ＴＨＥ ＧＥＮＴＬＥ ＤＲＡＧＯＮ
ＳＩＤＥ ＳＴＯＲＹ １２ 「Ａ ＣＲＡＤＬＥ」
ＳＣＥＮＥ１
「９月になったら、家族がもうひとり増えるぞ」
久しぶりに４人そろった夕食の席でのロマノの発言に、リュウイチは驚いた。
「パパ、それってもしかすると……」
「そういうことだ」
「……おめでとう！パパ、ママ！」
「リューリュー、どうしたの？」
「赤ちゃんが生まれるんだ。エラはお姉ちゃんになるんだよ」
「弟？妹？」
「それはまだわからないけどね」
「わあい、うれしいな！」
「９月ってことは、今……」
「３ヶ月よ」
「じゃあ、大事にしないと」
「大丈夫よ。病気じゃないんだから」
「無理はするな、リジー。シフトはリュウに代わらせればいいんだから」
「そうですよ。いくらでも代わりますから」
「大丈夫。私、２回目だから」
ＳＣＥＮＥ２
リュウイチはエレベーターを降りると、全速力で走った。
「リュウ！外傷１号よ！」
「了解！」
返事をするためにふりむいたリュウイチは、ちょうど前方から歩いてきたロマノに思い切りぶつかった。
「ごめんなさい！……あ、パパ」
「前をよく見ろ！馬鹿っ！」
「ちょうどよかった。外傷１号に、７発撃たれた患者です」
「７発もくらったのか。大物だな。よし、俺も行こう」
「あ、落とし物……」
チュニーは、１冊の本を拾い上げた。
「なになに？……『新米パパの育児手帳』……へえ……」
ＳＣＥＮＥ３
「おめでとう、スーザン」
「？」
「リュウが、こんなの廊下に落としていったわよ」
「……いやだ、違うわよ！私じゃないわ」
「じゃあ誰？」
「ほんとにリュウが落としたの？」
そこへちょうどロマノとリュウイチが、外傷1号から、ベッドを押しながら出てきた。
「リュウ、これ落とした？」
チュニーに聞かれて、リュウイチはあわてて白衣のポケットに手をやった。
「いいえ、僕のはちゃんとあります」
取り出してみせたのは、『新米パパの育児手帳』……。
その時、ロマノが無言でチュニーの手から本をひったくり、ポケットにねじ込んだ。
「リュウ、急げ！」
「はい！」
チュニーとスーザンが同時に言った。
「……エリザベス！」
ＳＣＥＮＥ４
「Birth Education Classだって？」
「そうよ。私の出産コーチはあなたなんだから、行ってちょうだい」
「リジーは行かないのか」
「私はエラを産む時に習ったから、もういいの。仕事をするわ」
「俺だって仕事がある」
「……ロバート！」
「わかった！行く。行けばいいんだろう。怒るとおなかの子にさわるぞ」
ＳＣＥＮＥ５
「どうしてこうなるんですかっ！」
「いいじゃないか」
「ママの出産コーチは、パパでしょう」
「お前だって習っておいて損はない。何事も勉強だ。しっかりやれ」
「……いいですか、みなさん。お湯が耳に入らないように、指でしっかり押さえて……」
「パパ……人形が溺れてますよ」
ＳＣＥＮＥ６
「ロバート、起きて」
「……どうした、リジー」
「いよいよみたい」
「そうか！生まれるのか！よし、病院に行こう！車を出してくる！」
「ちょっと待って、ロバート。あわてなくても、まだまだ大丈夫よ。エラを起こしてご飯を食べさせて。一緒に連れて行って、保育所に預けておかなきゃいけないでしょ」
「さあ、行くぞ」
「……ロバート、あなたパジャマで病院に行く気なの？」
ＳＣＥＮＥ７
リュウイチは手術中だった。
「洗浄液をもう１リットル」
「２−０のシルクとピックアップをください」
「Ｎｏ．２のデクソンをお願いします……」
「ドクター・リュウ、３時１７分、元気な男の子ですって。おめでとうございます」
「ありがとうございます！シャーリーさん」
「体重は３２５０グラム、母子ともに健康。パパの気絶のおまけつき」
「えっ！」
「迷走神経反射で、心配ないそうよ。初めてだから緊張してたのね」
ＳＣＥＮＥ８
「ママ、おめでとうございます。お疲れ様でした。具合はどうですか？」
「ありがとう。とっても順調よ。抱っこしてあげて」
「初めまして、お兄ちゃんですよ……かわいいなあ……ママ、弟を産んでくださってありがとうございます」
「どういたしまして」
「パパが気絶しちゃったんですって？」
「そうなのよ。ロバートったら、今日は朝早くから、ずっと舞い上がってたから……あとちょっとで生まれるって時に、いきなりばたんって……もう大騒ぎだったんだから……。控え室で寝かされてるわ」
「えっ！じゃあ、パパはまだ赤ちゃんを見てないんですか？」
「そうよ」
「……僕が先に抱っこしてしまって、パパに悪いことしちゃった」
「平気よ。気絶する方が悪いんだから」
ロマノが、ドアを勢いよく開けて入ってきた。
「リジー、具合はどうだ？」
「順調よ」
「ありがとう。よくがんばったな」
「どういたしまして」
ロマノは、こわごわ赤ん坊を抱いた。
「パパだぞ……」
みるみるうちに目がうるむ。
「じゃあ、、エラを連れてきますね」
