ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＳＩＤＥ ＳＴＯＲＹ １４ 「ＡＮＯＴＨＥＲ ”ＲＡＭＰＡＧＥ”」
ＳＣＥＮＥ１
チャイムの音でエリザベスは目覚め、ソファーから身を起こした。娘のエラは側にあるベビーベッドでぐっすり眠っている。時計は８時１０分前を指していた。夫のグリーンが出勤してから、まだ２０分しかたっていない。エラに付き合って夕べほとんど寝ていないエリザベスは、のろのろと起き上がると、インターフォンに向かって言った。
「はい……」
不機嫌な声に気おされたのか、訪問者は一瞬の沈黙の後、返答した。
「……朝早くからすみません、リュウイチです。おはようございます」
「まあ！リュウ！ごめんなさい、今開けるわね」
エリザベスは弾んだ声で言うと、小走りに玄関まで行き、ドアを開けた。
ジーンズに黒のコットンのＶネックセーターを着て、腕に大きな紙袋を抱えたリュウイチが、にっこり笑う。
「ボランティアのベビーシッターです」
ＳＣＥＮＥ２
「昨日の夜１０時から、今日の午後３時までオフなんですよ。珍しいことに。たぶんたまたま、パパとウィーバー先生が、シフトを組むのを同時にミスったんでしょう。せっかくなので、エラのおもりをしながら夕飯を作ろうと思って……。うわあお！エラ、おっきくなりましたね！」
リュウイチは眠っているエラを見て、目を見張った。
「めったにないオフなのに、そんなことして過ごしていいの？そりゃあ、私はとっても助かるし、うれしいけど」
リュウイチは肩をすくめた。
「どうせ家にいても、掃除をして料理を作るだけですから、おんなじなんです。それに、誰かさんが喜ぶってわけでもないし……」
「まあ、そうなの」
「掃除だって、ちゃんと休みを取ってる人がやればいいんです。……あ、エリザベス先生、朝食はおすみですか？」
「いいえ、まだよ」
「僕もまだなんですよ。じゃあ、適当に作りますね。それを召し上がってから２階でゆっくり休んでください。２時半まで、僕がエラの面倒をみますから」
「どうもありがとう」
「……しまった！エプロンを忘れてきちゃった。先生、これお借りしてもいいですか？」
「ええ、どうぞ」
胸元にフリルのついた白いエプロンをつけたリュウイチを見て、エリザベスが吹き出した。
「リュウ！どこから見ても女の子よ」
ＳＣＥＮＥ３
リュウイチは手早くカレーピラフ（密閉容器にご飯持参だったのだ）とスープ、サラダを作った。
「おいしい！リュウってお料理上手ねえ」
「ありがとうございます。息子に家事を仕込んで、自分達は楽をしようという、亡き両親の陰謀のおかげです。夕飯のメインディッシュはビーフシチューにしようと思うんですけれど、かまいませんか？」
「ええ、私もマークも大好きよ」
「よかった。ビーフシチューはママの得意料理で、どうやらママと付き合ってた頃よく作ってもらってたらしくて、パパも大好物なんですよ。久しぶりに食べさせてあげようと思って……あ、もちろん僕も大好物なんですけどね」
せっせとピラフを口に運びながらしゃべるリュウイチを、エリザベスはほほえみながら見つめた。
『何だかんだ言っても、やっぱりパパ思いね、リュウは……』
よく考えてみれば、２０歳の青年が夫の留守にやってきて、人妻と一緒に食事をしている。という状況であるのだが、リュウイチもエリザベスも何とも思わなかった。もちろんグリーンにしても、同様だろう。リュウイチにとって、ふたりは兄と姉、ふたりにとってもリュウイチは、弟のような存在であったからだ。
ＳＣＥＮＥ４
リュウイチが鍋をかき回して味見をし、うなずいた。
「これでＯＫ。もうちょっと煮込めばできあがり」
エラは、１時間ほど前におしめを替えてミルクを飲ませたので、今はぐっすり眠っている。リュウイチは、そっとエラの頬を指でつついてささやいた。
「おめめが覚めたら、公園にお散歩にいきまちょうね……」
ソファーに寝転がって、リュウイチは思い切り伸びをした。
「あ〜久しぶりにのんびりしたなあ。うまい具合にポケベルも鳴らないし……あれ？」
リュウイチが舌打ちをしながら立ち上がった。ポケベルがないのである。探したが、部屋の中には見当たらなかった。
