ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＳＩＤＥ ＳＴＯＲＹ ２７ 「Ａ ＳＨＯＯＴＩＮＧ ＳＴＡＲ」
ＳＣＥＮＥ１
リュウイチは医学部３年生。ＥＲで臨床実習をしていた。今日は３回目の夜勤である。
「実習はどう？慣れた？」
ラウンジにコーヒーを飲みにやって来たコバッチが、ノートを広げて勉強しているリュウイチに声をかけた。
「慣れるなんてとても……やりなさいって言われたことをこなすのが精一杯で……」
「医学生なんて、そんなもんだよ。心配しなくても、君はうまくやってる」
「いえ、そんな……」
「いいことを教えてあげようか。みんなが言ってるよ。『リュウの”できません”は本気にするな』って」
「何ですか？それ」
「リュウは『僕にはできません。無理です』って言いながら、ちゃんとやるんだよねって」
「……そんなことないのに……」
「何を一生懸命書いてるの？」
「治療した患者の症例とか、治療の注意点とか……いろいろです」
「へえ、リュウはやっぱりまじめだね」
「いいえ、忘れるといけないので」
「君はロマノ先生の息子なんだって？」
「ええ、そうです」
「似てないね」
リュウイチはほほえんだ。
「よく言われます。僕はママ似なんです」
「ロマノ先生ご自慢の、美人の奥さんってわけだ」
「ありがとうございます。僕が言うのもなんですが、きれいな人でしたよ」
リュウイチは、財布から写真を取り出して、コバッチに見せた。
「亡くなる１ヶ月くらい前の写真です。これが３人で撮った最後の写真になっちゃいました。……飲酒運転の大型トラックと正面衝突で……ふたりとも即死でした……ひとりぼっちになった僕を、父が引き取ってくれたってわけです」
「……ごめん……」
「いいえ、いいんです。お気になさらないでください」
コバッチもリュウイチに写真を見せた。
「僕の妻のダニエラと、娘のヤスナ」
「うわあ！かわいい！奥さんもきれいな方ですね！」
「ありがとう……息子のマルコの写真はないんだ……でも、目を閉じればすぐに会える……口のまわりにチョコレートアイスをいっぱいつけたマルコにね……」
リュウイチが息をのむ。
「僕はクロアチア人なんだ……内戦で……ブコバルの小さなアパートで……僕は食料品の買出しに出かけて……子どもたちはついてきたがったんだけど、外は危ないからって……妻も子どもたちと残った……５０メートルほど行ったとき……砲弾がアパートを直撃したんだ……マルコは瓦礫の下敷きになって死んでた……妻は脾臓を損傷して出血がひどくて……娘も息をしなくなって、心臓が止まってしまった……妻を抱いて病院へ運ぶべきだったけど、娘をおいては行けなかった……僕は娘の心肺蘇生を続けながら、助けを呼び続けた……誰も来なかった……そして、みんな……リュウ？」
リュウイチの嗚咽で、コバッチはわれにかえった。リュウイチが泣きながらつぶやく。
「……どうして……どうしてそんなひどいことが……おきるんだろう……ひとりだけ助けるなんて……そんなことできないのに……」
テーブルに突っ伏して泣くリュウイチの頭に、コバッチはそっと手を置いた。５分くらいして、リュウイチが顔を上げた。
「ごめんなさい。先生のお気持も考えずに」
「いいや、うれしかったよ。僕の家族のために泣いてくれて」
コバッチは、素直に泣けるリュウイチをうらやましいと思った。彼のように思い切り泣けば、自分の心ももう少し、軽くなるのかもしれないと……。
リュウイチが恥ずかしそうに言う
「僕、泣き虫で、自分でもいやになっちゃうんです。……でも、これって遺伝らしくて……パパも子どものころ泣き虫だったっておばあちゃんが……」
「へえ、あのロマノ先生が泣き虫だったとはね」
「あっ！いけない！今の話は内緒にしておいてくださいね。でないと僕、パパに殺されちゃう」
「さあ、どうしようか」
コバッチはにやりと笑った。
「そんなー」
「胸部の銃創患者が来るよ」
ランディが入り口から顔を出して言った。
ＳＣＥＮＥ２
夜勤から３日ほどたったある日のこと……。
「……よし、入った！リュウ！バッグして！」
「はい！」
患者は交通事故による胸部と腹部の打撲。コバッチが胸に聴診器をあてる。
「両側呼吸音減弱……チェスト・チューブを入れる。３２フレンチとテンブレードを」
「セントラルラインが入ったわ！」
チェンが叫ぶ。
「Ｏマイナスを４単位。ラピッドインフューザーにつないで」
「１４０の頻脈！」
