THE GENTLE DRAGON

 

 

 

SIDE STORY 26  「A PICNIC」  

 

 

SCENE1
 「クッキーを食べる人!」
「はーい!」
子どもたちがいっせいに手をあげる。
「リュウ!車が汚れるだろう!」
ロマノが運転席からどなった。
「いいじゃないですか。みんなせっかく喜んでるのに」
「むこうについてからにしろ」
「また、そんな……わかりました。じゃあ、僕があとで車の掃除をしときますから」
「そういう問題じゃないんだ」
「ロバート、もうやめて。今日は楽しいピクニックなんだから」
「ごめんなさい、お父さん。リュウにはあとでよく言っておくわね」
 
 今日はめずらしく4人(ロマノ、エリザベス、リュウイチ、スーザン)そろって休みがとれたので、子どもたち……エラ(11歳)、ジェフ(7歳)、カノン(花音 リュウイチとスーザンの娘 5歳)、カズネ(和音 リュウイチとスーザンの息子 3歳)……をつれて、ピクニックに行くところなのである。
 自分たちの仕事の都合で、預けたり預かったりしているため、子どもたちはふたつの家を毎日のように行き来していた。また、歳が比較的近いこともあり、きょうだいのようにして育っていたのである。だが、両家全員での外出というのはなかなか機会がない。なので、今日は子どもたちは朝から大はりきりであった。



SCENE2
 「壮観だな」
「すごいわね」
「8人分だから」
「誰かさんが3人前食べるから、10人分でしょ」
「作った人には、たくさん食べる権利があるんだ……お〜〜い!子どもたち!ご飯だよ!」

 子どもたちは歓声をあげた。
「お兄ちゃんすごい!」
「おいしそうだね!」
「パパすごい!」
「しゅご〜い」

 「いただきま〜〜す!」
カノンは、あぐらをかいているリュウイチの足の間に座っている。
「カノン、そうやってると、パパの口から落ちたものが、髪の毛についちゃうわよ」
スーザンはカズネにサンドイッチを食べさせながら、カノンをからかった。
「いいの。カノンはパパのおひざがいい」
「そうだよね。パパとカノンは仲良しだもの」
「うん、カノンは大きくなったらパパのお嫁さんになるの」
「それはうれしいなあ」
娘にめろめろのリュウイチの隣で、ロマノはちらっとエラを見、心の中でため息をついた。ロマノのひざには、いつもエラが座っていた。あの日々は永遠に続くと思っていたのに……そうではなかったのだ。

 「でも、本当は結婚できないわよね」
エラの言葉に、ジェフがまゆをひそめる。
「それはそうだけど……。いいじゃない。カノンはまだ小さいんだし」
「私は結婚できるわ。だって血がつながってないんだもの」
「お兄ちゃんだけじゃないでしょ。お姉ちゃんはパパとだって、カズとだって結婚できる」
「パパにはママがいるわ」
エラの言葉はロマノの胸に小石を投げ入れ、波紋のように寂しさが広がった。ついこの間まで、パパと結婚すると言ってくれていたのに……。
「お兄ちゃんにだって、スーザンがいるよ」
「そんなことくらいわかってるわよ。うるさいわねえ、弟のくせに」

 「ぼく、エラとけっこんしゅる」
カズネがエラの前にやってきた。
「はいはい、ありがとね」
口ではぶっきらぼうに言いながら、エラはうれしそうにカズネを抱きしめてキスをした。
「あら?カズ。さっき車の中で、リズと結婚するって言ったわよね」
エリザベスが笑いながら言う。
「昨日ねんねするときは、ママと結婚するって言ってたのよ」
「ぼく、みんなとけっこんしゅるの」
まじめな顔で言うカズネに、全員が爆笑した。

 「カズ、こっちに来い」
ロマノはカズをひざに抱いた。
「今年はカノンとお前に泳ぎを教えてやるぞ。お前たちのパパにまかせてたら、また運動音痴になってしまうからな」
「教えるのはいいけど、乱暴しないでくださいよ、パパ。泳げないのに水の中に放り込んだりとか……」
「誰がそんなひどいことを、かわいいこいつらにするもんか。な〜〜カズ」
ロマノがカズにほおずりをする。
「したでしょう!僕に!」
「そうだったか?」
「……くそっ……今度一回沈めてやる……」
「なにか言ったか?」
「いいえ」



SCENE3
 「サッカーをやりたいやつは一緒に来い」
「やったー!」
ジェフが大喜びで走っていく。
「カノンもカズもいらっしゃい。じいじが遊んでくれるって」
エラはカズネとカノンの手をひいて、ロマノと並んで歩いた。

