ＴＨＥ　ＧＥＮＴＬＥ　ＤＲＡＧＯＮ

ＳＩＤＥ　ＳＴＯＲＹ　２０　　「ＴＨＥ　ＰＲＥＳＩＤＥＮＴ」　　

ＳＣＥＮＥ１
　遊園地での事故の救助活動の際、重傷を負った（ＴＨＥ　ＧＥＮＴＬＥ　ＤＲＡＧＯＮ　ＥＰＩＳＯＤＥ１７　「ＢＲＥＡＫ　ＤＯＷＮ」）リュウイチの容体は思わしくなく、最後の頼みの綱は、リュウイチ自らが使用を望んだ抗生物質の新薬のみという状況になっていた。ＥＲ及び外科を中心に、何人もの人々が様子を見に病室を訪れていたが、誰もがカルテを見てはため息をつき、眠っているリュウイチにキスをしたり、手を握ったりして戻っていくのだった……。
　
　外傷治療の合間に、ロマノはＥＲの受付で電話をかけていた。
「……おい！いい加減にしてくれ！こっちは人の命がかかってるんだ！ぐずぐずするな！」
受話器をたたきつけて電話を切ったロマノに、ウィーバーが声をかける。
「まだ薬が届かないの？」
「ああ、もうこれで３回電話をかけてるんだが……」
「リュウはどんな具合？」
「よくないな。意識が混濁して、うわごとを言ってる……」

　ベッドの脇の椅子に座ると、ロマノはリュウイチの手をそっと握った。しばらくして、リュウイチが意識を取り戻す。
「……パパ……カルテを見せて……」
「いい加減にしろ。病人はおとなしく寝てるもんだ」
「僕……自分の状態を……正確に知りたいんだよ」
ロマノは口をへの字にして、乱暴にカルテを差し出した。
　カルテを見たあと、リュウイチはしばらく天井を見つめていたが、やがて口を開いた。
「……パパ……僕が死んだら……」
「リュウ！」
「……ピアノは……」
「聞こえんな」
「……シュウ・パパの母校……ジュリアードに寄付してね……それから……僕の銀行預金を……カウンティに寄付してほしいんだ……」
「…………」
「……引き取って育ててくれて……ありがとう……ごめんね……老後の面倒をみてあげられなくて……」
「馬鹿っ！許さんぞ！リュウイチ！」
リュウイチがほほえみながらつぶやく。
「……初めてだね……パパに……リュウイチって呼ばれたの……愛してるよ……パパ……」
「……おい！リュウ！……リュウ！……くそっ！また意識がなくなった……」



ＳＣＥＮＥ２
　ベントンが手術前の手洗いをしていると、エリザベスが入ってきて手を洗い始めた。
「緊急のオペか？」
「いいえ、ロバートに頼まれたの。代わってくれって」
「……めずらしいな」
「リュウの治療に使う抗生物質を取りに行ったの。届くのを待ってたんじゃ間に合わないって言ってたわ」
「……容体がまた悪くなったのか……」
「……ええ……急に悪くなったみたい……昏睡してるって」
ふたりは同時に深いため息をついた。

　

ＳＣＥＮＥ３
　ロマノが手に入れてきた抗生物質の新薬のお陰で、リュウイチの容体は少しずつ快方に向かっていった。１週間の投与で危険な状態を脱し、２週間で退院というめどもたったのである。リュウイチにかかわるすべての者が愁眉を開いたが、やがて、ロマノはあることに気がついた。
　
　部長会議の後、ロマノは精神科部長のカール・デラードを呼び止めた。　
「おい、カール」
「ロバート、リュウはだいぶ元気になったらしいな。よかったじゃないか」
「ありがとう。ただ、ちょっと心配なことがあるんだ」
「どうしたんだ？」
「リュウのやつ、妙に影が薄くなったというか……なんかこう、透き通ってるっていうか……」
「透き通ってる？随分詩的な表現だな」
「うまく言えんが、ともかく変なんだ」
「それは、リュウが死にかけたことが君のトラウマになってて、そういうふうに感じるんだと思う。カウンセリングを受けた方がいいな、ロバート」
「いや、それは違う。私は大丈夫だ。おかしくなってるのは、リュウの方だ」
「本人に聞いてみたのか？」
「何て聞くんだ？お前、透き通ってるぞって言うのか」
「わかった。時間を作ってリュウに会ってみるよ」
「よろしく頼む」