「くそっ！車の中か？」
一瞬、そのままにしておこうという誘惑にかられたが、怒鳴り散らしているロマノの顔が目に浮かび、リュウイチはゆっくりとかぶりをふった。
「取りにいってこよう……おっと、ガスを消してと」
ＳＣＥＮＥ５
ガレージにとめた車のドアを開けると、ちょうどポケベルが鳴っていた。
「はいはい、わかりましたよ。そんなにわめかないで……あ、あった」
ポケベルは、運転席のシートの下に落ちていたのだった。
「うわあ、ＥＲからだ。いつから呼ばれてたんだろう？これはまずいな……」
ポケベルをジーンズのポケットにしまって、リュウイチは歩き出した。髪をくしゃくしゃとかきまわす。
『あ〜あ〜、せっかくのオフだったのに……』
突然リュウイチは右胸に衝撃を受けて、仰向けに倒れた。灼熱感が、そして一瞬遅れて激痛が彼を襲う。
『……撃たれた？……しまった！強盗だ！ドアの鍵が開いたままだ！エラ！エリザベス先生！』
リュウイチは目を閉じ、そして、そっと薄目を開けた。気を失った振りをしておいて、犯人が脇を通りかかった瞬間、足を引っ張って転倒させ、銃を奪おうと思ったのである。
『落ち着け！チャンスは1回きりだ。失敗は許されないぞ』
黄色いウインドブレーカーを着た犯人の男は、しばらくリュウイチを見ていたが、やがて、背を向けて去って行った。
『向こうへ行っちゃったぞ！なぜだ？強盗じゃなかったのか……よかった』
リュウイチはほっとため息をついた。思い出したように傷が痛みだす。しかしリュウイチは、男が完全に姿を消すまで、そのままじっとしていた。
『もう動いても大丈夫だ……あいつ、気が狂ってるのかなあ……早く家の中に入って鍵をかけよう。気が変わって戻ってくるかもしれないもの」
ＳＣＥＮＥ６
リュウイチはドアに鍵をかけ、そのままずるずるとドアにもたれて座り込んだ。手で額の汗をぬぐう。と、その時電話が鳴り、リュウイチは飛び上がった。
「もしもし！エリザベス！」
「……グリーン先生……」
「……リュウ？リュウなのか？」
「……はい……」
「おい！そんなところにいたのか！午前中からずっと呼んでるのに！さっさと来い！」
ロマノの怒鳴り声が、受話器の向こうから聞こえてくる。
「リュウ！気をつけて！連続狙撃犯がそっちへ向かってるかもしれないんだ。黄色いウインドブレーカーを着た、４０前くらいの男だ。警察に家に行ってもらうように頼んだからね」
「……その男なら……もう、来ました」
「えっ！なんだって！」
「……エリザベス先生も、エラも無事です……男は家の中には入らないで……そのまま北の方へ歩いて行っちゃったんです……」
「よかった……」
グリーンは思わず受話器を持ったまましゃがみこんだが、ふと眉根を寄せた。
「リュウ、息が苦しそうだね……撃たれたんじゃないのか？」
グリーンの耳に、エリザベスの声が飛び込んできた。
「リュウ、今電話が鳴らなかった？ひょっとしてマークから？……リュウ！いったいどうしたの！」
ロマノが受話器をグリーンからもぎ取った。
「おい！リュウ！撃たれたのか？」
「もしもし、マーク、いったいどういうことなの？」
一瞬ふたりは沈黙する。
「……リジー、リュウは撃たれたのか？」
「ええ、右胸第２肋間から入って……貫通はしてないわ……右側の呼吸音が減弱してる……リュウ、苦しい？」
「……少しだけ……大丈夫です……それより先生……エラを連れて早く２階に上がってください……犯人が戻ってくるかもしれない」
「リュウ、何を言ってるの！あなたをほうっておけるわけがないでしょう！」
「僕なら大丈夫です……もうすぐ警察がここに来るみたいだから……それまで２階で……先生」
「リジー、ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと２階へ行け！部長命令だ！言うことを聞かないのなら、クビだぞ！」
「……ロバート……」
「おいリュウ、大丈夫か？」
「ええ……頚静脈の怒張もないし……急激な血圧の低下もないから……大きな血管が傷ついてたり……肺が大きく損傷してるってことは……ないみたいです……」
「ほんとか？」
「……パパ、僕は……医者ですよ」
「半人前のくせに、大きな口をたたくな」
