ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＳＩＤＥ ＳＴＯＲＹ ２２ 「ＤＥＡＲ ＤＡＤ」
このお話は、第８シーズン第３話「激怒 ＢＬＯＯＤ，ＳＵＧＡＲ，ＳＥＸ，ＭＡＧＩＣ」の内容を一部含んでおりますm(_ _)m
ＳＣＥＮＥ１
「リュウ、ちょっといいか？」
「何ですか、マルッチ先生」
「実はお前に頼みがあるんだ……金を貸してくれないかな」
「お金、ですか……」
少し戸惑い気味のリュウイチに、マルッチはたたみかけるように言った。
「なあ、頼むよ。別に遊びに使おうっていうんじゃない。急に入用になっちまったんだ」
「いくらくらいですか？今、あんまり持ち合わせが……」
「……３千ドル……」
「３千ドル！」
「おい、声がでかいぞ」
「ごめんなさい。いったい何に使うんですか？」
「おふくろが怪我しちまって……大したことはないんだ。右足の骨折なんだけど、俺、息子をお袋に育ててもらってるから」
「息子！」
「「ほらまた、でかい声出すなよ」
「すみません。でも、先生にお子さんががいるなんて、全然知りませんでした」
「３つになる。ケビンっていうんだ」
マルッチは財布から写真を取り出した。
「うわあ、かわいい！」
「かわいいだろう。俺そっくりだ。……お袋が動けない間、ベビーシッターを雇わなきゃならないし、医療費も払わなきゃならないし、生活費も面倒みてやらないと……あれこれあわせると、３千ドルくらいになっちまう。目いっぱい必死で働いても、それだけの金を作るには２ヶ月はかかるし、それじゃ間に合わないんだ。息子への仕送りで余裕がなくて貯金はゼロだし……なあ、頼む」
「そうですね……」
実はリュウイチは、結構お金持ちだった。シオンとシュウの遺産と補償金、それに自分のＣＤや写真集の印税、コンサートのギャラなどなど……。だから、マルッチに３千ドル貸すのは何でもなかったのである。しかし、とリュウイチは思った。貸すという形にすれば、マルッチが返さなくてはならず、どうやらあまり余裕のない生活を送っているらしいマルッチが、返済のために大変な苦労をするのは目に見えている。そうかといってお金をあげてしまうというのでは、彼のプライドを傷つけるかもしれない。考え込んでいるリュウイチにマルッチは言った。
「お前が金を持ってないんだったら、親父さんの持ち物をちょっと拝借して、売り飛ばすってのはどうだ？家にあるんじゃないのか、金の置物とか……。そうそう、親父さん、高そうな腕時計してるだろ。あれ、売っぱらっちまえよ」
「ち、ちょっと待ってください！そんなことしたら、僕は庭の木につるされて、火あぶりにされちゃいますよ。え〜〜と、こういうのはどうでしょう。僕がアルバイトをしますから、その間、シフトを代わって下さい。そうすれば、先生が働いてお金を稼いだのと同じでしょ。だから僕にお金を返さなくてもいいし、いい考えだと思いませんか？」
「そうか？なんかちょっと違う気がするけど、まあいいや。お前がそれでいいって言うんなら」
「じゃあ、きまり」
「アルバイトって、何のアルバイトだ？」
「ちょっとナイショです」
リュウイチはにっこり笑って、片目をつむった。
ＳＣＥＮＥ２
「よお、デイブ。元気か？」
白いＴシャツに黒の革のパンツとベスト、サングラスをかけ、黒のストレートヘアを後ろでひとつにまとめた男に、廊下でマルッチは声をかけられた。
「……誰だ、お前」
男はサングラスをはずしてみせた。
「……リュウ！」
「しーっ！」
「どうしたんだ、その格好」
「これからバイトの面接に行くところなんです。これで変装は成功っと」
ＳＣＥＮＥ３
リュウイチは、『レインズ ジャズクラブ』という店にやってきた。中に入り、オーナーのレイン・ハリスにあいさつをする。
「初めまして。昨日お電話しました、ショーン・ウィルスンです。どうぞよろしくお願いします」
「やあ、ハリスだ。開店まであと１時間しかない。すぐに始めよう」
ハリスは、ステージのピアノを指差した。リュウイチはうなずいて、ステージにあがり、ピアノを弾き始める。今日は、この店のオーディションを受けに来たのだ。弾き始めて３分もたたないうちにハリスは立ち上がり、どこかへ電話をかけた。
