。髪をかきあげ、ため息をつく。
「リュウ、やっぱりだめだった？」
通りかかったコバッチが心配そうに聞いた。
「……いいえ、オペの許可は出たみたいです。取材のＯＫが取れたって言ってたから」
「よかった！ありがとう！リュウ！」
コバッチは思わずリュウイチを抱きしめた。
「……どうかした？あんまりうれしそうじゃないね」
「それが取材は、僕のミュージック・クリップＤＶＤのためにするんですって」
「？」
リュウイチはコバッチに事情を説明した。

　「……だから、ちゃんとアンテを取り上げて、取材してくれるってわけじゃないんです」
「それでもいいよ」
「コバッチは笑顔で言った。
「……先生……」
「何でもいいよ。オペが受けられて、命が助かればそれで」
「そう……です……よねっ！」
「そうだよ。それに募金も呼びかけてくれて、売り上げの一部も治療費にまわしてくれるんだろう？助かるよ」
「僕、がんばって募金を集めます。それとビデオの中で、アンテのこともちゃんと話そう」
リュウイチも笑顔になり、コバッチと握手をかわした。
「ありがとう、リュウ」
「僕は何も……あ、人手は集まりました？」
「うん、ファロー四徴症のオペはラッシュのチームが引き受けてくれたし、心エコー医とかバイパス医とかみんな集まった。あ、そうだ。ナースが忙しくてなかなかＯＫがもらえなかったんだけど、君が参加するって言ったら、リュウと晩ご飯を食べるという条件で３人決まったんだ。……かまわないよね」
「ええ、もちろん。３人一緒ですか？」
「別々がいいって言ってた。僕がおごるから」
リュウイチは笑った。
「気をつかわないでください。僕がごちそうします」
「じゃあ、頼むよ。……襲われたら自分の身は守れる？女はこわいよ。僕はもうこりごりだ」
「大丈夫、ちゃんと逃げますから」

　「あと、サポートしてくれる外科医がもうひとりいてくれたら完璧なんだけど」
「あ、それは大丈夫ですよ」
「誰か頼めるの？」
「頼まなくても来ます」
「誰？」
「うちのパパです」
「そんな！まさか！そりゃ参加してくれたら百人力だけど」
「保証します。あの人は、すごーく憎ったらしいことを言い散らしながら、当然のようにオペ室へ入ってきますよ」



ＳＣＥＮＥ６
　リュウイチは、ロマノのオフィスに呼び出された。
「クロアチアの子どものオペ、許可が出たぞ」
「そうですか、それはよかった」
「ロマノが素早くリュウイチの背後に回り、いきなり右腕をねじり上げる。
「痛いっ！パパ！ちょっと！やめてくださいよ！」
「しらばっくれるな。おまえのしわざだろう！」
「そうですよ！だってああでもしないと、アンテが死んじゃうもの！」
「馬鹿っ！患者を助けたくない医者がいるもんか！」

　「……パパ……」
「しかし現実問題として、保険に入ってない患者を受け入れてたら、病院の経営はあっという間に破綻するぞ。病院がつぶれたらどうなる？しわ寄せは貧乏人にくるんだぞ。かかる病院がなくて、大勢の人間が命を落とすはめになる。公立病院っていうのは、そういうものなんだ。いいか！よく覚えとけ！」
「……はい……ごめんなさい」
「……まあ今回は、カネの方は何とかなるっていうから……お前にしては上出来だ……」
ロマノはリュウイチの腕をはなした。突然リュウイチが左手で口を押さえる。
「ここで吐くな！」

　吐き気がおさまったリュウイチはソファーに座り、ひたいのあぶら汗を手でぬぐった。
「あんまり痛かったから、胃がでんぐり返っちゃったじゃない」
「食いすぎるからだ……コーヒー飲むか？」
リュウイチはかぶりをふった。

　「撮影は病院だけか？」
「家でも撮るって」
「どこの家だ」
「僕の家」
「俺の家だ。貸してやるから、自分で掃除しろ」
「パパ！あれだけ掃除はきちんとっていつも言ってるのに！」
「明日掃除する予定だったんだ。そんなことより、家でいったい何を撮るんだ」
「ピアノ弾いてるところとか、料理してるとことか、あと、歌って踊ったり、いろいろだって」
「へえ、そんな物買うやつがいるのか」
「みたいだね」
「世の中、馬鹿ばっかりだな」
「ということで、休みをください」
「倍返ししろよ」
「どうしてウィーバー先生と同じこと言うんだろ」



ＳＣＥＮＥ７
　アビーはラウンジで座っていた。カーターの祖母の葬儀でのエリックの失態……。取り返しのつかないことをしでかしてしまった……。アビーは激しく自分を責めていたが、エリックを責める気にはならなかった。悪いのは私……だってあの子は病気なんだもの……。

