ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＳＩＤＥ ＳＴＯＲＹ １５ 「ＭＯＴＨＥＲ’Ｓ ＤＡＹ」
ＳＣＥＮＥ１
ロマノがリュウイチを引き取ってから７ヶ月ほどが過ぎた、５月のある日……。
「リュウ、出かけるぞ」
ロマノは、ピアノを弾いているリュウイチに声をかけた。
「どこへ行くの？」
「空港だ。帰りに食事をするから、ちゃんとした格好に着替えてこい」
リュウイチは急いでピアノのふたを閉めると、顔を輝かせて言った。
「何を食べるの？」
「おい、リュウ！お前ってやつは、どうしてそんなに食いしん坊なんだ！普通は『誰を迎えに行くの？』って聞くもんだろう！」
ロマノはあきれ果てたというように、リュウイチの頭を小突いた。
「だって……」
「だってもくそもあるか」
「じゃあ、誰を迎えに行くの？」
ロマノはにやりと笑った。
「教えない」
「…………」
ＳＣＥＮＥ２
「ロバート、いきなりチケットを送りつけてくるなんて、相変わらず強引ね……」
「さっそくお小言ですか？ママ」
ロマノの言葉を聞いて、リュウイチは目を見張った。
『ひょえ〜〜！ママだって！ってことは……この人は僕のおばあちゃん？』
リュウイチは、ロマノと抱き合ってキスをかわしている女性を観察した。小柄で痩せ型。おっとりとして品のよい、美しい女性だった。赤毛で、瞳は黒に近い茶色である。
「おい、リュウ。ぼーっと口をあけてないで、ちゃんと挨拶をしろ。どうした？パパにだってママはいるんだ」
そう言いながらロマノは、リュウイチを前へ押し出した。
「はい、ママ。今年の母の日のプレゼント」
ロマノの母、アイリーンは、口に手を当てた。
「まあ、シオンにそっくり！ロバート、これは一体どういうことなの？」
「息子のリュウイチだ。去年の秋、シオンが亡くなって、俺が引き取った」
「初めまして、リュウイチです。リュウって呼んでください」
「こちらこそ初めまして。あなたのおばあちゃんよ」
アイリーンはリュウイチを、ぎゅうっと抱きしめた。
ＳＣＥＮＥ３
「ロバート、お料理注文し過ぎよ」
空港からの帰りに立ち寄った中華料理店で、アイリーンが声をひそめて言った。
「いいんだ。こいつが食べるから」
ロマノがリュウイチの長い髪を引っ張る。
「そうなの？リュウ」
「ええ、僕、たくさん食べるんです」
リュウイチはにっこり笑った。
「この小さい身体で、びっくりするくらい食べる。リュウが来てからうちの食費は、おそろしいくらいはねあがったんだ」
「ごめんなさい」
「気にするな。お前は学費がいらないから、その分パパは助かってる」
「学費がいらないってどういうこと？」
「シオンが数学を仕込んだお陰で、リュウは大学３年に飛び級してるんだ」
「まあ！すごいわ！リュウ！」
アイリーンは、リュウイチを抱き寄せてキスをした。
「でもリュウ、パパにちゃんとご飯を作ってもらってる？パパの帰りが遅い時はどうしてるの？」
リュウイチがくすくす笑いながら言う。
「大丈夫、おばあちゃん。僕、家事は何でもできるの。毎日栄養のバランスを考えてご飯を作って、パパに食べさせてるから、心配しないで」
ＳＣＥＮＥ４
次の日の朝玄関で、ロマノはアイリーンとリュウイチにキスをした。
「じゃあ、行ってくる。ふたりでちゃんと留守番するように。俺がいない間、ママ、昔話は無し。リュウも言いつけっこは無しだぞ」
「うん」
「返事は『はい』だ」
「はい、いってらっしゃい」
「いってらっしゃい、ロバート」
出勤するロマノを見送ると、アイリーンはリュウイチの肩を抱いて、いたずらっぽく笑った。
「さあ、リュウ、昔話をいっぱいしてあげるわ。あなたも、パパのことをたくさん聞かせてちょうだい」
「うん！」
ＳＣＥＮＥ５
リュウイチはいそいそと、アイリーンと並んでソファーに座り、一枚の写真をのぞきこんだ。
「これがあなたのおじいちゃんのフィリップ。優秀な外科医だったけど、５年前に７０歳で亡くなったの……。これがロバート……ちょうどリュウくらいの歳ね」