リュウイチが演奏し終わると、ハリスはもう１曲リクエストした。しばらくすると、ふたりの男が店にやってきて、ハリスと一緒にリュウイチの演奏を聴き始めた。リュウイチが弾き終えると、男たちは低い声で何か話し合っていたが、やがて、ハリスがステージのリュウイチを手招きした。
「いい演奏だった。合格だ」
「ありがとうございます」
「明日から１０日間。時間は夜７時から１１時までで、休憩をはさんで２ステージ。ギャラは１日５百ドルでどうだ？」
「えっ！」
「不満か？」
「いいえ、とんでもありません！どうもありがとうございます！」
「じゃあ、よろしく。また明日」
「こちらこそよろしくお願いします」
ハリスと握手を交わして、リュウイチは弾むような足取りで、店の出口へと向かった。思っていたよりギャラがずいぶん多かったので、うれしかったのである。
「おい、リュウ！」
呼ばれて思わずふりむいたリュウイチは、しまったという顔をした。ハリスと、ふたりの男がにやにや笑っている。
「やっぱり、プリンス・リュウだ」
リュウイチは頭をかくと、サングラスをはずした。
「どうしてわかったんですか？」
「そりゃあわかるさ。なあ、ジョン」
「ああ、聴けばすぐにわかる。ダニー、何か意見は？」
「こんなにうまいやつが、めったやたらにいてたまるもんか」
「だよな」
「…………」
ハリスがリュウイチの肩をたたきながら言った。
「まあ、お前がプリンス・リュウだってことは内緒にしておいてやるよ。でもどうして、変装してまでジャズクラブでバイトなんかするんだ？」
「実は僕の友人が……」
リュウイチは事情をかいつまんで話した。
「へえ……まあ、５千ドルあれば、当座はＯＫだろうな。……紹介しておこう。ドラムのジョン・マンチと、ベ−スのダニエル・ジョナスだ」
ふたりとも、シカゴジャズ界きっての大物である。
「初めまして、リュウイチ・ロマノです。おふたりとセッションできるなんて、夢みたいです」
「俺たちこそ、プリンス・リュウとセッションなんて、光栄だよ」
ＳＣＥＮＥ４
「マルッチ先生、面接に受かったので、明日からバイトに行ってきますね。１０日間、６時半から１１時半までシフトの交代よろしくお願いします」
「ああ、もちろん。こっちこそありがとうな。で、バイト代はいくらくらいになりそうだ？」
「それがね、思ったよりはずんでくれて、１０日で５千ドル稼げそうです」
「……と、１０日で５千ドル？いったい何のバイトだ？」
「な・い・しょ・です」
「ちょっと、リュウ！その髪どうしたの？」
「……ええ、気分転換しようと思って……」
「へえ……さらさらねえ……ちょっと、じっとしてて」
「フィンチ先生？」
クレオはリュウイチの髪を三つ編みにし始めた。
「や、やめてください！」
「あ！もう！動かないで！アビー！」
「何？どうしたの？あら、リュウ！ストレートにしたの？」
「リュウを押さえててよ」
「了解！」
「やめてくださいよ。アビーさんまで」
「ふたりでやれば早いのに」
「ほんとね……チェン！手伝って」
「なあに？リュウ、かわいい！三つ編みね。まかせて」
「もうっ！やめてくださいってば」
「はい、できあがり」
「リボンがあればいいのに」
「何してるの？リュウ！とってもかわいいわよ。ちょっと待って……」
エリザベスは、リュウイチのおさげに赤いリボンをつけた。
「これで完璧ね」
「ち、ちょっと！エリザベス先生！」
「リュウ、絶対ほどいちゃだめよ。わかったわね」
「そんなあ……」
情けなさそうなリュウイチをよそに、女性陣は大喜びである。
「こうすると、どこから見ても女の子ね」
「明日はお団子ヘアにしましょ」
「それいいわね」
「カチューシャもかわいいかも」
「ほんとだわ。私持ってくる」
外科の廊下を、カルテに目を通しながら歩いていたロマノは、ふと顔を上げた。
「おや、今すれちがったおさげの女は学生か？……おい、そこの学生！…………リュウ！」
「……パパ……元気？……痛っ！……ちょっと、カルテなんかでたたかないでよ！」
「飛び蹴りしてやろうか？この！馬鹿っ！ロマノ家の恥さらしっ！」