「パドルを準備して！」
「血圧が出ない。開胸セットを」
「肺動脈がずたずただ。肺門部でクランプしよう。吸引して。……２−０のシルクとピックアップ……くそっ！細動だ！……パドルを３０にチャージ！」
「……午後２時１６分……」
コバッチは宣告し、血に染まったグローブを脱ぎ捨てた。リュウイチがぼう然とたたずんでいる。
「リュウ？」
リュウイチは無言で外傷室を飛び出し、廊下を突っ切ると、階段を駆け上がった。
コバッチは首をひねっていたが、今亡くなった患者を見て、はっとした。年恰好や髪の色、顔立ちが、先日写真で見たシオンに似ているのである。
「落ち着いた？」
コバッチの言葉に、手すりにもたれてぼんやりと景色を眺めていたリュウイチが、こちらを向いた。
「ケリーには、うまく言っておいた」
「……すみません……初日にグリーン先生に教えてもらってから、僕の指定席になっちゃいました」
コバッチはリュウイチと並んで、手すりにもたれた。
「僕もときどき来るよ。……病院の中では、ここが一番空に近いからね……」
「……あのとき……ドクターもナースも警察の人も弁護士さんもみんな、『パパもママも苦しまないで安らかに亡くなった』って……。子どもだった僕は、それをうのみにしてましたけど……そうじゃなかったかもしれないってことに、実習が始まってから気付きました……ママに似た患者さんを見てたら、もうたまらなくなってしまって……」
「君はどうして医者になろうと思ったんだい？」
「パパみたいなすご腕の外科医になって、ひとりでも多くの人の命を助けたいって」
「これからは、君が命をひとつ救うたびにいやされる……ママもパパも……そして君も……」
そう言ってコバッチは、空をあおいだ……。
ＳＣＥＮＥ３
……５年後の冬……。
「リュウ、そっちはもういいから、こっちにいらっしゃい」
スーザンが、暖め直した料理を運んでいるリュウイチに声をかけた。今日はスーザンの家でクリスマスパーティーが開かれているのだ。
「今日はおいしいお料理をたくさん持ってきてもらって、どうもありがとう」
「いいえ、どういたしまして。僕、作るのが好きなので」
リュウイチは、スーザンの隣に座りながら言った。
「リュウと結婚する人は幸せよね」
アビーの言葉にチェンもうなずいて言った。
「ほんと……リュウってつくすタイプよね。そうでしょ？」
「え？まあ、好きな人が喜ぶことはなんでもしてあげたい……ですね」
「なんてかわいいの！……リュウ、好きな人いるんでしょ！」
チュニーがたずねる。リュウイチは、真っ赤になりながら答えた。
「……いますけど……僕の片思いなので……」
「えーっ！ちょっと、誰？誰？」
「病院の中の人？」
「……ええ、まあ……」
「年上？」
「馬鹿ねえ。リュウはまだ２２なんだから、年上に決まってるじゃない」
「外科？それともＥＲ？」
「ちょっと待ってください！そうやって言っていったら、わかっちゃうじゃないですか！もうその話はやめて、プレゼントを開けましょう」
リュウイチはポケットからハンカチを出し、汗をぬぐった。
「あ〜ら、食べられる下着だって。あとではいてみようっと」
パッケージを見て笑うスーザンに、アビーが真顔でたずねる。
「食べられる下着ってなにに使うの？」
チュニーが言った。
「男を釣るえさに使えば？」
「そうに決まってるじゃない」
言いながらスーザンが座った。リュウイチがいきなり鼻を押さえて上を向く。
「リュウ！大丈夫？」
「鼻血？」
「大丈夫です」
リュウイチはティッシュを鼻につめた。
「鼻血が出るなんて、下着を食べてみたいって思ったんじゃないのか？……いてて。なぐることないだろう！チェン！」
「プラット！リュウに下品なこと言わないで！」
「あ、もうひとつプレゼントがある」
チュニーがわたした包みを、スーザンはうれしそうにびりびりと破って開けた。
「あら、かわいい！」
それは赤いセーターを着た、２０センチくらいの白いウサギのぬいぐるみだった。
「あげたの誰？」
リュウイチがおずおずと手をあげる。
「ありがとう、リュウ！大切にするわね」
スーザンは、リュウイチを抱きしめてキスをした。
「僕こそ、このネコ大事にします」
リュウイチもスーザンに、『リュウに似てる』黒ネコのぬいぐるみをもらっていたのだ。
「あら、私があげたバンダナは、大事にしてくれないの？」
アビーがリュウイチをからかった。
「あ、いえ、そういうわけでは……ちゃんと大事にします」
「パパにあげたりしないでね」