 「リュウ、なにしてるの?」
「あとかたづけ……おなかのなかにね……捨てるのはもったいないもの」
「そんなにたくさん食べるのに、どうしてちっとも太らないのかしら。……すごく不公平だわ」
スーザンの言葉に、エリザベスはふきだした。
「ちょっと、笑わないでよ、エリザベス」

 「あとはゴミをまとめてと……」
リュウイチはこまねずみのように、くるくると働いた。
「ほんとにリュウはまめねえ。あなた幸せよ、スーザン」
「そうなの。リュウが家にいるときは家事を一手に引き受けてくれるから、すごくらくちんで……これも太る原因だわね……」

 「さてと、片付けも終わったし、ひとねむりしようっと」
「サッカーはやらないの?」
「僕の運動音痴を忘れたの?スーザン。それに今日は夜勤なんだ」
リュウイチは草の上にごろりとねころび、帽子を顔の上にのせた。



SCENE4
 「お父さんも元気ねえ。リュウよりよっぽど体力があるわ」
子どもたちとサッカーに興じているロマノを見ながら、スーザンが言った。
「そうなの。ロバートはスポーツ万能で、息子と一緒にスポーツをやるのが夢だったらしいんだけど、リュウはあの通りだし……だから、今やっと夢がかなったってことね」
 エリザベスとスーザンは歳が近く、スーザンとロマノも、スーザンとリュウイチより歳が近い。カノンとカズネはエリザベスのことを『リズ』と呼び、ロマノを『じいじ』と呼んでいる。そしてスーザンはロマノを『お父さん』と呼んでいるのだが、これが当初ロマノは不満だった。自分だけ年寄り扱いだというのである。しかしロマノが『おじいちゃん』なのはまぎれもない事実であり、スーザンがまさか『ロマノ先生』と呼ぶわけにもいかないし……ということになったのである。

 「エラがそろそろ反抗期みたい……」
エリザベスがため息をついた。
「うーん、そう言われればそうかもしれないわね。でも、カノンやカズの面倒はよくみてくれてるわよ」
「けっこう弟思いだし、ロバートにもあの子なりに気を使ってるみたいなんだけど、その分私とよくぶつかるの」
「それは反抗期というよりも、性格が似てるからじゃない?」
「そうかしら……ほんとうにいやになるくらい私にそっくりなのよ」
「いいじゃないの。顔もママに似てきたわね。……ジェフはパパ似かな」
「そうね。髪の色も目の色もパパと同じだし……でも、中身はロバートには似てないわ。どちらかというと、リュウの方が性格はロバートに似てると思う。ロバートは子どもの頃泣き虫だったみたいだから……カノンはママ似で、カズはパパ似ね」
「外見はね。カノンはあれでけっこう気が強いところがあるの。カズは泣き虫のくせにお調子者なのよね」
「ジェフって……ときどきマークに似てるって思うときがあるの……変でしょ」
「でもそれ、私も思うことあるわ……不思議ね……もう10年になるのかしら……マークが亡くなって……」
「そうよ……あっという間だった……」
「ほんとね……」

 「お父さんが子ども好きだとは意外だったわ。カノンもカズもすごくなついてる」
「日頃の言動からは、とても想像できないわよね。でもあの人、エラは甘やかすくせに、ジェフには厳しいのよ」
「血がつながってないから?」
「最初はそう思ってたんだけど、カノンやカズにも甘いでしょ」
「そうね」
「リュウにも厳しすぎるくらいだったし、どうも息子を甘やかさない主義みたい」
「でもいいわよ。リュウなんて、大甘なんだから」
「あなたが子どもを叱るときに、かばうとか?」
「それはしないんだけど、私が叱ったら、自分が涙ぐんでるのよ」
「それなあに……リュウらしいけど」
エリザベスは爆笑した。
「子どももパパも泣いてるなんて、私、罪の意識にさいなまれちゃう。ただ、しつけしてるだけなのに」
「じゃあリュウは、自分では叱らないのね」
「ううん、叱らなきゃいけないことは、ちゃんと叱るわ……でも、あとで泣いたりしてる。かわいそうだったって」
エリザベスは、身体を折り曲げて笑い転げた。
「……ああ、苦しい……あなたも大変ね、スーザン」
「でしょ」