　「……アビー、どうかした？」
驚いて顔を上げると、コバッチが心配そうにのぞきこんでいた。
「……なんでもない……ちょっと考えごとをしてたの……クロアチアの男の子のオペは？」
「無事に終わったよ」
「よかったわね」
「ありがとう……お葬式で何かあった？」
　
　「……エリックが……」
言うまいと思ったのに、言葉が堰を切ったようにあふれだす。話し終わって気がつくと、涙でほおがぬれていた。
「あらやだ」
アビーより先に、コバッチが指でそっと涙をぬぐってくれた。
「……ルカ……」
コバッチはアビーを静かに抱きしめ、アビーは広い胸に顔をうずめた。不思議な安堵感がアビーを包む。なつかしかった。なつかしくてまた涙があふれた……。

　「アビー……君のママの時、僕は逃げた。卑怯者だった……だけど今度は違う……力になるよ……エリックの面倒を僕にもみさせてほしい……」
「……ルカ……」
「君と別れてやっとわかったんだ。僕には君しかいない。頼む、戻ってきてくれ」
「…………」
「虫のいい話だってことはよくわかってる……でも……アビー……君が好きだ。愛してる」

　『一緒にエリックの面倒をみるよ』というコバッチの言葉は、アビーの傷ついた心にあたたかくしみわたっていった。もう意地を張って、ひとりで抱え込まなくてもいいんだわ……。アビーは目の前がぱっと明るくなったような気がした。差し伸べられた手……ルカの手ならば、すがってもいい……すがりたい……とアビーは思った。そしてこの孤独なクロアチア人のことがどうしていつも気にかかっていたのかが、やっとわかった。答えはごく簡単なことだったのだ。

　アビーはコバッチを抱きしめた。
「……アビー……」
「戻ったら、一生出て行かないわよ。それでもいいの？」
「大歓迎だよ」



ＳＣＥＮＥ８
　ロマノ、リュウイチ、エリザベスの３人は、川べりを歩いていた。
「アンテのオペ、うまくいってよかったわね」
「ええ、ほんとによかった」
「リュウ、お前はぼーっとつっ立ってただけだろう」
「誰かさんが突然やって来るから、出番がなかったんです。ぼーっとしてたわけじゃありません。何かあったら手伝おうと思って、ちゃんとスタンバイしてました」
「何もあるわけないだろう。俺とリジーがアシストしてるのに」
「まあそれはそうですけど……」

　エリザベスが笑いながら言った。
「珍しいわね、リュウがこの時間にオフだなんて。撮影があるから？」
「ええ、今日は徹夜で家中の掃除をするんです」
「どうだリジー、これから食事でも」
「……そうね、お腹すいちゃった」
『ちょっとパパ、誘っておいて、ＯＫの返事にびっくりしないでよ。そりゃあ僕も驚いたけど……。うーん、僕も一緒に行くべきかどうか……行けばオジャマ虫だし、でもふたりだけだと、パパが取り返しのつかないこと言っちゃうかもしれないしなあ……どうしよう……』

 　「おい！リュウ！なにやってんだ！早く来い！」
リュウイチは我に返った。ロマノが５メートルほど前方で怒鳴っている。

　リュウイチは走って追いつくと、ロマノの黒いコートのそでを引っ張り、ささやいた。
「せっかくＯＫの返事をもらったのに、どうして僕を連れて行くの。ひょっとしてふたりきりになるのがこわいとか？……うっ！」
ロマノのひじ鉄がみぞおちに入り、思わずリュウイチがしゃがみこむ。
「あら、リュウ！どうしたの？胃が痛い？」
エリザベスが、リュウイチの顔を心配そうにのぞきこんだ。ロマノはそ知らぬ顔で言った。
「食いすぎだろ」

ＴＨＥ　ＥＮＤ

　お読みいただきありがとうございましたm(_ _)m気分を害された方、ごめんなさいm(_ _)m

　ルカとアビーをくっつけちゃいました(^_^;これからいったいどうなるんでしょう……って書いたやつが言うなよ〜〜(^_^;ってとこですが。だってアビーをずっと思い続けてるルカが、あまりにもかわいそうだったんだもん。それにアビーとカーターってなんかあわない気がしたし……９−２０のラスト近くのラウンジでのふたりのシーンから、どんどん妄想がふくらんでいってしまいました……(^_^;わあああああっ！ごめんなさいっ！m(_ _)m

　アビー、カーター、ルカそれぞれのファンの方々にお叱りを受けそうで……身の縮む思いです……なら書かなきゃいいんですが、書きたかったんです。すみませんm(_ _)m

　しかし第９シーズン、どういう展開になるのか知ってたので覚悟はしてましたが、ロマノファンとしては毎回見るのがすごくつらいです(T_T)前回も書きましたが、Ｆｉｃを書いていて本当によかったです。Ｆｉｃの中ではロマノはいつも幸せなので(^^)

　次回は、予定ではちょっと趣向を変えてと思ってます(^^)
　また書けたらＵＰいたしますので、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m

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