リュウイチは、さりげなく部屋を出た。
ＳＣＥＮＥ９
「ロマノ先生！」
ブレンダは、デスクに突っ伏して眠っているロマノを揺り起こした。
「え？……」
ロマノは、顔を手でごしごしとこすった。
「ウィーバー先生から電話です」
「わかった」
「寝不足みたいですね。コーヒーを入れましょうか？」
「ああ、頼む。まったく、赤ん坊ってやつは、どうしてあんなに手がかかるんだ？リジーはジェフに手を取られて、私にエラの世話や家事が回ってくるし、リジーと交代して、ジェフの面倒もみてやらなけりゃならないし……夕べなんか、３０分おきに泣くんだ……自分の子でなかったら、とっくに絞め殺してるぞ」
ロマノはコーヒーを飲みながら、何か思案していたが、ぽんと手を打つと、電話をかけた。ほどなくリュウイチがやってくる。
「パパ、何の用事ですか？僕は夜勤明けで寝てたのに……ポケベルを鳴らさないでくださいよ」
「リュウ、お前、家に帰りたくないか？」
「え？」
「ジェフの顔も長らく見てないだろう。ずいぶん大きくなったぞ。せっかく弟が生まれたんだ。家に帰らせてやる」
「はあ……どうも……」
「今日から毎日エラを連れて６時に帰れ。そして、夕飯の支度に後片付け、エラとジェフの面倒をみて、夜１０時に出勤だ。どうだ、いいだろう」
「……ち、ちょっと待ってください。僕はいつ寝ればいいんですか？」
「お前、一人前に、寝ようなんて思ってるのか。１００年早いぞ」
「そんな……」
ＳＣＥＮＥ１０
エリザベスが産休から勤務に復帰した。ロマノとリュウイチ、エリザベスの３人で、シフトをうまく調整すれば、エラとジェフリーの面倒をみることは可能……なはずであった。
エリザベスがある夜、１０時過ぎに帰宅すると、家中に響きわたる声で、ジェフリーが泣きわめいていた。
「かわいそうに……ジェフ、いい子ね、もう泣かないの……おむつは……ＯＫ……じゃあ、おなかがすいてるのかしら？」
エリザベスは冷凍庫を点検した。
「ロバートったらっ！９時の分を飲ませてないんだわ！」
「ロバート！」
エリザベスは、エラと一緒にベッドで眠ってしまっているロマノを、たたき起こした。
「……リジー、 何かあったのか？」
「エラが目を覚ますわ。こっちに来て」
「ロバート！９時にミルクを飲ませてって、頼んでたでしょ？」
「……今、何時だ？」
「１０時半よ！」
「もう、そんな時間か」
「そんな時間か、じゃないわ！かわいそうに、私が帰ってきたとき、ジェフは泣き叫んでたわよ！もう！あなたって人は！」
「すまん」
「あんなに泣いてたのに、よく眠っていられたわね！」
「俺だって疲れてるんだ！ひとりでエラとジェフの面倒をみるなんて、俺には無理だ！」
「無理でもやらなきゃならないの！疲れてるのはあなただけじゃないわ！」
ふたりとも育児疲れで、虫の居所が悪かったのである。こうして、結婚以来最大級の夫婦げんかが始まったのであった。両方とも一歩も引かず、延々とののしり合いが続いた。
ＳＣＥＮＥ１１
「ふたりとも、いいかげんにしてください！」
突然現れたリュウイチに、ロマノもエリザベスも驚いた。
「何で、急に帰ってきたんだ？」
「エラが電話してきたんです。パパとママがけんかしてるから帰って来てって。４つのエラがですよ」
「……エラは眠ってたはずよ」
「大きい声で怒鳴りあってたから、目が覚めちゃったんでしょう。今、何時だと思ってるんですか？もう１１時をとっくに過ぎてますよ。こんな夜中に、子どもをほったらかして、けんかするなんて……」
リュウイチは二階へ上がって行き、しばらくして、エラを抱いて降りてきた。肩には、バッグをかついでいる。
「エラが、パパやママと一緒にいたくないんですって。だから、僕が連れて行きます。オフィスで寝かせますからね」
ＳＣＥＮＥ１２
次の日、ロマノとエリザベスは、帰ってきてくれるようにとエラに懇願したのだが、がんとしてエラは首を縦に振らなかった。ふたりとも日参すること５日、やっとエラから『許してあげてもいい』とのお言葉を賜り、かくしてエラの『家出』は終わったのであった。
「エラ、ごめんなさいね。これからは、けんかしないように気をつけるわ」
「エラ、本当にすまなかった。もうあんなことはしないから、パパを嫌いにならないでくれ」
「でも、けっこうエラて強情っぱりね。５日間も帰るって言わなかったんですもの。いったい誰に似たのかしら」
「リューリューが、５つねんねするまで、おうちに帰るって言っちゃだめって」
「まあ！」
「あの野郎！」
ＴＨＥ ＥＮＤ
お読みいただき、ありがとうございましたm(_
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次回は、「Ａ ＣＲＡＳＨ ＣＯＵＲＳＥ」です。どうぞよろしくお願いいたしますm(_
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