ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＳＩＤＥ ＳＴＯＲＹ １９ 「ＡＮ ＡＭＵＳＥＭＥＮＴ ＰＡＲＫ」
ＳＣＥＮＥ１
「なんだって？遊園地？」
夕食後、新聞を読んでいたロマノは、素っ頓狂な声をあげた。
「そうなの。パパ、今度のお休みに連れて行って。ねえ、お願い」
リュウイチを引き取ってから、まだひと月足らず。初めての『おねだり』に、いやとは言えなかった。
「……わかった、連れて行ってやる」
「ほんとに？」
「ああ、約束する」
「やったあ！ありがとう！パパ！」
リュウイチはロマノに抱きついてキスをすると、スキップをしながらピアノを弾きに行ってしまった。新聞を放り出し、ロマノはソファーに引っくり返る。
『そうか……子どもを引き取るってことは、こういうこともありなのか……遊園地とはな……やれやれ……』
ＳＣＥＮＥ２
「どうしてそうなるの！」
「誘われたの」
「断ればいいじゃないか」
「だって、リュウがかわいそうだもの」
「僕はかわいそうじゃないの？エリザベス」
「ごめんなさい、マーク」
グリーンはため息をついた。
「せっかく休みが取れたのに……どうして君はロマノとデートなんだ」
「デートなんかじゃないわ。リュウも一緒に遊園地に行くのよ」
「リュウは『だし』なんじゃないの？」
「まさか」
「いいや、わからないよ」
ＳＣＥＮＥ３
「どうしてお前がついて来るんだ、グリーン」
「……人数が多い方が楽しいと思って……」
グリーンはぎこちない笑顔を浮かべて言い訳をした。リュウイチとエリザベスが車の後部座席を占領していて、グリーンが助手席に座っているため、ロマノはこれ以上はないという仏頂面で運転している。
リュウイチが紙袋をガサガサいわせてクッキーを取り出し、みんなに配った。
「あら、おいしい」
「ほんとだ」
「いつ作ったんだ？」
「昨日」
「リュウ、食べるのはいいが、かけらをこぼすな」
「うん」
「返事は『はい』だ」
「はい」
グリーンはシャツの胸に落ちたクッキーの粉を慎重に拾い集め、窓を開けて指先を払った。ふと隣を見ると、ちょうどロマノが、ひざの上に盛大にこぼれているクッキーのかけらを、勢いよく払い落としたところだった。思わずグリーンは、眉をひそめる。
「今日は大勢で楽しいな。ウィーバー先生も誘えばよかったね」
にこにこしているリュウイチに、おとなたちは一斉に言った。
「よせ」
「だめだよ」
「やめなさい」
ＳＣＥＮＥ４
「おい、転ぶぞ！」
「大丈夫！」
リュウイチがうれしそうに駆けていく。
『くそっ！……どうしてこんなにたくさんガキがいるんだ……』
ロマノはため息をついた。ちなみにロマノは黒のトレーナーに、黒とグレーと白のチェックのウールのシャツを着てジーンズをはき、黒のキャップをかぶっている。リュウイチは、シャツがグレーと白と赤のチェックの色違いで、あとはロマノとおそろいのいでたち。グリーンは、深緑色とベージュのチェックのシャツに茶色のジャンパー、ジーンズ、赤のキャップ。エリザベスは赤と紺の縞の薄手のセーターにジーンズの上下という格好であった。
「あら、おもしろそう。『恐怖の館』ですって」
エリザベスは看板を見上げた。骸骨やゾンビ、ドラキュラなどがおどろおどろしく描かれている。
「リュウ、一緒に入りましょ」
かぶりをふりながら後ずさりをするリュウイチに、エリザベスがくすくす笑う。
「大丈夫よ。こういうのは看板だけ大げさで、ちっとも怖くないんだから。……じゃあ、こうしましょう。怖かったら目をつむってればいいわ。手をつないでいてあげるから」
１５分ほど後、リュウイチがエリザベスに背負われて戻ってきた。
「どうしたんだ、リュウ」
ロマノはすすり泣いているリュウイチを抱きとって、ベンチに座らせた。
「ごめんなさいね、リュウ」
「いいえ、僕のほうこそごめんなさい……」
「怖くて、腰が抜けちゃったのよ」
「だらしのないやつだなあ。たかが作り物だろう」
「子どもには結構怖かったんだと思うの。私はおもしろかったんだけど……リュウが落ち着くまで私はここに座ってるから、ふたりとも見てきたら？」
ロマノとグリーンは『恐怖の館』に入った。そこはベンチが置かれた小部屋で、ふたつドアがあった。ひとつは今度こそ本当の『恐怖の館』への入り口。もうひとつは、どうやら外へ出られるようになっているらしかった。ロマノは傲然と胸をそらしてグリーンに言った。