「それは絶対しません。でも、取られちゃうかも……」
「いやだ！気をつけてよ」
今度はアビーも真顔で言った。
「はい」
「リュウはパパになにをあげるの？」
カーターがたずねる。
「えーと、ロケット模様のサスペンダーです。ＮＡＳＡの限定品だから、喜んでもらえると思うんですけど」
「リュウにはなにをくれるんだろうね」
「なにもいりません。休みがほしい……」
ＳＣＥＮＥ４
「リュウ、君の作った料理、すごくおいしかったよ」
「ありがとうございます」
部屋の隅っこのいすに、コバッチとリュウイチは並んで座っていた。
「君がさっき言ってた好きな人って、スーザンじゃないのか？」
思わずリュウイチは、飲んでいたオレンジジュースにむせた。せきこむリュウイチの背中を、コバッチがさする。
「ごめん」
「いいえ……でも、どうしてわかったんですか？」
「そりゃあ、わかるよ」
「内緒にしておいてくださいね」
「もちろん」
「最初に会ったときから、ずっと思い続けてるんてす」
「好きだって言えばいいのに」
「そ、そんな！先生はきっと付き合ってる人がいると思うし……僕なんかとても……」
「付き合ってる人がいたら、パーティーなんか開かないよ」
「……でも……」
「言わないで後悔するより、言ったほうがいい。それに……本当に好きなら、その人を絶対にはなしちゃだめだ……」
「……コバッチ先生……」
『やっぱりコバッチ先生は、アビーさんのことを今でも好きなんだ……』
リュウイチはぬいぐるみを握りしめた。
ＳＣＥＮＥ５
チェンがコートを取りに、ベッド・ルームへやってきた。
「あら？」
「どうかした？チェン」
スーザンとチュニーが顔を出す。リュウイチがベッドにうつぶせになって眠りこんでいた。
「リュウがこんなところでつぶれちゃってるの……プラットが飲ませたから……」
「幸せそうな顔して眠ってるわね。あれ！リュウったら、ぬいぐるみを抱きしめてる。子どもみたい。どうするの？スーザン。家まで送り届ける？車に乗せるの手伝おうか？」
「あー、でも、リュウの家ってロマノ先生がいるのよ」
「ほんとだ。送って行ったら怒鳴られそう」
「……いいわ。リュウの勤務は確か朝の８時からって言ってたから、このままうちに泊める」
「襲っちゃだめよ」
「わかってる」
ＳＣＥＮＥ６
リュウイチはうす目を開けた。
『今、何時だろう？……うわあっ！』
リュウイチは飛び起きた。
「……どうしよう……ルイス先生ちにお泊りしちゃった」
「リュウ、起きてたの？朝ごはんができたわよ」
リュウイチは直立不動になり、深々と頭をさげた。
「ごめんなさい！」
「いいのよ、気にしなくても」
「……あのお……僕、なにか失礼なことを言ったりしたりしなかったでしょうか」
「大丈夫。とってもお行儀よく眠ってたわよ」
「すみません」
「ほんとに気にしないで。それより朝ごはんを食べましょ」
ＳＣＥＮＥ７
リュウイチは着替えを取りに家に戻った。かぎを開け、そっと中に入る。静かにドアを閉めた瞬間、
「こそこそと朝帰りか？」
と声をかけられ、リュウイチは飛び上がった。
「ただいま。夕べは遅くなっちゃったから、みんなでルイス先生の家に泊めてもらったんだ」
「へえ、そうか。まあ、誰とどこに泊まろうと、俺の知ったこっちゃないが、コバッチのように問題をおこすなよ」
「その紙袋の中に入ってるのはプレゼントか？」
「ええ」
「なにをもらったんだ？見せてみろ」
ロマノは紙袋の中身をテーブルの上にあけた。
「このバンダナは俺がもらうぞ」
「だめです」
「じゃあ、このネコだな。オフィスに飾る」
「その子は絶対にだめっ！……わかりました。バンダナはパパにあげます」
リュウイチはロマノからぬいぐるみをひったくると、プレゼントを紙袋におしこみ、２階へ駆け上がった。
ＳＣＥＮＥ８
「……アビーさん……あのう、実は……」
「おい！リュウ！そんなところで油を売ってないで、さっさとオペ室に来い！」
ロマノが頭に巻いているバンダナを見て、アビーは眉をひそめた。
「……そういうことね」
「すみません。今度お昼をおごります」
ＴＨＥ ＥＮＤ
お読みいただきありがとうございましたm(_
_)m
今回のお話は、一応、ルカへのエールのつもりで書きました(^_^;後半は第９シーズン第１０話「ふり返れば」（ＨＩＮＤＳＩＧＨＴ）のクリスマスパーティーのシーンをアレンジしています。
また書けたらＵＰいたしますので、どうぞよろしくお願いいたしますm(_
_)m