ＳＣＥＮＥ４
　デラードが、リュウイチの病室にやってきた。
「やあ、リュウ。元気になってよかったな」
「ありがとうございます」
あたりさわりのない世間話をしながら、デラードはリュウイチを観察した。死の淵から生還してまだ間がないということを差し引いても、やはりどことなく、リュウイチの様子はいつもと違っていた。ロマノの言うとおり、『透き通っている』というのが一番しっくりくる。まさにそういう感じであったのだ。デラードは、単刀直入に本題に入ることにした。

　「実を言うと、君のパパに、会って話を聞いてやってくれって頼まれたんだ」
デラードの言葉に、リュウイチは驚いた。
「なぜでしょう」
「君の様子が変だって言うんだ。今回の事故がトラウマになってるんじゃないかって」
「……それは大丈夫です。事故の時は、ジャネットを助けようって必死になっていたので……」
「ロバートは、君が『透き通ってる』って言ってたぞ」
「……パパが詩人だったとは知りませんでした」
リュウイチはくすくす笑った。
「でも、私もそう感じるんだ。君はどこかいつもと違う」

　「僕がいつもと違うのは……僕が、考えているからかもしれません」
「考えている？」
「ええ。入院して暇ができたので、いろいろ考える時間ができたんです。この数年は、特に忙しかったので」
「どんなことを考えてるんだ？」
「ええと、この先外科医としてやっていけるのか、とか、そもそも自分は医者になってよかったのかって」
「やっていけるかって……君は自分がジャネットを助けたことをどう思ってるんだ？」
「命を救えてよかったなあって」
「それだけか？」
「……ええ」
「自分のことを、よくやったとは思わないのか」
「ええ、別に……運がよかったなとは思いますけれど」
「おい……」
デラードは思わずため息をついた。こいつはなんて謙虚なんだ。ロバートの息子とはとても思えない……。
「よかったのは運じゃなくて、君の腕だ。君の腕のお陰で、あの子は助かったんだ」
「そうでしょうか……」
「リュウ、ちゃんと事実を認識しろ。ジャネットは再手術も必要なかったそうじゃないか。あの瓦礫の中で、しかも重傷を負っていたにもかかわらず、君は完璧なオペをして、ジャネットの命を救ったんだ。どうして外科医としてやっていけないなんて思うんだ」
「…………」

　「それと、医者になってよかったのかって言ってたが、まあ、君は一流のピアニストだからなあ……。医者になったことを後悔してるのか？」
「いいえ、そうではないんです。……はたして僕みたいなのが、医者になってよかったのかどうかって」
「君は今までに何人もの命を救ってきたんだろう？」
「でも、僕がいなければいないで、別の誰かがその人の命を救ったでしょう」
「まあ、そういう理屈もあるな。確かにピアニストとしての君の代わりはいないが、医者の君の代わりは、現段階ではいくらでもいる」
「そういうこととも、また少し違うんです。それに、ピアノに関してだって、僕の代わりはいくらでもいますよ」
「リュウ！何を言ってるんだ。ドリーム・オーケストラの連続参加は伊達じゃないだろう」
デラードはあきれて言った。謙虚なのにも程がある。
　
　しばらく話して、デラードは病室をあとにした。ついでに、ロマノのオフィスに立ち寄る。
「リュウとちょっと話をしてみたよ」
「ありがとう、カール」
「どういたしまして。……あれはトラウマじゃないな。彼は悩んでいるんだ」
「何を？」
「外科医としてやっていけるかとか、医者になってよかったのかとか」
「ピアノに専念したいのか？」
「いいや、そうじゃない。でも、リュウはどうしてあんなに謙虚なんだろう。ピアノの才能まで、自分では大したことがないと思ってるんだぞ。君がプレッシャーをかけているのかと思ったが、そうじゃなくて、あれはリュウのもともとの性格なんだな。……入院して暇になったから、いろいろ考えてるんだって言ってたが、今、２０歳だろう？悩める年頃ってやつと言えなくもない。まあ、いろいろアドバイスはしておいたが、結論を言うと、あれは彼が自分で乗り越えなきゃならない問題だってことだよ」