「その半人前に……せっせと仕事をさせてるのは……いったいどこの……誰でしょう」
「あーもういい、わかった。しゃべるな」
「ラジャー」
「おい、リュウ。呼吸できてるのか」
「大丈夫です……救急車が来たら……エリザベス先生に……チューブを……入れてもらいますから……それまでに……もたなくなったら……ボールペンの軸でも……入れちゃいます……パパ」
「何だ？」
「ボールペンは赤？……それとも……黒がいい？」
「……黒だろう、やっぱり」
「ラジャー」
ＳＣＥＮＥ７
ＥＲに運び込まれたリュウイチを見て、ロマノは怒鳴った。
「リュウ！なんて格好だ！どうしてフリルのついたエプロンなんかしてるんだ！」
「だって、シチューを作ってる途中だったんだもの」
「だってもくそもあるか！女みたいななりをして、恥ずかしくないのか！」
リュウイチはいたずらっぽく笑うと、言った。
「何でそんなに怒るの？……もしかして、あんまりママに似てるんで、動揺してるとか？」
ロマノは一瞬絶句し、絶叫した。
「この、馬鹿っ！」
不毛な父と息子の言い争いは、グリーンによって中断された。
「申し訳ない！」
何を謝っているのかと、ロマノとリュウイチが、けげんそうにグリーンを見る。彼ははた目にもはっきりわかるほど、青ざめていた。
「リュウは……エリザベスと間違って撃たれたんだ」
「どういうことですか？グリーン先生」
「犯人は……フォッセンは、虐待していた彼の息子を、僕が保護した事を逆恨みして……ソーシャル・ワーカーのアデールも撃たれたし……自分が息子と引き離された腹いせに、僕の家族を……殺そうとしたんだ」
「じゃあ、庭を歩いてたエプロン姿の僕は、グリーン先生の奥さんだと思われたって事ですね」
「そうだ。本当にすまない……」
「謝らないでください、グリーン先生。僕は、エリザベス先生やエラが撃たれるより、自分が撃たれる方がずっとましですよ。ねえ、パパもそうでしょう？」
「ああ、そうだな」
「それに、怪我も大したことないし。これで１週間くらい休めるから、かえってラッキーなくらいです」
「……リュウ……」
ＳＣＥＮＥ８
「弾は右肺をぶち抜いて、肩甲骨で止まってる。骨にひびがはいってるぞ」
ロマノがレントゲンのフィルムを見ながら言った。
「パパが弾を摘出してくれるんでしょう？よろしくお願いします」
「俺は重傷患者で手一杯だ」
「そんなこと言わないで、お願い。手があくまで待ってるから」
「わかった」
「ありがとう」
「ねえねえ、輸血のオーダーは出してくれないの？」
リュウイチは、自分のカルテを見ながら言った。
「チューブからの出血はたったの３００ccだ。必要ない」
「えー、傷からの出血も入れたら、５００ccくらいは、いってると思うんだけど」
不満そうなリュウイチに、ロマノは言い捨てて出て行った。
「今日は銃創患者の大安売りで、血液が足りないんだ。血を採られないだけましだと思え」
ＳＣＥＮＥ９
「リュウ、お前の番だぞ。迎えに来てやったんだ。ありがたいだろう……おい、起きろ！」
ロマノはリュウイチを揺さぶった。
「いい加減にしろ！……おい！」
いくら揺さぶっても目を覚まさないリュウイチに、ロマノの表情が一変した。急いで聴診器を胸に当て、脈を測る。
「おい！どうしたんだ！しっかりしろ！」
ロマノはリュウイチの胸を思い切りつねった。
「あ、パパ……何するんですかあ……痛いじゃないですか……せっかく寝てたのに……僕は慢性寝不足なんです……ふわわわ、やっとオペですか？」
リュウイチは、あくびをしながら目をこすった。
「執刀はパパで……麻酔医は誰ですか？バブコック先生？」
「それだけ寝られるんだ。麻酔なんていらないだろう」
「…………」
ＴＨＥ ＥＮＤ
お読みいただきありがとうございましたm(_
_)m
長らくご無沙汰いたしておりましたm(_ _)m復活です(^^)
これは第７シーズン２２話の『凶悪犯人』（ＲＡＭＰＡＧＥ）のサイドストーリーです。
次回は……『ＭＯＴＨＥＲ’Ｓ ＤＡＹ』か、または違うものか……ちょっと考え中です(^^)
また、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m