「うわあ、かわいい！何だかすごくうれしそう」
「この頃のロバートは、いつも笑ってたわ……これが４つ上のお兄ちゃんのアンドリューで、こっちが７つ年上のお兄ちゃんのジュリアン……リュウの伯父さんたちよ」
「そして、これがおばあちゃん。……きれいだね」
「ありがとう、リュウ」
「パパはどんな子だったの？」
「そうねえ……優しくて、甘えん坊で、泣き虫だったわ」
リュウイチは驚いた。
「パパが甘えん坊で泣き虫だったなんて、僕信じられないよ」
「でもほんとよ。ロバートは末っ子で、みんなにかわいがられて育ったから、そうなったのかもしれないわね。でもみんな、そんなロバートのことが大好きで……特に、ジュリアンは歳が離れてることもあって、ずいぶんかわいがってたわ。アンディは真面目で本ばかり読んでいるようなおとなしい子だったけど、ジュリアンは勉強だけじゃなくてスポーツも万能。明るくて、太陽みたいな子だった……。ロバートは子犬みたいに、いつもジュリアンにまとわりついてたの……」
「伯父さんたちは、今どこにいるの？」
「アンディはオーストラリアにいるわ。向こうの大学で教えながら、蘭の原種の研究をしてるの。私のあとを継いだってことになるのかしら……同じ生物学でも、専門は違うんだけれどね。……ジュリアンは……」
アイリーンは言葉をきり、ため息をついた。
「ジュリアンは亡くなったのよ……１８歳の時に……。不良にからまれた友達を助けようとして、刺されたの……救急車が到着した時は、もう亡くなっていて……ちょうど側にいたロバートは、ジュリアンが刺されてから亡くなるまでの一部始終を見てしまった……。それからよ、ロバートが笑わなくなったのは……外科医になろうって決心したのは、ジュリアンがあんな亡くなり方をしたせいと、外科医志望だったジュリアンの遺志を継ぐことにしたんだと思う……外科医になるには強くならなくちゃって思ったみたい……泣き虫や甘えん坊を直そうと一生懸命努力して……でも、自分の優しさを弱さと勘違いしたあの子は……それを隠すようになってしまったわ……ロバート……」
思い出に入り込んでしまっていたアイリーンは、リュウイチのすすり泣く声で、我に返った。
「……ジュリアン伯父さんも、パパもおばあちゃんも、みんなみんなかわいそう……」
しゃくりあげるリュウイチを、アイリーンが優しく抱きしめる。
「リュウ……あなたは優しい子ね。ロバートにそっくりだわ……」
ＳＣＥＮＥ６
「落ち着いた？」
「……うん……ごめんなさい、僕、泣き虫で」
リュウイチが恥ずかしそうに、手で涙をぬぐう。
「いいえ、私はリュウが泣いてくれて、とてもうれしかったわ」
「でも僕自分でも、泣き虫でいやになっちゃうの。こんなことじゃあ、とても外科医になんてなれないよ」
ため息をつくリュウイチに、アイリーンはほほえみを浮かべた。
「リュウ、あなた外科医になりたいの？」
「うん」
「パパがなれって？」
「ううん、パパは僕が外科医になりたがってるなんて、夢にも知らないよ。……あのね、去年のクリスマスに……」
リュウイチは、ドクター・マクダーモットに似たサンタクロースに出会ったことを話した。
「……まあ、そうなの……そのサンタさんにもらった聴診器を、おばあちゃんにも見せてちょうだい」
アイリーンは、リュウイチが自分の部屋から持ってきた聴診器を、仔細に検分した。
「あら、ほんとだ。こんなところにＭ．Ｍ．Ｍって書いてあるわ……やっぱりサンタさんは、ドクター・マクダーモットだったのよ。不思議だけど……このことをパパに話した？」
「ううん、だって話したら、パパは僕の頭がおかしくなったって心配するもの」
「おばあちゃんもそう思うわ。パパには内緒にしておいた方がいいわね。ねえ、リュウ……」
アイリーンはリュウイチの手を握り、まっすぐに目を見て言った。