ＳＣＥＮＥ５
　「こんにちは！」
「こんにちは……ジャネット！」
リュウイチの顔がぱっと輝く。
「元気そうだね」
「うん、明日退院なの」
「そうか！よかったね！おめでとう！」
リュウイチはジャネットの頭を抱き寄せて、キスをした。

　「具合はどう？ドクター・リュウ」
「おかげさまでね、僕もあと２週間で退院できるんだ」
「よかった！おめでとう！」
「ありがとう」
「……にしては、何だか元気がないわね」
その大人びた口調に、吹き出しそうになるのをリュウイチはがまんした。
「そうかな？体調はずいぶんいいんだよ」
「ガールフレンドにふられた？」
「ふられるもなにも、そんなものいないよ」
「えーっ！私なんか１２人いるわよ、ボーイフレンド。あ、１１人か。この間ひとりふってやったから。どうしていないの？そんなにハンサムなのに。もしかして、男の人が好きとか？」
「ち、違うよ！……仕事が忙しくて、女の子と付き合う暇がないんだ」
「それは理由にはならないわね。いくら忙しくてもお休みはあるし、職場恋愛っていう手もあるわ」
「…………」
情けないことに、ジャネットに言い負かされて、リュウイチはぐうの音もでない。

　「まあ、ガールフレンドの話はいいとして、何か悩んでる？」
ずばりと言い当てられて、リュウイチはどきりとした。
「う……あ、まあ、そんなとこ」
「何、悩んでるの？」
「……いろいろだよ。僕みたいなのが医者になって、はたしてよかったのかなって」
「なんだ、そんなこと」
また絶句してしまったリュウイチに、さらにジャネットは事もなげに言った。
「よかったに決まってるじゃない。だって、私を助けたんだもの」
「……そうだね」
「私、大統領になるの。あなたは未来のアメリカ大統領の命を救ったのよ」

　「なに馬鹿なこと言ってるんだと思ったでしょ。でも、私は本気よ。絶対大統領になって、この国を変えてみせる」
「馬鹿だなんて思っちゃいないよ。君ならきっとなれる、ジャネット」
「ほんと？ほんとにそう思う？」
「ああ、ほんとだよ」
「ありがとう！」
ジャネットはうれしそうに笑った。その無邪気な笑顔は、１０歳の少女のものだった。

　ジャネットが帰ったあと、リュウイチは天井を見ながらつぶやいた。
「……大統領か……まいったなあ……」
　人の命の重さは平等で、大統領もホームレスもみんな同じだ。とリュウイチは日頃から思っている。また命を救うことによって、自分が患者の運命を変えてしまう場合もあり得るとも自覚していた。だが、それにもかかわらず、ジャネットの言葉にはインパクトがあった。しっかりしなさいと、背中をどやしつけられた気がしたのである。それがまことに子どもらしい、他愛のない夢に過ぎないにしても……。



ＳＣＥＮＥ６
　「リュウ、明日から働け」
「ちょっとパパ、僕が退院するのは５日後です」
「病室から出勤しろ」
「そんなあ」
「部長命令だ」
　ロマノが出て行ったあと、リュウイチは思い切り深いため息をついた。あの喧騒に満ちた忙しい日々が、明日から再び始まるのだ。
　
　勤務に復帰して物理的に時間がなくなれば、くよくよ悩まなくなるだろう……これがロマノのやり方だった。

　しかしリュウイチの悩みは、すでに解消してしまっていた。医者として、外科医として、やっていく自信ができたのである。理屈で折り合いがついたのではない。感情的なものがきっかけになったのだった。もちろんそれがジャネットのあのひと言であったのは、言うまでもない。

　「よかったに決まってるじゃない。だって、私を助けたんだもの。私、大統領になるの。あなたは未来のアメリカ大統領の命を救ったのよ」




　ジャネットが第４９代アメリカ合衆国大統領に就任するのは、この３７年後のことである……。

ＴＨＥ　ＥＮＤ

　お読みいただきありがとうございましたm(_ _)m

　また書けたらＵＰいたしますので、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m

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