ＳＣＥＮＥ５
リュウイチの１０日間のアルバイトが終わった。
「マルッチ先生、シフトを代わっていただいて、ありがとうございました。これ、バイト代です」
「ほんとにどうもありがとう」
マルッチは、リュウイチと握手をかわした。
「いいえ、どういたしまして。とっても楽しいバイトだったので、お礼を言っていただくと、何だか後ろめたいです」
「楽しいって言ったって、俺のために、まあ……身体を張ってくれたわけだし……」
「身体を張るだなんて大げさな……」
「金持ちのばばあと付き合って金を稼いでくれるなんて、お前ってほんとにいいやつだよなあ」
「え？」
「あ！もしかして、じじいか？……リュウ、ごめんな。俺のために……」
「ち、ち、違います！そんなことしてませんっ！」
「だって、１０日で５千ドルなんて、それしかないだろ」
「他にあるんですっ！」
「俺に気をつかって、うそつかなくてもいいんだぜ。あ、それとも恥ずかしいか。そりゃそうだよな。ごめん、もう聞かないからさ」
どんどん誤解を深めていくマルッチに、リュウイチはあせって言った。
「ジャズクラブで、ピアノを弾いてたんです！」
「……ピアノかあ！……プリンス・リュウだもんな……すげえな、１０日で５千ドル……もったいないんじゃないのか？医者になっちまったりして」
ＳＣＥＮＥ６
「お呼び出しのご用件は？」
オフィスで書類を書いていたロマノは、リュウイチに新聞を投げてよこした。
その小さな記事には、『レインズ ジャズクラブ』に突然彗星のごとく現れた、ショーン・ウィルスンという青年のことが、写真入りで書かれていた。ジョン・マンチとダニエル・ジョナス、ふたりの大御所と堂々と渡り合ったショーンのピアノは人々をすっかり魅了してしまい、彼が出演した１０日の間、連日クラブには、いつもの２倍の観客が詰めかけたとあった。
「お前のしわざだな、リュウ」
「ええ……。でも、どうしてわかったんですか？」
「写真を見れば一目瞭然だ」
「せっかく変装したのに……」
「何年お前の親をやってると思う。……なぜこんなことをやらかした？」
「友達が急にお金が必要になってしまって……アルバイトです」
「いくら稼いだ？」
「５千ドル」
「へえ……で、その髪は何だ？」
クレオたちのいたずらに閉口して、アルバイトが終わるとすぐにリュウイチは髪の毛を元に戻したのだが、なぜかそれはまだ続いていた。ちなみに今日はアップにして、シニヨンでまとめられている……。
ＳＣＥＮＥ７
……約１年後……
「解雇？マルッチ先生が？」
ＥＲで夜勤をするために外科からおりてきたリュウイチは、マルッチが急に解雇されてＥＲから去ったと聞いて、思わず大きな声を出した。
「理由は何ですか？」
リュウイチはラウンジにやってきた。ウィーバーがコーヒーを飲みながら、カルテの整理をしている。
「マルッチ先生を解雇されたそうですね」
「ええ」
「先生は、４つになる坊やを養わなきゃならないんです！」
「知ってる」
「知ってて解雇したんですか！」
「いいえ、あとから聞いたのよ。本人から」
リュウイチはしばらくうつむいていたが、顔を上げて静かに言った。
「……でも先生は、解雇を取り消さなかった。それは結局、知ってて解雇したのと同じってことですよね……失礼します」
リュウイチは、閉まりかけているエレベーターに飛び乗った。
「パパ！」
「入るときはノックくらいしろ！」
「マルッチ先生が解雇されちゃったんだ！」
ケリーのやつ、いけにえはマルッチにしたのか……と思いながら、そ知らぬ顔でロマノは言った。
「そうか、俺はまだ聞いていないが……。それがどうかしたのか」
「パパの力で、何とかならない？」
「だめだ」
ロマノはにべもなくはねつけた。
「そこを何とかお願いします。マルッチ先生は、４歳になる息子を養わなきゃならないんだ。クビになったら困るんだよ」
必死に懇願するリュウイチを、ロマノは怒鳴りつけた。
「そんなこと俺の知ったこっちゃない！解雇されるようなことをするやつが悪いんだ！甘っちょろいことを言ってないで、さっさと勤務につけ！」
リュウイチは顔を真っ赤にしてわめいた。