「泣き虫ってことは、優しいってことなのよ。あなたのパパがそうだったように……。だから恥ずかしがらなくていいわ。外科医にだってちゃんとなれる。ドクターはね、優しくなきゃだめなの……おばあちゃんは、泣き虫で優しいあなたが大好きよ……」
アイリーンはリュウイチをぎゅうっと抱きしめた。
「僕、聞きたいことがあるんだけど……」
「なあに？」
「あのね、おじいちゃんて、はげてた？」
「いいえ」
「アンディ伯父さんは？」
「最近会ってないけど、あの子は髪がとっても多いから、たぶんはげてないわ……ロバートだけよ」
「僕もはげると思う？」
心配そうに尋ねるリュウイチに、アイリーンは吹き出した。
「おばあちゃん、笑わないでよ。僕にはとっても重要な問題なんだ」
リュウイチが口をとがらせる。
「ごめんなさい、リュウ」
アイリーンは笑いながら、リュウイチの頭をなでた。
「きっと大丈夫よ。ロバートの髪の毛は昔から細くてね。リュウはそうじゃないから。髪の毛もママに似たのね」
「よかった」
「でも、本当にリュウはシオンにそっくりね」
「ママに会ったことあるの？」
「ええ、ボストンで学会があったときに、ロバートに紹介されたのよ。あの子は甘えん坊のせいか、昔から、しっかりした女性が好みなの。シオンはとってもお似合いだったわ。別れたって聞いて、ずっと残念に思ってたの」
「あ、そうだ！ママといえばね、飾り棚にベネチアングラスのゴブレットがあるでしょう……」
ＳＣＥＮＥ７
その夜帰宅したロマノは、にやにやしながら出迎えたふたりに、舌打ちをした。
「さては、言いつけを守らなかったな」
「そんなことないわよ、ロバート。あなたがシオンに泣いて謝ったなんて、聞いたりしてないわ」
「僕もだよ、パパ。パパが庭の木に登って降りられなくなって、家中大騒ぎになっただなんて、全然聞いてないもの」
ロマノはうなりながら、リュウイチの耳を引っ張った。
「痛いよ！パパ！おばあちゃん、助けて！」
「ロバート！やめなさい！ママの言うことが聞けないのなら、クローゼットに閉じ込めるわよ！」
思わず手を離したロマノから逃れたリュウイチが、アイリーンの後ろに隠れ、あかんべーをしてみせる。
「くそっ！」
「何ですか、ロバート！その言葉づかいはっ！」
ＳＣＥＮＥ８
帰るアイリーンを、ロマノとリュウイチは空港で見送った。リュウイチと抱き合って別れを惜しんだあと、アイリーンはロマノを抱きしめた。
「ロバート、今までで一番うれしい母の日のプレゼントだったわ。どうもありがとう。元気でね」
「どういたしまして。ママも元気で。トニーによろしく」
駐車場へと歩きながら、リュウイチが言った。
「ねえパパ、僕、おばあちゃんと一緒に暮らしたいなあ」
「それは無理だな」
「どうして？」
「おばあちゃんは２年前から、アンソニー・ガルドンって人と一緒に暮らしてるんだ」
リュウイチは驚いて立ち止まったが、ロマノはすたすたと歩いていってしまった。走って追いついたリュウイチに、ロマノは言った。
「アンディ伯父さんはオーストラリアだし、パパはその頃ヨーロッパにいた。おじいちゃんが亡くなって、寂しい思いをしてたおばあちゃんを、ふたりともほったらかしにしてたんだ……。パパはよかったと思ってる。おばあちゃんがトニーと暮らすようになって」
「僕もそう思うよ。よかった、おばあちゃんが今は寂しくなくて。…………パパ、ありがとう」
「？」
「ママが亡くなって初めての母の日だから、僕が寂しくないようにって、おばあちゃんを呼んでくれたんでしょう？」
「……まあな……一石二鳥ってやつだ……」
ＴＨＥ ＥＮＤ
お読みいただきありがとうございましたm(_
_)m
今回は、ど〜してロマノがああいう性格になったかというお話でした。今回登場したロマノのママ、アイリーンには、またいつか登場してもらうつもりです。エリザベスとの嫁姑対決なんてのもよいかもです(^^)奥さんとママの間で右往左往するロマノも書いてみたいなあと思います。
次回何を書くかはまだ決まっていませんが、書いたらまたＵＰしますので、どうぞよろしくお願いいたしますm(_
_)m