「私が先に行く。お前はしばらくしてから入れ」
３分ほどして、ものすごい勢いでドアが開き、ロマノが戻ってきた。物も言わずにベンチに座る。はた目から見てもわかるほど、顔からは血の気が引いていた。目のやり場に困ったグリーンは天井を見上げ、気まずい沈黙が流れる。しばらくして、ロマノが口を開いた。
「……俺は外に出ることにした……こんなつまらんものを見るのは時間の無駄だ…………グリーン……取引をしよう…………お前にリジーをやる」
「もともと先生のものじゃないでしょう！」
グリーンはにやりと笑った。
「ご心配なく。誰にも言いませんよ。じゃあ、行ってきます」
３分後、やはりものすごい勢いでドアが開き、グリーンが戻ってきてベンチに座った。これも真っ青な顔をしている。ロマノは非常にうれしそうに言った。
「どうした、グリーン」
「……僕も……外に出ることにしました……ちょっと用事を思い出したので……」
「心配するな。口は堅いほうだ……取引成立だな」
リュウイチとエリザベスは、ベンチでアイスクリームを食べていた。
「どうだった？」
「まあ、やっぱり子どもだましだな。どうってことはない。なあ、グリーン」
「ええ。だけど、子どもにはちょっと怖いかな。ははは」
エリザベスは、ふたりの様子になんとなく違和感を覚えた。
「ねえ、幽霊船のセットって、割合手がこんでたわよね」
「そう言われればそうだな」
「うん、あれは結構すごかった」
『幽霊船なんてなかったわよ。ふたりとも弱虫ねえ。まあいいわ。そっとしておいてあげましょ』
ＳＣＥＮＥ５
「僕、これに乗る」
リュウイチはジェットコースターを指差した。いわゆる『絶叫マシーン』である。
「やめておけ。また腰が抜けるぞ」
「がんばってみる」
エリザベスがリュウイチの頭をなでて、キスをした。
「えらいわ、リュウ。付き合ってあげる」
「だからパパが言っただろう、やめろって。……もう泣くな。ジュースを買ってきてやったぞ。……リジーは？」
「別の絶叫マシーンに乗りに行きました」
「お前は行かなかったのか？」
「ええ。リュウがひとりになるといけないと思って」
「もういいぞ。デートして来い」
「いえ、いいんです。先生こそ乗ってこられたらどうですか？僕がリュウの面倒をみてますから」
「いや、いい。リュウは私の息子だからな」
ＳＣＥＮＥ６
リュウイチがいそいそと弁当を広げ始める。
「おいしそう……それに……すごい量ね」
「いただきま〜す！」
幸せそうに食べるリュウイチに、ロマノは言った。
「ひょっとして、遊園地に行きたいって言ったのは、弁当を食べたかったからか？」
サンドイッチを頬張りながら、リュウイチが答える。
「そうなの。外でお弁当が食べたかったんだ」
「だろうな……じゃあ、ハイキングでもよかったじゃないか」
「だって、ハイキングはくたびれるもの。たくさん歩かなきゃならないから」
「おいしい！リュウは料理が上手だね」
「ほんとにとってもおいしい。でも、こんなにたくさん食べきれないわ」
「大丈夫だ。こいつが全部食べるから」
平然と言うロマノに、ふたりはまさかという表情を浮かべたが、やがて、顔を見合わせた。
「ほんとだ。すごい……」
「みんな食べちゃった……たくさん食べる割には、リュウはやせっぽちね」
ＳＣＥＮＥ７
「僕ね、今日は一番これに乗りたかったんだ。だから最後までとっておいたの」
「これはお前向きだな。怖くもないし、ゆっくり動くし」
ロマノとリュウイチは観覧車を見上げた。エリザベスとグリーンも乗ると言うので、みんなで列に並んで１０分ほど待つ。順番がくると、エリザベスはリュウイチの手を引いて、さっさと乗り込んだ。自分はロマノと乗るものだと思っていたリュウイチは驚いたが、もっと驚いたのは、ロマノとグリーンである。にこにこしながらドアを開けてくれている係員の手前、成り行き上乗ったのだが、狭いゴンドラの中で男ふたりがひざを突き合わせているというのは、まことにトホホな光景である。
「どうして、お前と乗らなきゃならんのだ」
「それはこっちのせりふです」
夕暮れの観覧車。エリザベスとふたりきり。いろいろとロマンチックなことを想像していたグリーンは、ため息をついた。
「係員が笑ってませんでしたか？」
「カップルだと思われたかもしれんな……１周するのにどれくらいかかるんだ？」
