第３シーズン２１話「平和の陰に」（ＰＯＳＳＥ ＣＯＭＩＴＡＴＵＳ）のネタバレを含みます。
ＴＨＥ ＢＬＡＣＫ ＶＥＲＡ ＷＡＮＧ
〜このお話は、サイモン・ドノバンと、彼の死を悼むすべての人に捧げます〜
ＳＣＥＮＥ１
『花を買おう』
サイモンはそう思った。ちょうど１０メートルくらい前方に店がある。何の花がいいかな。そうだ、バラにしよう。深紅のバラ。あの黒いドレスを着た彼女によく似合うだろう。
いささか注意散漫になっていたらしい。勢いよく駆けてきた１０歳くらいの少年とぶつかってしまった。少年はサイモンをにらみつけたが、はっとした顔をすると、一目散に走り去った。
「おい！」
呼び止めようとしたサイモンは、顔をしかめた。タキシードの左胸に、べったりとアイスクリームがついていたのだ。
「やれやれ、何て運が悪いんだ。買い物どころじゃない。オフィスに戻って着替えなきゃ」
ＳＣＥＮＥ２
『彼に会ったら何て言おうかしら』
思案しながらＣＪは待ち合わせ場所に急いだ。報道官が何をしゃべればいいかわからないなんて、信じられない。メイクもきちんと直したし、どこもおかしいところはないはずだった。ＶＥＲＡ ＷＡＮＧのドレスを着てきてよかった。ふふふとＣＪは思い出し笑いをした。見とれて警護がおろそかになったですって……。
ＳＣＥＮＥ３
バラの花束を抱えて立っているサイモンを見たとたん、ＣＪは走り出していた。サイモンが何か言った。
「え？何て言ったの？」
次の瞬間つまづいて前にのめったが、がっしりとした胸に抱きとめられた。花びらが舞う。そのままキスをしながらＣＪは思った。
『何も言わなくてもいいみたい』
ＳＣＥＮＥ４
土曜の朝９時。
「おなかすいた！」
「ごはんまだ？」
「ごはん！ごはん！」
「サイモン！なんとかして！」
ＣＪがぼさぼさ頭をかきながら、顔をしかめる。サイモンは娘を左腕に抱き、シリアルを３つのボールに振り入れ、ミルクをそそいだ。続いてスクランブルエッグを作り、ベーコンをいためる。ＣＪはコーヒーメーカーのスイッチを入れ、新聞を広げた。
「ＣＪ、トーストでいいかな」
「ええ」
ふたりが結婚して７年の月日が流れ、６歳のギルバート、５歳の双子アランとレイモンド、３歳のバレリーと、４人の子どもに恵まれていた。
「アラン、スプーンをふりまわしちゃだめ。レイ、ぼーっとしないの。サイモン、バレリーの鼻の穴にシリアルが入ってる」
「ねえ、ママ」
「なあに、ギル」
「どうしてパパと結婚したの？」
「黒いドレスを着たママに、パパが一目ぼれしたの。結婚してくださいって泣いて頼むから、かわいそうになって」
「先にキスしようとしたのは誰だっけ」
「何か言った？サイモン」
「いいや」
ＳＣＥＮＥ５
「やあ、うちのお姫様がおさるさんを見たいって言うから。この家にはこざるが４匹もいるからな」
トビーが３歳になる娘のエヴァを抱いて入ってきた。後ろで妻のタバサが苦笑している。
「トビーったら、ごめんなさいね」
「いいの。いつももっとひどいこと言われてるから」
「ほら、大きいおさるもいるだろう、エヴァ」
「トビーったら、もうエヴァに大甘でこまっちゃう。しつけもなにもないの」
「うちもよ。男の子たちにはけっこう厳しいのに、バレリーには目じりをさげっぱなし」
チャイムが鳴った。
「こざるが２匹増えたぞ」
ＳＣＥＮＥ６
ジョシュとドナと４歳になる息子のニコラス、サムとエインズリーと同じく４歳の息子フレデリックがやって来たのだった。ニコラスとフレデリックはすぐにけんかを始めた。
「ニック！かみついちゃだめ！」
「フレッド！髪をひっぱるのはやめなさい！」
「パパたちみたいに、ふたりともお友達でしょう？」
エインズリーの言葉に、ジョシュとサムは同時に言った。
「友達？誰が？」
「ちょっと、バカなこと言ってないで、けんかを止めてよ、ジョシュ」
「わかったよ、ドナ。ちょっと待って」
ジョシュは息子の腕をつかんで引きはがした。
「こら、ニック。お行儀よくし……うっ！」
息子に蹴られたむこうずねを押さえてうずくまるジョシュの隣で、サムも鼻を押さえてしゃがみこんでいた。フレッドのパンチがまともに当たったのだ。自由になった子どもたちは、歓声を上げて走り回る。