「解雇はどうせまた、とかげのしっぽ切りなんだろっ！先生親子にとっては死活問題なんだぞ！このわからずやの、クソ親父っ！」
ロマノは無言で、リュウイチの頬をなぐった。ふっ飛んだリュウイチが素早くはね起きて、なぐり返してきた。まさか息子が反撃するとは思ってもみなかったロマノはふいをつかれ、パンチは頬にクリーン・ヒットし、よろけたところに頭突きをくらってしりもちをつく。リュウイチは怒りに任せてぐいぐいとロマノの首を締め上げた。息子の腕力の強さを意外に思いながら、ロマノはひざで腹を蹴り上げる。リュウイチは小さく呻いて顔をしかめたが、力をゆるめなかった。さらに何度か蹴られて、リュウイチはやっと首から手を離し、今度はロマノに組み付いた。もちろんロマノは、簡単にたたきふせるつもりであったのだが、捨て身でむちゃくちゃにむかってくるリュウイチに、いささか手を焼くはめになってしまった。
「……あらあら、これじゃあいくらノックしても返事がないはずね」
シャーリーはバケツをさげて戻ってくると、組み合ったまま床を転がっているふたりに、思い切り水をぶちまけた。
「うわっ！」
「何するんだ！この馬鹿っ！」
「馬鹿はそっち」
ＳＣＥＮＥ８
解雇された次の日、ロッカーの荷物を取りに来たマルッチは、ロマノのオフィスに立ち寄った。人事課で手続きした際、行くようにと言われたのだ。
やれやれ、この上にまだお小言か？ため息をつきながら、マルッチはドアをノックする。
「アトランタのナイジェル病院、知ってるな」
いきなり言われて、マルッチは一瞬返答につまった。
「おい！知らんのか？」
「いいえ、知ってます」
「ＥＲ部長に話は通しておいた。来週の月曜から勤務しろ」
「…………」
「どうした？」
「……ありがとうございます！」
「喜ぶのはまだ早いぞ。使い物にならなかったら、即クビにしろって言ってある。話はそれだけだ。さっさと出て行け。私は忙しいんだ」
マルッチが去ったあとで、ロマノはつぶやいた。
「……がんばれよ、パパ……」
ＳＣＥＮＥ９
マルッチはリュウイチをシカゴ川沿いのＲｉｖｅｒ ｗａｌｋに呼び出した。
「マルッチ先生！」
駆けてくるリュウイチに、マルッチが手を振る。
「よお、リュウ。呼び出してごめんな」
「いいえ、僕も先生にお会いしたかったから」
「お前、足引きずってるけど、どうかしたのか？顔もあちこちはれてるぞ」
「ちょっと昨日の夜、ハゲのチンピラに喧嘩を売られて……」
「おい、気をつけろよ……リュウ、どうもありがとう」
「？」
「ドクター・ロマノが話をつけてくれて、俺、来週の月曜日から、アトランタのナイジェル病院のＥＲで働けることになったんだ。実家のすぐ近くだから、ケビンとも一緒に暮らせる。お前が親父さんに頼んでくれたおかげだ」
「いいえ、僕は何も言ってませんよ。先生の解雇を何とか取り消してくれとは頼みましたけど、きっぱり断られちゃいました。それに第一僕は、先生の実家がアトランタにあるだなんて、今の今まで知りませんでしたもの」
「……ってことは、親父さんが調べて、ナイジェルに頼んでくれたのか」
「でしょうね。実家の住所は、人事課にでも聞いたんでしょう……あのクソ親父め……」
「今、何て言った？」
「いいえ、こっちの話です。でも、よかったですね。坊やと一緒に暮らせて」
リュウイチのポケベルが鳴った。
「ＥＲから呼び出しだ。すみません、行かないと」
「じゃあ、元気でな」
「先生こそお元気で、ケビンによろしく」
「親父さんにもよろしく言っといてくれ」
リュウイチとマルッチは、抱き合って別れを惜しんだ。
ＳＣＥＮＥ１０
会議を終えてオフィスに戻ってきたロマノは、デスクの上に一枚のカードが置かれているのを見つけた。
『 クソ親父様
降参です。
僕は一生あなたに頭が上がりそうにありません。
馬鹿息子より 』
ロマノは、「ふん！」と言って、カードを放り出した……。
ＴＨＥ ＥＮＤ
お読みいただきありがとうございましたm(_
_)m
マルッチの突然の降板がとても残念だったので、幸せに暮らしていてほしいなあと、こんなお話を書いてみました。(^^)
次回は、特別企画「ＣＯＭＭＥＭＯＲＡＴＩＯＮ」です。どうぞよろしくお願いいたしますm(_
_)m