SCENE5
 帰りの車の中では、スーザンとエリザベス以外の全員が眠ってしまっていた。
 
 「どうしたのかしら、この渋滞……」
運転しているエリザベスがぼやいた。
「ちょっと見て来るわ」
「気をつけてね」

 「あら、大変!」

 「ロバート!リュウ!起きて!交通事故よ!」
「……誰がけがした!」
「うちじゃないの!5台先で正面衝突!」
リュウイチは、ドクターズ・バッグをつかんで飛び出した。

 2台の乗用車が正面衝突しており、前部が大破していた。
すばやくグローブをはめたリュウイチとスーザンは、被害者の男性に駆け寄った。エアバッグが作動している。
「頭をうちましたか?」
スーザンがたずねる。
「……いいえ……」
リュウイチが胸に聴診器をあてた。
「左側呼吸音減弱……肋骨が折れてるな……チューブを入れなきゃ」
「リュウ、頭部も頚椎・脊椎も大丈夫よ。エアバッグのおかげね。動かせるわ」
「左の足首が折れてて脈が触れないんだ。はやく整復しないと……よし!外へ出そう!」
ふたりは被害者を道路に敷いたシートに横たえ、治療を始めた。

 「リュウ!そっちはどうだ!」
ロマノがどなる。
「左肋骨骨折に、左足首の骨折!チェスト・チューブを入れて、足首は整復したら脈が戻りました!」
「スーザンにまかせて、こっちに来い!」
「はい!」

 「開胸を手伝え。リジーはバッグしてるから、手が離せないんだ」
「はい」
「……思ったとおりだ……心臓に折れた肋骨が突き刺さってる……リュウ、はずすから、穴を押さえろよ」

 到着した救急隊員は驚いた。Tシャツに短パンやジーンズ姿の4人が、けが人の治療をしているのだ。
「あなたたちはいったい……」
「Familyだ。妻と息子と、息子の嫁……どういうわけかみんな医者なんだ」
そう言ってロマノはにやりと笑った。

 けが人は無事に応急処置も終わり、救急車に乗せられた。見物人から拍手が沸き起こる。

 エラはジェフと手をつなぎ、人だかりの一番前で、ロマノたちが治療するのをずっと見ていた。エラもジェフも、おとなたちの仕事中の顔、『ドクター』としての顔を見るのは初めてである。
 エラの心臓はどきどきと早鐘のようにうち、のどはからからにかわいていた。思わず弟の手を握り締める。ジェフもぎゅうっと握り返してきた。ふたりとも、ひと言も口をきくことができなかった……。



SCENE6
 『さあ、もうひと眠りしよう』 
リュウイチは、楽な姿勢に座りなおした。
「お兄ちゃん……」
エラが前のシートにひざ立ちになり、背もたれの上から顔をのぞかせている。
「なあに?」
「お兄ちゃんは、どうしてドクターになろうと思ったの?」
エラの言葉に、隣に座っていたジェフも、いそいで同じように顔を出した。
「僕も聞きたい」
ふたりがあまりにも真剣な顔をしているので、リュウイチはほほえんだ。
「……10歳のクリスマスの日に、カウンティのERでパパが心臓を刺された人の命を助けたのを見て、すごいなあって思ったんだ。僕もパパみたいにすご腕の外科医になって、ひとりでも多くの患者の命を助けたいって……」
「ふうん……」
「そうなんだ……」
「どうかしたの?」
「ううん、なんでもない」
「僕もなんでもない」
「じゃあ、僕は寝るよ。今日は夜勤だから」

 エラはシートに座ってしばらく考え込んでいたが、ジェフに小声で言った。
「私、ドクターになる」
ジェフもささやいた。
「僕も。すご腕の外科医になるんだ」



SCENE7
 「リュウ!起きて!時間よ!」
スーザンに揺り起こされて、リュウイチはあわててソファーから飛び起きた。
「なにか飲む?」
「ありがとう。でも、もう行くよ。シャワーも病院で浴びるから」
「じゃあ、はい。着替え」
スーザンはリュウイチにバッグをわたした。
「ありがとう。えーと、明日のお迎えはどうすればいいの?」
4人分のシフト表をチェックしながらスーザンが言う。
「私、明日はあがりが夜の12時なのよ……お父さんに連れて帰ってもらうわ……9時にあっちに迎えに行って」
「了解。じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
リュウイチとスーザンはキスをかわした。

 「さあ、シャワーを浴びてこようかな」
リュウイチはオフィスでバッグを開けた。
「……カノンとカズのパンツが入ってる!どうして?……これって子どもたちのお泊りセットだ……まいったな……」



THE END

 

 

 お読みいただきありがとうございましたm(_ _)m

 また書けたらUPいたしますので、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m

 

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