「さあ……１０分くらいじゃないでしょうか」
「……今日はなんて楽しい日なんだ」
「お前、確か子どもがいたな」
「ええ、１０歳になる女の子がひとり……今は別れた妻と一緒にいますが……」
実は、景色を見ながらレイチェルのことをふと考えていたところだったので、グリーンは少しびっくりしながら答えた。
「リュウと同い年か……」
「女の子は難しいというか……最近娘の考えてることがよくわからないときがあって……これが男の子なら想像がつくんでしょうけどね……それにうちの子は少しわがままで……リュウは素直でいい子だから、うらやましいですよ」
「いい子過ぎるのも考えもんだ……私に気を使って無理してるんじゃないかと、心配しなきゃならん……むしろわがままを言ってくれる方が、親としては気が楽だな」
ロマノは窓枠にひじをのせて頬杖をつき、景色を眺めている。その横顔には、突然引き受けるはめになった慣れない『父親業』に対する、とまどいや迷いが浮かんでいるように思われ、グリーンは同じ子を持つ親として、共感を覚えた。
「今日１日、リュウは、すごく楽しそうでのびのびしていて、先生に気を使っているようには見えませんでしたよ。『いい子』はリュウのもともとの性格だと、僕は思いますけれどね」
「そうか、じゃあ、リュウは私に似たってわけだ」
ロマノはにやりと笑った。
ＳＣＥＮＥ８
食事をしに寄ったので、時刻は９時を回っていた。
「かわいい顔をして……」
帰りの車の中、リュウイチは、エリザベスの膝枕で眠ってしまっていた。
「今日は朝早くから、大張り切りで弁当を作ってたからな……よっぽどうれしかったんだろう」
「……ママ……おやつは僕、ドーナツがいいなあ……ママ……ねえ、ママ……」
リュウイチの寝言に、大人たちはと胸を突かれた。
「……こいつ、さっきあれだけ食ったのに、夢の中でもまだ食うつもりか……」
ロマノが少しかすれた声で言った。
「……かわいそうに……」
エリザベスが、リュウイチをそっと抱きしめてキスをする。
「ロバート、リュウは泣いたりするの？」
「……ああ、まだ時々は……でも、引き取った当初よりは、ましになってるな……父親のしてやれることなんてたかがしれてる……ママにはかなわんよ……」
ＳＣＥＮＥ９
「どうだ、うちへ寄って、コーヒーでも」
ロマノの申し出を、エリザベスとグリーンは一瞬躊躇したが、結局受けた。ロマノがどのような生活をしているのか、興味があったのである。それはほとんど『怖いもの見たさ』という範疇に入るべきものだった。
家に入ると、ロマノはふたりにソファーに座るようにすすめた。自分はキッチンに行ってコーヒーメーカーのスイッチを入れ、眠っているリュウイチを抱いて、２階へと上がって行った。
「ロマノって、結構ちゃんとパパしてるね」
グリーンがエリザベスにささやく。
「ほんと。驚いちゃった」
答えながらエリザベスは、あたりをぐるっと見回した。
「ここで生活してるのね、ロバートは。……普通の家だわ」
エリザベスの言葉にグリーンはふきだした。
「どんな家に住んでると思ってたの？召使が３０人いるお城とか？」
「やだ、マークったら。そういう意味じゃないの」
「でも、大きい家だよ。ロマノってお金持ちなんだ。まあ、診療部長だからね」
「家具や調度品も結構素敵。こういう趣味があるなんて、意外だわ」
「家中金箔かなんか貼ってあるのかと思ったけど、違ったね」
「普通の家なんで、がっかりしたんじゃないのか？」
いきなり声をかけられて、ふたりは飛び上がった。
「残念ながら、地下牢も拷問部屋もないぞ」
ロマノはコーヒーをふたりの前に置いた。
「リュウお手製のマドレーヌだ。よかったらどうぞ……男所帯の割には結構きれいだろう？うちには掃除が大好きっていう、変わった子どもがいるからな」
帰るふたりにドアのところで、ロマノが言った。
「リジー、今日はありがとう。……グリーン、お前にも一応礼を言っておくか……ありがとう」
エリザベスは、車を運転しているグリーンに言った。
「マーク、レイチェルに会いたくなったんじゃない？」
「……うん、ちょっとね……」
ＴＨＥ ＥＮＤ
お読みいただきありがとうございましたm(_
_)m
次回は３つほど候補があるのですが、ただ今考え中です。また書けたらＵＰいたしますので、どうぞよろしくお願いいたしますm(_
_)m