ＣＪはフライパンをたたいて叫んだ。
「アップルパイを食べたい人は、テーブルについて！」
「さあ、焼きたてだぞ」
サイモンがパイを切り分ける。
「サイモンって、お菓子作るのほんとに上手ねえ」
ドナがパイを食べながら言う。
「自分でも、結婚するまで知らなかったんだ。こんな才能があるなんて」
「もう一切れもらってもいい？」
「ええどうぞ、エインズリー」
「エヴァもバレリーもパパにべったりだね。うちも女の子がほしいな」
「女の子はかわいいぞ、サム。なあ、サイモン」
「ええ。バレリー、バレリーは大きくなったら何になるんだっけ？」
「パパのおよめしゃんになるの」
サイモンはうれしそうに娘を抱きしめてキスをした。
「今だけよ。パパと結婚した娘なんてひとりもいないでしょ」
「うちのエヴァは違うぞ、ＣＪ」
「エヴァはずっとパパといっしょにいるの」
「だよなあ」
トビーはエヴァにほおずりをした。
「それからニックのお嫁さんになる」
「ジョシュ！」
「部長、僕は知りませんよ。そんなこわい顔してにらまないでください」
ＳＣＥＮＥ７
「おいしいアイスクリームはいかがかな」
「大統領！」
「補佐官！」
子どもたちがふたりのまわりに集まる。
「ちょっと見ない間に、みんな大きくなったなあ。ええと、ギルにニックに……」
「私はちゃんと覚えてるぞ、レオ。ギルにニックにフレッド。バレリーにエヴァだ。それから……アランとレイはむずかしいな」
「うるさいのがアランで、ぼんやりしてるのがレイです」
「そうか、ギル、ありがとう。君はいい子だ」
「どういたしまして、大統領」
アイスクリームを食べ終わった子どもたちは、ふたたび家中を駆け回りはじめた。
「これはすごい」
「レオ、感心してる場合じゃない。うるさくて気が狂いそうだ」
バートレットは立ち上がった。
「静かに！言うことをきかない子は、クローゼットに閉じ込めてしまうぞ」
「そんなことしちゃいけないんだよ！」
フレッドが口をとがらせる。ニックも言った。
「そうだそうだ！じどーふくしきょくにおこられちゃうんだぞ！」
「ぎゃくたいだもん！」
絶句したバートレットは、気を取り直して言った。
「じゃあみんなで一緒に何かして遊ぼう」
「お馬さんごっこがいい！」
「お馬さん！」
「お馬さん！」
「お馬さんごっこ？こうするのか？」
「わーい！」
子どもたちはみんな大喜びで『お馬』に飛び乗った。
「大統領！」
ＳＣＥＮＥ８
「……ええ……そうですか……よかった……じゃあ」
「補佐官から。骨に異常はないそうよ。公務復帰は３日後ですって」
ジョシュが目をこすりながら言った。
「マスコミには何て発表する？」
「ありのままを言うしかないでしょう。お馬さんごっこをしてて、７人の子どもがいっせいに飛び乗ったら、ぎっくり腰になりましたって」
その場にいた全員が、深いため息をついた。
ＳＣＥＮＥ９
「子どもたちはみんな眠った？」
「ああ……そのドレス……」
「ＶＥＲＡ ＷＡＮＧのドレスよ。覚えてる？」
「もちろん」
「けさギルに話したから。……久しぶりに着てみようかなって」
「きれいだ」
サイモンは、ＣＪを抱き寄せてキスをした。
「ワインでも飲みましょ」
「そうしよう……あ、ちょっと待ってて」
ＣＪはワインとグラスを出し、チーズを切って皿に盛り付けた。
「あら、素敵」
にっこり笑う。サイモンはタキシードに着替えてきたのだ。
ワインをあけて乾杯した。
「あの日と同じね」
「そう、君を護衛する任務が終わった日。そして、僕たちの始まりの日」
「ねえ、あなた幸せ？」
「幸せ過ぎてこわいくらいだ。君は？」
「とっても幸せよ。あのストーカーに感謝しなくっちゃ」
「そうだね」
ふたりは見つめあい、ほほえんだ。
ＴＨＥ ＥＮＤ
お読みいただきありがとうございましたm(_ _)m
第３シリーズの最終回がショックで、一気に書き上げてしまいました(^_^;
いろんな人といろんな人を結婚させちゃってますが、あまりお気になさらないでくださるとありがたいですm(_
_)m
ＴＷＷのＦｉｃは、連載ではなく、一話完結でいろいろなお話を書いていくつもりでいます。
次はまた書けたらＵＰいたしますので、どうぞよろしくお願いいたしますm(_
_)m